第16話 吸血姫は現実逃避したい。
第八十八浮遊大陸・イースティを飛び出した私は前に抱いたリンスと共に空を舞う。
否、亜空間に設けた専用路を浮かび風魔法で音速を超えて第六十五浮遊大陸・ジーラへと向かった。
「あと少しで大陸に近付くから減速するわね〜」
私は視界内に映した〈鑑定〉を用いて、現在の速度と浮遊大陸との彼我距離を測り、速度を緩めながらリンスの頭を引き続き撫でた。実はリンスを固定していた方法を途中から空間固定に変更して、リンスの両胸を揉んだり頭を撫でたりして暇潰しを行っていたのだ。
この子ってば反応が驚くほど可愛いから。
そのうえで高度を徐々に上げながら周囲に気になる物がないか把握していたの。
ま、言うほどの物は無かったけどね?
複数のドラゴンが空を飛んでいる事以外は。
すると、私の言葉を聞いたリンスが目覚めた。
「はわわわ〜あっという間です〜ぅ。普通は飛空船に乗って一ヶ月の距離があるのに〜」
先ほどまでは気絶してたけどね?
私が胸を揉み過ぎた所為で近付く大陸縁を見て驚愕の反応を示した。そのうえ大まかな移動期間を発したので大陸間移動は気長でないと難しいと察した。
「へぇ〜、そんなに距離があったのね〜」
それこそ密閉空間でのちょっとした移動でもイライラしていた王寺辺りが周囲に当たり散らす事が予見できる話でもあった。
私は速度を落としながら今後の予定をリンスに伝える。
「なら、今度は飛空船を用意して移動しないとね? 今回は急ぎもあったから飛ぶ事を選択したし」
リンスは顔を若干赤く染めながら頷くも、先ほどの一件を思い出しながら私に問い掛けた。
「はひぃ。それよりもカナデさん? 胸揉みすぎですぅ〜!」
私は悪びれもせず軽い調子でお詫びした。
「ごめんごめん。凄い柔らかったからね〜? 若いっていいわね〜」
それこそ、若さゆえの張りというか弾力があったもの。年寄り臭いって?
実際に年寄りだもの。
年齢は永遠の十七才としてるけど、明確な実年齢を聞くのは野暮だゾ?
「若いって、カナデさんってお幾つなんですか? 私の実年齢は・・・八百才ですけど」
「えーっ!? 言っちゃうの!? 十四才でいいわよね?」
しかし、リンスは私が言わないものと思ったのか自身の実年齢を明かす。鑑定結果で知ってるけど、そこは可愛らしい女子中学生でいいわよね? そういう気持ちの元、リンスにツッコミを入れたのだけどリンスは苦笑しつつも──
「いえ、吸血鬼族はエルフ族と同じで不老長命ですので、大まかな実年齢はあってないようなものなので」
年齢を数える無意味さを露見するのであった。だから私は空気感というか、思い出せる限りの記憶から年を割り出した。
「そうなのね〜、まぁ明確に何歳かと問われても途中から数えるのを止めたからね? 実質、二千は超えてると思うわよ?」
野暮だゾ?
と言った矢先に実年齢に近い年を答えさせられました。大体三千年以上の記憶はあるのよ?
生まれた当初の記憶というかね?
だけど今、それ必要?
という感じで封じてるのだけどリンスの問い掛けの所為で思い出させられたわ。
流石に思い出しても碌な記憶ではないなぁと改めて思うけど。
そもそも、見た目から察するに私自身は純粋な日本人ではないしね? 最近まで住んでたのが基本的に安全な日本というだけだったから。
だから本名で言えば〈カノン・サーデェスト〉なんだけど、家名がマズい方面の単語に聞こえるから、色々もじって〈カナデ・タツミ〉という名前で日本に入り込んだってワケ。強ち間違ってもないけどね?
私ってば割とドSだから。
「にっ!? 御婆様よりも!?」
「御婆さまぁ? まぁ高齢云々は置いといて、この胸をまた味わいましょうかね〜」
「あ! やめ! すみませんでした!」
その後の私はアルカイックスマイルのままに固定強化したリンスの両胸を鷲づかみして柔らかさを堪能した。するとリンスはまたも身悶えして私にお詫びした。
「うりうり〜柔らかいわね〜! うらやましいわ〜」
「やぁ、あん!? カナデさん! やめ、あっ!」
ということで減速中の私は暇を持て余し眷属の胸を存分に堪能した。
するとまたもリンスが気絶したので到着後は私の膝の上で魘されながら眠るリンスであった。
§
そう、今は第六十五浮遊大陸・ジーラの大陸縁にある公園だろうか?
私はその場所の丘でリンスが目覚めるのを待っている。〈常夜の刻〉というだけあって公園といいつつも閑散としており、この場に居るのは私達だけだ。
すると、警邏の者だろうか?
この大陸の僧兵っぽい輩が二人でこちらに向かって来た。今の私達は闇属性魔力で結界封鎖しているため、あちらからの誰何は無いが、その会話が少々物騒であった。
「ここか? なんらかの魔力拡散が検出されたのは?」
「ああ。流刑島からなにかが昇って来ていたとの目撃があるからな?」
(会話を聞く限り私達の事かしら?)
そう思って引き続き黙って会話を聞いた。
だが今回の移動に関しては完全な隠形が出来てたし、亜空間を経由すると認識は出来ないはずなのだ。だが、彼等の言い分では同じ地点になにかが舞い降りたとある。
すると僧兵の一人がなんらかの鑑定魔法を使ったのか属性を特定していた。
「検出属性は・・・水か? なら水竜かなにかか?」
「いや、人っぽいとあったが?」
私達は結果を聞き、自分達が対象外となった事を知る。そう、私は空属性と闇属性を用いたのだ。リンスを包んだうえで。リンスは魔力拡散を行っていないのだ。
それは私もだけどね?
魔力を拡散させるとかもったいないし。
私は拡散よりも吸収して自身に戻すもの。
それは今のリンスもだけどね?
直後、彼等の少し前方に青い羽根が見えた。
私の位置からは大陸縁の際に見えたけどね?
「ふにゅ〜」
「なんだ、有翼族じゃないか」
その青い羽根を持つ者は目を回した有翼族だった。流石は異世界!
胸は平らだが腰回りが妖艶な青髪の少女が顔面から着地した状態で地面に伏していた。それも着地跡から察するに私と同じ速度で飛び、そのまま落ちてきたようだ。
そら、魔力拡散というか魔力放射があっても不思議ではない。普通は身体がバラバラになってるはずなのに目を回すだけで五体満足なのだから不可思議極まりない話である。
その後、僧兵の一人が有翼族を抱き起こし〈治癒魔法〉を施していた。
「紛らわしいな、ほら! 起きろ!」
「はひぃ! あれ? ここどこ?」
目覚めた有翼族は起き抜けに周囲を見回し、キョロキョロと反応した。
その反応を見たのは治癒をしてない僧兵だったがその顔は呆れかえっていた。
「おいおい。しっかりしろよ?」
なお、肝心の会話はこの大陸独自の決まり事が含まれていたので、私は〈魔導書〉を元に情報検索を行いながら聞きに徹する。
「あ! そうだった! これ、第八十八浮遊大陸・イースティの密偵からの報告書!」
「なんだ、メッセンジャーか。というか既定ルートを通ってないのか?」
「うん。今回は密偵のそばに複数人の〈スティル〉関係者が居たから」
「なるほど。それなら普通に飛び出せなかったか。判った、こちらは預かる旨、引き続きよろしく頼む」
「了解っす!」
そうして有翼族の少女は僧兵のそばから飛び立ち、第八十八浮遊大陸・イースティの方面に向かって降っていった。幼い形の割に働き者なのだろう・・・見た目年齢はリンスよりも若く見えるが魔族ゆえに長命である事が判る話でもあった。
彼女達の場合はレベルというか冒険者ギルドのランクは無関係のようで飛べるからという理由だけでこのような仕事をしてるみたいね?
ある意味で命がけだけど。
そんな彼女の行き先を確認していた僧兵達はというと──
「おい、この報告書・・・キナ臭いな?」
「ん? 勇者召喚だと? あのバカ共・・・砦の封印を破りやがったか」
「外敵討伐のための術を内側に向けるとは」
「直ぐ騎士団長閣下に報告だ!」
受け取った報告書から危機感のある顔のまま大慌てで公園から離れていった。その間の私は彼等から聞いた言葉を〈魔導書〉で再検索した。
(なるほどね。外からの侵略者対策の物を内側に向けたのね。というか流刑島の連中は元々が看守騎士団の者だったのね。それが・・・犯罪者達にとって変わられたというワケか)
勇者召喚というシステムの大まかな仕様を私は理解した。本来の用途とは真逆であるが、これは本格的に知の女神様が騙されたという話に落ち着いたようである。
(外敵排除の願いと太陽が一つに重なる日か。まさか城というか砦の仕組みが悪用されるとはね? ん? もしかしてだけど? あちゃ〜、他の大陸でも召喚してるわね? 外敵排除の全てが内敵排除に向くとか・・・しかも進学クラス以外の異世界人が召喚されてるなんて)
そのうえで私は詳細を調べ〈遠視〉スキルで他の浮遊大陸を見てみた。そしたら居たのよ?
一クラスを除いた教師を含む総勢五百七十二名の異世界人達が完全洗脳状態で勇者として呼ばれていた事に。
流石の結果に私は頭を抱えたくなった。
なお、一騎当千な技能を持つ者が現れれば一人頭のレベルは上昇するが今回は質より量を求めたようでレベルは総じて1だったようだ。
だからあの時の停止期間が無駄に長かったのだろう。全ての付与を終えるまでという意味なのだから。
(こうなると、元より魔族であった事を幸運と思うしかないわね?)




