第150話 愛娘に救われた吸血姫。
「では始めましょうか」
私は気を取り直しマキナの見ている目前で三匹の転生作業を行った。それは奴隷にまで落とされ爺の相手をさせられる直前の者達だった。
手順はクルル達と同じ。種族指定も猫と狐とネズミにしておいた。ネズミとしたのはスキルに依存したものだけど。小柄なうえにちょこまかと動き回って役立ちそうだしね?
「心臓までは従来通り完成したわね」
「手慣れてきましたね」
「それなりに回数を熟せばね?」
その後は体内の形成が始まり、私達の目の前に二人の眷属が再誕した。うん・・・二人なのよね。
一人は・・・どうしてこうなった?
「お母様、手順を間違えました?」
「そんなはずはないわよ? 狐とネズミは成功しているもの」
目前には耳が大きく小柄な銀毛ネズミと綺麗な銀尻尾をくねらせた狐が横たわっていた。
この子は狐獣人のショウと対となる姿ね。
こちらもメイド服が似合いそうとも思った。
現にショウが──、
「い、いただいていいですか?」
火の番そっちのけで顔を出していた。
これも同族という事で気になったのだろう。
よだれを垂らす姿はちょっと引いたが。
「ユウカの許可は得た?」
「あっ・・・浮気じゃないですよ?」
「許可を得てないのね?」
「メ、メッセージを飛ばします! あ、無視された!!」
「今は狩りの途中じゃない?」
「そうかも! で、では、少し出てきます!」
「当番までには戻るのよ?」
「はい! 行ってきます!」
同性で浮気もなにも無いと思うが。
ショウは血走った目で飛んでいった。
しかも〈変化〉と空間跳躍を使ったうえで、ユウカのお尻へと掴まって足蹴にされていた。
ゼロ距離で到着するとはやるわね?
それはともかく、私は話を戻す。
実際に私達の目の前には──
「猫獣人の形状を取ったと思ったら、無色透明なスライムに変化したよね? ドロドロと原型を無くして」
「ええ。そのまま大型猫の形状に変わっているわ。これも与えたスキルが影響しているのかしら?」
フサフサの銀毛を纏った大型猫が居た。
種類はペルシャ猫という感じだろうか。
血統書付きの雰囲気を漂わせていた。
猫の王族としては大当たりね?
スライム化するのは少々驚くけれど。
するとマキナは興味深げに問い掛ける。
「スキルって?」
「〈表面防御〉よ。水物を防ぐスキルで〈ゼリー化〉スキルと紐付けたの。そこに〈変化〉が加わったから・・・」
「〈獣化〉というスキルに変化した?」
「おそらくね? 今回は〈スキル改良〉を使ったから、その際に変異したのかもしれないわ」
流石の私も想定外だった。
マキナはフサフサした毛並みを優しく撫でて抱きついていた。大きさは160センチほど。
人一人の重量を持ち、毛並みはサラサラだ。
「とりあえず、目覚めさせましょうか」
「名付けはいいの?」
「大丈夫よ。再誕中に設定しておいたから。猫はミズカ・セト、狐はマーヤ・ヤマ、ネズミはルミナ・ナミルね。適当に付けた名前だけど本人の意識にすり込まれているから」
「ネズミっ子は回文?」
「ナギとしても良かったけどナギサとね?」
「あ〜。被るね・・・さて、猫の起こし方は」
するとマキナは猫を撫でつつ尻尾を握る。
「ぎゃん! ふぇ? ここどこ?」
猫姿で人語を話すのは違和感しかないわね。
ミズカはキョロキョロと周囲を見回す。
尻尾を握るマキナと視線が合うときょとんとしつつ固まった。
「え? 岳置さん?」
「その呼び名、久しぶりに聞いたよ〜」
ミズカは身体を起こし、四つん這いのまま身体を震わせる。今は猫のまま。人の身体ではないためモサモサの毛に違和感を持ったようだ。
「え? なにこの感覚・・・というか立てない? えぇ目線が変わらない? どういう事?」
「とりあえず抱き起こすね。よいしょっと!」
「わぁ! えぇ・・・なんで抱けるの?」
「猫そのものの抱き方ね・・・マキナの方が小さく見えるけど」
「猫? というか・・・巽さんがなんで?」
「久しぶりに聞いた名だわ。まぁ渾名よりはいいけど」
私はこの子だけが渾名呼びしていない事に安堵した。まぁ記憶を改ざんしたんだけどね。不名誉な渾名を駆逐するつもりで、この三名だけは事前に変えたのだ。後は本人達の認識で名字呼びとなった訳だが・・・ともあれ。
ミズカはマキナの腕の中でびよ〜んと身体を伸ばし、足と尻尾を床に着けていた。まさに抱かれた猫そのものであり本来の体型を認識させる必要があると私は思った。
私は思案しつつミズカから複製した──
「獣人族だけに同じスキルを配ろうかしら?」
スキルを荷馬車に戻ってきた者を中心に配ってあげた。それはこの場の狐達も含む。
その直後、各所から阿鼻叫喚が響き渡る。
兎達、狐、猫が車内に入った直後にデロンとスライムへ、大きな獣へと変化した。
目前の狐獣人も銀毛が綺麗な狐になった。
すると驚愕のユウカが二匹の大兎と狐を浮かせてやってきた。
「ニーナ達が兎になった! 元々兎だったけど! ショウも綺麗な狐に!」
「まぁそうなるわよね」
「やらかしましたね」
「???」
ユウカと共に工房を訪れたニーナは浮いたまま怒鳴りつけマサキはきょとんとした。
「ちょっと! どういう事!?」
「な、なんでこんな事に?」
衣服はその場で床に落ち、裸からの変化だった。気恥ずかしい雰囲気だわ。
ショウは気づいているのか冷静だった。
「なんらかのスキルです、コレ?」
そしてアキ達と共に大きな猫が・・・大きな猫が気絶したアキ達を背負ってこの場に現れた。
「主様! 突然過ぎるスキル配布はやめて下さい! お陰で・・・感じたではありませんか! 身体が変化する不思議な感覚なんてもう・・・」
ナディもミズカと同様に猫化していた。
種類はロシアンブルーだからか身体の形状がハッキリしてるけど。これもレベルが作用するのか、各自の認識差が凄かった。
獣人スキルを多用するショウとナディ。
多用しないニーナとマサキという構図だ。
ショウは空間浮遊から脱し、ナディの横に移動した。それこそ違和感のない身のこなしね。
「ナディ落ち着いて。私も同じだから」
「ショウも?」
一方、ログハウスで寝ていた犬達は全然気にしていなかった。この二人も獣人スキルを使う者だったため動じていなかった。
最後にのそのそと現れ──
「素晴らしいスキルです〜ぅ」
「嗅覚が増しましたね。ナディ・・・先にシャワーを浴びてきたらどうですか? 匂いますよ」
「ふぇ? 尻尾の付け根を匂わないで!!」
アコが喜び、ココがナディに注意していた。
まぁこれも種族的な対応だろうが。
アコはシベリアン・ハスキー。
ココはドーベルマンという見た目だった。
猟犬という扱いでは相当な者だろう。
私は〈獣化〉した者達の内、落ち着いた四人に問い掛ける。
「変化した状態だけど戻る方法は分かる?」
「そうですね〈変化〉スキルが残っているので・・・」
というところでココの身体が変化し元の獣人に戻った。裸に戻るのは仕様だろう。マサキは即座に反対を向いた。この場で唯一の男だから。
「使い方は〈変化〉スキルと同じですね。慣れれば換装魔法と併用出来そうです」
次いでショウも〈獣化〉を解除した。
「どれどれ・・・戻ったわね。ナディ達も試したら?」
「えっと・・・戻った。最初と同じ感覚は得られないけど」
「これって・・・意外と使える?」
「アコの言う通り・・・使えそうね。まぁ裸前提というのは考えものだけど」
「そこは魔法併用でなんとかなるでしょう」
獣人達は口々に有用性に気づく。
マサキは兎のままだけど。
女性陣が素っ裸で語り合えば仕方ないのかもしれない。私は獣人達全員に提案した。
「それならサイズ伸縮の肌着を着るという方法もあるわね。毛並みがモッサリなミズカとショウ、マーヤは少し考える必要があるけど」
「私は換装魔法だけでやってみます」
「ショウがそれでいいならかまわないけど?」
すると私の発した名前にニーナが気づく。
「ん? 今の名前?」
ショウは既に知っているけどね?
そして唯一の獣人ではないユウカが──、
「ミズカやマーヤって誰!? てか、その大ネズミはなんなの?」
背後に寝転ぶ二匹に気づく。
ミズカはマキナに抱かれたままきょとんとした。スキル配布以降は、マキナに撫でられていた。直前まで気持ちよさげな顔だったから。
「大ネズミはルミナよ。旧名:凪留美ね。ミズカは瀬山水夏、マーヤは真山真弥」
「あ・・・あー! ちまっこい!」
「へぇ〜。ネズミっ子か、美味しそう・・・」
「ナディ、食べるなら先に私に味合わせて!」
「ショウはそっちの狐が良いんじゃないの?」
「あっ! ユウカごめん!」
ユウカはショウから謝られて首を横に振る。
ただ、この時のユウカは別の事に興味を持っていた。
「気にしてないわよ。ところでその〈獣化〉って獣人だけのスキルなの?」
「一応・・・使えるわね。〈変化〉で獣人化する前準備が必要みたいだけど」
「だから〈変化〉スキルが残ったままなんだ。だったら・・・おっと、指輪は外して」
そして私の鑑定結果を知った直後、狐獣人と化し・・・見事な毛並みの狐と化した。裸も換装魔法で〈獣化〉も一瞬で変化させていた。
これはレベルが影響しているかもね?
私も全員が〈獣化〉を使えると分かった段階で条件付きで有効化させたけど。
「こういう手順なんだね。あぁ〜薬草の香りがする〜。嗅覚が必要な薬草採取をショウにお願いしていたけど私でも可能になりそうだわ〜」
「えぇ!? ユウカ待って! 私から仕事を取らないで・・・〈獣化〉して採取に行くから!」
「は? 一緒に行えばいいでしょう?」
「あ、そういう事?」
「なにを勘違いしているのよ?」
ユウカのドSは相当らしい。
ショウをうまく手玉にとり色々お願いしていた。その代わり、自身の身体を味合わせるという褒美を与えているようだが。
ともあれ、この場に三匹の銀狐が居るのは少々不思議な気もするが。
だが、その直後──、
「ところで私はいつまでこの状態?」
ミズカからの困惑気なツッコミが入った。
「あ!〈変化〉スキルの使い方を教え・・・というか転生の経緯を説明しないと」
「お母様、私が撫でながら教えた!」
「マキナ、ナイス!」
結果、娘に救われた私だった。




