第128話 吸血姫は責任を取らせる。
私とマキナは呆然となった。
そして宿をとる予定を急遽とり止め、二人同時に〈希薄〉で隠れた。受付嬢は私達が居なくなったため周囲をキョロキョロと探していた。
だが自身の戻りが遅かったため余所に行ったと思ったようで、探す事を止めてしまった。
私達は受付嬢の目前に佇んでいたが勇者達の動向が気になり、目配せで念話に切り替える。
⦅こ、これは少々不味い事になってるわね?⦆
⦅宿泊場所に勇者が多数とか聞いてないよ?⦆
⦅多分あの子達も想定外なのかもしれないわ⦆
⦅神様でも想定外って・・・あ、お婆さまが!⦆
⦅ええ。言ってたわね。人族は想定外の行動を示す事が多々あるって⦆
⦅なら昨晩の間に移動したとみるべきかな?⦆
⦅その可能性が高そうね。宿を決めて一息入れようかと思ったけど⦆
⦅到着するまで街を散策するしかないかぁ〜⦆
⦅それしかないわね⦆
私はマキナとの会話の途中──、
⦅ユウカ達も聞こえたと思うけど、ナギサから念話が届くまでは各自で時間を潰して⦆
外を出歩く者達にも念話を繋げた。
⦅りょうかーい!⦆×6
声音から察するに嫌悪感を示す者は四人。
困惑を示す者は二人だった。
マキナもどちらかといえば嫌悪感のため目前を通り過ぎる勇者達を眺めながら──、
「わぁ!?」
軽く足を出して最後尾の勇者を転けさせた。
「きゃあ!」
「ぐへぇ!」
「「ぎゃあ!」」
勇者達は食事がどーのと会話していたが羽山が前のめりに倒れた事で前を歩く四人もドミノ倒しのように転倒した。
それは羽山が倒れた直後、前を歩いていた瀬山の尻を押し、叫び声で振り向いた陰山の股間に瀬山の頭が突っ込み、陰山が前のめりのまま後ろに倒れ、前方を歩く真山と凪を押し倒した。
私はジト目でマキナをみつめると──
⦅てへぺろ!⦆
念話と表情が一致するリアクションをとっていた。私はお茶目過ぎる娘に呆れを浮かべ、マキナの腕を掴んで勇者達から距離をとった。この場に私達の姿が見える者は居ないだろうが、用心のため私は移動した。
その前にとある処置は済ませたけれど。
一方の勇者達は折り重なったままその場に突っ伏し、宿屋の店員から不審がられていた。
この時の勇者はなんらかの偽装術を施していたらしく、突如としてラグが走ったように姿が変化した。
「はぁ? あんた達・・・獣人族じゃなかったのかい!? 衛兵を今すぐ呼んで! 人族が紛れこんでる!」
「は、はいぃぃぃぃ! ただいまぁ!」
どうも魔族や亜人達の目には獣人族に見えていたようだ。私達にはごまかせていないが。
私は彼らの持つ魔具・・・右手薬指に着けた指輪に焦点を当てて〈鑑定〉した。
それは上界のみに存在していた〈変装指輪〉だった。これは変装魔法として存在するわけではなく、魔具扱いでのみ扱える代物らしい。
レベル指定は下限が20。上限はなく20さえ超えていれば使える代物だったのだ。
私が以前「変装魔法は無い」としたのは〈魔導書〉に記されていたから答えたまでだ。結果にもある通り〈存在していた〉から察する事が出来るのは過去の大戦。
オーガ族が持つ神器が奪われた事が発端らしい。オーガ族は指輪ではなくピアスとしていたみたいね? 小さすぎてはまらないから。
私はその結果をうけ指輪を魔力還元した。
これもミアンス達の依頼に含まれるからだ。
私は消え去った指輪跡を治癒しながら──
「なんてものまで持ってるんだか。無理矢理指にはめ込むってバカ過ぎるでしょう?」
勇者達が捕縛される様子を眺めた。
マキナは嫌悪感剥き出しで問い掛ける。
「これからこいつらはどうなるの?」
「亜人や魔族なら追放されるだけだけど、人族と判ったなら追放時に記憶消去が行われるわね。敵国に不要な情報を与えないように」
そう、私は〈魔導書〉にある処置法をマキナに示す。するとマキナはなにを思ったのか私に提案してきた。
「それなら私達で記憶だけ奪っておく? 余計な手間を与えるよりはいいよね?」
「それもそうね。魔力消費の多い下界で本当に消えるか不明な魔法を使わせるよりはマシね」
私はマキナの提案を受け入れた。
記憶消去を行った割に、この国の事がマギナス王国に知られているのだ。それは過去に侵入した者の記憶が消せていない事が原因だろう。
私とマキナは目配せし、彼らが召喚されてくる直前から今までの記憶を全て召し上がった。
それは念話魔法を施された経緯すら忘れさせる処置だった。仮に、外へ戻った直後、念話を送られて混乱必至となるのは請け合いだろう。
マキナは経験値そのものまで奪っていた。
回帰ではないため再取得は不可能となるが。
マキナは勇者達を相手に手をあわせる。
「ごちそうさま。あ〜こいつらが原因なのか」
勇者達は両手両足を豚の丸焼きと同じ体勢で丸太に括られていた。女達は丸見えの状態になっているが、こればかりは仕方ないだろう。
私は連行されていく姿を眺めつつ──
「橋を爆破するためだけに来ていたのね」
実行犯が誰か知った。
その経緯こそ不明だが命じられて侵入した事までが読めた。発案者は不明。命令を与えた者も不明。ただ、命令書という形で依頼され指輪と爆薬を受け取ったと・・・あった。
マキナは商人と共に入った者達を思い出し問い掛ける。妙な焦りが心の内を占めているが。
「となると・・・あれだよね?」
「ええ。あの二人もそうだけど他に居るわね」
「居ると思う・・・誰が居るかは不明だけど」
現状で判るのはそれだけだった。
関係を手繰り寄せさせない手口。
用意周到と呼べる手口を示され、私達はなにが本命であるか読めないでいた。
ただ、判る事は──
「王妃の件と絡んでいる事は確かね」
足止めする勢力。治癒を行う予定の勇者。
先ほどの勇者達も橋を壊せとだけ依頼されていた。大金貨十枚という破格の仕事として。
破壊後は一時の待機ののち帰還せよとも。
§
それからしばらくして。
ナディとサーヤの運転する荷馬車が到着した。私達は即座に街の外に出て〈希薄〉ののち荷馬車に乗り込む。
それは情報収集にあたっていた六人もそうであり全員が一様に疲れ・・・否、ユウカとアキは満喫してきたようだ。その両手には美味しそうな肉料理をたくさん持っていたから。
「この味付け凄いいいよ〜。肉はオークみたいだけど」
「へぇ〜。少し味見・・・ん〜! 美味しい!」
「レリィなら再現可能じゃない?」
「料理鑑定してみるよ。代用出来る食材があるならそれで再現するのもありかもね?」
レリィは見知らぬソースが目の前にあった事で疲れが吹き飛んだらしい。肉はともかくそのソースに惚れ込んでいたから。
一方、タツトは四号車に入るや否や、後続の六号車に戻って一息ついたらしい。シンとケンも勝手知ったる自室に戻った事でベッドへと突っ伏していた。不慣れな魔族国家の街を歩き回れば仕方ない話でもあった。
例外なのはユウカとアキというSMエルフだけだろう。おそらくアキが疲れたと言ってもユウカが引っ張って連れ回したようだ。
私は停車処置中のナディに話し掛ける。
「まだ未確定だけど・・・ショウと共に潜入してもらう事が出てくるかもしれないから、準備だけはしておいて」
「潜入ですか?」
「ええ。今はまだその時期ではないけど、王都に着き次第、必要になると思う」
「判りました。準備しておきます・・・」
ナディはそう言って処置を済ませる。
ただ、ナディの視線の先は私ではなく──
「お願いね。それはそうと・・・」
「なんでしょう?」
連行中の勇者達に向けられていた。
その表情は恍惚というか羨ましいとさえ思える表情だった。よく見れば運ばれていく勇者達は身ぐるみ剥がされており、一種の晒し刑となっていた。記憶消去だけではなく購入物品の剥奪も含まれていた。幸い下半身の下着だけが残されており女達はノーブラの胸が揺れていた。
但し、幼児体型の凪は除く。
私は呆れのあるままナディに問う。
「あれをやって貰いたいの?」
「え? あ、あぁ、その、興味があるだけで」
私はナディの視線が勇者達に向けられている事に気づきながら、仕方ないと提案した。
「女子達の居る前だけで今度やりましょうか」
「!? は、はい!」
ナディは私からの提案を受けて楽しげな表情に変わった。どうもかなり嬉しいらしい。興味深げな視線が勇者達から私に戻ったのだから。
ちなみに、勇者達は半裸状態で結界外へと放置され目覚めと同時に混乱していた。そして、迎えに来たマギナス王国の兵達を見て怯えていた。破壊工作の依頼主はマギナス王国という事だろう。どの勢力かは不明なままだが。
(一応、粒魔石だけは取り除いているし、余計な物を送り込まれないよう、魂に表層結界陣を書き込んだから問題が無ければ平民として過ごす事になるでしょうね・・・この粒魔石はマギナス王国の王太子と妃に植え付けますか・・・)
私は一時的な神位解放ののち、執務室でふんぞり返る王太子の両玉と心臓に例の魔導士長同様の処理を済ませた粒魔石を送りこみ、妃の心臓とヘソの中に放り込んだ。
それは例の魔導士長と連動する仕組みであり、大陸を混乱に陥れる予定だった事への報復である。
毒霧の責任はキチンと取らせないとね?




