第175話 吸血姫は眷属の変化に驚く。
それからしばらくして。
最高速度を出しつつ数千キロを真西に移動した私は減速しつつ二番船上空を旋回する。
監視台ではユウカを始めショウが目を丸くし船橋デッキではナギサが涙を流していた。
シオンは驚いた顔で固まりコノリとユーマが大興奮だった。これも普通なら不審機として迎撃が行われるが機体が近づくとシステムが自動的に誘導を始め、敵味方識別信号で兵装をロックするのだ。これも事前に設定した機能ね。
私は一定の速度にまで落ちた事を確認すると船尾側から進入し、逆噴射で制動を掛ける。
そこには呆然と佇む男子達や──、
「戦闘機だぁ!?」
大・大・大興奮のマキナが立っていた。
私はエンジンだけを止めエレベーターの近くまで試験機を移動させる。誘導と移動も自動的に行われ、操縦者による手順は存在しない。
エレベーター上に到着しキャノピーを開けた途端、マキナが浮遊魔法を使って駆け込んできた。ホント、器用よねぇ・・・。
「お、お母様!? こ、これ、どうしたの!」
マキナってば飛行機が大好きだものね。
これが飛空船ならばここまで興奮はしないが戦闘機に関しては別だった。
私は苦笑しつつシートベルトを外し、ヘルメットを脱ぎながらマキナに応じる。
「用意したのよ。数日前から第一格納庫でね」
それを聞いたマキナはきょとんとする。
「第一格納庫? そんなのあったの?」
私は操縦席脇で浮いたままのマキナを連れてエレベーターを下げる。甲板に居る者達は唖然としたまま眺めるだけだった。
「ええ。今居るエレベーターの下ね・・・」
「今・・・このエレベーターの下にあったの?」
「少しは落ち着きなさい!」
「これを見て落ち着くなんて、むーりー!」
「仕方ないわねぇ。とりあえず格納庫内に移動させるから、そこを退いてね?」
「う、うん」
私はエレベーターの位置が格納庫前に着くとマキナを退かせ移動を開始する。そこは機体を組み立てた、だだっ広い第一格納庫があった。
第二格納庫はハルミ達が寝ている後部格納庫の事を言う。こちらは前方側面の格納庫とも呼んでいるが今まではなにもない格納庫だった。
否、脇にアキの下着だけが落ちていたわ。
あの子はここでなにをしているのやら?
素っ裸で横になっているのかしら?
床が冷たいから。
「ホントにあった・・・というか、広っ!?」
マキナには第二格納庫しか案内していない。
この第一格納庫はアキとアナしか出入りしないからマキナも知らないのだ。ミキとコノリは中程にある鍛冶工房しか出入りしないしね?
私は機体から降り車止めをタイヤに寄せる。
そして亜空間庫からエンジンを下ろすための魔道具を取り出しつつマキナに応じた。
「ここは機体を保管するスペースよ」
私はその間もエンジンを留めていた蓋と金具を外し一基ずつ床に下ろした。仕組みは機械仕掛けと違い、構造が単純なのよね。基本は操縦用のミスリルと結合させるだけでいいから。留め具だけはこれでもかというほどに固い物とした。飛行中に落ちたら手も足も出ないもの。
マキナは金具の音に気づいたのか──、
「ほ、保管? あれ? なんで外すのぉ!」
振り返りながら、下ろされた二基のエンジンに気がついた。私は二基のエンジンを脇に寄せ、驚くマキナに理由を語る。
「落ち着きなさい! これは試験機よ。まずは問題の洗い出しを行って、追々用意する量産機の礎にしなきゃね」
「い、礎? これは完成じゃないの?」
「違うわ。これは世界にはない代物だからね。ミアンス達・・・でさえ知らない代物だから安全かつ問題の無い魔道具に仕上げないといけないの。最終的に鹵獲される事を考慮しつつね?」
「・・・というかなんで言い淀んだの?」
「さ、三女だけが知っていたのよ。あの子、もしかするとあちらに居たのかもね。妙に詳しいから」
「そういう事なんだ・・・じゃ、じゃあ、完成したら私でも乗れるの?」
「ええ。今は修正箇所を見つける事が先決だけどね。完成したらこの場に数百機が収まる事になるから、専用機を用意してもいいわよ?」
「す、数百機? もしかして、お母様?」
「なにを勘違いしてるか知らないけど、運用はこの船だけで行うわよ。魔王国から望まれれば売りに出す可能性もあるけど、有翼族達の仕事を奪う気はないからね?」
「な〜んだぁ。ビックリしたぁ〜」
「どのみち先々で必要になると思うから、それまで待ちなさいな。現に内紛していたし・・・」
「な、内紛?」
そう、マキナに応じつつ機体をバラし、個々に検査を進めていった私だった。マキナはバラされた機体の側でジッとみつめ続け、再度組み上げるまで第一格納庫から離れなかった。
その表情は真剣そのものであり、機体の各所を鑑定していたようだ。乗り手として色々知りたいのかもね? 異世界では低身長の所為で乗れなかったみたいだし。
§
飛行機を飛ばして一週間後の昼間。
船は用心のため微速のまま進ませていた。
それは小国連合西端で勃発した内紛で、航路封鎖が広範囲で行われる事になったからだ。
それを受け、ナギサとリリナの判断により解決する頃合いまでは帆船偽装を行い、無闇に近づかない事にしたのだ。
「いつになったら航路封鎖をやめるんだか」
「派閥争いというのもバカバカしいですね」
そう、シオンとナギサは船橋で語り合う。
巻き込まれるのは確定しているものね?
これだけ大きな船だもの。船籍を合国に戻した現状では仲裁しろと使者が訪れても不思議ではない。
一方、魔族達の方は偽装結界が作用して状況がよく見えないがこちらも静観する予定なのだろう。動きがあれば一方的に潰すだろうから。
それと共にマキナが求む飛行機の検査は早々に終え、今は量産に向けて部品製造を船内で行っている。私は〈複製〉スキルを何度も行使しながら必要数の部品を倉庫へと片付ける。
時には還元ミサイルを補給したりして気を紛らわせていたりしたけれど。
ちなみに、この第一格納庫のメンテナンス室には私とマキナ、アキとアナが居り他は個々に行動していた。
「マキナ! 複座のほうは問題ない?」
「問題ないよ〜! 早く飛ばした〜い!」
「それはもう少し待ちなさい!」
「はーい! 待ちまーす!」
人数が増えると統率が取れなくなるのよね。
一応、食堂に本日の予定を書かせてから出かけさせているが、それぞれが自由気ままよね。
本日上界にいるのはユーコとフーコ、ユーマとタツト、クルルとミキ、コノリとシロだ。
彼等は新しく出来たダンジョン攻略が主である。ミキとコノリとシロは開拓だけどね。
「アキ! 魔力経路のミスが目立つからやり直し!」
「ひぃ! す、すみませんでした!」
「怒られるために間違えてないわよね?」
「そ、そんな事はないですよ(棒)」
「棒読みって・・・ワザとなのね?」
「す、すみませんでしたぁ!」
残りの下界に居る者は釣りに興じたり、新しい料理を考えたり、自室で寝たりしていた。
コスプレ陣は不審な洋服を作ってるが。
パイロットスーツにスカート付けてる?
ともあれ、私は個々に楽しむ者達を眺めつつ一機ずつ機体を用意する。
マキナは複座を。アキはエンジンを。
アナは機体を。私は出来上がった部品を検品しつつ組み上げる。今は若干滞っているが。
「まったく。アナは大丈夫よね?」
「姉さんみたいな真似は出来ません。下手すると命に関わりますから」
「不使者といえど本体に影響が出るとどうにもならないからね・・・人選を間違えたかしら?」
「姉さんも久しぶりに使って貰えて嬉しいんですよ。普段はさみしそうに濡らしてますし」
「そういう事なのね・・・」
「そういう事なのです」
用意するのは単座型と複座型を各一機。
残りは魔力の続く限りで複製するため追々とした。量産型の第一号から第十四号は融通しろと宣う女神達が持っていくため、十五号が私の十六号がマキナの乗る専用機になる予定だ。
肝心の試験機の方はというと──、
「こちらが空を飛ぶという魔道具ですか。形状が飛空船と似ている部分があるようですが?」
「そうですね。一部の飛空船と似ている部分があるのは確かです。元々が同じ世界の道具を模したとの事ですから」
「なるほど、それで似ていたのですね」
「この機体は主に戦闘用ですので供給は難しいですが、こちらの大きな機体であれば我が国でも供給が可能となります」
「ほほう。これは大きい!」
「船体表面は見たことのない金属が使われてますね?」
「こちらはアルミニウム合金という特殊金属が使われているそうです」
「聞いた事のない金属ですな」
上界から来た使節達を相手にリンスが懇切丁寧に説明していた。今が下界の海上に居る事は誰にも示していないが、これもティシアの産業としたいのだろう。飛空船はエルフやドワーフ達の独占品そのものだから。
滑走路も各国の中心部には既にあり、港を使うのは極一部の貴族だけらしい。
王族は基本的に空港を利用し港を使うのは流刑島と管理島だけとの事だ。
ちなみに、試験機の背後には旅客機も用意しており、エンジンはプロペラ式ではなく試験機と同様の魔力吸引風力排出式だ。
これもリンスの要望で用意したのよね。
試験飛行は上界の空港で行い──、
『懐かしい! お尻が痛くなかったら操縦席に座りたかった!』
『姉上うるさい! またお尻を揉みくちゃにされたいの? 今度は上下に引っ張るけど?』
『あ、失礼しました・・・』
ミアンス達が憑依体を使ってまでわざわざ乗りに来たほどだ。尻を赤く腫らした姉と共に。
その乗り心地は重力制御をしている関係で無駄なGを感じる事なく感動していた者が多数だった。リンスといいミアンスといい。
エルフ族の王族までも大号泣だったから。
その代わり、試験機と異なり浮遊魔法を瞬時展開させる物にした。それは緊急時だけではなく着陸時でも使える方が良いと三女の要望で追加したのだ。失速する事を知ってたみたいね?
結果、エルフ族の王族を介して各国に話が伝わり、亜人国家のみではあるが視察と称してこの船を訪れたのだ。
ミアンスが臨時設置した転移の鏡を通じて。
私達は作業の傍ら──、
「見送りに向かったリンスの表情を見る限り」
「結果は良好のようですね?」
「今後、技術供与の話も出るだろうからウチのドワーフ達にも手伝わせないとね。職人気質しか居ないから分かる者でないと伝わらないし」
「それがいいと思うよ? ミキ達も手伝いたいような反応を示していたし」
鏡を通り抜ける者達を静かに眺めた。
会話していたのはティシアの産業として成り立つか否かの話題ね。
するとマキナが訝しげに作業に夢中になる変態エルフへと問い掛ける。
「というかアキ、祖国の人達に挨拶したの?」
「え? ああ。うん。したよ? 会釈だけ」
「それは挨拶ではないと思いますよ姉さん?」
「気にしない気にしない! それよりも今度は上手くいったんだけど、どうかな?」
「経路が途中で途切れてますけど?」
「あれ? どこで間違えたんだろう・・・」
この時のアキは少し雰囲気が変化していた。
マキナは困り顔になりながら作業中の私に問い掛ける。
「なんだろう? 元々が同じ人物だったのにこの違い?」
「真面目な方がアナで不真面目がアキに変化しただけでしょ。変態の性質もアナが比較的マトモで、アキがド変態という違いが出てるしね」
「元々二重人格だったのかな・・・?」
「おそらくそうかもね」
マキナが困惑を浮かべるくらいの変化がアキの中であったようだ。これはなんらかの開き直りがアキの中であったようね。他の者達も転生後より細々と変化が起きているようで、眷属的な忠誠心はともかく、誰もが前世とは異なる性質を作り上げていた。




