第158話 吸血姫は更なる罰を施す。
私達は久方ぶりに第八十八流刑島・イースティ〈スティル王国〉の地に降り立った。
「こうしてみると普通の島ですね・・・周囲の結界は常軌を逸してますが」
「この結界は一種の神器だもの。神から与えられた護りの要ね?」
ショウは隣の第八十六流刑島・ハイラ〈フェルス王国〉にて召喚されているので、こちらの問題が片付いたら向かう予定だ。他の者達も同様に空間跳躍だけの行き来で片付ける予定である。
「見覚えのあるようでない景色ですね・・・」
「大半は管理島と大差ないからね」
私はこの島の住民に奪われないようサーデェスト号を亜空間庫へと片付けた。この国は平然と奪う者が居るのだ。犯罪者達の巣窟だから。
するとナディは警戒感を露わにし──
「それでこれからどこに向かうのですか?」
真剣な顔で私に問い掛ける。
二人の隠した尻尾が立ってるわね。
〈変化〉してても見えるとは。
これも異様な空気にあてられたのだろう。
私も感づいていたがあっけらかんと答えた。
「たちまちはこの国の王都ね? 探索魔法で事前に調べた限り・・・」
というところで遭遇した。
調べた限りとしたのに居たのよ。
ナディは頬を引き攣らせる。
「上枝・・・」
ショウが嫌悪の視線をぶつける。
「王寺・・・」
ここで出くわすとはね?
青海と枝葉兄。
ナディからすれば会いたくない男だが。
枝葉兄の身体はともかく疑似人格は新規で複製した者だろう。歪んだ人格を再度植え付けたとするならアンディにも劣る人物に成り下がっているという事だ。
四人の格好は至って普通。戦闘服でもなんでもない異世界の私服のままだった。
唯一の違いは肩に背負った不釣り合いな武具だろう。レベルは総じて35だった。経験値取得が出来ない流刑島ではそれが精一杯らしい。
私達は気づかれる前に〈希薄〉で存在を隠す。〈亡者のローブ〉を着ているため匂いすら感じ取れない状態となった。
そこにはナディの元となる奏は居らず、私は探索魔法で位置を探る。
「・・・なんてところに埋めているの!?」
探ったのだけど呆気にとられてしまった。
ナディは私の叫びを聞いてきょとんとする。
「なにがあったのですか?」
その間の王寺達は下品な笑いを晒しながらどこぞに消えていった。
私は弱者などに意を関せずナディに応じる。
「おそらく他も同じでしょうね・・・ナディ、覚悟だけはしておきなさい。ショウもだけど」
嫌悪を晒し王族の全てを食らってやりたい気分に駆られたが我慢した。ここは水際だから。
最前線の王族は嫌でも残さないとね?
「「え?」」
§
私は探索魔法を使って見つけた奏の元を訪れる。そこはこの国の王城内だ。
「薄暗くて気味が悪いですね」
「血なまぐさいというか・・・汚いというか」
「まぁ、ここから全てが始まったのだけどね」
私達は〈希薄〉したまま城内を進む。
ナディは薄気味悪いとするが、これが正常な認識だろう。その認識を洗脳で消し去ったのだからやりきれない話だった。
私は過ごしやすいと思ったけども。
周囲は悪人だらけ餌だらけという事で。
私は以前ぶっ壊した扉前に到着した。
「酷い事をするものね・・・死んではいないけど。なんでこんな事をしたんだか?」
ナディは唖然とした表情で固まる。
「えっ?」
ショウは首を傾げて理解不能を示す。
「これって?」
そこにあったのは扉に埋め込まれた奏だった。頭と下半身だけを外に出し、胸と両腕両足は埋められていた。局所的に管を入れられ汚物処理を行う道具が見てとれた。
それを見たナディは理解した上で激怒する。
「酷い! 私の身体になんてことを!!」
魂が宿った身体ではないが怒りは相当なものだった。これは半死半生という状態だろう。
やつれた顔。濁った瞳。白髪の頭部。
反応が鈍いのも身体に宿る魔力を扉に吸わせていたからだ。この扉の役割は当分先なのに。
これは外敵の魔力を回収する名目の骨董品。
侵入を許した際に弱らせる名目の魔道具だ。
私は王城そのものを時間停止下に置いた。
「この国の姫と交換した方が良さそうね?」
「是が非でもそれを行いましょう!」
ナディもそれには大賛成。ショウは苦笑しているが隣でも同じ事が起きると思う私だった。
私は扉を破壊し奏の身体を取り出した。身体も暴行を受けたような痕があり胸が抉りとられていた。痛覚が消えた異常体として実験されたあとのようだ。
私は半死半生の身体から分離体に指示を出し死滅を合図した。このまま生かしておくのも酷だから。分離体は即座に肉体の分解を始め、ものの数分で奏の骨が現れた。
「弔いはどうする?」
「かつての身体ですし、燃やして圧縮します」
ナディはそう言うと骨を浮かせて高温魔法と空間圧縮を同時に行使した。骨はみるみる内に炭化し形状を押し固めていく。ナディは異世界の祈りを捧げつつ魔法を行使する。そうして出来上がったのは1カラットのダイヤだった。
ナディはオリハルコンの枠を創造し遺骨ダイヤをはめ込み自身の猫耳にピアスとして取り付けた。それがナディに出来る弔いなのだろう。
これから世界を見て回るのだ。
一緒に旅しようという意味で。
その直後、ピアスのダイヤがキラリと輝く。
魂が一致した事でピアスは魔具に変化した。
「これはユランスからの贈り物かしら?」
「魔の女神様、素敵です!」
ナディ自身は気づいていないが──、
「ど、どうしたの? ショウは涙を流して?」
私とショウは優しい微笑みを向けた。
この時のナディは猫獣人では無かったから。
「鏡見たら? はい、コンパクト」
「どうも・・・えぇ!? 昔の私!!」
「胸とお尻の大きな奏の復活ね! 下のフサフサはそのままに!」
「ちょ! ショウはどこを見てるのよ!!」
「これは〈変化〉無しで人化したようなものね。もし〈変化〉するなら髪色だけ銀髪にしたらいいわ」
「こ、これって?」
「昔の自分を慈しむナディの思いが表れたんじゃない? 骨灰から作ったダイヤと本体たる魂が一致したから」
「そ、それで・・・?」
ナディは納得出来ていないようだが、これは人族国家を歩む上で必要な物となったかもしれない。ナディが優しくダイヤを撫でると元の猫獣人に戻ったから。これも一種の変装魔具ね?
なお、この時の私達の手元では裸に剥いたこの国の姫を扉の中に収めて固形化していた。
奏以上の措置を施したうえで。
最後は破壊出来ない純白扉に変化させた。
魔力吸引は行わないが世界最高強度である。
当然、生身の姫を含めてね?
そして結界を解除した私達は静かに見守る。
「!? わ、私はなぜこんなところに? だ、誰か! た、たすけてぇ!」
「ひ、姫殿下? お、大きい・・・」
「ちょ! どこを凝視してますの!!?」
「す、直ぐにお助け致します! そいや!」
目覚めた姫と助ける衛兵。
中に居る魔導士も駆けつけて助けようとするが、攻撃を仕掛けるたびに激痛で泣き叫ぶ姫。
「きゃあ! い、痛い!! き、切りつけないで!!」
「なんですと!? であれば炎で焼き切って」
「熱い!? や、やめて!!!」
「ど、どういう事だ!」
これは奏に行った行為の倍返しだ。全神経を扉全体と結合させ、触れた場所によって姫が感じる物とした。当然、切りつければ痛みが発生し、焼けば高熱を感じる。
肉体を含めて火傷も怪我もしない。
代わりに精神へと激痛が走るのだ。
奏の苦痛はそんなものではないのだから。
「ナディ・・・次に行くわよ」
「は、はい・・・(気持ちよさそうだわ)」
まぁドMだから感じていたかもしれないが。
「次は私の番ですか?」
「そうね・・・(どうなってることやら?)」




