第171話 吸血姫は海賊船を瞬殺す。
イリスティア号・二番船は東の海を小国連合に向けて進む。速度は離脱時の追跡を振り払うため一度上げたが今は微速に戻しゆったりとした速度で東に向かって航行していた。
各国との距離は大型帆船でおよそ半年だ。
それは上手く風を掴んだ場合の距離となる。
風に愛されていない。航路を外れる。海賊に出会うなどを含むと一年以上になる事もある。
これが中型・小型となるとその倍以上の距離感を味わう事になるらしく勇者達を乗せた船が大型船での行き来である事が改めて分かる話でもある。それであっても時に予想よりも早く戻ってきて驚かされる事も多々あり──
「勇者の移動って船以外でなにかあるのかしら?」
私は船橋脇のデッキでボソッと呟いた。
すると後ろで寝転ぶ半裸のマキナが応じる。
「あるといえばあるよ?」
「あるの? 船以外での行き来よ?」
「うん。各国にある合国の大使館・・・その中に緊急帰国用の転移魔法陣が存在するの」
「え? そんなものが?」
魔力の霧散する下界でそのような代物が存在していようとは。私はデッキの手すりから右手を離し手すりに腰を据えながら背後で寝転ぶマキナに問い掛ける。
マキナはブラを解いた状態で真上を向いていた。マキナは日焼けでもしようというのか?
私も上下のセパレートビキニを着てパーカーを羽織っているがマキナほど肌を晒してはいない。隣のシオンは素っ裸だから言及しないが。
これを見ると吸血鬼とはなんぞやとなるわね。私達の体は特別製だからそこらの吸血鬼と同じ扱いは出来ないけれど。
マキナはグラスに注いだ蜜柑果汁を飲みながら私の問いに応じる。
「うん・・・それでも動かすには勇者個人に与えられた魔力をすべて与えないことには使えないけど。だから必ずといっていいほど、一人だけは戦力外となるんだよね〜」
「燃料扱いが一人・・・いえ、往復で二人居るということね?」
「往復を考えればね。基本パーティーは五人一組だけど、転移魔法陣を使う時は後衛に属する二人が移動の足に使われて、前衛の三人が戦いに馳せ参じるの。一番最初はミーアとアキが片道分を提供して、帰りは珊瑚と四十万姉が提供したんだよ」
「なるほどね。それであちこちに分散したり短期間で行き来が可能だったのね」
「それでも使いたくないという者も何人かは居るから、そういう時は船移動が殆どだね。あれって下手すると滅茶苦茶酔うらしいから」
「らしいって・・・」
「私は酔わなかったもん」
マキナはそう言ってブラ紐を結び直し、私の隣で手すりに腰をかける。まだまだ私の知らないこの世界の内情があるようだ。〈魔導書〉を調べて存在しますというより誰かの口を借りて知る方が身につくしね?
ちなみに今は各自に自由を与え、船は自動航行で進んでいる。船橋ではミキとコノリがカードゲームに興じる。ナギサは副長室にて航海日記を記す。リンスはバラスト部でリリナ達とお茶会を行っている。ローナも目覚め今は上界との交易に関する話し合いを行っているそうだ。
浮遊大陸の姫殿下が沈没大陸の姫殿下と話し合う。小国連合近隣に王都があるそうで、国元へと戻る際に交易の条約を締結するそうな。
一方、ナディ達は釣りに興じ、カナとソラも同じく釣りを。それこそ希望者のみで釣り大会を行っている最中である。
それは甲板下の足場、一段下にある積荷揚卸場、最後尾の格納庫を開いた状態で釣りに興じる者多数ね。前方側面の格納庫でも足場で釣りを行っていた。しばらくは魚が溢れそうだわ。
他は自室で愛し合う者達、夕食の用意を行う者達、上界に上がって開拓を行う者達も居る。
たちまち戦闘に出くわすこともないだろう。
今は公海と呼ばれる、どの国にも属していない海を進んでいるのだから。
監視台は自動感知に切り替え有翼族達も哨戒班として自発的に哨戒しているし。
「海風の風音が気持ちいいわね」
「というか素っ裸になって大丈夫なの?」
「大丈夫よ。たまには開放感に浸りたいもの」
「開放感ねぇ?」
「こんな誰も居ない海だとそうなるのは仕方ないよ? お母様」
「・・・た、確かに・・・」
ともあれ、そんな自由気ままな午後のひとときは過ぎていく。私とマキナは蜜柑果汁を頂きながら船の側面より、なにもない海を地平線の向こうまで緩りと眺める。これが海底なら多種多様な光景が見えるのだろう。
この時のシオンは尻を空に向けて寝転んでいた。私からすれば自身の裸を晒されているようで気が気ではなかったが。
すると、その直後──
『前方に海賊船! 繰り返す、前方に海賊船! 総員直ちに配置に着け!』
哨戒班から連絡を受けたナギサが各自に命令を出す。釣り大会はその時点で中止となり、各員は全隔壁を閉めて元の配置に戻る。
哨戒班も続々と船に戻ってきており、上部監視台にはルーとコウとルイが。甲板にはキョウとリョウとゴウが降りてきていた。
上空待機するよりも船が一番安全だものね。
私はマキナとともにこちらに向かってくる海賊船に気づく。彼我距離はおよそ20キロ。
海賊船は不審船が航行しているとして近寄ってきたのだろう。あわよくば鹵獲してしまおうという思惑が見えた。〈遠視〉した限りそういう風に船長が命じていたからね?
「ねぇ? マキナ?」
「どうしたの?」
「従来の戦闘で片付けると後処理が面倒よね」
「ああ。うん。私もそう思った」
「ね? 私達の自由時間を奪ったのだもの」
「おとなしく沈んでもらいますか」
寝転ぶシオンに気づかれることのないまま私とマキナの中で方針が決定し、私達は船橋にそのままの姿で戻り、指示を出す。シオンはグースカ寝てるので一々言う必要はないしね?
「白兵戦は無しよ。船橋と指揮所以外の余剰人員は戦闘終了まで警戒を維持したまま自由時間に戻って。終了後は先ほどと同じように自由に過ごしていいから」
『『『了解!』』』
「さて、指揮所に命じる。底部特殊兵装、一番から四番に魔力充填開始! 照準を前方に居る海賊船に合わせて」
『了解!』
指揮所は途端に慌ただしく動く。
するとナギサが心配気に問い掛ける。
「よろしいのですか? 長距離砲を示すのは少し危ないように思えますが?」
それは戦力を誇示する事への警戒感があるのだろう。私はマキナと目配せしつつ応じる。
「大丈夫よ。今回は飛ばないから」
「え? 飛ばないとは?」
「そのままの意味よ。どちらかと言えば海中を走るものだから」
「まさか・・・アレを搭載済みなのですか?」
「そのまさかね。この世界は接近して白兵戦か近づく前に魔法か大砲で破壊するだけだもの。潜水艦もなければ水中から攻撃する手段もない。あるとすれば人魚族が行う水魔法のみね」
それはマキナの提案で取り付けた代物だ。
過剰戦力にも思えるが、打ち上げるだけでは真似する者が現れないとも限らない。それであるならばこの世界には無い戦い方を行うしかないのだ。死角からの砲撃、還元魚雷を用いて。
「注水開始!」
『了解! 注水開始します!』
「底部発射管解放」
『了解! 底部発射管解放』
左右フロート底部に設けた発射管の蓋が空間的に開く。これは船体内に余計な海水が入らないよう亜空間経由で発射されるものである。注水も生成された純水のみだ。
射点は船体前方5メートル。
これも光線銃と同様に船体から出ている風に作っていない。これはリリナの提案ね。船体に穴があると人魚族が興味本位で入ってくるとの事だ。そういう意味では魚も入ってくる可能性が高いだろう。ミアンスのような魚だから。
⦅私のような魚ってなに!?⦆
おっと、ミアンスからツッコミが入った。
私はミアンスを無視して命令を続ける。
「一番、二番、時間差で三番、四番を撃て」
『一番、二番発射! 三番、四番・・・発射!』
直後、合計四カ所のも空間的な穴から四発の魚雷が発射された。この魚雷も前後左右に発射出来る物で砲門は合計十六門存在している。
今は前方の四門のみ。しばらく全弾発射となるような戦闘にはならないと思う。
一方的な蹂躙戦になりそうだものね・・・。
その間も観測は続く。
『第一、第二、海賊船をすり抜け後方で方向転換。第三、第四、海賊船前方まで5メートル』
「着弾したわね。一番で舵を奪ったのち」
「二番で船底後方に穴を開け、三番と四番で左右船底に穴を開けて無事沈没っと」
「木造船だからあっと言う間に砕けましたね」
海賊船は物の見事に粉砕され船長を始め、船員共は助かるための浮きを得る事もないまま海底に沈んでいった。溺れた者の魂を回収したが今回は餌として私とマキナが召し上がった。
シオンが欲しかったと駆け込んできそうだ。
「今の轟音なんなの!?」
否、別の意味で駆け込んできた。
私は呆れのあるままシオンの姿をみつめる。
胸を揺らし扉に手をかけた驚愕顔の妹を。
「あら? 起きたの?」
「起きたの? じゃないわよ!!」
「落ち着きなさい・・・とりあえず前、隠したら? 研修中のマサキが真っ赤な顔で反対を向いているわよ?」
そう、今は追加人員達の研修を行っている。マサキもその一人であり先ほどまでは苦笑するミキ達の隣で計器をみつめていた。
「え? あっ!?」
シオンは真っ赤な顔でデッキに戻った。
胸だけ隠しプリプリとした尻を晒しながら。
するとニーナが大慌てで船橋に入ってくる。
戦闘終了後だから指揮所から出て旦那を呼びに来ただけだろうが。
「マー君!? シオンさんの裸見たの!?」
「ふ、不可抗力だ!?」
「不可抗力? まぁいいわ! このまま先ほどの続きを行いましょう? 元気になったのなら好都合だし!」
「り、理不尽だぁ!!」
その後、ニーナは文句をたれるマサキを連れて自分達の部屋に戻った。一体なにをやればマサキが大絶叫するのか私には理解不能だった。
各員も三々五々と元の場所に戻る。哨戒班も甲板にて全員が横になり眠っていた。なにげに疲れたのかもね?
私とマキナも船橋からデッキに戻る。
「シオンってば生娘みたいな反応して・・・」
「というかお母様も生娘では?」
「・・・う、海がきれいね〜」
「目をそらして逃げた・・・」
「・・・きれいね〜」
こうして海賊船との戦闘はあっさり終わりを告げ、私達は真っ赤な顔で蹲るシオンを一瞥しながら、静かになった海上を眺めた。




