第122話 吸血姫は色んな意味で放心する。
いやはや、予想外の言葉を受け私は呆気にとられてしまった。マキナもぽかーんと固まっており、私はお母様に対して──、
「もしかしてそういう意図で?」
「それ以外になにか?」
「穴に落ちたシオンの件は?」
「あれは・・・偶発的な事故ね。後で話すけど」
問い掛けたのだが、意味深な微笑みで返されるだけだった。
私は転生の渦の事は保留とし、改めて先ほどの事を問い掛ける。
「そもそも宿り直すって本体の維持はどうなるの?」
「それなら問題無いわ・・・身体を持ってきて移し替えて調整するだけだから」
「というか既に持ってきてるのね」
「ユラの空間だからね〜。私にはお茶の子さいさいよ〜」
「ホント、なんでもありだわ・・・」
久方ぶりのお母様はまさしく万能だった。
微笑みながら片手間で用意したから。
私が何重に張り巡らせた結界内から肉体をこの場に持ってきたら驚く以外の何者でもないでしょう? マキナも同じく自身の身体がこの場に現れて混乱してるしね?
するとお母様はなにを思ったのか私達の肉体を隅々まで両手でまさぐる。
「う〜ん。結構ガタが来てるわね・・・再生可能回数があと数回って感じかしら?」
私は妙な手つきであれこれ触りまくる──、
「は? どういう事?」
お母様の言葉を聞いて不穏な気分に陥った。
それこそ再生可能回数が数回と聞けば怪訝となるのは仕方ないだろう。
お母様は私の不安に気づいたのか、困ったように事情を明かす。
「カノンちゃん達の憑依体って眠れば眠る分だけ魔力を蓄える事が出来るって・・・最初に話したから覚えているでしょう?」
「ええ。たしか最初にそんな事を・・・待って? そういえばここ最近、私もマキナもまともに眠ってないかも。シオンはこれでもかってくらい眠ってるけど」
「そうね。それが原因で魔力の器にヒビが入ってて、漏れ出る原因になってるみたいなの」
「もしかして、魔力隠蔽してても漏れたのって・・・眠ってないから?」
いやはや驚きの事実である。
いや、単に私が眠れば済む話なのだ。
だが、ここ最近は眠る余裕すらなく時間加速中で少し眠った程度だ。お母様は私の呆然顔を眺めながら困った顔で他の理由を告げてきた。
「それもあるけど、経年劣化は避けられないみたいね・・・家電じゃないけど」
いや、例えがそれってなに?
流石の私も例えで出された家電により、ついシオン風のツッコミを入れてしまう。
「家電と同じ扱いしないでよ!? おっと、口調が・・・」
するとマキナが初めて見たという風に微笑んだ。
「お母様の地ってそんな感じなんですね?」
私はマキナに向き直り、狼狽しつつ言い訳した。
「マキナちゃん? 違うからね? 今はたまたま・・・」
お母様が笑いながら私の地を暴露した。
「カノンちゃんの地はそんな感じよ? 既にシオンちゃんが晒してるけどね?」
うん、シオンの口調が地なんだけどね?
一応、親という体裁があるから。
お母様は咳払いし真面目な顔で話を戻す。
「それもあって新しい憑依体は眠る必要の無い物としたわ。折角、転生の渦の代わりで呼んだのに眠られると対処が出来ないからね」
私は「呼んだ」と聞いてつい話の腰を折る。
それは以前、ミアンスが呟いていた事だ。
「ということは・・・干渉してたの?」
そう、私の中でなにかが繋がった。
それは色々と出来すぎているから。
それ以外もこの人ならあり得るし。
お母様はそのままの表情で口調だけ砕けた。
「少しだけ干渉したわ〜。学校にマキナちゃんを寄越したところまでだけどね? 本当ならカノンちゃん達を呼び出す段取りは寮の自室に戻った後に行う予定だったのだけど!」
最後の「ど!」の後にアインス達がビクッとした。段取りが滅茶苦茶だわって思ってる。
だから私はあえて睨むように問い掛ける。
「召喚には干渉してないの?」
お母様は私の睨みをサラリと受け流す。
「召喚については偶発的なものね。おかげで私が用意した召喚陣が無駄になったけど。シオン達の用意した陣に繋げる物だったのだけど!」
アインス達はまたもビクッとした。
おそらくだが色々と怒られたのだろう。
私はあり得ると思ったが──、
「お母様でも予想外ってあるのね」
未だに拭えない疑いは保留とし胡乱な表情のままアインス達に微笑んだ。
少々怯えているのは気のせいかしら?
お母様も同じく微笑み、私に向き直る。
「それはあるわよ。人族達の行動って驚き以外のなにものでもないし。見てて楽しいけどね」
その楽しいで色々な問題が噴出しているのだが、神とて干渉出来る事と出来ない事があるようだ。日々・・・監視という名の覗き見が殆どだものね。私達のように下へと降りる娘達が居るくらいで・・・ともあれ。
お母様は改めて話を戻す。
「それと・・・カノンちゃん達は既に魔力量とレベルが肉体の許容量を超えていてね? いつ壊れてもおかしくなかったのよ。それと共にこちらでの活動も考慮するとどうしてもね? だから今回から神体での活動も可能にするし、今後はあの子達にも協力して欲しいのよ。この世界には生死の女神が居ないから」
「三柱も増えて大丈夫なの?」
「大丈夫よ。以前アイが言っていたでしょう? 保管庫が一杯だって。あれは生死の女神が不在だから誰彼構わず拾い上げた結果ね。転生の渦は生死の女神の代用品で自動巡回するゴミ収集車そのものね。だから今後は渦と共に貴女達が加わる事で転生の選別が可能になると思ったのよ。不要なら貴女達が消す。非業の死を迎えたなら、その場で転生させるか渦に委ねるか・・・ってね?」
そう、お母様は仰有った。
シオンに関しては亜空間を漂っていた時に拾い上げられたけど、シオンには力の根源そのものが無く私との再会を果たすまではただの吸血鬼だった。シオンも今回の一件で力を取り戻し単独でも行動出来るようになったのだ。
そして・・・この世界は無駄に広い。
一方、私一人では全ての対処は出来ない。
三柱一組でないと対処出来ない。
それだけ広い世界を私達が対処するのだ。
拾い上げたシオンでは無理となるのは致し方ないだろう。
なお、お母様の言を判りやすく言えば、今後は私達が上界と下界を駆け巡り、まともな死に方をした者は転生の渦に飲み込ませ、全うではない死に方をした者は救い、神罰に該当する者は転生させず消すという扱いを行えば良いのだろう。
今までと大差ない気もするが・・・ともあれ。
「それと、転生の渦と魂の保管庫の管理もカノンちゃん達が行う事になるから、新しい肉体に関連するスキル群を宿しておくわ」
案の定、確定事項をお母様から告げられた私とマキナだった。
すると、マキナが困ったように質問した。
「そうなると、お母様が保護してる元勇者達は?」
お母様は私達の疑問にあっけらかんと答えた。
「そちらも問題なく再誕は可能よ。そのまま人族としてもいいし眷属としてもいい。まぁ眷属ではないなら記憶は奪って、この世界の知識を植え付ける必要はあるけどね。再誕方法は従来の血塊を使うところまでは同じね。眷属以外は空間隔離で身体を作る事になるわ。ただ・・・最上層以外は魔術ではなく魔法での対応に変わるから注意してね? 扱い方は〈魔導書〉に追記してるから、それを読むといいから」
私はお母様の思惑を理解しつつ話題を変えてみた。
「至れり尽くせりね・・・ところで、残りの七柱はなんで居るの?」
それはもの凄い気になる視線を感じるから。
プラチナブロンドの子とか、もの凄い知欲に溢れてるわね? 彼女達はミアンス達とは印象の異なる見た目の妹達だった。
髪色と瞳の色はミアンス達と同じなのだが。
するとお母様は微笑みながら理由を述べた。
「あの子達もある意味で、この世界の女神なのよ。といっても・・・上の三柱と下の四柱が別々の主祭神を行ってて最上層を担ってる子達ね。あの子達の世界は魔術ありきだから関わるとしてもこちらの問題が解決してからになるわ」
「魔術ね? それは私も使うからいいけど。それで世界名は?」
「同じよ。扱いは下層をアイ達が、上層をミア達が管理しているの。規模的には下層の方が広いけどね。最上層はミア達の上に存在してて、別の海と大陸があると思えばいいわ」
「も、もしかして? あの世界って地底?」
「ふふっ。そういう事よ」
「それ、明かしていいの?」
「今更でしょう? だから母神として命じます。カノン、マキナ、今は居ないけどシオンも含めて、この世界の〈生死を司る女神〉になりなさい」
「は、拝命致します(命令されたら断れないでしょう!)」
「ます!(えぇー!? どういう事なの?)」
結果、私達姉妹とマキナは親子でありながら、ミアンス達と同列の女神となりました。
いや、普段は吸血姫として旅するわよ?
時々外に出て世界の不要品を召し上がるとか、助けたりするだけだから。




