第104話 吸血姫は役人に呆れる。
それからしばらくして。
私達一行は王都イルデの北門に着いた。
流石に移動速度は荷馬車を超えていたが道中は誰も居らず気づかれる事は一切無かった。
これは〈魔導ステルス〉を搭載した車輌である事から王都周囲で警戒する魔導士達の探索網にも引っ掛からなかったから・・・ともいうが。
ともあれ、入都時はナギサが乗る二号車を先頭へと並び順を変え、ナギサが番頭として来訪目的を説明した。
「なるほど、入都目的は行商ですか」
「そうです・・・と言ってもギルド支部が相手ですので」
「でしたら、入都税は・・・一台あたり、大金貨六枚となりますね」
「大金貨六枚ですか。お高いですね?」
「こればかりは仕方ないのです。中で商いを行うのであれば、既存商人達にも迷惑が掛かりますから」
「なるほど」
入都税で大金貨六枚・・・全六台で三十六枚を欲するというのは些か取り過ぎにも思えるが商人を護る意図を説明され、ナギサは困惑しつつも受け入れたようだ。
というより、ギルド相手と伝えてるのに有象無象の行商人と同じ扱いとするあたり、彼等の思惑が読めない私達であった。私達はナギサの交渉を眺めながら門兵の言葉に耳を傾ける。
「行商に限らず商人の入都税は金貨六枚のはずなのに・・・オカシイよね?」
「うん。一台あたり大金貨六枚って流石に取り過ぎだよね?」
「ミズキの言う通り、他の商人達は金貨六枚みたいですね」
「どうも四頭立てだから金を持ってると思っているようね?」
「それって・・・差額を着服するつもりなの?」
「おそらくね? まぁ大金貨の代わりに反物六本と交換だから背後がどう動くか・・・だけどね?」
すると、私達一号車の会話をよそに二号車の方で動きがあったようだ。門兵に呼び出された魔導士が鑑定魔法で素材を眺め驚いていた。
「こちらですか・・・では失礼して。!? こ、こ、これは」
「判りましたか? これは一種の魔法素材ですね。通常なら綺麗なだけの布ですが、衣服と成し持ち主の属性魔力を最初に与えるだけで刃が通らず炎を浴びても燃えない物となります」
「なるほど。これならば、入都税として申し分ないですね」
「ですので、うしろに続く五台分。計六本を御提供させて戴きます」
「判りました。では・・・現物はそちらの盆に」
というワケで・・・ナギサの交渉により無事、入都審査は終わったようだ。二号車のあとから私達も続き、全車が北門を抜けて王都に入る。
ただね? 抜ける間に門兵と魔導士が・・・予想通りの反応を示していた。
「これほどの物を一体どれだけ? 彼女は行商と言いましたね?」
魔導士は盆に載った六本の反物に意識を割きながら、下品な笑みを浮かべていた。
そう、この魔導士は例の伯爵令嬢であり、文官兼魔導士として北門に詰めていたようだ。
「ええ、そう仰有ってました。どのあたりで行商するかは不明ですが」
「となると・・・早い内に居場所を把握して暗部を動かしますか」
「暗部ですか?」
「これほどの代物を持つ商人なら、他にも素材を持ってても不思議ではないでしょう? だったら盗んででも回収させなければ」
「判りました。こちらから手配しておきます」
「頼みましたよ? 私はこれを屋敷に持ち帰りますから」
私達の荷馬車が通り抜けていないにもかかわらず、人目の付く場所で打ち合わせを行うのだから、バカを通り超している。
終いには着服するぞ〜! と言わんばかりの言葉を発し盆ごと回収していった。オチは六号車から様子を見ていたシロの言葉である。
『この国、滅びてもいいんじゃね?』
「シロ、判ってても言葉に出さない」
『マキナ様、すみませんでした!』
「様付けしないで!!」
§
私達は王都内。
北門近くの広場に荷馬車を止めた。
四頭立ての荷馬車をそのまま王都中心部に入れるわけにもいかず、私は外に出て馬を放す素振りで幻惑魔法を馬が居ない状態へと変えていった。それは他の車輌でも同様に。
これは運転者がキャンピングトレーラー側から外に出て馬に近づく事で放れる仕組みだ。
直後、馬が放された荷馬車だけとなった。
私は処置を終えた運転者を集め周囲を見回した。
「予想通り荷馬車の周囲に尾行者多数ね?」
「徐行中に付いてきたようですね」
「北門から目と鼻の先とは言い難いですが、下手な隠形ですね?」
「それは仕方ないよ? この国って根幹から腐ってるから」
「まぁサヤカの言い分はともかく・・・腐ってるからこそ油断しないようにね」
私は一通りの注意をしたうえで今後の予定を話そうとした──
「それでカノン様、この後の予定は?」
が、先んじてショウが確認してきたので、ショウ達が忘れている事案を提示してあげた。
「ショウはユウカと共にナギサの説教ね?」
「あっ・・・そうでした」
「ドンマイ」
「シロはマキナからの説教があるから一号車に来なさいね? あの子、様付けが嫌いだから」
「・・・はい」
説教というオマケ要員も居たが、ここから先が本題である。
「ひとまず説教組は置いといて、私とナディ、ミズキとタツトが支部に向かうわ。残りは情報収集を車内指揮所でお願いね? まぁ・・・気分転換で出てもいいけど」
そう、外に出る者とこの場に残る者への対処を決めた。この王都イルデは街中が迷路のように入り組んでおり、一種の砦都市の様相を呈していた。
そのため、北門で問題が無ければ勝手知ったる元勇者組とのパーティーを組ませる予定だったのだが、早速問題が尾行してきたので予定を変更して四人のみで外に出る事にしたのだ。
残りの者達はキャンピングトレーラー内にある車内指揮所という名の監視室にて王城などの情報収集を厳とした。この車内指揮所も〈防犯回避結界〉が標準装備で常時稼働している部屋である。ただ、ずっと車内に籠もりっぱなしも気が滅入るから気分転換したくなると思って提案したのだけど──、
「いえ。支部に向かう主様達以外は、この場から離れない方がよろしいかと存じます。慣れぬ王都で尾行されて下手に捕縛でもされればこちらの弱点となりますから」
ナギサが厳しい表情で私の提案を否定した。
それを聞いて疑問気に問い掛けるのはユーマだった。
「〈希薄〉してても、油断がある? という事でしょうか?」
私はユーマの言葉に応じつつ、苦笑したままナギサの言葉に同意を示した。
「そうね。ナギサの言う通り元勇者組ならともかく、私達が不慣れであるのも確かだから〈希薄〉して入り込んで、出られないという事も起こりえるかもね。実際に支部へと向かう者も、新規登録のミズキと護衛のタツトを指定したのはそれが本命だもの。空間跳躍してもいいけど、この王都は転移送禁止結界があるから、跳ぶ事が可能かどうか確認してからになるわね?」
「なるほど」
「それにね? 他の者達十二名以外の人員を知られると面倒だし、更なる入都税を払えと言ってくる可能性も高そうだしね?」
「それはあり得ますね。ですので基本は内部移動を厳とし、現状維持を優先しましょう」
結果、あの場で見えていた十二名に対する入都税だったと仮定し他の者達を護る意味合いで方針は決まった。私としては護られる者が夜に暴れると仮定して元々の案を一同に示した。
「それと・・・もし仮に外へ出たいとワガママっ子が出た場合を考慮して一号車と二号車の屋上が全天候型結界と隷属除去結界の複合結界で覆われてるから気晴らしはそちらで行うよう伝えてあげて。多分・・・おねんね中のユーコ達が騒ぐと思うから」
これは本当ならばナギサの否定の前に言おうとした提案だった。普通に外へ出る。それをすると停車前に外出禁止とした意味がないから。
すると、ナギサはなにかを察したらしい。
「主様? それは・・・?」
「ええ。気分転換として屋内プールを開放するという事ね。今は天井があるけど、これも幻惑魔法で天井風にみせてるだけだから」
「そういう事でしたか。早合点してしまいました、すみません」
「いいのよ。言ってなかった私が悪いのだし。だから、ユーマ? 外に出たくて暴れる睡眠中の姉達の世話、お願いね?」
「あはははは、はい。お任せください」
ちなみにユーコ達がおねんね中という理由にはわけがある。それはこの場で黙っていたサヤカが当事者として知っている話だ。
以下は〈希薄〉しつつ、ユーコ達の看病に向かったユーマ以外の会話だった。
「ユーコ達、お酒飲んじゃったもんね?」
「異世界と違ってこの世界は十六才から成人ですからね? 止めなかった私も悪いですが」
「酒乱どころじゃなかったな? ダイニングで素っ裸になったから」
「タツトがシロ達の目潰ししまくってたけどね?」
「あれは痛かった・・・マジで潰れたし」
「すぐに復活するからいいじゃないの。大体、誰がお酒を?」
「あれってユウカが作ったヤツよね? 試作品って言ってたけど」
「ショウさん、情報提供ありがとう。お説教のネタが更に増えましたね?」
「あっ・・・ユウカごめん」
結果、某エロフの説教延長が決まった瞬間だった。それは十八度の米酒でユウカからレリィに手渡す予定の料理酒だったらしい。
お米が出来たから次は日本酒って事ね?
ただ、手渡す前にユーコ達に見つかり、空腹のまま試飲して、飲み干しに発展したというから夕食前の死屍累々だった理由を知った私も唖然となった。昨晩は私もマキナもミズキの事で手一杯だったからね?




