第148話 距離を置きたい吸血姫。
ひとまずの私は敵陣の居場所を探るため、探索魔法を前方に打った。それは最上位に分類される魔法なので気づかれる事はないと思うが。
「現地からおよそ10キロ先、進みは相変わらず遅いわね。探索魔法で分かるのは群体としての様子だけだから、状況を見る者が必要だわ」
私達は〈マグナ楼国〉の国境門を抜けアイネア合国との緩衝地帯に入った。
荷馬車の幻惑も四頭立てに戻し、砂漠で休息を入れてきた風のボロボロの幌をかぶせた見た目に変えておいた。
すると助手席のマキナが心配気に提案する。
「相手の進み具合によっては追い抜く事も考えないと不味くない?」
私は後部座席でタブレット画面を睨みつつ、芳しくない結果から頷く。
「それも視野に入れておく方が良さそうね。でも、それはそれで問題があるのよね・・・」
『追い抜いた後・・・もしや、挟撃ですか?』
「ええ。ナギサの言う通り、それだけは避けたいのよね。疲弊した人族はどう動くか分からないから。作戦を立てて軍事行動に出るまではいいの。どう動くか考えが読みやすいから。でも窮鼠猫を噛むって状況になった時・・・」
という例えを出したら猫が反応した件。
運転手が脇見運転するってどうなの?
するとマキナが困り顔で注意を行った。
「ナディ・・・前向いて」
「あっ・・・すみません」
「不意打ちの反撃を食らう事もあるからね。私達が不死者といっても怪我すると痛みは湧くし、途端に士気も下がるから。それに・・・」
一同は黙って私の考えを理解しようと努力していた。人外の強者であろうとも油断すると足元をすくわれる。安全マージンは余力を持っておいても問題ないのだ。
「単純な制裁に複合的な制裁を食らわせて、追い詰められた者がどう動くか学んでいない者はこの場には居ないでしょう。今回の例だと負傷勇者が原因で帰るに帰れない事や、予定外の派兵で戦力を失った事が軍上層部の苛立ちに拍車を掛けると思うわ。それこそ、異世界の大戦前のきっかけを知らない者は居ないはずよね?」
『そうですね。経済封鎖のお陰で・・・』
「最後は度し難い戦死者を出した事案ね?」
それを思い出したマキナは思案気になる。
「となると・・・先に封じておく?」
この子も殺戮戦を経験したようだ。私が放置したあとは転々と異世界の国々を旅していたようだから。だから私は当初の予定を口走る。
手元では今後の経路を選択しながらだが。
「挟撃回避するならそれがベストね。今の敵陣は負傷した勇者という重しを持った状態よ。この状態で移動するから、進みが遅いのは当然だわ。特権を使ってでも休もうとか言ってそうだし。周囲では勇者に対するヘイトが溜まりに溜まり、いつ爆発してもおかしくないからね?」
「特権行使勢しか生き残ってないもんなぁ」
「困った事にね。とはいえ、総数が総数だからね。敗走した者とはいえ正規軍。足枷の勇者達が居たとして最後の手段に出るとそれはそれで面倒だし・・・」
「肉片だばーだね。予兆を感知しないと」
「途端に巻き添えを食らうわね。相手が男共だから・・・先陣を切らせるなら同類・・・かしら」
『『お、俺たちって事?』』
『飛んでくる物を思えばね〜。ランイルの第三王妃の様子を思い出せば、正直嫌かも』
そう発したのは嫌悪を晒すユウカだ。
『あれは嫌かも・・・』
ユウカの隣に座るアキも嫌そうにしていた。
男のブツだけが顔に当たる。
同性であろうとも嫌だろうが。
私は脱線した話を戻す。
「それだけじゃないわ。装備も同時に鉄片で飛んでくるから広範囲で死者多数よ。最後っ屁としてはとんでもない代物だけど」
「敵味方無視で爆散かぁ・・・」
「あえてこちらから封じてもいいけど・・・」
『動かなかったと念話で報告が入りますね?』
「それもそれで問題でね?」
「『問題?』」
「今回、彫像組の粒魔石を回収した時に改めて解析してみたらね・・・とんでもない仕組みが入っていた事を知ったのよ」
そう、回収した粒魔石を高度解析魔法に掛けたら、二重三重を超える多重魔法陣を宿していたのだ。最近、詠唱で魔力を与えるという機能を知ったため、改めて解析した結果ね?
かつて埋め込まれた者達はオウム返しした。
「『とんでもない?』」
「今までの経過で知ったのは空属性魔力、死亡判定、詠唱、空間固定の連鎖陣。これは風爆陣を含むトリガー指定の事ね」
「それは把握してるけど、まだあったの?」
「判明したのは同時発動よ。例の魔導士長の膨大な魔力と詠唱、惑星的な縛りでもって場所を問わず発動させるの」
「そ、それって!?」
それを聞いたマキナは察したようだ。
私も予定外の出来事となるため、重いため息を吐きたい気分に駆られた。後始末を奴らに委ねようと思った矢先、私達が後始末をしなければならなくなる事を知ったから。
「折角送りつけた粒魔石が私の魔力ではなく自分の魔力で動くの。表層のトリガー陣の奥に同時発動の多重陣が存在していてね。うまく偽装されているから騙されたようなものだわ」
「『あぁ!』」
「私達が入る前に合都が壊滅する可能性が高いという事よ。そうなれば私達が行うのは」
「『後片付けかぁ・・・』」
「城の者達に委ねる予定だったのにね。それもあるから封じを行えないのよ。単独行動中なら救いもあったけど・・・」
『報告されるとなると難しいですね。念話を封じても伝令が走りますし』
「数が数だから、乱戦の間に動いていても不思議ではないね」
「かといって、追い抜けば」
『騒動を起こしている間に増援となる・・・か』
「挟撃対策と爆散対策。それを行うには相手の動向を探って包囲網ののち殲滅させるしかないって事ね。勇者共々」
この時の私達は荷馬車を人の歩み程度で抑えて進んでいた。一種の徐行中ともいうけれど。
だが、それであっても速すぎたようで──
「主様、敵陣の最後尾が目の前に・・・」
ナディが困り顔で報告してきた。
会話に夢中になる余り、いつの間にか追いついてしまったらしい。
牛の歩みかってほどに遅すぎる軍勢。
最後尾には偉そうな素振りの勇者達が居た。
それを〈遠視〉したニーナはゲッソリした。
『塊みたいに片付ければよかった・・・』
「後悔先に立たずよ。街道を軍勢が占めてるから、間に商人達の列が出来てるわね。ここから脇道に抜けるわけにもいかないし、少し早いけど・・・野営準備に取りかかりましょうか」
「『りょうかーい!』」
私達は意図せず渋滞に巻き込まれ予定よりも早い野営を行う事になった。これも軍勢と距離を置かねば、あれこれ買いたいと騒ぐから。
隊商という事もあって買い占めるくらいは言いそうだもの。果ては私達の荷馬車を接収されても不思議ではない。見た目がボロボロでも勇者達の乗る荷車よりはマシだから。




