第14話 吸血姫は追撃を屠る。
そして翌日。
私は目覚めてすぐ事前に用意したパン酵母で食パンを焼いたのだけど、その出来映えが良かったので、牛肉のスライスとレタスを挟んだサンドウィッチを作り朝食として提供した。
このパン酵母の知識も〈魔導書〉に載っていたから利用したまでなのだけど、異世界に居ながらにして元の世界と遜色のない食事が出来る事に感謝した私である。
リンスに対しては昨晩の残りとサンドウィッチを私はサンドウィッチと野菜ジュースをテーブルに置き朝食をはじめた。
リンスは昨晩の残りとサンドウィッチを食べてご満悦だったけどね? それこそ時間停止保温庫の特性が良い形で作用したと安心した私であった。そんな私達は朝食後、街で購入した紅茶片手に今日の予定を話し合う。
「今日は少し移動しましょうか? このあとから移動すれば問題ないでしょうし」
「ところで、どこへ向かわれるのですか?」
「う〜ん? とりあえず、この大陸から出る事が先決ね?」
今のところの予定は他所の大陸に移ることだ。なにせこの大陸は侵略者の居る大陸で、あと数日から半月すれば彼等が動き始めると予測できたから。
それはどの程度までのレベルアップが行われるか判らないという事もあるが下手に遭遇して面倒事に巻き込まれるのは勘弁して欲しいという私の考えである。
縁切りが出来れば幸いだけどこればかりは女神様といえども対応が出来ないらしい。
するとリンスは紅茶をテーブル脇に置きながら自身の革袋より地図を取り出して示した。
「それなら・・・定期便が出航している、南部の港街まで行くしかないですね? 現在地からすぐですと第八十六浮遊大陸・ハイラに渡る港しかないですが」
「そうなの? ところでその大陸はなにがあるの?」
私もリンスの地図を見せてもらい、移動した先の大陸に少しだけ興味をもった。なにか予定でもあれば即座に中央大陸に向かうべきなのだが今の旅路はノンビリと過ごしつつ移動する事にあるのでリンスが願わぬ限り、急ぐ必要はないと思ったのだ。
だからあえてなにがあるか問い掛けたところリンスはきょとんと呆け──、
「? ご存じないのですか?」
旅人と話してたのに他所を知らない事に呆れられた。私はそんなリンスの言葉に苦笑し言い訳するしかなかった。
「ええ。ちょっとした縁でね? この大陸しか知らないのよ」
ちなみに、なぜこのような言い訳になったかといえば下手に異世界から来たと言えない事と大陸に居る間は話題として出したくなかったからでもある。それは結局、市井に勇者召喚の話が出回っておらず、なにかの拍子に話題が出て〈人の口に戸は立てられぬ〉という諺どおりの問題発生が予見できたからだ。
それこそ、あの場で行方不明を装った事が無に帰すからね? 誰かしらがもう一人居たと報告しててもおかしくないのだから。
リンスは可哀想な主人を見るような表情で額面通りに私の言い訳を受け取り、地図を頼りに次なるルートを選択した。
「そうなのですか。いえ、でしたら・・・一度、第八十六浮遊大陸・ハイラを経由して、第六十五浮遊大陸・ジーラに移動しましょうか? そうすれば他所の大陸に向かう便が複数出ていますので」
ただ、経由という事は吸血鬼族にとって余り良い印象がない大陸だと読めたので、私は無言で首肯するに留めた。この点は先住民であるリンスに任せる方が無難だもの。
余所者は余所者らしく大人しく付いて行くだけである。私一人だったらいつまでもこの大陸から出られなかったし。
§
それからしばらくして。
私はリンスと共に亜空間を出て南部の街に向かった。一応、途中で食事が出来るようリンスがお気に召したサンドウィッチをバスケットに詰め込み移動を開始した。
この材料は二人で食べるならば、それこそ数年は余るほど残っているからね?
人が増えたらその限りではないけど、これ以上増えない事を望みたい私である。
「金を統べる精霊に求む、我は望む礫の雨を、我らが仇なす外なる敵に、破壊の粒を此処に示さん。アイアン・ブレット!」
とはいえ、安全な移動がまともに続くとは限らないわね。道中は冒険者同様に徒歩移動なのだけど必ずと言っていいほど魔物が出るの。
今はリンスが眷属として前衛に立って魔法詠唱を行い鉄礫を狼の魔物にぶつけて殲滅中ね。
私は後衛として護られる形となるけど、リンスがどこまで出来るか確認するためでもあったから、それほど魔力は練らず周辺警戒だけしていたの。
(うーん、対応は出来てる。けど詠唱直後はやっぱり隙が出来るのね? 魔力拡散による硬直ともいうけど・・・まだまだ甘いわね)
とはいえ、単身で周囲に群がる狼を相手どるのはかなり大変らしく私は周囲を物理防御結界で覆い、狼の群れが私達を襲い来る事だけを防いでいた。
リンスには結界外に礫を表出してもらい、そのうえで相対してもらうよう事前に話し合っていたのだ。でもね?
リンスは視野狭窄に陥っているのか周囲が見通せておらず──、
「横から!?」
襲い来る者の動きに翻弄され過ぎた。〈鉄礫魔法〉は鉄屑を複数を打てる分、狙い撃ちするには丁度良いけど、動かない相手を数の暴力で叩きのめす面では優れてるのね。
でも避ける相手には悪手となって意味をなさないから飛んだ先から逃げた狼が〈瞬足〉スキルをもって真横に現れたの。
そこは私が結界術を切らさず安心させる一言をリンスに伝えて対応を促す。
「大丈夫だから冷静に対処なさい!」
「はい!」
だが、この狼の魔物は増殖するのかどこからともなく現れ増えていく。流石にこれだけの魔物が一極集中で現れるのは不可思議な話でありリンスも応戦が難しくなったのか最後は息も絶え絶えな様子に変わり、地べたにブッ倒れた。
それも大きな尻をこちらに向け、純白の下着を露わにして。
「はぁ、はぁ・・・」
「さて、ここから先は私が実演するわね〜」
その後の私はリンスと場所を代わり次々と増える魔物を眺めつつも、突っ伏すリンスに対し示すように両腕を左右に広げた。
「リンス、よ〜く見るのよ?」
「はひぃ」
「今から〈魔力触飲〉の有用な使い方を示すわね?」
その間のリンスは息も絶え絶えではあったが捲れたスカートを元に戻して女の子座りで待機する。
私は指先から〈金色の魔力糸〉を何本も伸ばすイメージで周囲を広範囲に見回した。
「まずは視界内に収めた者へと目印を付けるために・・・ん?」
すると、視界の端・・・私達の背後に黒いローブを羽織ったなにかが居た。私は一瞬、相手に気取られたと思いつつも今度は〈遠視〉を用いて俯瞰した。
「どうかしたんですか?」
リンスは私の挙動に反応するも私は首を横に振りつつ使い方だけを示した。
「なんでもないわ。まずは指先から魔力の糸を伸ばすの。見えてるでしょう?」
「はい。これは金属性ですか?」
「そうね。今は一番わかりやすい属性で表してるわ。闇属性でも可能だから時々使ってみるといいわね? 伸ばした糸の先が相手の魔力源に刺さるイメージで目印を与えるの」
この魔力を見る力は吸血鬼族とエルフ族が長けており、人族には見えないそうだ。今は示すために金属性を指定しているけど普段は無色の空属性で行使している。
普通は見えない魔力らしいからね?
空属性って。
私はリンスに示しつつも背後で逃げる者へと意識を割く。
(まぁいいわ・・・どうせ目印は付けたもの。どこに逃げても無意味よ?)
そう、このスキルは仮に視界外に居たとしても認識すると自動適用されるのだ。それは私の射程圏内に収まった物と同義のため、すべての目印が付いた瞬間、一気に魔力を刈り取った。
今回の〈魔力触飲〉の場合は生命力よりも魔力を吸い取るから魔物の場合は身体が崩壊して魔核が只の石ころに変わる。術者の場合は〈魔力欠乏症〉の様相を呈すので、その場に倒れ伏す・・・気絶ともいうけど。
(術者の魔力は・・・三万ってところかしら? 一匹当たりで三百割り当てて、およそ百匹を使役と。やはり目印を付けた魔物の数とピッタリ一致するから、限界ギリギリで行使してたのね? 記憶は・・・ふむふむ)
今回刈り取った魔力は変換され三分の一がリンスに流れた。それは使い切った魔力を補う形となったのでリンスはみるみる内に元気になった。それはともかく先ほどの術者を調べると例の城の関係者みたいでね?
やはり誰かが報告して、私の容姿と各種目撃情報から暗殺者を手配したとみて間違いないようだ。それこそ行方不明をいいことに使えない異世界人として漏洩を防ぐ目的で消しにきたようで、気取られるとは思ってなかったらしい。
おそらく異世界人は等しくレベル1だからと甘く見積もっていたのだろう。肝心の記憶は戴いたので彼は意図せず負けて粛正対象になるだろうがこちらの知ったことではない。勝手に魔物を飛ばしてきて勝手に自滅したのだから。




