第168話 陽動終了と吸血姫。
そして陽動の最後を締めるのは──
⦅⦅暗光弾どーん!⦆⦆
ハルミとサーヤ、ミーアとニーナ、残り数名の眷属達が集まり、全員で応戦していた。ここでも全員が〈希薄〉したりしなかったりで、大まかな人数を誤魔化していた。
この班では同じ顔の者が数名集まり、交互に現れては翻弄していたから。なお、ルミナ達は戦闘には不向きなので観測班として〈希薄〉したまま状況を記録していた。
⦅閃光弾と思ったら視界を暗くする弾だとは⦆
⦅異世界の常識の真逆をいくねぇ〜⦆
⦅夜なら閃光弾で目潰しという事だね⦆
今までの戦場では戦いに慣れた者が多かった。それは東南北という激戦区だったから。
こちらは拠点に近い西部であり、定期的に空間跳躍で補給に向かう者が多かった。
今回は経験値稼ぎの面が強いからね?
記憶だけの経験と実践経験の差が出るから。
⦅魔物の群れを投入どーん!⦆
⦅おぉ! 翻弄されていく〜⦆
⦅銃火器がないと途端に脆いね。中途半端な近代化ってこういう事を言うんだ〜⦆
その直後、膠着状態となった事を判断したナギサがルミナ達に指示を出した。
⦅あ、拠点から全還元の指示が出た!⦆
⦅全員撤退!! 繰り返す、全員撤退!!⦆
ルミナが広域念話で全戦力に撤退を発した。
これは陽動の終わりという事ね?
私達の教会侵入が成功したから。
⦅⦅経験値がガッポリだ!⦆⦆
⦅こら! 最後まで気を抜かないように!⦆
⦅は、はい!⦆
その後、全員が空間跳躍で拠点に戻る。上空監視班は既に戻って風呂入りしているけれど。
合国軍は静かになった事できょとんとした。
それで終わりってワケじゃないけどね?
それから数秒後・・・平民が住む場所とギルド本部、教会神殿にのみ積層結界が張られ、王宮内に居たスケルトンやら魔物の群れが消え去った。これはニナンスが回収しただけね?
全て下界の各ダンジョンで使えるから。
徘徊系とか少なかったみたいだし。
唐突に静かになる合都。先ほどまではあちこちで爆発騒ぎが巻き起こっていたのに・・・だ。
平民街は戦闘とは無縁の場所にあったけど。
だが、それが急に静かになり──、
「か、勝った?」
「よくわからんが、敵が撤退した?」
「せ、戦況報告急げ! 被害状況を早急にあげろ!」
「は!」
「報告! 騎士団の詰め所が崩壊してます!」
「なにぃ!?」
ただの嵐の前の静けさだというのに、勝ったと勘違いする者が多かった。これが緩みよね?
緊張していた矢先の脱力感。
この状態になった者達には酷かもしれない。
そう、私が事前に打ち上げていた物が上空より迫っていたから。
トリガーは拠点で引いたものだけど。
直後、魔導士の警戒網に引っかかった。
「報告! 上空より高速で迫ってくる物体が多数あり!」
それは合都の全てを覆う氷の山だった。
音速で降りてくる尖った氷のような雨。
物体として見えた時には着弾していた。
無色の魔力を纏っているから視認するまでは分からないのよね。ステルス還元弾だから。
炸裂した後の合都はただの平野になった。
「い、今、なにが起きた?」
「キラキラ光る雨が降ったと思ったら・・・」
「城壁が、装備が、城が消えた?」
無事な区画も一部あるが、それ以外はなにも残っていなかった。生きている者達も一瞬で裸となり、男女とも呆然と佇んでいた。
一方、城のあった場所では──
「報告! 平民街、ギルド本部、教会は無事です!」
遅れてやってきた衛兵が王太子に対して報告していた。使命には忠実なのね。自分達の状況は理解してないけど。
「お、お前! 服を着ろ!」
「は? 殿下も着てないじゃないですか?」
「なにをいう? ちゃんと・・・は?」
うん。可愛らしい物がポロンしてるわね。
周囲には上階に居た者達がうめき声をあげていた。素っ裸で落下したもの。無事なわけないわよね? 他の姫や王妃達も場所は違うが上空から地面に叩き付けられて重傷を負っていた。
今回は撃ってきた者以外は不殺とした。
私達が転生作業に忙殺されるもの〜。
意図せず亡くなるのなら仕方ないけれど。
なお、例の魔導士長は自宅で寝ていたようで今はグースカと大いびきをかいていた。
大物なのか小物なのかよくわからないけど。
遅刻してるわよ! 起きなさい!
そう言っても起きるワケないわね?
隣では嫁と娘が綺麗な裸体を隠していた。
あの系統って血脈があるのかしら?
魂の欠片だけ拾ってあとで調べましょうか。
ちなみに、今回の陽動で蓄えに蓄えた魔力も霧散したようだ。当然、飛空船も全て消滅し、上界に登る術を失った。合国もしばらくの間は大人しいだろう。他の国は知らんけど。
§
それはステルス還元弾が地表に落ちる数分前の事。私はリンスとユウカ、ナディとショウ、殿のマキナを連れ立って──
「教会から地下神殿に降りる道があったのね」
「そうね。でも今回は逆走みたいなものよ?」
「「「逆走?」」」
「逆走・・・どういう事です、お母様?」
教会内に敷設された墳墓の蓋を開け、ゾロゾロと地下神殿に向かった。ダンジョン攻略を進めるというのに、遠足気分で笑いあいながら。
「ここは正規の入口じゃないの。本来の入口は城の地下に存在しているそうよ。勇者達にも示していない隠しダンジョンね」
「なるほど」×4
「現国王はそこから横穴を掘って繋がった空洞で怯えまくっているけどね?」
「そんなところに居たの!?」
「面白い事にね〜。ダンジョン内が安全って不可思議だわ」
これはニナンスが示したボス部屋までの最短ルートであり、帰還ルートそのものだった。
本来なら転移で送り届けるところだが、例の結界が作用していて帰り道を用意するに至ったらしい。ここはその帰り道の一本であり、合国内の誰もが知らない秘匿ルートだという。
墳墓に入ってまで進みたい者は居ないでしょう。王族やら貴族達の遺骨がずらりだもの。
罰当たりという事はないが祖先を貶す行為に他ならないから。私とマキナの場合は逆に頭を垂れる頭蓋骨が多数だった。魂はないのにね?
それは自発的に崩れてしまったようなものだけど。私達の魔力にあてられて崩壊したのね?
墳墓内をしばらく進むと重厚な扉が現れる。
「ここから先がダンジョンね。レベル220を超えた者かどうか判別する機能が備わっているようね」
私達は一人一人扉に触れた。
これで問題が無ければ解錠されるとの事だ。
マキナが触れた直後、無事に解錠された。
マキナはきょとんとしたまま問い掛けた。
「でも、お母様? レベル制限があるのにボス部屋付近までどうやって? 異物を持ち込んだというなら・・・」
私はマキナが最後まで言い切る前に、呆れの色を含む言葉を被せた。
その間も大きな扉を開けてボス部屋まで向かっていたけれど。
「悲しい事にね〜。制限を設けたのは異物を置かれてかららしいわ。それまではランダムに制限が掛かるものだったそうよ」
余りの事に苦笑してしまったわ。
「ランダム?」×4
「そ。ランダム。最小は1、最大は300まで制限が掛かる代物だったそうよ。その時のダンジョン内は制限通りの魔物しかいなくて・・・」
それを聞いたショウが思い至ったらしい。
「あぁ! 最小の時を狙って?」
他の面々もそうだけど。分かり易いわね?
マキナは女神のポンコツ加減になんともいえない表情に変化していた。
「そういう事ね。前もって用意しておいて時期を見計らって設置したみたい。悪知恵だけは働くんだから・・・その結果」
困り顔のマキナが言葉尻を繋げ──
「制限が固定化され、誰であれ侵入不可になったと? でも国王は?」
問い掛けてきた。
私は全員が驚く内情を明かす。
「あれは例外。国王だけは女神から専用通行証を手渡されているらしいわ。教皇と共に」
「ど、どういう事?」
「ユウカの疑問も分かるけどね? それは先にも言った安全に通じるのよ」
「安全・・・まさか!」
「そのまさかね。逃げ道として隠れるための場所として使われているそうよ。それでも奥までは入れないから穴を掘るのは御自分でという扱いらしいけど」
という問答を繰り返している間に、私達はボス部屋へと到着した。逆走だからボスは居ないわね。正規ルートから着くとレベルに見合ったボスが現れるそうだけど。
私はどう反応して良いのか分からない顔の一同を眺めつつ、一人でボス部屋の裏手に回る。
そこにはとても大きなダンジョンコアがあり、奥には醜悪なレナンス像が置かれていた。
この場は地下神殿。ダンジョンコアの奥に祭壇があっても不思議ではない。私はダンジョンコアには触れず、祭壇へと向かう。
罠の類いは一切なく石像が置かれているだけだ。
この場に誰も来られないと思っていた?
一応、ボス部屋だものね。何回か安全な日に踏破して調査していても不思議ではないわね。
肝心の石像には強引に加工したような痕があり、本来の姿を破壊したようにみえる。
罰当たりというのはこの事ね?
そこそこの胸を削って貧乳とし局部を隠していた布を剥がし精巧な加工を施していた。
同性の立場からみると醜悪そのものね?
そのうえ土台となっている要石には火薬で発破したような亀裂が走っており、その亀裂を魔力妨害効果のある粘土で押し固め、要石の機能を完全に封殺していた。用意周到というか・・・。
禁忌庫にはこんな物もあったのね。それを悪しき行いに利用されればやりきれないだろう。
私は鑑定魔法で詳細を明かそうとするが失敗し、今度は〈鑑定〉スキルで詳細を明かす。
それは呆気にとられる代物だった。
「魔力結合を妨害する粘土か。神力すらも妨害・・・なんてものを作ってるのよ」
それを破壊するには魔力に依存しない対処法しか無かった。
その間のマキナ達はというと──
「これがダンジョンコア?」
「おっきい・・・ですね? ユウカさん」
「そうね・・・ビックリだわ」
「ふ、触れてはダメよね?」
「ショウ、それはフリに聞こえるけど?」
「そんなに触れたいならどうぞ!」
「あ! マキナ、やめて!?」
マキナがナディの止めを聞き、ショウの伸ばした右手をコアに触れさせていた。
それでなにかが起きるわけがないでしょう?
「あ、なにも起きない?」
「ビックリしたぁ〜」
「ただの大岩だったのね」
「魔力を帯びていますがそこまでではない?」
「当たり前じゃん。踏破した権限無き者が触れて、なにかあったら大変でしょう?」
「それもそっかぁ・・・って、マキナが触れたら反応したけど? なんか立体映像が沢山出た」
「あ。腕が当たってた」
いえ、マキナにも一応権限があったわ。
コアは女神のみが触れる代物だから。
私は変更が行われる前に処置を進める。
周囲を積層結界で覆い要石だけを露出した。
事前に覆った周囲の生命力も除外して。
それは裸婦像を強引に引き剥がしただけね。
罠が無かったから。そして魔力を帯びない最初に作った大太刀を取り出し、空間魔法で浮かせ、亀裂めがけて振り下ろす。
今の段階で私が触れると壊れるものね。
直後、粘土と大太刀が同時に砕けた。
私は破片と裸婦像を集め空間圧縮で押し固める。裸婦像と粘土と大太刀は真四角の置物に変化する。空間圧縮は便利よねぇ〜。
そして時間停止結界で覆いながら要石を交換した。今度は発破しようが壊れる事はない。
純白の要石と真新しい裸婦像を事前に用意していたから。このあと交換する結界石と共に。
その後、時間停止結界を解除し生命力で覆うと自動的に警戒装置が有効化された。
「無事機能したわね・・・次の要石まで魔力が大量流入したわね。補強してて正解だったか」
機能が戻った要石と裸婦像は膨大な量の魔力を放出しダンジョン内の魔力循環を開始する。
光り輝く裸婦像は喜んでいるようね?
すると私の背後で驚愕の声が響く。
「えぇ!? 私がダンジョン主になったぁ!」
あらら。警戒装置を有効化した事で直近で触っていたマキナが主として認められたらしい。
本来ならレナンスなんだけどね・・・。
それもあってか連動するように裸婦像も一瞬で変化した。レナンスからマキナの裸婦像に。
「これっていいのかしら? あ、いいのね? 地下神殿を生死神の領域と見做す、か」
そう、私が即座に念話すると苦笑するレナンスから提案された。魔力経路の管理は元々そういう扱いだものね? 生命力と魔力を扱う事は私達の方がもっとも長けているから。
私はマキナの元に向かい両脇に手を入れ抱き上げる。可愛い子供をあやすように。
「マキナ、おめでとう!」
マキナは持ち上げられたまま声を荒げる。
「お母様!? どういう事なんですかぁ!」
私はマキナを降ろしサラリとコアに触れる。
「この地下神殿が私達の領域になっただけよ」
正副予の三系統で主が決まっているのね。
先ほどは予備。私が正という事だろう。
シオンが副なので勝手に登録しておいた。
裸婦像は予備の者が晒されるのね・・・。
元々存在しなかった裸婦像も機能として組み込まれたようだ。裸婦像が二千年以上も存在していれば仕方ない話ではあるけれど。
「ふぇ?」×5




