第157話 吸血姫は違いを思い知る。
ひとまず、食後の私は奏と翔子を一旦回収した。
ナディとショウは文句を言いたげだったが。
私は作戦の準備を行う者達を眺めつつ──
「作戦開始前だけど、少し様子を見てくるわ」
装備で身を包み、各種ポーションの残数を把握した。余り使ってないから残ってるのよね。
私が飲む事は余りないけど。
なにが起こるか分からないからね?
すると先ほど会話に参加していなかったナギサが心配気に応じる。隣にはミズカ達も居た。
「流刑島ですか?」
この後の作戦では経験させるつもりで先陣を切らせる予定だもの。ユーコ達のバックアップが大前提だけど。他にも戦闘に不向きな神官職のアルルとエルル、ニーナと共にマサキにも体験させる予定だ。
リリナ達は妹の面倒があるので不参加だが。
私はポーション類の残数を把握すると背後に控えるメイド達に呆れの視線を向ける。
「そこしかないでしょう? 用意した手前、元の持ち主がなにか言いたそうだし」
「「い、いえ、そんな事は微塵も・・・」」
文句を言いたげでありながら遠慮する二人。
本音はダダ漏れよ? 忘れてるでしょう?
私は二人の言い訳を受け流す。
「そうかしら? まぁいいわ。今回はナディとショウを連れて行くから。自分達の身体がどうなっているのか知りたいでしょう? 私が用意した経緯も含めて」
「「!!?」」
「使い魔としている関係もあるけど、反応が微弱だからね・・・生きてはいるみたいだけど状況確認が必要と思ってね。もしかしたら用意したのに使わないという事にもなりそうだけど」
「つ、使わないという事はナツミさん達のようになると?」
「ええ。同じ扱いになるでしょうね。吸血鬼族というよりはナディ達と同族になると思うわ。ルミナじゃないけど・・・」
「うっ・・・あ、あれを?」
そう、ルミナは怖々と思い出す。
意識があるのに痛みなく身体の形状が変化する光景を。ジワジワと組織変化する感覚を。
ネズミからリスへの変化だ。遺伝子情報という物があるのなら、リアルタイムで書き換えられていくに等しい状況だった。
私はため息を吐きつつ応じた。
「それしか手がないからね」
「それじゃあ、名前を考えてもいいですか?」
「ですです。もし可能ならば」
「ナディ達がそれでいいならね? 一応、記憶の改ざんは行うけど。貴女達もね?」
「そ、それはもちろん!」
「ボロが出て不審がられても困りますし」
なんというかナディとショウは別の意味で嬉しそうだった。家族関係で色々あるのかもね?
私は戦闘装束という名のメイド服に着替えたナディ達と共にナギサ達へとお願いした。
「おそらく作戦開始前には戻ると思うけど」
「はっ! お任せ下さい!」
「私達も残るから気にせずに行ったらいいわ」
「そうそう。戻ったらお掃除が済んでた〜って事もあるし」
「あっさり済むかもしれないけど、油断は禁物よ?」
「「「りょうかい(わかったわ)!」」」
こうして私とナディ達は急遽だが上界の第六十五浮遊大陸へと上がった。作戦後でも良かったけど使い魔の状況から不穏に思ったのよね?
§
「とりあえず、サーデェスト号を取り出して」
到着した直後の私は指定港に飛空船を停泊させた。それはメンテナンスを徹底して諸々の改良を施した最新型の飛空船だった。底部は三胴船だが上部だけは異なっていた。
するとその変化に気づいたのはナディだった。
「あれ? こんな形でしたっけ?」
この子が一番多く乗ってるものね?
私はタラップを取り出して船に乗り込む。
ナディ達を引っ張りあげたのち説明した。
「前は帆船だったけどね?」
「ですよね? でもこの形状は見覚えが・・・」
「今は完全なクルーザーね? 浮力は浮遊魔法のままだけど進ませる方法だけ変えたの」
「と、という事は・・・」
「空属性の魔法陣が側面にビッシリ!?」
「み、水属性と交互に存在してる?」
ナディはショウと共に身を乗り出し、船底を覗き込む。落ちる事はないけどヒヤッとする光景よね? ナディは尻尾を手すりに結び、ショウは空間魔法で身体を固定していたが。
私は苦笑しつつナディの問いに応じた。
「ええ。水上なら水流操作陣が上空なら風力操作陣という感じでね? 風の力を側面と底部から押し出す仕組みに変更したのよ。だからその分、速度が前の比ではなくなったから、船体強度もイリスティア号と同等になっているわ」
「「それってもう戦艦では?」」
「せめて巡視艇くらいで見て欲しいわね?」
確かにイリスティア号は艦砲の無い戦艦に見えるわね。
その後、操船部に移動した私は後部座席の二人の見ている前で動力へと火入れを行った。
「下界と違って燃費がいいわね〜」
あえて下界と同様にスロットルを回すと凄い勢いで風が吹き出た。今は風向きを操作していないため、拡散したように風が吹き荒れる。
するとナディ達は背後をみつめて呟く。
「よ、余所の船がふらついてる・・・」
「とんでもない暴風が吹いてますね?」
二人も恐る恐るという表情だった。
久しぶりに上界で動かすけれど、こんなに違いがハッキリしているのね?
下界ならこれくらい出さなければ進む事も出来ないのに、こちらでは嵐が発生したかのように暴風が発生していた。私は一度止めたスロットルをほんの少しだけ緩め微風程度に抑えた。
そして停泊モードから切り替えて出航した。
「空吹かししても消費は微量程度ね」
「いかに地上の魔力が薄いか分かりますね」
徐々に離れる第六十五浮遊大陸。
私は深度を斜め三度に変更し流刑島を目指す。管理島より下部に位置する流刑島。下るだけだから使う魔力は超微量で済むだろう。
するとショウが感動気味に口走る。
「使命の大きさが凄まじいです!」
そういえばまともに乗った事は無かったわね? ナディは下る時に乗ってたし。今のようなバインバインという体型に変化した後に。
あれからナディも1ランクアップしたしね?
上も下もそれが限界であるかのように。
私は操船しつつあっけらかんと答えた。
「気楽に行えばいいわ。あれも本国に向かわねば解決する話ではないしね? 現在地からおよそ100キロは進まないと到着しないから」
するとナディが思案気に問い掛ける。
「敵はその100キロを進んで来たという事ですか? 普通に進めば数ヶ月は掛かるのに」
「そうね・・・どちらかといえば途中の貴族達から徴兵したのでしょうね。亡くなったとされる指揮官と勇者のみが本国から向かったのなら」
「なるほど! それならば奉る理由も判明しますね!」
「ええ。各派閥毎に動いたとしても不思議ではないわ。思惑を知る者だけ派兵すればいいし。今回が非正規軍だったと仮定すると納得出来るわね?」
それは先の戦闘に参加した者達の事だ。
私も疑問に思っていたけど烏合の衆だった事を踏まえると納得出来る話だった。
そうなると本国には正規軍。つまり精鋭が残ったままという事になるわね?
「おそらくだけど・・・今後は経験値的に美味しい事が待っているかもね?」
「そ、それはもしや?」
「正規軍・・・ですか?」
「ええ。表沙汰になっていない悪辣な精鋭が控えていると仮定して・・・その風味は?」
「「!!?」」
可能性の段階でも涎が出てくるわね?
二人も緩みまくった顔になったし。
とはいえ先に行うべきはこちらの事なので。
私は船速を上げて先を急ぐ。
普通に進むと一ヶ月は掛かるから。
そんなに時間は掛けられない。
加速して数分後、ナディ達も慣れたのか──
「わぁ〜。ジェットコースターなみですね!」
「それよりも速いかも」
風切り音は無いが窓の外を流れる景色に圧倒されていた。私は速度計を眺めつつ答える。
「異世界の航空機と同等ではあるわね。空力とか諸々は魔法でなんとかしてるだけだし」
「「そんなに速いんですか!?」」
「今は加速しただけよ? 減速する事も踏まえると音速を超えるのは数秒間だけだし」
「「音速を超えるんだ!?」」
「普通なら船体が保たないけどね〜。空間魔法様々だわ」
本当なら崩壊してもおかしくない速度よね。
これも風魔法の結界を張ってるからか、浮遊魔法を使わずとも揚力が発生し、魔力消費が更に抑えられていた。押し出す力と護られる力。
いろんな力が作用して、あっという間に流刑島へと到着した私達だった。本来なら空間跳躍しようとも思ったけれど、流刑島間はともかく管理島間は飛べないのよね。驚くほど高度差がありすぎて。




