第138話 掃討開始と吸血姫。
それはカノン達が動き出す少し前。
マギナス王国の潜入部隊が王都西部一帯に陣取り良からぬ会話をしていた。
「各員、配置に着いたか?」
「は! 滞りなく配置に着きました!」
「そうか。本国からの直接的な応援は期待出来ぬが、無事に応答があった事は幸いした。しばしの間は東西南北各所の味方が魔王軍を引きつけてくれるであろう。今回、もぬけの殻となった魔王城と、弱りに弱った先々代と先代の討伐を行う事で踏破が叶うのだ。先んじて潜り込ませていた者達の努力あってのものだな。踏破の暁には金鉱山を真っ先に手中へ収め、陛下へと献上しようではないか・・・それで勇者達はどうなっておる?」
「先んじて潜入した者達は文官の不手際で亡くなりましたが、無事に世界の礎となったようです。後続の五名と一名も指定地点へと配置に着いております」
「うむ。元より役立たずだったが最後くらいは役だってくれたようだな。予定外の事ばかりではあったが、あと数刻・・・昼間の時間帯となった頃より作戦を開始する!」
「は!」
それはカノンが始末した者達の事だろう。彼らが役立っているかどうかは東部での反撃戦で判明する事案だろうが。ただ、この地を治める我からすれば、彼らの未来は恐怖に彩られる事が予見出来る話でもあった。
魔王達は確かに国境周囲に陣取るだろう。
だが、この地には魔王よりも恐ろしい者が陣取っている。神をも恐れぬ野蛮な人族達よ! 己が内に秘めた恐怖を存分に増幅させるといい!
その恐怖を待つ者にとっては、至福以外のなにものでも無いのだから。
§
「ユランスが人の悪い笑みをしてる気がする」
私は魔王城の空中庭園で眼下に広がる王都を眺めた。今は夜明け前。眷属達も各指定地点にて〈希薄〉しつつ待機中だ。
掃討班は夜明けと同時に行動を開始する。
掃討一・ユーコとニナとハルミは北門。
掃討二・サーヤとレイとミズキは東門。
掃討三・ミーアとルイとサヤカは南門。
掃討四・ナツミとアナとフーコは西門。
現時点で各員は各自で鑑定し、人族兵の分別を行い、今か今かと待っているようだ。
仮に指揮官を見つけても見逃す手筈である。
粗を出してくれた方が後々に活きるから。
監視班は全員飛び立ち上空で待機している。
当然、空間創造スキルで足場を用意して。
監視一・北はゴウ、南はコウ。
監視二・東はルー、西はリョウ。
監視三・キョウが逃亡者を発見する。
これはキョウが広範囲の視野を持つためだ。
キョウだけは魔王城の天辺にて眼下を見下ろしているが。私が立つ場所の真上でね?
各地に情報を与える通信班は私の背後、一号車の中で時が来るのを待っている。
通信一・リリナは南、リリカは北。
通信二・ナディは東、ショウは西。
通信三・ミキとコノリとシロが中央部。
中央部だけはそれなりに範囲が広いため〈遠視〉併用で対応にあたっているが。
それぞれの担当に対し、待機中のナギサが各自に主だった命令を飛ばすのだ。
残りの尋問班は魔王城地下の牢獄に待機し、ユウカとココが尋問薬草を自白剤として調合中である。共に楽しそうな満面の笑みで。
待機中のアキとアコが悶絶の表情で。
シンとケンは呆れていたが。
一方、今代魔王は夜の内から移動を開始し、現在は西側の国境門前にて敵国から攻め込まれる時を待っている。
夜世界の王。その彼が昼間に出向き驚く兵達の先頭に立っている姿は実に圧巻だろう。
今までのイメージで見れば、昼間が弱点で執務も夜しか行っていなかったのだ。だが、今はその弱点をも克服し、黒ずくめの鎧を着込み、銀髪を靡かせる姿は王者の風格だった。
正妃となった元第二王妃も隣に控えている。
共に戦い、攻め入る者を討ち滅ぼしてくれようという並々ならぬ決意が漲っているようだ。
私は人員が配置に着いた事を把握すると、隣に立つシオン達と最終打ち合わせを行った。
「ちらほらと・・・見覚えのある者共が居るわね?」
うん。行ったのだけど、魔王城の近く。
どちらかと言えば真下にバカっぽい者達が集まっていたの。姿を隠せば良いのに「魔王討伐だ〜!」っと片腕あげて気合いを入れていた。
マキナは真下を〈遠視〉したうえで誰なのか判別した。
それはもう・・・嫌そうな顔で。
「あれは広田と四十万姉弟と内裏兄弟だね」
流石のリンスも引き攣り気味である。
「この地に勇者を集め過ぎでしょう?」
過剰戦力ではないにせよ大盤振る舞いが過ぎるのだ。
それにはシオンも同意だったようだ。
「大急ぎって感じが見受けられるわね?」
「資金難って事? 魔力は自国兵の還元魔力で放置していても集まるから今更だけど!」
「それは判らないわ。一つ言える事はそれだけ魔族を侮っていないって事かしら? 魔王の留守を狙ったり弱らせたりしていたから」
「用意周到ですね。まぁ・・・その策も」
「根底から引っ繰り返ってるけどね〜」
「今までと同じと思うなという事で」
私達も最後は呆れ返ってしまった。
なお、真下に居る勇者達は突入合図が出る前に魔王城へと侵入していた。潜入作戦とは?
それすらも無視した自分勝手な行いだった。
だから私は──、
「邪魔者は・・・確保しておきましょうか。活かすも殺すも事が終わってからでいいわ」
先んじて侵入した勇者達を時間停止結界で捕獲し魔王城のエントランスに飾った。
「元気いっぱいな裸婦像が出来上がった!」
直後、暇潰しで上がってきたユウカ達が装備を剥がして素肌に落書きしていた。
「あれは墨汁?」
「多分、イカ墨でしょう。ナディが釣ったイカがまだ残って・・・いえ、イカ墨にスライム液を混ぜているわね? わざと魔力拡散させて墨が魔力経路に残るようにしているわ。仮に切り取っても回復時に戻る代物にしたのね。まるで大昔の入れ墨みたいだわ。それも犯罪者向けの・・・」
「そのような方法があるのですか?」
「異世界に似たような物があったわね。最終的に廃れたけど」
「なるほど。でもこれは使えますね? あとで提案してみましょう!」
リンスはユウカ達の落書きが気に入ったらしい。犯罪者向けの入れ墨と知って、なんらかの措置を与えるつもりだろう。目に見えぬ魔法陣とすれば永久に残る記憶消去陣にもなるものね?
落書きは作戦開始時間まで続き──
「アキが日本語でドMって書いてる・・・」
「人族兵が入ってきたら与えるつもりでしょう。文字が読めなくて無視されると思うけど」
「その前に確保されて誰も来ないのでは?」
「それもそうね。この際、体よくオブジェとしましょうか。このまま精神だけ目覚めさせて身体は鈍器のフライパン同様に固めてしまいましょう。死ぬことが出来ない時間を無限に味わえばいいわ・・・回収した粒魔石は外周国家の王族にいつも通り与えればいいわね〜」
私は得たり賢しという事で五人の勇者達の措置をその場で決めた。本人達が反省したとしても永久に残り続けるだろう。食事を取らずとも周囲に漂う超微量魔力だけで活かされるのだ。
これも魔王城へと安易に足を踏み入れた罰だ。
今後は蛮勇者だと語り継がれるだろう。
オチはマキナの嘲笑が周囲に響いた。
「内裏兄弟と広田が、アキナ発見って騒いでる! 四十万姉にドMと書かれて弟が怒ってる! 姉は身体が動かないって? 魔王城だもの不用意に侵入した・・・って、視姦されて感じてる? となると・・・アキの鑑識眼には天晴れだよ〜!」




