第156話 眷属の妹を備える吸血姫。
その後、風呂上がりのレリィ達を交えて真夜中のすき焼きパーティーとなった。オマケが主食になった件は・・・この際置いといて。
「肉汁・・・が凄い」
「なにこの濃縮されたうま味!?」
「割り下と〈生魔卵〉が牛肉のうま味と合わさって・・・凄い幸せ〜」
「野菜にまで風味が溶け込んでるな」
「これだと本来の食材が欲しくなったわね〜」
レリィとレイ、発散させたコウシは牛肉の風味に酔いしれていた。そのうえでこの場には存在しない食材を探す事に決意を漲らせる。
「そうそれ! 豆腐が欲しい!」
「それは私も思った!」
「それとしらたきも!」
「これはこんにゃく芋を探さないと!」
調理者組を呼んだのは正解だったわね?
私が夜の楽しみを奪ってしまったけど。
別の意味で楽しみを与えたから良しとした。
一方、他の面々は黙々と戴く。
ナディとミズカはふぅふぅと冷ましながら。
猫舌だったわね? 猫そのものだけど。
ショウとマーヤは涙を流しながら。
生きてて良かったと思っているわね?
この場に居る者は一度、死んでるけど。
アコとココは人化して黙々と戴き、リョウとゴウは人化したのち木の上で器片手に食べていた。今回は分量的に少なかったから個々に取り分けて正解だったわね。
うん。美味しい・・・というところで──、
「お母様だけずるい!」
「私達も呼びなさいよ!」
マキナとシオンが寝間着姿で顔を出す。
ナイトキャップと枕を携えて。同じく尻尾枕を両腕で抱えたルミナも顔を出していた。
股ぐらから尻尾を伸ばして歩くルミナ。
「すき焼きの香りがする・・・」
寝ぼけ眼で引っ張られてきたらしい。
今日はマキナが一緒に寝ていたわね?
なんでもルミナは部屋が割り当てられず、転々と各部屋を渡り歩く約束が取り交わされているらしい。マスコットとしてなのか?
愛でるためなのか知らないけれど。
これもイリスティア号の準備が終わってない事が起因する対応策だろう。一応、船自体は亜空間に用意した専用港に停泊させているが、ログハウスから個々の部屋への経路は準備中だ。
これも折りをみて用意しないとね?
たちまちは前方のゴミ掃除が先だけど。
私は空っぽになった浅鍋とは別に──
「三人にはステーキを用意するわ。モモ肉だけど・・・サイコロがいい? 厚切りがいい?」
白い鉄板を用意し、大型四輪駆動車と同じ大きさの肉塊を専用テーブル上に取り出した。
これは食料庫に収まらない残り物だ。
肉用の食料庫はこの肉だけが収まっている。
新規で用意した食料庫も満杯ね?
売りに出しても良いくらい獲れたもの。
それを見たレリィ達は目が点となる。
「お、おっきい!?」
「なんつぅでかさの肉だよ・・・」
するとシオンが興味深げに質問する。
「これって、どんな大きさの魔物なの?」
私は三人だけでなく、この場の全員分の肉を切り分けながら応じた。普通に満腹になる物量だもの。これは熟成させるのもありかもね?
「確か・・・ドラゴンよりも厄介な天災級の魔物らしいわ。大太刀で首を数回切りつけて奥にある神経を完全に断ってようやく倒したけど」
「そ、それって・・・」
私は人数分が用意出来ると残りは亜空間庫に片付けた。一応、数切れほど熟成庫に送った。
干し肉というよりはハムとしてもいいから。
燻製して牛肉ベーコンとしてもいいかもね?
「〈ダーク・タウロス〉って名前の魔物ね。二体居たから全て倒したけど? そういえば番だったみたいね〜。雄のアレは珍重されるとかあったけど・・・白子みたいに濃厚な風味みたいよ?」
「ち、地上で最強の魔物じゃない。レベル指定が確か・・・700だったはず」
「あら? 150も上なのね・・・だから少し手こずったのかぁ〜」
いや、ホント。フラストレーションが溜まってたから、丁度良いと思って狩ったら手こずったのよ。私よりも上なら確かに大変よね〜。
苦労した分だけうま味も大きいけれど。
「まぁカノンの欲求が解消されたのは、なによりだわ。地上最強もこれでは形無しね・・・」
私はしみじみとするシオンに呆れた視線を向けながら再度問う。新鮮さが命の肉の前でくっちゃべる方がおかしいもの。
「それよりもサイコロがいい? 厚切りがいい?」
シオンとマキナは顔を見合わせて願った。
「「もちろん、厚切りで!」」
私は願われた通り、厚さ10センチの厚切り肉を焼いていった。他の面々には食べやすい大きさのサイコロを3センチ角で用意した。
「寝ている者には悪いけど・・・さっさと食べちゃって!」
「いただきまーす!」×14
私を含めて総勢十五人が肉に食らいつく。
肩ロースとはまた違った風味よね?
引き締まっているっていうか。
極上という意味合いがよくわかるわ。
食後は雌から採った牛乳でミルクプリンを用意し、舌鼓を打った一同だった。
§
そして翌朝。
私達がすき焼きパーティーを行ったまま放置した一帯では肉々しい香りが周囲を染め上げ、目覚めたユーコとフーコが訝しげな表情で警邏の者達を見ていた。
「ここら一帯に焼き肉の匂いが残ってる?」
「なんか木の下に割り下っぽい匂いがする?」
「それはそうだろ? 夜に牛肉を焼いたから」
「「な、なんですってぇ!? ゴウ! 詳しく教えなさい!!」」
「お、おう・・・」
その後、警邏では極上肉が出るとの話が広まり、警邏を好まない眷属達まで挙手しだしたのは言うまでもない。
魔族や夜の者ならともかく日中しか働かないミキとコノリ、三バカ、ユウカとアキ、ニーナとマサキまでも肉欲しさに手を挙げるのだから極上肉、恐るべしと思ったわね?
まぁ臓物なら定期的に提供する予定だけど。
現にレリィ達が外で待つ一同に対して──
「今日の朝食は極上モツ煮込みよ〜」
「待ってました!」
「こってりモツきたー!」
「極上モツなら朝でも構わないわ!」
大量に手に入った臓物と少ない食材を駆使して料理を提供していたから。肉などは保存が利くけど臓物は早めに食べないとね?
これはスパイスを大量に仕入れたから出来る事でもある。ただし、野菜不足は覆らないが。
私もたまにユウカと畑の様子を見に行くが、今は需要よりも供給が追いつかないのよね・・・。
これも消費量が多いからなんだろうけど。
私はモツ煮込みを味わいつつ思案する。
「前方の片付けが終わったら上界の様子も見てこようかしら? しばらくは合国内の遠距離移動が続くし」
シオンとリンスは顔を見合わせ、マキナが心配気に問い掛ける。モツ煮込みを食べながら。
ナギサも心配気な様子でこちらを見ている。
「それって・・・不穏な動きの、調査?」
「ええ。現状は結界で護られているから奴らが流刑島から出る事はないのだけど・・・商流が不自然過ぎるからね?」
シオンも過去に例がない状態のため悩む。
「食材不足と商人達の買い溜め・・・ねぇ?」
「祖国ではそういった話は出ていませんが?」
「各管理島では品が手に入らないってあるわ」
「では流刑島でなにかが起きていると?」
「おそらくね? 主に上界の野菜を作っているのは流刑島だけだから。刑罰として」
「なにかに気づいて妨害している・・・?」
「こればかりは行ってみない事にはなんとも」
いや、ホント。下界の改善に動いていたら上界でも火種が発生するってどうなのよ? 買い溜めと流通低下という事は・・・またもや簒奪めいた話が起きているのかもしれない。
ナディの元の身体。ショウの元の身体。
あれが戻ってからの状況は変化がない。
ただ、妙に反応が弱っている感じなのよ。
私はナディ達の身体が限界と気づき──、
「奏の予備を用意して向かうしかないか」
ボソッと呟きつつ、肉体情報を複製しつつ準備に取りかかる。亜空間庫内では魔法陣と共に二体の身体が出来上がる。魂はこっそりと元の持ち主から微量だけ拝借した。
すると私の呟きを聞いたフーコとユーコが驚愕の声を上げる。
「「カナデの予備!?」」
「フーコ達はなにを驚いているの?」
「驚くでしょう? カノンの予備とか」
「そうそう。忘れたの? 偽名だけど」
それを聞いた私はきょとんとしてしまう。
二人はナディに意識が向いていなかったため、私は改めて察した。呆れと共に。
確かに偽名はそっちだけどねぇ?
私も偽名自体を忘れていたわ。
「は? そっちじゃないわよ」
「ふぇ?」
「じゃあどっち?」
「とりあえず、取り出すから待ってね・・・」
という事で私は素っ裸の人族を取り出した。
直後、スープを飲んでいたナディとショウは目の前のシンとケンの顔にぶっかける。
あれは御褒美かしら?
「「ブーッ!?」」
「「わぁぁぁあ!? 目が! 目が!!」」
違った。唐辛子の種が目に入ったみたいね。
シンとケンは目玉を押さえて転がっていた。
ゴロゴロと地面の上を。コントかしら?
ナディとショウは自身の事だからか──
「「隠して!! せめて下だけは!!」」
大慌てで駆け寄り、タオルで身体を覆った。
まぁ男子の内、童貞共は目潰しを食らってるし、気にする必要はないでしょう? シロは興味無しだし。タツトとコウシはクルルとレリィに目隠しされてるし。ゴウも妹以外は興味無しね。マサキと他数名はそっぽを向いてるけど。
するとフーコ達は興味津々で駆け寄る。
フーコの場合は百合目的だろうが。
「胸が小さい頃のナディだ!」
「ショウも平面だったのね・・・」
「「昔は昔よ!!」」
フーコは奏の足元に跪く。
タオルを捲って中を確認した。
「ツルペッタン・・・と」
「だから見ないでぇ! 特にフーコ!」
ユーコも翔子の足元から覗き込む。行動はフーコと同じね・・・。
「二人ともが同じなのね・・・」
「ユーコもだめぇ!!」
その後はフーコ達がタオルを剥がしたり、ナディ達がタオルを戻したりとシッチャカメッチャカとなったが、私は他の面々の身体も用意し亜空間庫に並べた。今回は破綻者のみの総交換だもの。人形のように反応するだけだから、不審に思ってなにかを行ったらしい。
動きが緩慢となり部分的に動かないから。
それは復活させていない六人も含む。
ひとまずの私はかつての人格を模倣する術式を交換体に施した。一応、機能としては存在していたけど。以前は私自身が不完全だったから出来なかった事なのよね?
今なら元に戻す事も可能なので──、
「「・・・!? きゃーっ!?」」
途端に目覚めた奏と翔子。
タオルを剥がしていたフーコ達は固まり。
ナディとショウは唖然とした。
「「ふぇ?」」
「「!!」」
二人は座り込んで涙を浮かべる。
今は外。周りには男女の亜人や魔族が居る。
ここはどこなのかとキョロキョロしていた。
なお、この子達の記憶は召喚直前とした。
直後は頭の中を弄られた後だしね?
念のため不名誉な渾名は事前に消した。
レベルは当時を思い出し40前後とした。
魔力量は出力上限ギリギリで止め、前回とは異なり完全な形で戻した。
主人格というか本人達は困惑したけれど。
「「・・・(どういう事なのぉ!?)・・・」」
怯える二人の背後から困惑しつつタオルを被せるナディとショウ。見えないようにバスタオルへと作り替えて。
ハルミ達はそれを見て苦笑していた。
気持ちが分かるものね・・・。
「わ、私が猫になってる?」
「・・・これって私達が姉って事かしら?」
「私と同じ声?」
「た、多分? 混乱してるみたいだけど」
「え? ね、姉様?」
四人揃って大・混・乱!
これは取り出すタイミングを間違えたかも。
私は落ち着くまで黙ってモツ煮を啜った。
(使い魔として用意したけど・・・状況によっては死蔵かもしれないわね? 流刑島のバカ共は一体なにをしたんだか?)




