第118話 不穏な気配と吸血姫。
「一通り完成ね!」
ミーアへの装備が完成した。
私はフライパンから始まる料理人向けの装備を新しく用意した。
盾にも鈍器にもなるフライパン。
剣にもナタにもなる各種包丁。
鎧にも傘にもなる鍋一式。
机にも大盾にもなる大きな俎。
その全てを真っ白なジュラルミン製とし、ミーアに与えた。それを見たこの場に居る各人は困惑していたが。
「なんというか、これは」
「一応、調理道具だよね?」
「鈍器のフライパンは・・・まぁ判るんだけど」
「カノン様、素敵ですぅ!」
「「「おいおい」」」
ミーア本人を除いて反応は様々だったが私は必要不可欠と思い用意した。
元々のミーアは非戦闘職なのだ。
それは私達、錬金術士も同じなのだが魔導士兼任で行える職業でもあるため、ミーアも即戦力になり得るかというと有り得なかった。
特に扱いは後方支援のみになるため、自分の身くらいは自分で護らせる必要があったのだ。
一応はレベル101のSランク冒険者だとしても、実戦経験が無いに等しい。〈料理〉スキルをカンストしていてもレリィ達のように〈料理〉スキルに依存しない生来のスキルには負け、どこをどうとっても負け組要員という立ち位置は変わらないのだ。
まぁネタ枠という線は抜けきれないけど、これもこれで〈土属性ドラゴン〉なら滅殺出来る装備品だから今後活躍してくれると私は思う。
「付け方とかは〈鑑定〉して把握してね? 説明が面倒だから」
「お母様・・・まぁ説明しても聞いてないですし」
「この反応の時は言うだけ野暮だよね」
「だねぇ。質問の嵐になりそうで出発が遅れそうだ」
この場に控えるマキナ達は困惑を続けていたが、当のミーアは大興奮の渦中に居たようだ。
「うわぁ。これとあれがあれば、あれとかこれが〜! それにこっちもうわぁ〜作りたい放題じゃない!」
そんなミーアの反応はともかく!
今この瞬間にミーアという異色の料理人が誕生した。本人の活躍は今のところは無いだろうが、白い〈亡者のローブ〉も相まって今後は活躍してくれると思う。
うん、思いたい・・・かな?
それと、この白い〈亡者のローブ〉は調理担当者達にも配っており、外出時であろうとも匂いが漏れ出る事はなく調理時においても影響を与えなくなる副産物があった事で喜ばれた。パッと見は神官風でもあるしね。
我等の調理担当者達も魔族とはいえ女の子が殆どだ。体臭を気にして香水を付けたいとする者もそれなりに居る。
だが調理者は香水が付けられない。
香水は調理者の嗅覚に影響を与えマトモな料理が作れなくなるのだから。特に魔族達は鼻が効きすぎる手合いのためレリィ達も普段から気遣っており、今回の過剰装備のお陰で助かったと言っていた。本来の目的は暗殺装備なのだけど、本来の目的と使用用途が異なるというのは全地球測位システムと同じようなものだろう。
ともあれ、鍛冶工房での一時は一瞬の内に終わり、私達は今の野営地から出発する。
「出発前に間に合って良かったわね・・・」
「うん。ただ、外は・・・絶賛嵐の最中だけどね〜」
いや、出発しようと思った矢先、周囲には不穏な気配が漂っていた。マキナは「嵐」と言ったが、これは嵐なのかしら?
すると、ナギサが困ったように告げてくる。
『まさかこのタイミングでくるとは思いませんでした。しばらく足止めですね』
私は困ったようにカンストした〈鑑定〉スキルの内〈魔法鑑定〉を用いて詳細鑑定する。
今のところこれが使えるのは私とシオンだけみたいなのよね〜。どうもこれは禁書魔法を扱える者しか使えないスキルらしい。
「足止めねぇ・・・〈鑑定〉した限り、人為的なものみたいだけど?」
それを聞いたマキナを含む大型四輪駆動車の運転者と待機要員はきょとんとなる。今回の待機要員は私を除く全てが地上の元勇者勢で占められているからだろう。
「『え?』」×17
私は困惑する人員全てに鑑定結果を〈スマホ〉経由で通知した。
「これが結果よ」
「暴殺嵐・・・正式名称は禁書指定魔法・対人型暴殺魔力嵐?」
「おそらく今回は魔族が関与していそうね?」
『こ、このタイミングで、ですか?』
「詳しくは術者を問い詰めてみて判る事でもあるわ。ま、私達には害が無いから出発しましょ。対象は人族のみとなってるから」
『承知致しました』
突然の嵐ではあったが私達は無視して嵐の中を突き進んだ。この暴殺嵐という魔法・・・主に対象となる人族達の保有魔力の暴走を引き起こすというもので内側から食い破られる形で人族が死に絶える禁書指定魔法だった。
唯一、視認する術は〈魔力感知〉スキルのみのため、人族でもそれを持つ者以外は感知出来ない魔力の嵐であった。
おそらくルルイアとランイルの滅びを知った魔族が打って出たとみて間違いは無いだろう。
術者は私達が向かう予定の砂漠地帯から行使地点の偽装を含めて発動させたようだから。
ランイルとルルイアの境。
そこは断絶させるように街道の全てを暴殺嵐によって塞がれていた。
流石にどのような意図で発したか知らない。
というか、勇者達を相手取る者って大概は魔族や魔王なのだけど、やっぱりこの世界の人族達はバカしか居ないのかしら?
§
その後、街道を進む私達は呆れてしまった。
「死屍累々ね・・・せめて後片付けの事まで考えてほしいものね」
それは街道のド真ん中を立ち往生したかのように商人の荷馬車が留まっていたり、行商人や多くの探索者達が行き倒れたように臓物や血糊を撒き散らしていた。
しかも馬も含めて同じように処理されており人族指定・・・人族に飼い慣らされた物も対象としているようだった。
すると二号車のナギサが思案しつつ問い掛ける。
『おそらく、アンデッドを大量発生させる予定なのでしょうね』
私はナギサの考察を元に出来上がる物を想定した。
「この惨状だと生まれるのは骸骨兵くらいでしょうね。肉体はほぼボロボロだから」
そう、ゾンビなどは確実に無理と思える惨状だけに出てくる物は限られていると察した。
ある意味これはアインス達の仕事を増やす事と同義なのだが、その点を考慮しないのも魔族ゆえだろう。
同族としては頭痛のする思いで一杯だが。
私は余りにも邪魔な惨状に呆れを示しながらも掃除を行う事とした。
「たちまちは一号車のみに付いてる前部還元陣を稼働させましょうかね。他の車輌は後ろを付いてくればいいから」
『承知致しました』
それは文字通り、走った場所のみの遺体やらなにやらを消し飛ばす魔法陣だ。稼働魔力も初回のみで術陣維持は還元した魔力を吸い込み稼働する物としている。
そして、しばらく走ると無残な物を見た。
「ん? これって勇者?」
そこには散り散りとなった肉片が転がっていた。中心部から爆散したように周囲に肉片を撒き散らして。
そこに存在していたなにかを示していた。
普通に考えればそんな死体などは発生しない。今まで処理してきた遺体なども最低限の形状が保たれていた。
主に頭部と胸部が弾け飛んでおり、妊婦に至っては腹部も弾け飛んでいたが。
マキナは眼前の光景に呆け、転送魔法で拾い上げる。
「へ? あぁ・・・巻き込まれたバカが居た〜。誰だろう? 肉片を拾ってっと」
「誰だった?」
「う〜ん? 胸先から判るけど女子の誰かだね。魂が無いから誰かまでは判らないけど」
『胸先を拾うって・・・ユーコみたいな事をしなくても。私の胸先からサヤを復元してたって聞いたし』
「まぁサーヤの言い分も判るけど・・・ちょっと貸してね」
「はい。お母様」
私はひとまずマキナから胸先を借りてみた。
大きさは本当にちまっこい物だった。
貧乳なのでは? そう、疑うに等しい大きさで・・・〈鑑定〉した結果は案の定だった。
「ふむ。香椎珊瑚ね・・・断崖絶壁の」
マキナも思い出しつつ、どうしたものかと悩むも、実験的な考えが浮かんだようだ。私から胸先を受け取りしばらく悩んでいたが。
「なるほど・・・珊瑚の遺体かぁ。なんでここに居たのか知りたいけど・・・」
するとマキナは唐突に背後へと移動し──、
「ひとまずポーションどばぁ!」
胸先を相手に神級のヒーリング・ポーションをぶっかけた。もったいないようだが、なにかしらの可能性を見いだしたのだろう。
私も一号車を停車させながら移動する。
マキナはピクピクと動き出した片方の胸先を見つつ私に質問した。
「これって魂なくても再生するっけ?」
「どうだったかしら? 反応は出てるみたいだけど」
直後、私とマキナの目前に・・・綺麗な断崖絶壁が姿を現した。それは骨や臓器までも同じく再生し、綺麗なツンツルリンまでもお出まししたのだ。
「これはまた・・・亜空間で隔離したこの場なら再生可能なのかしら?」
「どうだろう? とりあえず直前の記憶を読むね?」
「それがいいわね」
私とマキナはお出ましした幼児体型を眺めつつも目的を探る。この方法なら消えてしまった勇者といえど過去を洗うには丁度良いだろう。
すると四号車のサーヤから催促が入る。
『というか、遺体を再生させるのはいいけど、先に進まない?』
五号車のサヤカは苦笑してるようだが。
私はサーヤの催促を得て、運転席に戻る。
「そうね。マキナに遺体の処理は任せるから」
マキナはそんなに時間を掛けなかった。
席に戻りながら再生した遺体を〈還元転換炉〉に移し助手席に戻ってきた。
今回は魂も無く助ける必要の無い者なので、これは仕方ない措置だったが。
「うん。どのみち・・・あぁアキに用事があったみたい。アキ? 念話とかどうしてた?」
そして二号車の助手席に座るアキに問い掛けた。アキは困惑しながらも当時を思い出して語り出す。
『珊瑚との念話? ブロックしてたかも。豊胸ポーションを欲して面倒だったから。そんな物なんて無いのにね?』
私は還元陣を広範囲に拡げながら目前の肉片全てを還元させつつ徐行した。
そしてアキの事情を知り──、
「ポーションの催促だったかぁ・・・無い事も無いけど、下界では材料が得られないわよ?」
存在だけは示した。するとアキはきょとんとした声音で問い掛ける。
『え? どういう事ですか?』
私は徐行を済ませ香椎珊瑚の全肉片を消し去った事を把握すると同時に移動速度を上げた。
「とりあえず先を急ぐから道中で話すわ」
§
そして道中に話した。上界でしか手に入らない豊胸ポーションなる代物の事を。
二号車以外の者達も興味津々で聞いて──
『へぇ〜。第三十八浮遊大陸の〈フルカルク〉という葡萄のような果実が主成分なんですか』
「ええ。その果実の種と果実を熟成させてリンゴ果汁と混ぜることで出来るものが豊胸ポーションね。燃料となった香椎珊瑚なら、立ち所にCカップには成長するんじゃないかしら。主に貧乳の人族達が欲する最高級ポーションで上界でも高値で取引されている代物よ? ただし、毎日飲み続けないとアッと言う間に萎んで逆に抉れるという副作用もあるけどね」
一同はあんぐりした様子で返答してきた。
「『うげぇ・・・』」×17
問題のない嗜好品など異世界を始めこの世界にも無いのだ。嗜好品ではなく治療用の物なら問題そのものは存在しないが。
そんなやりとりの最中、私達はルルイアへと到着した。ルルイアの都まで向かう道中、私達は徐行して街並みを眺める。
「改めて見ると・・・」
『閑散としてますね』
『誰何が無いのは仕方ないとして』
『王国という体裁が無くなったから』
『困惑もひとしおって事?』
「それが一番でしょうね? しばらくは荒れると思うけど・・・人族がそれで滅びるならそれまでの生物って事でしょ。生き残る者が居たとして、それは」
『商人みたいに図太い神経の輩だけか』
今は運転席に座った者だけが会話していた。
私とナギサ、ハルミとサーヤ、サヤカとタツトが運転しつつ応じたのだ。
助手席に座るマキナとアキ、ミーアとナツミ、アコとシロ、後部座席に座る者達も総じて周囲を黙々と観察していたが。
すると、タツトの答えに応じるようにナギサが先を示した。
『そういう事ですね・・・ほら? 目の前にも居ますよ?』
今は二号車を先頭としているので私は近づくにつれて見えるソレ等を視認した。
「商魂逞しいというか・・・王宮からの流れ品を売ってるわね?」
「神官達が売り払ったみたいだね・・・不要品という扱いで」
「まぁそうないと生きていけないという事でしょうけど。とりあえず都まで急ぎましょうか」
『承知!』
ひとまず、街道途中の街並みを一通り見た私達は旧王都である都を目指した。
すると私達が進む街道の脇に不審な者達がたむろしていた。
(今のは・・・ダークエルフよね? こちらの様子を眺めていたけど・・・)
それは銀髪に褐色の肌を持つエロフ・・・否、エルフ達であり隊商というスタイルの私達を見て、何度となく睨みつけていたようである。




