第15話 吸血姫は大陸を出る。
それからしばらくして。
大陸南方にある港街に着いた。
一応空間跳躍を用いて移動したので残存追撃者に気取られる前に徒歩移動で十日の距離を短縮移動した。
馬車なら七日の距離ね。
割と小さい浮遊大陸なのに無駄に広いという印象が持てた私であった。
その後の私はリンスの案内で入市し縁から見える外界に圧倒された。
それは遠方という意味で霞がかってよく見えないが、空を見上げる形で複数の島々が浮いていたのだ。それこそ更に先に見える頂上付近の巨大な浮島が例の中央大陸なのだろう。
『人がゴミのようだ!』
と、冗談でよく聞いたりするが・・・まさしくそれであり、そこに住まう者達を殺戮しようとしてる者達が余りにも世間馬鹿過ぎて唖然とした。
(井の中の蛙大海を知らず・・・ね? しかもここ外側に捕縛結界と幻惑結界等があるのね・・・だから中央部から外が見えなかったのね)
ひとまず、リンスが時刻表を調べに行ってる間・・・大陸縁に立った私は魔力の揺らぎに気がつき〈鑑定〉した。
設置意図は判らないが外界と隔離する様々な結界が複数張られていた事を知ったのだ。
(〈魔導書〉には・・・流刑民の逃亡避け? ここって犯罪者の巣窟なの!? だからおかしな輩しか居ないのね? 餌だらけだったなら生命力を戴けばよかったわ〜! もったいない!)
私の食欲的な独白はともかく、結界に近付くまでは知り得なかった情報が〈魔導書〉により知ることができ、異世界パネェと思った私である。
それは結局、外界を見るまでは教えないという制限が付いていたのだろう。
〈遠視〉スキルも近距離ならともかく、遠方の場合は探した者を直接見るスキルだから途中の島々の情報までは私も知らなかったのだ。
〈地図魔法〉では距離はともかく島々の高度までは載ってないし【地図で見る】と【直接見る】とでは感じ方も異なるからだろう。
あの勇者達にもマトモな認識が残ってるとするなら、この現実を直視して考えを改めて貰いたいものである・・・洗脳されてるから無理だろうけどね?
しばらくするとリンスがリンゴの入った紙袋を持ちながら戻ってきた。
時刻表を見に行っただけでなく買い物までも済ませてきたようだ。お金はリンスにも与えてるし欲しい物を買うのは構わないけどね?
でも流石に買いすぎじゃない?
という量のリンゴが紙袋に収まっていた。
「お待たせしました。ひとまず〈十五の鐘〉の後に出航する便がありましたので、それで移動しましょう。それと搭乗前に港のギルド支部で定期便のチケットを買う必要がありますが・・・カナデさんはギルドカードをお持ちですか?」
「ギ、ギルドカード?」
「はい。購入するうえでそれが必要になるので」
そう言って、リンスはきょとんと呆けた。リンスの表情は私が愕然となった事に対する反応だろう。
まさか大陸間を行き来するのにギルドカードが必要になるとは想定出来てなかった。
それこそ、お金を払えば乗せてくれるものと思っていたので甘い考えがあったと、脳内で一人反省会を開いていた私だった。
ちなみに、リンスの言う〈十五の鐘〉とは午後三時の意味ね? 今は〈常夜の刻〉のため、時間はともかく真夜中の様相を呈しており街中の活気は当然、閑散としているのだ。
店の中なら店員が待機しているそうだけど。
それこそ真夜中のコンビニのように。
するとリンスは私の表情から察したのか苦笑しつつ問い掛けた。
「まさか、お持ちでないとか?」
「そ、そうね。うん。持ってないわ・・・レベル的にね?」
私はリンスの問い掛けに対し、引きつり気味の笑顔で応じた。しかし、この意図せず発した言葉が別の意味で作用したようで──、
「あー、確かにSランクに至る方は持ってないですもんね。その殆どの方は自前で行き来出来ますから」
リンスは苦笑しつつも同類の行動を私に明かした。
「単身で行き来が出来るの?」
それは私にとって寝耳に水な情報である。
〈魔導書〉にも載ってない・・・否、調べれば出てくるけど情報に至るまでの検索ワードが浮かばないのだ。そもそも単身での大陸間移動という異世界人は総じてビックリな情報なのだから。
「はい。浮遊魔法ですね? それを行使出来る方が殆どなんですよ」
「あはははは・・・ちなみに、船を自前で用意しても問題ない?」
私は同類の行動に呆れた。
だがそれだとリンスが困るため、今度は別の意味で問い掛けたのだがリンスも私の意図に気づき詳細を明かしてくれた。
「問題ないですね。船籍登録は必要ですけど」
「船籍? この大陸以外の指定も可能なの?」
「可能ですね。その代わり種族登録が必須となりますけど」
「なるほどね? それなら、たちまちは飛びましょうか・・・こことあちらは問題あるのでしょう?」
「ですね。明かすとその場で騒がれますから」
まぁ理由はなんとなく分かる。
吸血鬼族への迫害がこことあちらは酷いのだろう。だからリンスも経由を選択したのだ。
船を用意するのは簡単だが、この大陸での露見は避けたいし、あちらも同様である。
ならば選択肢は〈飛ぶ〉の一択しかなく私は仕方ないとリンスのリンゴを亜空間庫に預かりながら、自身とリンスの身体に空属性と闇属性の魔力膜を二重に纏わせた。空属性は身体を浮かせ空気の密度を維持するもので闇属性は夜闇に紛れるものである。
「出発は発着場でなくてもいいわよね?」
「ええ。個人的に飛べる者はどこででも飛び出しますから」
「なら、リンスは私が抱いていくわね? 私の前に立ってね?」
「はい! カナデさんのお胸・・・柔らかいです〜」
「ふふっ。首の固定には丁度良いでしょう? 行くわよ!」
私はリンスを前に抱きながらリンスの柔らかい胸下に腕を回して固定した。そのうえでリンスの頭を胸の谷間に挟み纏わせた魔力の膜を統合して一つの個として浮遊した。
あとは亜空間創造スキルにより専用路を構築し〈鑑定〉を用いてルート選択を行い風魔法で音速を超えた。
「凄い! 凄い!」
「舌をかむからほどほどにね? もう少し速度あげるわよ!」
こうして私の浮遊魔法により私達は第八十八浮遊大陸から一気に離れた。ただ、この対応は追撃者からすれば一瞬で消えたようにも見えただろう。闇を纏い夜闇に消えたように亜空間内へと収まって。
あの時点でも背後から歩み寄ってくる者達が居たのだ。肝心のルートは第八十六浮遊大陸・ハイラには向かわず、第六十五浮遊大陸・ジーラへと直接飛ぶ事とした。
§
カナデがリンスを連れて第六十五浮遊大陸・ジーラへと飛び立った直後、背後に居る者達はというと──、
「なぁ? 俺達は逃げた勇者の捕縛に来たんだよな?」
「ああ。そのとおりだ。王がなんとしてでも捕まえろって言うから出ばったんだが」
「でも今、消えて無かったか? 大陸縁は飛び降りられるものではないし」
焦りの色が見える顔色で大陸縁を眺めていた。人数でいえば一人を捕縛するだけだから三人しか居ないが〈鑑定〉が使える者達ではないためカナデの特性までは気づけてないようだ。
「ああ。消えたな。というか異世界人は最初期がレベル1だよな?」
「それであってるぞ? 今も城に残る者達は総じてレベル20に上がったそうだし、逃げおおせてレベルが上がるとは思えないんだが。それに暗殺ギルドの相手をしてたのは冒険者の方だしな?」
「なら、レベル1だよな?」
そのうえで例の変質した勇者達を話題に出し、現状を話し合う。〈鑑定〉が使えない事と魔力が把握出来ない事が災いしているのか固定観念でレベル1となす思考回路は呆れるの一言であった。
すると別の者が大急ぎで現れ──、
「今、街の密偵から報告があがったが、もう一人は・・・Aランク冒険者だそうだ」
「だとするなら護衛を付けて? あの消えた魔法もその者が?」
「でもAランクはレベル99までだぞ? 空を飛べるのはSランクからだから隠れSランクという事か?」
リンスの身分を明かすのだった。
しかし、浮遊魔法はレベル100を超えないと使えないという不文律が存在する世界のため、彼等はリンスの実力を過大評価してしまうのだった。
「Aランク冒険者が逃げた勇者の味方に? ということは・・・」
「王に報告だ! やばいぞ! 策が筒抜けになる!」
そう、策が明るみになったと怯え、その場から急ぎ移動を開始した。本来であれば知の女神を騙す時点で神罰が下る話なのだが、今の私は〈召喚契約〉に基づき直接関与が出来ない。なればこそ勇者召喚の当事者であるカナデに委ねるしかないのだ。
そう、あの子は私が唯一認める希望なのだから。魔の女神が見守る子供を助けた希望なのだから。




