第130話 置き土産を用意する吸血姫。
それから数時間の間。
私達は突貫工事で橋を架けた。
それは渓谷全てを時間停止結界で覆い、空間的な足場を用意した後、王都までの橋を先に組み立てて補強し、複製して各街道に架かる橋を設置したのだ。設置した物は全てアーチ橋。
土台の地盤にはミキ達が用意した金具と大理石を強制転送で埋め込み、空間的な圧縮魔法を用いて地盤との繋がりを強固な物とした。
私は出来上がりと同時に時間停止結界を解除し、作業に関わった錬金術士の四人を労った。
「おつかれさま」
するとコノリはへたり込み──、
「はひぃ〜」
ドM勢は・・・なぜか濡れていた。
「う〜ん扱き使われるっていいわ〜」
「「ホントホント」」
私は仕方ない表情のまま清浄魔法で全員を清める。それは私達がこの地で作業したという痕跡を消すためだ。様々な意味での汗で濡れた地面を残すのは追々調べられた時に面倒だから。
私は遠方から有翼族が近づいている事に気づきつつ全員に指示を出す。
「さて、監視が来る前に撤収するわよ」
「「「「はい!」」」」
全員で〈希薄〉し荷馬車に戻った。
一方、私達の居なくなった渓谷では──、
「え?」
飛んできた有翼族が目を丸くし、その場で呆然とホバリングしていた。
目前には真っ白に輝くアーチ橋が架かっていたから。それも南から北までの七基全てが同じ見た目の橋だった。破壊されたのは数日前。
北の二では工事が行われていたはずだ。
その北の二も現状では土台の足場作りが始まったばかりだった。なのに今は足場そのものが消え、完全に別物の橋が架かっていたのだ。
「えーっ!? これは直ぐに報告しないと!」
有翼族は驚きのままに王都まで飛んでいった。彼女は人族達の動向を把握してきた帰りだろう。先頃、侵入者の追放を行ったばかりだから。
私は現地付近に駐めた荷馬車から有翼族を静かにみつめ、ナディ達に指示を出す。
「朝には騒ぎになっていると思うけど・・・私達も先を急ぐわよ! 勇者達が動く前にね?」
『「了解!」』×6
そう、勇者の二人は宿屋でぐっすり眠っている。橋が開通するまでは先に進めないのだ。
ダークエルフの商人も急ぎのようだが、進めない限りどうしようもない。転移魔法を使おうにも彼は空属性を持っていなかったから。
私達は荷馬車の偽装を消して大型四輪駆動車とキャンピングトレーラーに戻し全面希薄で隠れた。予定より遅れた日数は数日だ。
その数日でも進行度合いに違いが出てくる。
王都の宮廷医師がどのような者なのかは知らないが、なにかしらの裏切りが発生していても不思議ではないのだから。上界と同じように王族争いが起きていないとも限らないから。
§
そして翌朝。
それはカノン達が王都近隣まで辿り着いた頃合いの事。
国境沿いの西部街では騒ぎが起きた。
「は?」
目覚めと同時に見回りに来ていたオーガ族の女性兵士は目が点とでもいうような表情で固まり、周囲に聞こえるような大声で叫んだ。
「橋が完成してるーぅ!?」
そして叫び声を聞きつけたのは先日、カノンに怯えた門兵達だった。今は担当外なのか自分達の家から顔を出していたが。
「え? え? どういう事なの?」
「どうした朝から騒々しい・・・は?」
「なんだなんだ? 橋がどうした? へ?」
彼らも鳩が豆鉄砲を食った顔で固まった。
それは彼らにとって想定外の出来事だった。
実はこの地の女領主は少々金に汚く、橋が破壊されたというのに修理依頼に対し首を縦に振らないでいた。だが、商人達からの要望が上がり、この地では商いを行わないという脅しを受け、渋々手配を行ったとの事だ。
肝心の工事は本日から行うと通達があり──
「領主様の動きってこんなに早かったか?」
「いや? 鈍重とでもいうような重さだろ? 実際にとんでもなく尻がデカいからな」
「だよな? でも目の前には橋が架かってる」
「だな? 俺達は夢でも見て・・・ちょっと殴ってくれ」
「え? 私が殴っていいの? デカ尻の領主様ではなくて?」
「この場にはデカ尻の領主様は居ないだろ? 同じデカ尻女は・・・お前以外に誰がいる?」
「そうね。じゃあ、遠慮なく・・・デカ尻で悪かったな!」
「うごぉ!? ゆ、夢じゃない・・・てか、本気で殴るなよ!」
「遠慮なくって言ったでしょう? 子供が見てるから、早く立ちなさいね? お父さん?」
「お、おう・・・」
オーガ族の三兵士は戸惑いをみせていた。
否、一人はどつき漫才を行っている事への戸惑いのようだが。
「大丈夫か? この夫婦・・・?」
その後も一人二人と人が増え、人だかりが出来たところで例の勇者達と商人も顔を出す。
商人は橋が架かった事で歓喜の声をあげ、勇者達は戸惑いながら異世界語で会話していた。
「な、なぁ? このアーチ橋・・・どこかで見た覚えないか?」
「う、うん・・・修学旅行で通った橋よね? 北部から南部に向かう時の」
「だよな・・・なんでそれがここにあるんだ? 色合いも似てるし」
「仲間の誰かが来て架けたのかしら? ほら? 車舎君が行方不明だし・・・」
「あ〜。奴なら不思議ではないか? 自動車オタクである前に橋オタクでもあったから」
「でもそれなら私達の元に現れてもいいわよね? 行動を共にしてもらう方が助かるし」
「いや、今はエルフ族に変装してるから気づけないだけじゃないか?」
「そ、それもそうね・・・」
その会話はカノンが聞けば頬が引き攣る会話だった。行方不明となっている者は剥奪者としてこの世には居ない。
今は魔力粒子となって漂っているから。
だが、彼らにとっては同じ橋を架ける者はその者しかいないようだ。これも錬金術士という職業を過大評価しているためでもあるだろう。
魔力が材料の創造スキルの産物。鑑定不可とする産物を作り出せる者など、現勇者や人族の中には存在しないが。
そんな戸惑いをみせる勇者達に対し、喜び顔の商人はきょとんとしつつも移動を促した。
「勇者様方、移動を開始しますよ?」
「あ、ああ。わかった。行くぞクリス」
「え、ええ・・・(そういえば起矢君似の彼はどこに居るのかしら? 私を置いて亡くなったなんて信じられない・・・)」




