第144話 珍しく聞専の吸血姫。
そして翌日。
私とリンスは先々代魔王の元を訪れた。
それは喫緊の問題が解決したため、改めて旅に出る事を伝えるためだ。
それと共に──
「もし、よろしければなのですが、一度祖国の地を踏みませんか? 御婆様も面会を望んでおりますし」
先々代魔王へと提案した。
彼は捕らわれてから二千年を地上で過ごしたのだ。今でこそ先々代魔王として名を知らしめているが、本来はティシア王家の末弟だ。
それを踏まえてリンスは昨晩、祖国へと戻り自身の祖母に事情を伝えたようである。
すると先々代魔王は驚愕と共に問い掛けた。
「なんと!? 上がれるのですか?」
リンスは満面の笑みで応じた。
「それはもちろん。私も頻繁に戻っておりますからね。平時は地上で旅を行っていても、休日には公務もありますから」
そう、普段は地上で色々な物を見て回っているリンスも、休みの日に纏めて公務を行っている。昨晩は例外だったようだが。それを聞いた先々代魔王は感慨深い表情で答えた。
「そうでありましたか・・・私も上れる事が一生無いと思っておりましたが、良い機会です。お願い出来ますか?」
「ええ。判りました。では直ぐにでも向かいましょうか」
「え? 今からですか? 時間的に・・・」
「問題ありません。今からでも行き来が出来ますので」
リンスはそう言うと亜空間庫から姿見を取り出した。それは私が用意した亜空間路を施した鏡であり不死者しか使用出来ない魔具である。
対象外の者が触れると即座に時間停止する類いの物ね? 魂まで永久停止するので悪用される心配はない。仮に悪用しようとして魔力を纏わすと、召し上げられる仕組みも含んでいる。
この場に居る者であれば定期的に行き来も可能だろう。国交は魔族だけが結べば良いのだ。
人族達は相当先になるだろうが。
「このように・・・鏡の中を抜けるだけで良いのです」
「なんと!? これはまさか・・・神器の類いでは?」
「まぁ・・・似たような物ではありますね」
困り顔のリンスはそう言うと私を見た。
いや。実際にそうなんだけどね。
私が伏せている情報をいとも簡単に看破するとは伊達に年は食っていないという事だろう。
私は畏れ慄いている先々代の背後に回り──
「先方がお待ちしておりますので・・・」
さっさと鏡の中へと押し込んだ。
リンスは苦笑したままあとを追った。
私は周囲を時間停止結界で覆いつつ鏡を潜った。これも一応の処置ね。不審物として処分される事はないにしても、なにが起こるかしれたものではないから。裏切り者は居ないと思うけど、油断は出来ない。
私は鏡を潜り抜け、周囲を見回す。
そこはリンスが指定したティシア王城の一室だった。シオンも先んじて入城しており、微妙な顔で私をみつめていた。
「押さなくても良かったのに」
「動かなかったもの。それよりも・・・感動のご対面となったわね」
「ええ。彼が出た先にリンナが立っていて、抱きついた形になったわ・・・」
「それはまた・・・まぁ、結果オーライね?」
「そういう事にしておきましょうか」
まぁ「鏡からこんにちわ」という体で抱きついたなら鏡前に居た者が悪いだろう。反対側はどこに出るのか知らないから。これは少し改良して双方向で見える物とした方が良さそうだ。
不意打ちで抱きついたというなら、相手が男だった場合、酷い事になるのだから。
ウチの腐女子達が喜ぶ展開ではないけれど。
私達は感動の再会を果たした者達を眺めた。
二千年ぶりの再会だから。
先々代魔王は年甲斐もなく泣きじゃくり、リンスの祖母を困らせていた。
元々が年齢的にも一番若かったのだろう。
「これはまた・・・」
「仕方ないわよ。一生離れ離れになると思っていたもの。威厳が無くなるのも無理ないわ」
「いつか戻るという気持ちも消えてたのね?」
「魔力拡散が酷すぎて戻る事叶わずだもの」
「酷な事をやってのけたのね。当時の人族は」
「ホントよね。オーガ族の彼も嫁をこちらに残しているというわ。有翼族は元々独身だったから、そうでもないけど」
「いつかは再会出来るといいわね?」
「そうね。まずはティシアとの国交を結んで、その後は追々という事で」
シオンは感動の再会を邪魔したくないという心境ではあったが会話に割って入り、話を進めた。まずは両国の大使館を設ける事と、条約の締結が話し合われた。本来なら今代魔王も席に着かせるべきだが執政は未だに先々代が行っているというので〈マグナ楼国〉としては問題ないらしい。
こうして、マグナ・ティシア両国の国交は無事に成立した。その間の私は〈渡し鏡〉の改良をその場で行っていた。そうしないと第二第三の被害者が出るから。両国家間の行き来はこの鏡を主とし、不死者が必ず行う事とした。
各種流通品は別途用意した保管庫を経由させ、それで取引を行うよう段取りした。なお、飛空船に関しては、門外不出という事で持ち込みは不可となった。そもそも下界では魔力不足で飛べないしね? 私の特殊船でない限り、表沙汰には出来ない。人族達が奪いに来るから。
「では、また次回の機会に」
「ええ。楽しみに待っているわ」
私達は先々代魔王と共に魔王城へと戻った。
ただ、案の定なのか侵入者の残りが居た。
そいつは人族でもレベルの高い者だった。
それは暗殺者なのか隠形レベルが高かった。
「性懲りも無く・・・水銀を所持しているわ」
「こやつが原因だったか・・・」
「ご苦労な事で。時間停止結界に阻まれて止まってれば世話無いわ」
「所詮は人族って事よ。さて、記憶と経験値、魂まで召し上がりますか」
私は実にあっけらかんと暗殺者を滅した。
こいつは合国の間諜ね。マギナス王国とは別件で動いていた者のようだ。やはりあの国も同類らしい。東部戦域では敗走したが間諜はそのまま残していたのだろう。私は記憶に残る残存兵を〈遠視〉し、全て亜空間へと封印した。
戴くのは後日という事で。
流石に時間も無いしね? 出国は昼過ぎだ。
今はレリィ達がカレーを用意しているため、それが出来次第、私達は合国への移動を再開する。
全員で鋭気を養って次に向かうのだから。
私達は先々代と共に空中庭園へ移動する。
シオンは元気の無い先々代を励ます。
「私達も定期的に戻ってくるから安心なさい」
「そ、そうですね。国交も無事に樹立されましたし、奴の手が空き次第、会わせるよう段取り致しましょう」
「そうね。あちらとは鏡越の面会だから、必要品があるようなら保管庫を使ってね」
「ええ。その旨、伝えておきます」
今はひとときの別れだ。
私達も戻ろうと思えば鏡越しでの行き来が可能となる。もっとも空間跳躍の方が一瞬だが、これも今回の一件で私に連なる者はダンジョンコアで除外された。
以前のままだと妨害されまくるからね?
それと共に通用審査の改良も施し、レベル200の人族までは見えない壁が発生する物とした。これも元々がダンジョンである事からレベル指定以外は改良不可だった。
私達は一号車に乗り込み、外で待機する先々代達に手を振った。
「では向かうわね・・・」
「どうかお気を付けて」
私は周囲を見回しながら後部座席で手を振るシオンへと目配せする。それは〈希薄〉で消えたようにみせるためだ。このまま空中庭園から飛び立てば驚かれるからね? 転移したように見せた方が手っ取り早いのだ。
シオンは頷きながら〈希薄〉を行使する。
「!? 消えた・・・魔力が霧散するこの下界で転移魔法を使うとは」
「敵対しなくて正解でしたね」
「勝てるものでもあるまい。さて国交樹立が叶ったのだ。次に行うべきは大使館の準備だぞ」
「そうですね。今回はお父様だけ帰国なされたので次は私も上りたいですね」
「そうだな。機会を見て挨拶に向かおうか」
「私達もお供します!」
「当然だ。孫と私の嫁達もな?」
私達は空中庭園より離れていく者達を眺めながら、人気が無くなった事を把握しつつ、大型四輪駆動車の飛空船機能を稼働させた。
「王都を出たら、食事休憩を入れて合国へと向かうわよ!」
「『了解』」
ちなみに、一号車以外は王都を出てから取り出す予定だ。この国の町並みを眺めて移動するのも有りでしょう? 転移可能になっても時間は有効利用したいもの。
焦ると要らない者を呼び寄せそうだしね?
すると助手席のマキナが興味深げに問い掛ける。
「ところで奴隷になってる三人はどうする? 野郎は要らないから強制労働でいいけど」
それは奴隷となった残念女子の事だった。
私はなんの事かと思ったが。
「それこそ放置でいいんじゃない?」
「そう? 結構役立つスキル持ってたけど?」
マキナはあっけらかんとしているが、救いたいとでもいうような眼差しを向けていた。これは数を熟して自信を付けたいみたいね。口調が敬語ではない事から女子高生のマキナに戻ったようだ。敬語時は使命に準じている時ね?
私は事と次第によると思いつつ問い返す。
「それは・・・どんなスキルなの?」
「瀬山は〈ゼリー化〉」
「それって、スライム化って事?」
「うん。隙間からスルスルと入って鍵開けしてたよ? もちろん全裸にならないと出来ないけど」
「生きながらにスライム?」
「本人はあまり使いたがらないスキルだね〜」
「真っ裸が確定だものね(霧化みたいね?)」
「水物と混ざると取り除くまで戻れなくなるそうだよ」
「危険なスキルでもあるわね(霧化とは違うわね・・・)」
「真山は〈固形化〉」
「今度は固まるの?」
「うん。足場になるのかな? 服を着たままで固まるの。先の五人みたいに」
「自身に掛ける石化魔法みたいね?」
「その代わり自身のレベルを超える者に出くわすと崩されるって。髪がボロボロになって長髪からベリーショートに変化したらしいよ。それでレベルの概念があると知って伸ばす者多数だったね〜。主にゲーマー界隈だけだけど」
「確かにそういう手合いなら優先する事案ね」
「凪は〈縮小化〉」
「小さいのに更に小さくなるの?」
「うん。小人ってくらいにまで縮むよ?」
「よ、用途は?」
「潜入かな? 装備品に紛れこんで」
「あぁ・・・ネズミみたいな者なのね」
「その代わり、胸が縮むというデメリットもあるらしい」
「「「「は?」」」」
最後の一言は私だけでなく、後部座席に座るシオンやリンス、ナディも目が点となった。
するとマキナは女神を擁護するように両手を前で振った。
「違う違う! 本人が勘違いしているだけでそんなデメリットは無いよ? 元々胸が無いのに小さくなるもないでしょう?」
「それも、そうね・・・びっくりしたわ」
ともあれ、マキナからのお願いにより私は急遽だが奴隷三人を遠隔確保した。三人は慰み者として臭そうな爺の相手をする直前だった。
だが、突然糸が切れたように倒れ伏しオロオロする爺が泣き叫んでいた。
大金はたいて買ったのにとか言ってるわね?
元々壊すつもりで買った?
これだから人族って輩は・・・やだやだ。
私は王都門が見えたので着陸態勢に入り──
「種族はどれにするか選んでおきなさいね」
マキナに伝える事だけは伝えておいた。
マキナは驚愕顔のまま問い掛けた。
「お母様!? で、では?」
「回収しておいたわ。古い肉体は燃やされるでしょうけど」
マキナは嬉しそうに頷き、ゴソゴソとメモ帳を取り出した。
「分かりました! えっと、猫さんはナディが居るから、ネズミ獣人と・・・」
メモ帳には私が示した種族情報が載っていた。凪はネズミで確定なのね。
小柄で潜入調査向きだから?
ナディは猫よ来いと願ってるけど。
そういえば少ないものね。猫と狐が?
兎も犬も対が居るもの。




