第127話 吸血姫は遭遇者達に驚く。
私は出会ってしまった事は仕方ないとし、ユウカやレリィと共に状況を注視した。一方、彼らはしげしげとタツト達をみつめ続けていた。
「やっぱり起矢か?」
「でも見るからに魔族よ?」
「だよな? 死亡通知も届いていたし」
「ええ。一体どういう事なのかしら? 他人の空似?」
タツト達元勇者組は〈相互念話〉にて打開策を探っていた。全員の表情は呆然のままだが。
⦅どうする? タツトの背格好で判断したが⦆
⦅それを言われてどうしようもないぞ、ケン⦆
⦅たちまちは他人の振りがいいんじゃないか⦆
⦅シンの言うとおり、それしかないかもね?⦆
⦅でもさマキナ? 私のボケで・・・⦆
⦅そういえばそうだった・・・⦆
という一同の混乱がみてとれた。
それはこの場になぜ居るのかという疑惑が主だったからだ。私達は今日初めてこの国に入った。本来の目的は依頼された事案の解決だ。
今は前段階として情報収集にあたるため──
(時間の無駄そのものね・・・こいつらに絡む時点で機会損失しかないわ。とはいえ、この場に居る理由を知らねば対処のしようがないし)
私は一同の様子と勇者達の様子を交互に眺め思案した。すると、一人の商人が彼らを呼ぶ。
「勇者様方、なにをしておいでですか? 今から王都に向かいますよ?」
それはダークエルフの商人だった。
私は訝しげに商人をみつめる。
一応〈思考読取〉も待機したうえで。
本当なら勇者相手に〈思考読取〉を使えばよいのだが、気持ち悪い思考を覗きたくない気持ちが先立って私が忌避しているだけである。
恐怖や絶望なら喜んで覗くけど変態的な妄想とか勘弁して欲しいのよね。眷属達の妄想は意図せず流れてくるけど。
私は待機状態から稼働状態に移行し──、
(ふむ・・・王妃様の治療のため・・・ね?)
商人の思考を読み取った。
勇者達は商人から呼び出され、納得いかない表情のまま私達の元を離れた。
「この際、考えても仕方ないか・・・」
「そうね。私達は私達の仕事をすればいいわ」
私達は黙ったまま彼らを見送った。
彼らが行う事は私達と同じ治療だった。
私はユウカ達と目配せし、タツト達の元へ移動した。先ほどまでは他人の振りで集まっていたからだが。門からは一緒に入ってきていたが、入った直後より個々に分かれたのだ。
それぞれが行う段取りがあったから。
私はきょとん顔のマキナに話し掛ける。
「彼らの意図は読んだと思うけど」
「うん。治療だってありましたね」
マキナも〈相互念話〉の最中、勇者達の思考を読んだようだ。案の定、人族の勇者が亜人を癒やす事に疑問を持っていたマキナだった。
その疑問はユウカ達にまで及び──
「治療ってどういう意味での治療なの?」
私は一同の周囲を防音結界で覆い、商人から知り得た内容を伝えた。
「そのままの意味よ。光属性の治癒を行うために連れてきたみたい。あの商人がマギナス王国の外で助けて貰ったようでね。その縁で王妃様の治療を依頼したらしいわ。本来ならば忌避する相手だけど、藁にもすがる思いなのでしょうね」
「外で助けたの? あいつらが?」
「アキの疑問も判るけど、詳細はわからずじまいね。入国時は荷馬車に彼らを隠していたみたいだし門兵達も彼らの存在は知らないようね」
「不法入国で王城まで入れるものかしら?」
「レリィの疑問は簡単に解決するわ」
「簡単に? あ! 商人の伝手?」
「ええ。御用達なら可能でしょう?」
それを知った全員は絶句。
するとタツトがなにかを思い出す。
「! クリスには人物鑑定のスキルがあるな」
それを聞いた元勇者勢は同じく思い出す。
ユウカはタツトを訝しげにみつめて問い掛ける。
「ま、まさかそれで気づいたと?」
「ああ。背格好だけで名を呼ぶのは無理があるからな。読めて名前と相手の魔力量までだが」
「それで似てるけど違うという扱いを受けたって事ね。名前が似てるのに魔力量が少ないから。背格好で判断したのは光家だけみたいだし」
レリィも謎が氷解したようだった。
この場で彼らの詳細を知る者はマキナを含む元勇者勢だけだから。上界から来た私達は誰がなにのスキル持ちか〈鑑定〉しない限り知りようがない。レジストこそされないが勘の良い者なら感づかれるため、私も今回は控えたのだ。
実は今回の調査に際し、タツト達には極力レジストしないよう言い聞かせていた。これは魔族国家で不用意に力を示さないようにするためだ。私とマキナの場合は致し方ないが、簡単にレジストが出来るという事は、力ある上位者であると示す事になるのだから。
今回はあくまで寄り道。
王妃の治療を主とした寄り道だ。
酷ければ転生という方法も採るだろう。
それに本日から転生の渦の稼働が私達の認識に委ねられ、近くに浮かぶ死せる魂があったとしても、簡単には現れないのだ。
他国の場合は都度確認の通知が届き、あの場に残ったシオンが対処している。今も転生不要の者が居た場合にのみ召し上がっているのだから。
私は離れゆく者達の後ろ姿を眺めながら──
「直ぐに直ぐ関わる事はなさそうだけど、用心に越した事はないわ。全員〈希薄〉して!」
「はい!」×7
一同に指示を出し、外套を被ったのち全員で近くの街まで向かった。私達の立場は行商人。
魔族や亜人として正規入国した者だ。
仮に不法入国がバレようものなら、なんらかの捕縛結界が働くから。ただ、女神の加護を持つ勇者に関しては現段階で対象外のようだが。
§
私達は〈希薄〉したまま街道を進む。
道中は数多くの種族が街道を行き交い、周囲には見覚えがあるようで見覚えのない植物が存在していた。
興味が勝ったユウカはそれらを〈鑑定〉しつつ種子を採りアキは補助に回った。
レリィは背後を警戒し二人の護衛を行った。
シンとケンも土や石を拾い上げ成分を〈鑑定〉していく。この地は外とは異なるようだ。
タツトはレリィと同じく二人の背後で護衛し同じように上空の結界群を〈鑑定〉していた。
私とマキナは地図魔法で現地点を把握しメモ帳にマッピングしていった。この国の内情は外には知らされておらず、内部で地図魔法を使ったとしても外に出るとリセットされるらしい。
実は最初の地点でユウカと調べたのだけど、表示の仕方がダンジョンと同じだったのだ。
だから私は〈希薄〉ののち神位解放し空間跳躍で出入りしてみたところ真っ新な情報に変化していた。
この解放も捕縛結界の回避で行ったものね。
魔族のままなら侵入者で捕まるけど、神と名の付く者は対象外となるそうだから。私とマキナだけが出来る裏技である・・・後はシオンも。
さながら王都はボス部屋そのもので魔族達が倒すべき魔物という扱いなのだろう。
当然ながら死に戻りは出来ないが。
「街道も複数のルートがあるのね」
「北と南に三本、まっすぐが一本。このどれかが罠となる?」
「行き来してみない事には判らないけど、王都までのルートはまっすぐみたいね」
「なら他の集落に向かうルートって事かな?」
「行き交う者達の言葉を信じるならね」
そう、私とマキナは地図と商人達の会話を照らし合わせながら、国内情報を集めていく。
しばらく進むと大きな街が見えてきた。
そこは一種の安全圏の様相で賑わっていた。
私達は現状維持で人々の間をすり抜ける。
これから向かうのはこの街の広場だった。
私達が広場に着くと思わぬ者達と出くわした。
「うげぇ。なんであいつらも居るの?」
「なんか足止めとか言っているが?」
そこに居たのは先ほど問答してきた勇者達だった。私は目前でぶつくさ言う勇者達を一瞥しつつも本来の目的を一同に指示する。
「足止めね・・・とりあえず二人一組で分かれて情報収集にあたりましょう。ユウカとアキ、シンとケン、タツトとレリィで周辺の聞き取りを行って。私とマキナは宿の手配を行うから」
「了解!」×6
私達は勇者達と共にいる商人の思考を読みつつ彼らとは異なる宿を探す。同じ宿に泊まると面倒事の温床になるからだ。
だが、商人の思考を読む限り──
「街道の橋が落ちるとはね。それで足止めになるなんて・・・頭痛しか起きないわ」
誰が行ったかは不明だが足止めとなる事案が進行していたのだ。おそらく門兵達が言っていた、少々物騒というのはその事なのだろう。
私が頭を押さえながら思案しているとマキナが心配気に問い掛けてくる。
「状況から察するに悠長には出来ないよね? 予断を許さない状態は変わらずだけど」
「ええ。必要ならば修理すべきだけど・・・工事人員がこの街には居ないみたいね。その所為で足止めが長引きそうだわ・・・」
「空間跳躍は?」
「限定的に神位解放したら可能だったわ。解放無しだと妨害が走るわね。この国内での移動は徒歩か馬、荷馬車が無難のようね」
「うへぇ・・・〈遠視〉した限りでは・・・土台だけ残って橋脚ごと爆散してるし」
「爆薬で破壊されたのかもね。魔力残滓が残ってないから」
「魔族国家でも火薬を使うのかぁ」
「これも下界故の問題よね・・・とりあえず」
私は宿屋の前で〈スマホ〉を取り出し──
「内部で問題が発生したから移動を開始して」
『移動ですか?』
外で待機するナギサ達に移動の指示を出す。
それは足の速い乗り物で向かう方が良いと判断したからだ。本来ならば徒歩で向かう予定だった。だが、予定外の妨害により間に合わない事が判明したから。
「そうよ。一号車と四号車を先に寄越して。三日間で二台ずつ入れればいいから。最後は三号車と六号車ね」
『それはイリスティア商会としての入国ですか?』
「ええ。その旨、門兵達に伝えてあるから馬の頭数を四頭から二頭に切り替えてね」
『承知致しました』
実は門からの去り際、後続に複数台の荷馬車が向かってきている事を告げたのだ。
私達が先に入り宿の手配をする旨で。
なお、私達の同類があと数名居ると知り兵達は戦々恐々だった。
私は〈スマホ〉を片付けマキナと共に宿屋へ入る。〈希薄〉は宿屋に入る段階で解除した。
そして宿の受付嬢に空き部屋を問う。
「すみません。三日ほど泊まれる部屋はありますか? 二部屋だけで良いのですが」
「二部屋を三日? そうだねぇ橋の事で泊まる者が増えてるから、少し待ってくれるかい?」
「よろしくお願いします」
受付嬢は受付から離れて裏に移動した。
するとマキナが心配しつつ問い掛けてきた。
「寝泊まり人員はどうするの?」
私は受付嬢の手元を〈遠視〉しつつ答える。
宿帳には泊まっている者達の名が載っていた。
「たちまちは当初の者達だけでいいわ。後続は街の外で待機になるけど」
「あぁ。大きさ的に入れないもんね」
「まぁね。王都までの移動時は迂回させてから向かいましょうか」
部屋の空き状況は問題ないようだ。
部屋が狭くても雑魚寝で十分だ。
一時的でも室内を亜空間化すれば、全員での寝泊まりも可能だから。男女別ではあるけれど。
すると、マキナが──
「うん・・・ところでお母様?」
奥の食堂へ視線を固定し呟いた。
私は受付嬢が戻ってきたため、貨幣を用意していたのだが、マキナの呟きを聞いて訝しげに問い掛けた。
「どうしたの?」
「いや、この宿もハズレじゃない?」
「ハズレって?」
マキナはオウム返しに応じつつ指をさす。
「あれ・・・」
「・・・はぁ!?」
私はマキナの指の先を見て、頬が引き攣った。嫌な者達を見たという感じね。
そこに居たのは別の勇者パーティーだった。
一人目は羽山臣事・一七才。
二人目は陰山陽介・一八才。
三人目は瀬山水夏・一七才。
四人目は真山真弥・一七才。
最後は・・・凪留美・一七才。
五人一組の勇者パーティーが騒ぎつつ食堂から出てきた。先の二人もそうだが人族の侵入。
一体全体この国ではなにが起きているのか?




