第107話 人族の欲に戦々恐々な吸血姫。
私達は王都イルデから出立し、近くの北門から〈希薄〉状態で門外へと出た。今のまま王都に滞在し続けるのは危険という判断で行った。
主なる理由は・・・屋内プールで寛ぎ中のユーコ達が愚痴っているが。
「好き勝手に奪いに来て兵達が居なくなったからって捜索隊を編制するとか・・・暗部なら身寄りの無い者が殆どでしょうに?」
「まぁまぁ。こればかりは仕方ないよ?」
「フーコはそう言うけどさぁ〜。イルデの中、歩きたかったぁ〜!」
「酔い潰れてなかったら・・・なんて、後悔先に立たずだねぇ〜」
そう、ユーコ達が愚痴りたくなる行動を人族達が起こしていたためだ。幸い、門外に出る者への誰何はなく、入る者へと徴税する事が目的である事が判っただけ儲けものだったが。〈希薄〉状態で門外へと出ても出ていなくても追いかけてくる者は居なかった。
私はひとまず、屋内プールで騒ぐ二名を放置し、運転しながら方針を後続に伝える。
「このあと東の街道へ抜けるルートでルルイア王国へと向かうわよ。この国の滅亡指定もあるけど、直ぐに直ぐ動くと面倒だからね?」
『承知致しました』
今はまだなにがあるか判らないのでアキナの再誕は追々とし、先を急ぐ私達だった。
すると、助手席に座るマキナが訝しげな表情を向けながら私に問い掛ける。
「滅亡に動かないの?」
「今のまま混乱に乗じて行うと警戒されるからね。出来るなら相手の気が抜けた状態、或いは疲れ切った状態の深夜に行う方が無難なのよ」
「それって私達が埋め込まれた時と同じで?」
「ええ。就寝中に実行して気づいたら王侯貴族が人っ子一人居ませんでした〜って方が面白いでしょう? まぁ車バカに関しては・・・って目の前に居たわ」
私はマキナの問いに応じて対処を語るが、望んでもいない者が現れ、途端に悩んだ。
マキナも私の視線の先を見て困惑した。
「街道封鎖してる? いや、周囲に魔物を寄せ付けて近衛に戦わせてる?」
車バカがなにを思ったのか街道のド真ん中で近衛達の指揮をとっていた。それは王都から向かってきた商人達を護っている風にも見える。
「原因はお前だろうに」
というように苛立ちを向ける近衛達が大半のようだが。すると、二号車の助手席に座っていたユウカが私達の目前に居る者を隔離した。
『車バカ発見!? 遠隔確保!! 亜空間庫への隔離完了!』
「あらら、ユウカが強制転移で確保しちゃったわね・・・」
私はユウカの早業に呆れを示す。
マキナは眼前の騒ぎに指をさして笑う。
「あはははは! 護られてた商人達が勇者様が居なくなったって大騒ぎだね?」
近衛達は私達が近づく前に残りの魔物を討伐し、片付けを行っていた。護られていたとされる商人達も困惑しながら街道を歩み始めた。
これは単に車バカが居なくなった時点で魔物達が散り散りになったともいうが。
「今度は兵達がバカバカしいって感じでこちらに向かってきてるわね?」
兵達は隊列を整え、勇者が居なくなった事をいいことに好き放題言いながら、私達とすれ違いつつも王都まで戻っていった。
兵達とのすれ違い中の背後ではミズキ達が車バカをネタに笑いあっていた。
「帰還予定時間を先延ばしにされたって嘆いてるね? 誰でも簡単に倒せる魔物ですら腰が引けてたみたいだし」
「ええ。指揮官はカンカンね〜。戦えない勇者なんて要らないとか言ってるし」
一番の原因はユウカ発のワサビ刑なのだけど日頃の特権が悪さした事も相まって、誰もが原因そのものを忘れているようだ。
「なんというか・・・車バカ乙」
「ミズキ、その車バカも今やユウカの亜空間庫だからね?」
「そうだった〜」
ミズキは〈遠隔聴覚〉を使い、ナディは猫獣人特有の聴覚で話し声を把握していたようだ。
今のナディは人族の姿だが〈変化〉しても特性が維持される由縁だろう。
私は最後尾から兵達が居なくなった事を把握すると落ち着いたように対処を語る。
「車バカに関しては生きながら魔力燃料とする〈還元転換炉〉に放り込めばいいでしょう? 亜空間庫に収まった段階でアインス達から魔力回収されたみたいだし」
「というか〈還元転換炉〉って?」
「マキナも覚えてると思うけど調巡りんに施した〈生肉魔力還元〉の拡張機能を持った魔力炉でね、魔力消費が激しい時に稼働させると魔石の変わりに魔力供給を行う物なのよ。通常であれば食べられない魔物の血肉や魂、人族の処理に困った遺体を放り込む物なのだけど、車バカなら車の燃料としても良いかなってね?」
そう、車バカを燃料となす・・・これは決定事項だった。私を黙り姫というアダ名で呼び始めた者の末路だ。
ユウカもこの件は受け入れており亜空間庫に放り込んだのも、その手順の一つである。
すると、マキナは疑問気に質問してくる。
「そんな炉があったの・・・この車に?」
「車にはないわよ。大きさ的に入らないし」
「じゃあ、どこに?」
「実は各車と繋がる処理設備に存在する魔力タンクの正式名称なのよ。〈還元転換炉〉って」
「へ?」
マキナは私の回答を得て呆ける。
炉と付くのに魔力タンクとはこれ如何に? という表情で固まった。
実はこのタンク・・・ログハウスを設けた時から使っている代物なのだけど割と誰も興味がないらしい。私は呆けるマキナを放置し続きを語る。
「主な投入口はキャンピングトレーラー後部左側面にある解体処理口ね。人族やら魔物の処分品を放り込む口だけど通常は私達や他の眷属達が誤って落ちないよう、積層結界で閉じられてる穴なのね?」
「あ、あぁ! あの大きな丸い金属蓋が付いた?」
「ええ。一応、関係者だけを護る〈積層型反転結界〉のトラップも付いてるから、奥に落ちる前に跳ね返って出てくるけど・・・先日のシロみたいに」
「あぁ! シロが興味本位で覗いてタツトに突き落とされた?」
いや、本当にあの時は参ったわね?
ミズキに掛かりきりだった間に起きた事だ。
事前に施していて良かったと思える結界だったわ。
一応、奥まで落ちたら私の〈スマホ〉に通知が来て、本体だけが私の亜空間庫に強制転送されてくるけど。正直、その事を聞いてヒヤヒヤした私である。私はマキナの思い出し笑いを受け、引き攣りつつも続きを語る。
「そ、そうね・・・魔物の血だらけで飛び出してきた件ね。実はあの穴の先はトイレや風呂の排水口とも繋がってて、後ろのキャンピングトレーラーや、サーデェスト号、イリスティア号からの排水や汚水を集中管理している物なの」
「そ、それって・・・汚物処理場では?」
「まぁ・・・当たらずといえども遠からずね。主な用途は汚物を安全な魔力へと浄化して再利用するという事にあるから、不要品処理にはもってこいなのよ。ま・・・燃料となるまでの間に車バカは汚物塗れとなるけどね。内容物も順次、魔力還元する仕組みだから」
という話のオチがついたところでユウカが処断を実行し車バカは時の止まった魔力タンクに飛ばされたようである。
『汚物バカの誕生だぁ! タンクにどーん! 送ったよ〜』
「ユウカの御満悦が見える」
「ま、魔力消費の多いこの地を進めば、知らぬ間に処理されてるでしょ? 痛みなく燃料になるのだから救いと言えば救いよね?」
「というか、その炉を売れば魔力不足を解消出来るのでは?」
「解消は可能でしょうね? ただ、あちらに侵攻する時期も早まるけどね〜」
「あぁ・・・上界への侵略が・・・」
「油断出来ないのが人族ゆえの特性ね?」
私も最初、マキナ同様に同じ事を考えた。
だが、人族の王侯貴族の特性上・・・可能であれば人を殺してでも燃料となし侵攻する事が予見出来たので、売り出すのは危険と判断した。
ともあれ、この話がオチたとして私は野営地を見つけて指示を出す。
「目的地手前だけど、ここで野営するわよ!」
『しょ、承知致しました・・・』
ナギサは少々引き攣った声音で応じているが、おそらく隣に座るユウカが御満悦だからだろうと、私は受け流した。
§
そして夕食前。私はシオンとマキナを伴って再誕工房を訪れた。この再誕工房はログハウス内の錬金工房とイリスティア号内の亜空間工房を兼ねており実質的に同じ工房だったりする。
それは一々同じ用途の工房を複数箇所用意する事こそ冗長的だからともいうが。
私は事前準備の前にマキナに一言掛ける。
「さて、始めますか」
マキナは渋々という体だった。
ここからは諭す親と渋る子供の会話となる。
「ホントに私がやるの?」
「親分なんでしょ?」
「好きで親分やってないよ? あの子が自称子分と称してるだけだし」
「そうなの?」
「うん。だいいち自称年下を相手に謙る必要はなくない?」
「実質、年下ではないけどね?」
「うぐぅ・・・だ、だとしても」
「助けた手前・・・放置ともいかないでしょ?」
「うん・・・」
という感じで話が纏まった。
なお、この場にはもう一人母親も居て、シオンが寂しそうに私達へと声を掛ける。
「おーい! ここにも母親が居るんだけど、私は放置なの?」
「「居たの?」」
「姉と娘が酷い」
これもいつも通りのやりとりである。
マキナもどちらかと言えばシオンより私にベッタリなので、シオンは随時マキナに構ってと絡む事の方が多かったりする。
性質としては同じドMなのにね?
まったくもって不可思議な親子である。
ともあれ、私は停止した状態で回収したアキナの魂を解凍した。
『て、ムアレ島に渡ったマキナちゃんを探す・・・あれ? ここはどこです?』
しかし、解凍した直後よりオロオロというように会話を続け、直後にきょとんと反応が返ってきた。マキナはアキナの反応で苦笑する。
「止まった直後から再開してる・・・」
私も同じく苦笑したが、もう一人の反応を思い出しマキナに問い返す。
「ある意味で天然かもね? アナは最初から場所を問うてたけど」
するとマキナの反応より前にシオンが会話に割って入った。
「見えて無かったんじゃない? 目を閉じてたとか?」
マキナは思い出したかのように亜空間庫内から水晶と化した遺体を取り出した。
「ちょっと待って・・・出ておいで〜」
『え? 私? 透明になってる?』
マキナが水晶を覗き見ている間、アキナは自身の裸体と気づき、私とシオンは驚いた。
「これが自分の肉体だって気づけるのね?」
「精巧な水晶なのに・・・不思議ね?」
するとマキナの把握が済んだのか驚いた顔の私とシオンに声を掛ける。
「目を閉じてるよ・・・って、どうしたの?」
「この子が自身の身体だと、気づいたから」
「ああ。多分、これじゃない? 身体中の傷」
私はマキナが示した水晶に残る複数の傷から察した。マキナも詳細は知らないようだが。
「・・・自傷行為?」
「うん。その関係かもね? なんでこんな傷を持ってるのか謎だけど」
アナの場合、復元時に傷が消えていたが、こちらには薄らと傷が残っていた。アナの復元時は彼女の左肩口から大太刀で切断したのだ。
流石の私も身体の傷に意識が向かなかった。
すると〈封印水晶〉の中のアキナがマキナに声を掛ける。
『あの? なんで? マキナちゃんが? あと、私の身体は一体?』
マキナは溜息を吐きつつも首を横に振り、意を決したようだ。
「率直に聞くよ? アキナ、生きたい? 死にたい?」
アキナは処理が追いついておらず固まった。
『え?』




