第105話 吸血姫は勇者を憐れむ。
打ち合わせの後の私はナディとミズキとタツトと共にイルデ支部へと向かった。王都中心部に向かう道中は確かに右へ左へと入り組んでおり、四頭立ての荷馬車では王都内に入る事が不可能だと判った。
それは港から王城、東門に突き抜ける目抜き通りを除き、全てが網目路地のように入り組んでおり、北門と南門は砦としてのお飾りである事が判る話でもあった。敵対者が侵入するとすれば北か南という事だろう。
尾行も案の定ついてきていたので途中で〈希薄〉を行使しつつ空間跳躍してみたところ、支部の近くへと無事跳べたので転移送禁止結界とは転移・転送魔法のみを対象とし、穴のある結界と判り安堵した私達である。
ともあれ、到着後の私は支部に着くや否や、ミズキのみを受付に立たせ依頼票を眺める。
「新規登録、お願いしま〜す」
「はいは〜い、ただい・・・ま?」
「ま?」
「いえ。見覚えのある顔立ちでしたので」
「そういう事でしたか・・・気のせいです」
「気のせいですか・・・そうです? ん? 気のせい? なんで日本語で?」
「気のせいです」
しかし、ミズキと受付嬢とのやりとりがオカシナ方向に進んでいた。どうもミズキは受付嬢と面識があるのか目を泳がせながら応対していた。すると、タツトがなにかに気づく。
いや、私もナディも気づいたわね?
なんで居るの? って感じで。
「な? なんで天災児の子分だった實島が受付に居るんだ?」
「秋凪ですって!?」
「そういえば従妹だったか?」
「ええ。最近まで忘れてたけど」
タツトの言葉に応じたのはナディだが、受付嬢はこちらにまで意識を割き驚愕の後叫んだ。
「あぁ!? そこに居るの・・・タツヤさん? そっちは・・・カナデ、ちゃん?」
「なにか・・・懐かしい名前を聞いた気がする」
「ナディに同じく」
「懐かしい? それよりも、なんで!? タツヤさんって死んだはずじゃ・・・」
「と、とりあえず職務に戻って? 登録、お願い」
「ふ、ふぅん!」
流石に受付嬢が取り乱すのは見てられないため、ミズキは受付嬢の口元に右手を押しつけながら、日本語で黙らせた。
(というか勇者がなぜ受付嬢に?)
私は粛々と登録作業を行う受付嬢を眺めながら一人思う。私もタツト達の後ろに居るのだけど気づかれなかった。
それと念のため、マキナに連絡を取り、支部まで跳んできてもらった。私は〈希薄〉したままのマキナと共に様子を眺めた。
「え? Aランク・・・魔力量が減ってる?」
受付嬢・・・實島秋凪は困惑しながらも登録作業を進める。ミズキはノロノロする實島秋凪に苛立ちをぶつけながら要望を出す。
「それはいいから、ギルド証!」
「えぇ・・・というか名前・・・」
「他人の空似でしょ?」
「空似って・・・でも、タツヤさんもカナデちゃんも居るし」
しかし、實島秋凪は背後に居るタツトとナディにも視線を向け、私には気づかず大混乱の渦中にあった。
「マキナ? どういう事?」
「私にもわかんない。鑑定結果を見ると勇者となってるし、受付嬢としてこの場に居る事が意味不明っていうか」
「とりあえず・・・念話完全防御結界を支部に張ったから様子見しかないわね?」
「うん。下手に仲間を呼ばれても面倒だしね」
幸いかな、現在の支部は實島秋凪以外は誰も居らず、あと数時間ほど経たない限り探索者達は誰も現れないようだ。
肝心の支部長も王城に居るようで、この場は彼女だけだった。それは閑散とした支部内に彼女がポツンと居た事がその証拠である。
ミズキはどうしようかと悩みつつ私に視線を送り無言の頷きをもって溜息を吐いた。
「というか、カナデちゃんというなら・・・もう一人のカナデさんには気づかないの?」
「へ? 七不思議のカナデさん? 二組に居るとされる影が薄い黙り姫の」
「そのカナデさんが後ろに居るんだけど?」
ミズキは實島秋凪の反応を見て更に溜息を吐き、後ろに指をさす。
マキナは苛立ちを隠さず〈希薄〉を解いて私の隣に並び立つ。私は〈希薄〉してなかったが気づかれていない事に消沈した。
「え? 居たの? !? マ、マキナちゃん!?」
實島秋凪から気づかれたマキナは怒りのままに命じる。
「アキナさぁ? なんで貴女がここに居るの?」
「生きてたの!?」
「それはいいから答えて?」
それは有無を言わせないする、マキナの怒りが含まれた言葉だった。母親への暴言は許さないとするのは今も昔も変わらないらしい。
マキナに怒鳴られて泣き顔の實島秋凪は涙を流しながら事情を語る。
「そ、それは・・・マキナちゃんが亡くなった事が信じられなくて、ルルイア王国を飛び出してこの国まで馬車を飛ばしてもらったけど王宮が船を出してくれなかったから、路銀を貯めるためにここで働いt」
話の途中だが、私は時間停止結界でこの場を覆い、仲間者達へと問い掛ける。
元一組はマキナとタツトとミズキだけだ。
私とナディは二組の者として参加した。
「マキナ推しなのは判った。でも、勇者という立場を無視してまで追いかけるというのは?」
「子分だからでしょうか? 子分になった経緯は一組以外の者は知りませんけど」
「確か・・・体育でタツトを空に飛ばしてから?」
「俺が余計な事を言って空を舞ってからだな」
「あの時は浮いたよねぇ〜。マキナが抱えてなかったら腰の骨を折ってたよ?」
「俺が・・・お姫様抱っこされた事案・・・正直言って思い出したくねぇ」
「まぁ、それがあって背後から付いてくるようになったんだけど」
「マキナ推しで子分と化したか」
事の経緯を話し合うも、本人不在で話す事でもないため私はマキナ達に提案した。
「一応、勇者だから処置だけしときましょうか? この場の状態も不可解だし」
「確かに。この場で粉微塵とか後片付けが厄介だし」
「最悪支部が使い物にならなくなるな? 肉片だらけで」
「肉片が内部にビッチリとか誰得?」
「血溜まりでも閉鎖確定でしょう?」
私はマキナ達の同意を得て、受付内へと入り實島秋凪の背後から切開して問題物を取り出し、治癒してあげた。
だが取り出したのはいいが特殊魔法陣が薄くなっており、私は怪訝な表情に変わる。
「あら? 待機状態になってる?」
「は?」×4
私の言葉を聞いた四人は驚き過ぎて呆けた。私は特殊魔法陣の状態から敵対者の意図を察した。
「おそらくだけど、勇者がこの場に居る事を利用したみたいね? 荷馬車の関係者を消して奪うという手段で。ま、バレてないと思う時点で頭の中がお花畑よね〜」
すると、私の考察を聞いたマキナも察し〈スマホ〉のメッセージを読んで私に教えた。
「もしかすると・・・あぁ!? 荷馬車の方でも動きがあったみたい」
「はぁ〜。白昼堂々盗みにきたか・・・人目の少ない場所だから」
私達がまいた尾行者がこの場に来る事を予測し、残りが荷馬車を襲ったらしい。
ただ、荷馬車の方も黙って襲われるわけにはいかないので周囲を多重結界で覆い、結界内に入り込んだ異物達をその場で停止させるに留め、処理をこちらに求めてきた。私は腹を空かせた暴れん坊を思い出しつつ指示を飛ばす。
「ユーコとフーコに〈隷殺〉と〈触飲〉で残さず戴いて構わないって返して。遺体還元も含めてね?」
「うん・・・返したよ〜。ただね? 侵入者が戻らないから、周囲が怯えてるって」
「多重結界に入った時点で周囲からは人っ子一人居ない状態になりますからね」
「時間停止結界恐るべしだね〜」
私はマキナとナディの話を聞いた直後。
實島秋凪の体内にあった粒魔石を発動要請者の体内へと送り届けた。
「それと、後はこの粒魔石を・・・亜空間経由で例の御令嬢の心臓内に強制転送して対象を魂にまで紐付けっと」
するとマキナは疑問気な顔で問い掛ける。
それは転移送禁止結界で覆われたこの国の特徴があるからだろう。
「転送出来るの?」
「亜空間経由は問題ないみたいね? そもそもこの場が時間停止結界内だから転移送禁止結界の影響下ではないわね。出来なかったら魔石がこの場に残るでしょう?」
「なるほど〜、そんな裏技が」
「時空系スキルを持つ者しか使えないから普通は出来ないけどね?」
すると、処置を終えた私とマキナの会話を聞いていたミズキが、前に立つ者を心配そうに見つめ、問い掛けてきた。
「ところで、アキナはどうするの?」
「魔石が無くなったとはいえ私達の身バレは確定となるでしょうね? マキナどうする? この子の記憶消す?」
「う〜ん? 記憶を消したとしてもミズキの登録情報は残るし、この場に誰も居ないという事が不可解だから連れて帰るかな? とりあえず、私の亜空間庫へご案内〜」
「すげぇ・・・荷物のように泣き顔の實島が消えた」
「実際に荷物だしね? 時間が止まった亜空間庫なら念話も出来ないし、どうせ殺す名目だったのなら、この場に居ない方がいいでしょう? 行方不明者という体は残るけど」
「死亡認定も届かないし・・・それがいいでしょうね。ところで、この子はどっち?」
「どっちだっけ? ミズキ?」
「私達と同じだよ?」
「良識派だったね」
「子分には一切興味無しか・・・」
「子分なんて要らないよ? 子供は要るけどね? ね? ミズキ」
「あはははは・・・」
「その蔑み、アキナが羨ましい」
「従妹に羨望を向けるのはどうかと思うよ。ナディ?」
結果、用途不明の勇者一名を確保した私達。
仮に産まれ直すとしても今はまだ生きた勇者だ。ミズキの時とは異なり扱いが慎重となるのは仕方ないだろう。マキナにとってはタダの荷物とされていたが。この子もなに気に十六才の天才でご同業だったため扱いに困る私だった。
ちなみに粒魔石を送られた御令嬢は国王への謁見前だったのだろうか? 待機していた控え室にて一瞬の内に肉片へと変化したらしい。
そして砕けた魂ごと〈転生の渦〉に飲み込まれたようだ。仮に生まれ変わるとすれば粉微塵の結果、プランクトンがいいところだろう。控え室も肉片と毛髪・血溜まりとなった事で阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
それをこの支部で行おうとしたのだから因果応報である。




