第120話 猛毒を封じる吸血姫。
旧ルルイア王国を出た私達は自動車自体に〈希薄〉を与え本来の速度で街道を東に進む。
今は国境門を抜け森林地帯から砂漠地帯へと変わる殺風景な街道を進んでいた。
元々この速度で街道を走れば済む話なのだが、この下界は無駄に魔力を消費するため普段は確実に使えないでいたスペックだ。
それこそ、先の殲滅戦で得た燃料が無ければ不可能なほどの速度だった。
そんな高速移動をしている最中──、
「速い! 速い! 凄い楽しいです!」
助手席に座るマキナは大騒ぎしていた。
私はマキナの楽しげな声を聞きながら、アクセルを更に踏み込み、舗装されてない街道を懸架装置のスペックに依存しつつ速度を上げる。
「やっぱり数万体の燃料を確保したあとだから、出せる速度よね〜」
『今の時点で時速80キロですか。普通なら吹き飛んでもおかしくない路面ですのに』
「タイヤと懸架装置様々ね? 木の車輪だと即車軸が折れてるわね。一応、更に上の速度も出せるけど、不必要に土煙が上がると追っ手がくるから程ほどにしないとね?」
道中はナギサと共に会話しつつ、右へ左へとハンドルを切り、途中に控える行商人は避け、盗賊の類いは前部に展開した積層結界で轢き殺し魔力還元ののち燃料に変えていく。
この動作も〈遠視〉を併用し、方向指示器を通じて他の車輌に指示を出していた。
『ですね。今でもそれなりに土煙が出てますが、行商人達が顔を隠してますし、砂嵐と勘違いしているのでしょう』
「へぇ〜、この辺も一応、砂嵐があるのね?」
『割とあるようですよ? 〈マギナス王国〉は砂に囲まれた魔導国家ですので』
「なるほどね〜」
それから、およそ一時間ほど走った頃合いだろうか?〈遠視〉で視認出来る10キロ先に〈マギナス王国〉の国境門が見えてきた。
私はハザードランプを展開させ言葉でも減速の指示を出す。
「目的地が近いわ。各自、時速12キロまで減速して」
『了解!』×5
すると、隣で大興奮だったマキナがきょとんとしつつ質問した。
「お母様? 一度王都に立ち寄るんです?」
私は車体を減速させながら、マキナの質問に答えた。
「立ち寄らないわ。問題があるのは反対側だから〈マギナス王国〉内に入り次第・・・空間跳躍で砂漠地帯の近くに抜けるから。国内だと結界の類いの影響は受けないからね? 国家間の場合は魔族対策の捕縛結界に捕まるから」
そう、実際問題・・・魔族対策の捕縛結界の影響がどれだけの物なのか定かではないのだ。
不必要に捕まって面倒事に首を突っ込む必要はなく片付けられるならサッサと片付けた方が良い。
もちろん、相手が勇者だった場合は人物によって助けたりはするが、今のところ助ける必要はないだろう。そうでなくても現状では保留中の面々が残っているのだから、これ以上増えても収拾が付かなくなるのは明白だった。
私はある程度速度を落とすと次なる指示を飛ばす。
「それと徴税は放置でいいわ。〈希薄〉で覆ってるから気づく事はないでしょ」
『そうですね。どうせ滅びを招く国家ですし、資金を提供する事こそ愚の骨頂でしょう』
ナギサもそれには賛同を示し、他の面々からも文句は出なかった。マキナが何度も頷いている事から今更人族達に配慮する必要こそ皆無だと判る話だった。勝手に呼んでおいて勝手に消そうとする輩だ。友好的な者なら関わることも検討したりするが我等は元より魔族と亜人だ。
敵対する者に配慮する必要はない。
今までは勇者がらみがあったから税金などを払ってきた。助けるべき異世界の勇者が居ないのなら、その必要こそ皆無であろう。
「国内に入ったわ! 跳ぶわよ!」
『了解!』×5
私達は自動車毎〈マギナス王国〉の反対側、問題の魔導士達が陣取る東側へと跳んだ。
§
一方、カノン達が東側に跳ぶ直前の事。
〈マギナス王国〉の魔導士達は東方にある魔族国家に向けて〈気流操作魔法〉へと与える魔力を十人で練り上げていた。
彼らは攻撃の準備を魔力隠蔽を行いながら実行しているようで、魔力感知を持つ魔族達にとっては奇襲以外の何物でもなく魔族達は未だ気づかず外周にて警戒のみを行っていたようだ。
「魔導士長! 総員、練り上げ完了しました!」
「うむ。総員、前方噴霧陣に魔力を放出せよ」
「総員、放出せよ!」
「は!」
直後、十人が練り上げた空属性魔力、およそ三百万MP・・・一人頭三十万MPが収束し噴霧陣に吸い込まれていった。
噴霧陣の中心部には、なみなみに蓄えた赤黒い血液の収まった壺が置かれ毒々しい色合いのまま噴霧される時を待っていた。
「噴霧陣への魔力供給完了!」
「照準あわせ。前方〈マグナ楼国〉」
「照準、前方〈マグナ楼国〉・・・完了!」
「撃て」
「撃て!」
魔導士長の命令の元、〈マギナス王国〉と〈アイネア合国〉の境にある〈魔族国家/マグナ楼国〉へと毒霧とする噴霧陣が行使された。
放出された毒霧は〈魔族国家/マグナ楼国〉を目指し、一直線に・・・いくと思いきや収束が解けて放射状に拡がりはじめ、〈魔族国家/マグナ楼国〉へと到達する数キロ手前で拡散が開始された。
本来なら三千万MPが必要な〈気流操作魔法〉だ。なにを勘違いしたのか知らないが総勢十人、一人頭の総魔力保有量が三百万MPであろうとも一人頭の出力上限値が三十万MPだ。
彼等はそんな基本的な事も失念し三百万MPをそのまま放出出来ると思っていたようだ。
その結果──、
「魔導士長! 陣が途中で解けました!」
「見たら判る!! 総員待避! 飲み込まれる前に逃げろ!」
「待避!」
魔法を放出した〈マギナス王国〉の魔導士達は自分達にまで襲い来る毒霧に大慌てとなり、上限値の影響で硬直する十人を除き、一目散に逃げていった。それは魔導士を名乗るに相応しくない自国そのものを巻き込む盛大な自滅だった。
§
空間跳躍直後の私は目前に拡がり始めた赤黒い霧を見て間に合わなかった事を悔いた。
現状は毒霧の拡がり始めであり、噴霧はされたが魔力消費による魔力拡散で陣が解けたのだろう。このまま砂嵐が発生しない限り、毒霧はその場を漂い続けるはずだから。
私は後悔よりも状況を注視し──、
「お、遅かった? いえ、まだ間に合うわ! マキナ達は後始末をしてもらうから待機ね!」
「お母様!?」
驚くマキナ達に指示を飛ばしながら、その足で車外に飛び出し大慌てで空属性魔力だけを練り上げる。
「三億MPだけ練って・・・」
一応、魔力隠蔽を行いながらの練り上げた。
だが、多少は漏れ出る事を覚悟した。
そして毒霧の漂う空間座標を把握し結界魔法を行使する。
「積層結界展開! からの、時間停止結界と還元結界」
その直後、毒々しい霧が漂う空間の四方に空間的な結界が展開され、微量だが範囲外にあった毒霧を除く毒霧塊が停止し魔力へと還元されていった。私は毒霧塊が消えた事を把握すると結界を解き周囲に残る毒霧の全てを把握した。
「周囲の残存毒霧は強制転送で・・・魔導士達の体内に! 自分のケツは自分達で拭きなさい!」
それは怒りもあるだろう。
拭けもしないのに危険物をぶっ込んだのだ。
解毒薬もポーションも効かない。
呼気により体内に入っただけで粘液部分から融け出す猛毒だ。腐敗した人魚族の血液は吸収する事で体内に拡がる浸透毒のため即死には至らないが、そこに腐敗したエルフの血を混ぜると性質変化が起き、即死級の融解毒となる。
そう、生きながら内臓が融けるのだ。
激痛は必至であり、待避している魔導士達や固まったままの魔導士達はその場で転げ回り、激痛の中で息絶えようとしていた。
私は車内に戻り、マキナ達に指示を与える。
「後始末は車内からお願いね? 総員、外に居る魔導士達全員の記憶、魔力、魂、経験値の一切を戴いていいわよ〜」
『了解!』
『りょ〜かい! 戴くよ〜。使い切らない魔力〜、ごちそうさま〜!』
指示を得た者達は大喜びで〈無色の魔力糸〉を魔導士達に伸ばして戴いていた。
それは初めて力を使うミーアも同様であり、使い方はユーマが懇切丁寧に教えていた。
ちなみに間延びの返事はコウである。
するとマキナがきょとん顔で質問してくる。
右手には〈無色の魔力糸〉が伸びている事から戴きながらではあるが。
「えっと、肉体の魔力還元は?」
私は各自の満足そうな笑顔を〈遠視〉で微笑ましく眺め、マキナの質問に応じた。
「ほっとけば骨諸共融けきるから、最後は肥料になるんじゃない? 融けきった後は融解毒自体も無毒化するらしいから」
そのうえでゴミ掃除が終わるのを待った。マキナは〈無色の魔力糸〉を消し、思案気なまま魔導士達の意図を把握したようだ。
「もしかして、それが狙いで、あれを?」
マキナ自身は固まったままの魔導士を戴いたようで記憶自体は貰ってなかった。
肝心の魔導士長やら補佐の記憶はシオンとリンスが戴いたようで私に記憶の一部が流れてきた。
「でしょうね? この先に・・・〈マグナ楼国〉があるみたいね。そこの魔道具一式と国土を奪う算段か・・・」
マキナは私が読み取った記憶を聞き、またもきょとんとした。
「〈マグナ楼国〉? そんな国家があったの?」
私は記憶を元に〈遠視〉しつつ、ブレたように存在する城壁を視認した。
「魔族達の国家ね? 砂漠内に人避け結界を敷いてるみたいね。一応、街道上に国家があるけど人族達は人避けをくらうようで毎度迂回していたようね? マキナ達は馬車での移動だったから気づいてなかったようだけど」
マキナも勇者だった頃を思い出し〈遠視〉で国家の有無に気づいたようだ。
「なるほど。砂漠地帯を歩く事ってなかったから遠回りしてる事に気づけてなかったんだ」
「まぁ立ち寄るにしろ立ち寄らないにしろ、あちらからの干渉は受けるでしょうから・・・」
「夜が要警戒って事だね?」
「そうなるわね? 何事も無ければいいけど」
「魔族が相手だもんね・・・」
ともあれ、突発的に発生した滅びは回避されたが先々で巻き起こる問題に頭を抱える私とマキナだった。それは背後で満足気な者達とは対照的な重苦しい雰囲気となったが。




