第176話 吸血姫は眷属の願望を知る。
リンスが使節の視察に応じた日の一週間後。
二番船で運用する飛行機の量産が完了した。
原本となる二機を用意するまでは紆余曲折あったがアキへの罰を並行しつつ用意した事でなんとか完了した。
アキへの罰は用意したエンジンの最後尾に括り付けて加速時の風を浴びせるという物ね?
アキは刺さるような爆風を受けて感じたらしくキラキラした水滴を船尾から散らしていた。
それは船尾固定したエンジン試験だったのだけど、あまりの風圧により船が微かに動いた。
最大出力でエンジンよりも大きな船体が動くのだから試験を見ていた者達は呆気にとられていたわね。アキも涙ながらに感動していたし。
『すっごい良かった! シオンさんも是非!』
というようにシオンへと勧めていたのだからシオンも二基目の試験で括り付けられ同様の結果を得た。シオンの場合は髪の毛が抜けきっていたけどね・・・ハゲ頭で大満足していた。
これはあくまで試験として実施した罰なのだが、旅客機向けを用意する際に何度も喰らいにいくだろう・・・この二人だけは。マキナもドMだが、この手の試験はノーサンキューだった。
マキナ曰く──、
『大好きな航空機が汚れるからいやだ!』
との事だ。考え方はホント人それぞれね?
ともあれ、その後の私は用意出来た機体の内、女神達に融通する機体を除いたものを第一格納庫内へと固定化していく。
「ユウカ、後列一番の誘導を開始して!」
『了解!』
「シロ、翼の折り方に気をつけて。固定金具を忘れないようにね!」
「おっと、すんません!」
「ミキは・・・なんで車輪の下敷きになってるの?」
「えっと・・・気持ちいいかなって」
「ここにもドMが居たわ・・・コノリ! ミキを引っ張りだして」
「はーい! ミキ、引っこ抜くよ!」
「ま、待って!? 今はだめぇ!?」
「あ、車輪が汚れてる・・・清浄魔法どーん!」
運用するとは言ったが、直ぐに直ぐ飛ばす訳ではないのだ。一機ずつ羽根を折りたたみ、車輪を台車と結合させ、底部に設置した専用レールへと噛ませていく。それを奥へ奥へと移動させ、各種通路を挟んで配置していった。
私はタブレット画面をみつめながら──、
「船内配備の総数は百十七機、そのうち三機は甲板配備で・・・残り十四機はあとでお届けね」
それぞれに機体番号を割り当てていく。
用意した総数は予備を含めて百五十機。
十四機は別枠で用意しているので除外だ。
故障対応の部品も同数用意し保管している。
船載機としては百十七機なんだけどね?
これは通路を確保するために抑えた台数だ。
各整備区画への行き来も考慮しないとね。
するとマキナが緑のツナギを着た姿で第一格納庫へと現れた。
「お母様。つい先ほど有翼族の偵察隊が周囲を飛んでたよ? 一応、威嚇として空砲で追い払ったけど」
マキナは帰還したばかりなのかヘルメットを被ったままだった。早速、乗り熟す愛娘。
よほど上空を飛び回る事が楽しいらしい。
「底部のワイヤーロックを忘れないでね!」
「『了解!』」×2
私は後列二番に移行した事を確認しつつマキナに応じる。
「偵察隊ねぇ。これで何度目なの? 今回も同じようにルー達目当てかしら?」
「おそらくね? リリナが言うには北部領主の大半が有翼族らしいから、その可能性はあるって。人魚族もこの海域ではあまり海面に顔を出さないそうだしね」
ちなみに定期的に飛ばす機体は哨戒機として甲板上に配備したままだ。その機体はマキナと私とクルルの専用機。クルルは異世界のライセンス持ちとの事で専用機の完成後、マキナとの格闘戦が行えるほどの腕前を披露した。
魔王国の有翼族達も、この時ばかりは呆然とした様子で手出ししなかった。
クルルの腕前も父親がパイロットだった事が由縁なのだろう。その時の光景を見た者達は呆気にとられ・・・今は希望者達がクルルの指導の下、操縦訓練の真っ只中である。
「これは本格的に哨戒機での哨戒を主とするしかないようね・・・現状は三機のみだけど」
「何人が飛べるようになるか・・・だね?」
「常時配備可能な台数は五機が精一杯ね。下手に数を置いておくと寄港時に奪いに来る者多数だから。もっともキャノピーを開けるための鍵は全属性魔力が必要だけど」
そう、私はマキナに応じつつ次なる指示を指だけで行う。今は後列三番目。機体の配置と誘導は自動で行われるが固定化は手動で行うため終わるまでは停止ボタンを何度も押さなければならない。少々固定化に遅れが出てるのよね。
ユウカはボタンを操作し、固定化終了を待っている状態ね。固定化人員は暇を持て余した人化した有翼族達だから。
(あれは・・・コウの尻をゴウが追いかけて遅れてるのね。こんな場所でも妹の尻を追う、か)
私は進まない作業にイラッとし、後回しとしていた破綻回復者の三人を解放する事にした。
その間もマキナの語りは続いていた。
視線は有翼族達の行動に固定されていたが。
「クルルが言うには操作がシンプル過ぎて殆どの知識が無駄になるって言ってるけどね? 計器も簡略化され過ぎてるし」
私は饒舌になるマキナに応じつつ──
「異世界のようにゴチャゴチャさせる必要はないからね。緊急時も墜落ではなく」
「強制転移で亜空間庫行きだね。鹵獲時は機体と車輪以外は魔力還元で消えるし」
「操縦系とエンジンを鹵獲されたら飛空船で流用されかねないもの。魔力消費が少ないから」
「魔刻印を削られたら上界の侵入禁止も効かなくなるもんね・・・(苛立ちが隠せてないよ)」
亜空間庫内で種族改変を行う。
復元人族を有翼族達に。
魂は各自の欠片を利用し、カナやソラ同様に各自の記憶改変を実行する。一人はコウの記憶も同時に改変した。本人達はギャーギャーと騒いでいたけれど。作業に集中しなさいよ!
そうして再誕させた三人に名前を付け、下着と洋服、ローブを着せた。ただね?
(まさか今度はそちらがTSしようとは・・・)
私は内心での驚きを隠しつつ人化させた状態の三人を格納庫内へと解放する。
マキナも気づいていたのか苦笑していた。
「アン、ミュウ、クウ。三人もあちらの作業を手伝って。今のままだと終わらないから」
「了解(〜)!」×3
解放された有翼族の内、二人は颯爽と作業に加わり、キョウとリョウを唖然とさせていた。元々二人の肉体だったから・・・性別は両者とも雌だけど。
一人はアン・マニーでキョウの妹。
一人はミュウ・ソジマでリョウの妹だ。
残りは──
「それとクウはシスコンを引き剥がしなさい」
「わっかりました〜! コウを守るよ〜。ゴウお兄ちゃんは私にメロメロすればいいんだから〜!」
妙に可愛らしく転化したゴウ・・・ではなく小柄なクウが腰までの長髪を靡かせゴウの背後から迫って抱きついた。その名はクウ・ブラン。
ゴウの妹にしてコウの姉である。
口調が間延びになるのは血縁故なのだろう。
「うわぁ!? は? どういうことだ?」
「良かったねぇ〜、お兄ちゃん。姉さんが来てくれたよ〜。これで私のお尻を追いかけなくて済むねぇ〜」
「ちょ! ま、待って! なんでここに?」
「留年した仲でしょう〜? 忘れたの〜?」
「い、いやいや、お前は学校が違うだろ!!」
「直前で転校したでしょう〜? 私から離れられるわけないんだから〜! 双子の妹を放置するなんて酷いお兄ちゃんね〜?」
上手い具合に記憶改変が完了したようだ。
ルーとルイは何事とでもいうような表情できょとんとしていたけれど。そういえばルー達の記憶も改変してないわね。幼馴染らしいから。
§
その後、追加人員が加わった事で固定化作業は無事終了した。ユウカは突然の追加人員に驚きを示し訓練中のショウと念話し事情を知ったようだ。カナやソラと同様の者達である事を。
だからなのか第一格納庫の閉鎖中に──
「ねぇ? 私の身体もあるの?」
なにを思ったのかユウカが問い掛けてきた。
ユウカは懇願するかのようでいて、興味ありとでもいうような表情だった。私はマキナを胸元に抱き寄せたまま逡巡しつつ答える。
「どうしたの急に? そ、そりゃあ、肉体情報は確保しているけど・・・古い肉体自体はユーマの監視下で消しているわよ? あの時、ユウカも要らないって言ってたわよね?」
「う、うん・・・そう、なんだけど、ね〜」
どうにも歯切れの悪いユウカ。
最後は甲板へと動き出すエレベーター脇に立ちながら、海風を浴びつつボソッと呟いた。
「そっか。もう、無いんだ」
私はきょとん顔のマキナと目配せし訝しげな視線をユウカに向ける。
「どうしたのよ?」
ユウカは海上を眺めつつ静かに応じた。
「・・・少しいいなって思ってさ。私ってクソは居たけど、下には居なかったから」
「そう」
私はユウカの中にある寂しさに気づいた。
周囲では前の肉体が弟妹として現れる者多数だもの。一部は弟妹でもなんでもないけど。
マキナもユウカの表情から察したようで──
「それって・・・どちらでもいいの?」
私が問う前にユウカへと問い掛けていた。
ホント、よく出来た愛娘よね?
マキナに問い掛けられたユウカは振り返りつつもきょとんとする。
「え? どういう事?」
「そのままの意味だよ。今回はゴウの心に秘めていた思いが呼応して変化したけど」
「そうね。妹愛が変化したようなものね」
「???」
私は理解不能とでもいうユウカを眺めつつ、魂の欠片をユウカから拝借し亜空間庫内で肉体情報を元に消してしまった肉体を再生させる。
もちろん傷などは発生しないけど。
そのうえで種族改変を行うと──、
(こちらもTSしたわね・・・大きい)
あらビックリという状態で生まれ直した。
魂の性別も改変と同時に変化し別者という状態となった。これはクウと同じ変化ね?
記憶はユウカと同じなので少し改変した。
ユウカ自身には、なにもせずの状態で。
私は下着と洋服を着せてユウカの背後に立たせてみた。それを見たマキナは笑顔だった。
「マキナ、どうしたの? 急に笑顔になって」
マキナは笑顔のまま私から離れ、ユウカに抱きつきつつ身体の向きを変える。
「ユウカ、後ろ後ろ!」
「え? 後ろ? !? わ、私?」
そこにはユウカ似の男性エルフが居た。
シンとケンが嫉妬するほど長身美形が居た。
まぁエルフ族って美形が多いけどね?
シンとケンも分類上はマシな顔付きだけど。
するとユウカ・・・ユウキは困り顔で応じる。
「姉さん・・・ボケるのは大概にして」
「え? ね、姉さんって・・・誰が?」
「記憶障害でも起きたの? ユウキだよ俺?」
「ど、どゆこと?」
これにはユウカも大混乱となった。
ユウカ自身、記憶障害と呼ばれるような事は起きていない。だが、目の前には自身を姉と呼ぶ男が居る。ユウカは男嫌いなはずなのにユウキの身体中をまさぐり前後左右から何度も何度も自身との違いを探っていく。
だから私は種明かしとして──、
「貴女が願った事よ。ユウカが人知れず願った事が形となって現れたの。欲しかったのでしょう? 弟が。自身を護ってくれる異性として」
ユウキの腰に抱きつくユウカに示した。
至極真面目な顔のまま。
「つっ!?」
するとユウカは一瞬で真っ赤に染まりユウキの股ぐらに顔を挟む。ユウキは困惑しつつ空を眺めた。ショウが見たらどう反応するかしら?
百合かと思ったらどこかしらで改善したいと願う心が存在している。それは本能的なものだったり、恐怖から逃げたい心情だったり。
女の子に逃げたがるフーコもそうだけど転生した事で前世の影響が少しずつ霧散しているのかもね? 永遠に生きる肉体だからこそ刹那的な忘却は続かないと無意識に気づいて。
「ね、姉さん・・・そこに顔はちょっと」
「お、大っきい・・・ここまで大きいの?」
「お、俺はどう反応したらいいの?」
「それは私の感想なんだけど・・・?」
それからしばらくの間、ユウカとユウキはエレベーターの脇で綺麗な海を眺め続けた。記憶障害と呼ばれたユウカへは陰ながら記憶改変してあげた。よく出来た弟が居たわ〜。という感じで。今は血縁の無い異性という扱いで。
ショウの反応がどうなるのか不明だけど。




