第149話 処理を任せたい吸血姫。
合国軍との距離が近付きすぎた事で急遽停車する事になった私達。たちまち、野営地ではない場所にて六台を並べたまま脇に停車させた。
運転していた者達は外套を羽織り馬を外す素振りを示す。周囲には他の商人達も居り、訝しげな視線を向けられたが、前方を進む大軍から察したようである。進めないからね。
私とマキナも外套を羽織って外に出る。
「あの進み具合だと、しばらく掛かりそうね」
「遅いなんてものじゃないね。異世界なら大渋滞で煽る者が現れそうだよ。煽った矢先に殺されるけど」
「軍隊が相手だものね。とはいえ・・・」
「主なる原因があれじゃあね・・・」
私達は目前に見える荷車を注視する。
そこには隻腕の勇者が二人居た。
治療魔法ですら行えない下界では包帯を巻くまでがやっとのようだ。肝心の傷はユーマの刀で焼き切られているため流血こそ流れていないが、痛々しい姿なのは変わらなかった。
その勇者達は呆然と周囲を見回していた。
「あ〜。女買いてぇ・・・右手が無くなったから、代わりが欲しいわ〜」
「胸が大きくて色っぺぇ女とかおらんかな〜挟んで貰いてぇ〜」
そう、下品な話題を発しながら周囲を見回していた。それこそ街道脇にある村落から娘を寄越せとでもいうような態度だった。
それを見たユウカとミーアは──、
「自分の顔と相談しろって思うわ〜」
「ブッサイク相手に抱かれる者の身にもなって欲しいね・・・それこそ自分たちで抱き合えばいいのに。互いに利き腕がないなら向き合って」
嫌そうな顔で毒づいていた。ミーアは腐女子的な妄想を垂れ流していたけれど。
私は眷属の女性陣に苛立ちが浮かんだため、荷馬車の周囲に幻惑結界を張った。
勇者からはなにもない街道が拡がる結界だ。
こちら側からは勇者を除く軍勢だけが見えるものとした。相手にするだけ無駄だしね。
いずれ消えゆく者達だもの。私は気持ちを改め野営を行う者達に指示を出す。
「今日はこの場で調理しましょうか」
「焚き火でもするの? お母様?」
「ええ。近くに川があるから渓流釣りしてもいいでしょう。ようやく森林地帯に入ったし」
それを聞いたナディは目を輝かせ、釣り道具を取り出していた。
魚好きというより釣り好きなだけに見える。
すると周囲で薬草を探していたユウカから質問が飛ぶ。
「魔物が出たらどうする?」
「魔物も調理すればいいわ。オーク肉が少ないから狩りに出てもいいわね?」
それは人員が増えた事で肉不足に陥っているからだ。一応、上界でそれなりに狩ってはいるが、五十数名となった現状ではそれですら足りないでいた。海水魚は有り余っているのに、肉が足りないってやつね。淡水魚はこれからナディがアキ達姉妹を連れて釣ってくるようだが。
「じゃあ薬草と同時に魔物狩りもしてくるね」
私は釣り具とバケツを持って移動を始めたナディ達を見送りつつも、目前で装備を整えるユウカとニーナ達にお願いする事にした。
「そうね。ユウカは決定だから、あとはニーナ、お願い出来る?」
「マー君も連れていっていい?」
私はニーナの懇願を受け怪訝なまま女性装備を身につけた雄兎に目を向ける。
「それは護衛として?」
「それもあるけど、色々見て回りたいらしいから。どうせなら・・・ってね?」
私はモジモジするニーナではなく、マサキの思考を読んだ。ニーナは単純に冒険したいって事みたいね。マサキの方は少し違うけど。
私は苦笑いのマキナを見つつ許可を出した。
「それはかまわないけど、青〇は上でやりなさいね。この場で突っ伏すと魔力拡散の影響を受けて、すぐに体力回復が出来ないから」
「流石に真っ昼間から繋がらないわよ!?」
「えー!? 繋がらないの!?」
「マー君、もしかしてそのつもりだったの?」
「あっ・・・」
「あっ、て・・・もう! 昨日もあれほどやったのに! あれでも足りなかったの?」
「それは、まぁ、その、あの・・・」
まったく! 真っ昼間からお盛んな事で。
本気の子作りという訳ではないが夫婦となった者達はそれぞれに関係を結んでいるようだ。
それを見た一人者のユウカは苦笑し──、
「兎は年中発情期だもんね〜」
暑そうな素振りで二人を置いて先に移動を始めていた。今はエルフではなく人族の姿だが。
元よりユウカは百合なので異性に興味はないようだ。実兄からの性被害の古傷もあるもの。
ニーナ達は互いに顔を見合わせ〈変化〉したのちユウカを追いかけた。
「「それは兎だけじゃないでしょ!?」」
「そうだっけ?」
「オーガの四人も凄かったわよ? レリィとクルルが乱れまくっていたし。レリィもあんな声を出すんだって初めて知ったわ」
「風呂でタツトとコウシを見てビックリした」
「色々異なるってああいう事を言うのね〜」
「ユウカも見たの?」
「出くわしたという方が早いかも。他種族だから恥ずかしいって気持ちは湧かないけどね?」
「エルフは人族か同族が相手だものね〜」
「獣人族もそうでしょう。吸血鬼族もだけど」
「流石に人族と繋がりたいとは思わないわね」
「俺も思わない。俺はニーナ達一筋だから!」
「言ってくれるわね。ニナが喜びそうだわ!」
「ところで嫁が二人ってどんな心境?」
三人の会話は少々気恥ずかしいものになったが、三人も生まれ変わったとはいえ、その精神年齢は思春期真っ只中の学生だ。色々と興味が尽きないのは仕方ないだろう。
私は徐々に離れ行く、六人を見つめつつ──
「三匹を用意しましょうか」
マキナに提案した。
マキナもそのつもりなのか、火熾しを行ったあとに付いてきた。火の番はアンディとソージが行っている。これも一定時間で交代させ、次はショウとナギサが行う事になっている。
今回は急な野営となったため、指示を得ていない者達はそれぞれで行動に出ていた。
ユーマとサーヤはリンスの元へ。
リリナとリリカはプールの中へ。
サヤカとハルミ、シンとケンは運転席と助手席で寛いでいた。残りの面々はタツト達同様に冒険者の依頼を熟しているようだ。
私とマキナは一度車内に戻り、ログハウスの工房へと移動した。
「今回の三人を足したら六十人になるんだね」
「そうね・・・結構な大所帯になったわよね・・・」
「これだけ増えると部屋の方は大丈夫なの?」
「流石にログハウスだけじゃ足りないから、イリスティア号の空き部屋も使いましょうか。今までは個々に部屋が複数あったけど今後は一人一部屋とした方がいいわね。三人で寝られる室内は変わらないけど」
私は工房内に入ると保管庫から封印水晶を取り出した。マキナは空間の御祓を行っていた。
するとマキナが心配そうに問い掛ける。
「でもさ? 帝国をウロチョロする二人と海上の三人はどうするの?」
私は封印水晶をテーブルに置きながらきょとんとしてしまう。人数的に五人居るという事だろうか? 女子二人は元々助ける予定だけど。
「三人? シロの嫁とニーナの仲間よね?」
「ううん。レイヤー共じゃなくて男達の方」
マキナは横に首を振り本題を濁す。
これは助けるか否かの判断よね?
どうすると聞かれても助けるかどうかはその時の気分に依るので答えようがなかった。
それ以外だと六人の転生待ちがあるしね?
私は悩む。男手はある方がいい場面は確かにある。現状でも使える者を優先しているしね。
だが今回は、人格面で悩む者しか居なかった。
「それって外道トリオの二人よね? 一人は普通の男子だけど」
外道トリオ・・・一人は紳士的なタツトだ。
だが、残りは本当の意味での外道だった。
一人は外道醍醐。
男女問わず非道を犯す本物だ。
一人は狂流狂爺。
ゲーム脳とでもいうべき異常者だ。
それが〈一組の外道トリオ〉という渾名で広まっており、タツトが居た事で抑えられていた危険人物達だ。私が見ても危険と思う者達ね?
だからマキナは使命感から困ったのだろう。
勇者に関する転生事案はシオンでも拒否する事案だ。それを元クラスメイトという事でマキナに委ねて確認したのかもしれない。
私とマキナは仕方なく海上を〈遠視〉した。
「うん。見るからに干からびているから、どうすればいいかなって。一人は船の上で首輪付きだけど」
「遭難で干からびているなら、そのまま魚の餌にしましょう。助ける必要はないわ」
「本当にいいの?」
「自分勝手に暴れた結果でしょう。残り一人は・・・巻き添えで捕まったのね。主犯達は海上に落ちて、止められなかった一人は責任を押しつけられたのね。船をボロボロにした罪で。こちらは追々判断しましょう。焦って増やしても面倒なだけだし」
「分かった。彼らの転生先は・・・」
マキナは私達しか見えない魔力膜を表出させる。それは転生の渦の管理画面だった。私は他の封印水晶を見繕いながら応じる。
「トカゲでいいでしょう。記憶と人格を残したまま転生させたらいいわ。罰と認識するならそれでいいし、認識しないなら弱肉強食の世界で弱者として生を全うさせたらいいわ」
結果、干からびて漂う外道達はマキナの手によりそのままの状態からトカゲへと転生した。
遺体はものの数秒で崩壊し魚の餌に変わった。装備品も溺れるためか着ていなかった。
半裸で漂えば干からびるのは必定だろう。
マキナは最後まで見送るが、なぜか困った顔をした。
「蜥蜴族に転生しちゃったけど、いいよね?」
「そんな種族いたの?」
「獣人扱いみたい・・・沼地で兄妹そろっておぎゃーだよ。狂爺は雌だけど」
「べ、別の意味でTSしたのね・・・」
確かに反応に困る内容だったわ。
蜥蜴族・・・リザードマンまで居たなんてね。
そのまま外道の皮を何度も脱皮して本当の善人になればいいけどね?




