第103話 吸血姫は行商人となる。
そして翌朝。時刻は少し遅めの昼前かしら?
私とシオンは総勢七名の女神様が帰られた後、時間加速結界内でひとまず寝た。
その間にマキナは他の眷属達にミズキの自己紹介を済ませ、ひとまずは受け入れられたらしい。
このひとまずの意味は私の眷属ではなくマキナの眷属と告げた事で大混乱が一部に見受けられたからだ。
ちなみに古柳水喜の新名は〈ミズキ・フルヤ〉となり、元々同じミズキという名前だったミズミズ曰く「少々こっぱずかしい気分」となったそうな。
ともあれ、私とシオンは目覚めた後に軽い朝食と朝風呂ののち出発の準備を済ませた。
そして運転席に移動し出発の指示を飛ばしたのだが──、
「出発するわよ〜。本日の目的地は当初の野営地を素通りして一度、王都イルデに入るから」
疑問の色が目立つナギサから質問が入り、ひとまずはアイドリングだけ行う事にした。
『主様? 王都に入っても良かったのです? 彼が戻る可能性も考えるとリスクしかないですが?』
アイドリングといっても発電だけね?
なお、今日の席順は助手席にマキナ。
後部座席にミズキとナディが搭乗した。
キャンピングトレーラー前部のベンチシートにはリンスとリリナとココが座った。
前面車窓から外を見るためだけに。
私はナギサの意図を読み、質問に答える。
「ミズキの新規登録を先に行うのよ。それに追々片付ける者があちらから現れるなら、そこはユウカ達が片してくれるでしょうし、間に合わなければどこかしらで屠っても問題はないからね。それと・・・ここから先は入都税が取られるから、多めに手渡して入れてもらう事になるわ」
するとナギサは私の答えを聞き・・・ひとときの間ののち提案した。
『判りました・・・でしたら入都税は貨幣ではなく反物で如何でしょう?』
「反物?」
『ええ。まずは前提としてですが、我々が探索者として入都するには車列の規模が大きすぎます。それこそ隊商とした方が無難でしょう。なにより商業ギルドは探索者ギルド内の下部組織です。仮に証を示す必要があるならば本部と契約した時に戴いた商業許可証を見せればよろしいかと存じます・・・ですので、商人として最高級の反物を入都税として提供すれば、兵達から雑な扱いは行われないと具申致します」
ナギサの提案は理に適ったものだった。
私は納得気にナギサの提案を受け入れ、助手席に座るマキナに問う。
「なるほどね・・・確かに六台もの荷馬車で探索者とするのは無理があるわね?」
「うん。実際に荷馬車よりも大きいし、四頭立てという時点でなにを乗せてるか不審がられるから、数多くの商品を抱えてますという体で入れば問題はないと思うよ? ねぇミズキ?」
「ええ。特に北門は布には目がない・・・調と意気投合したムアレ伯爵令嬢が文官として居ますから、手渡すだけでも充分な見返りは得られるはずです」
私はミズキの真面目な答えに対し、聞き覚えのある家名からマキナを見つめる。マキナは私からの視線を受け、思い出したように呟いた。
「そういえばそうだった。ムアレ伯爵か・・・既に亡くなった」
「え? 亡くなったの?」
ミズキはマキナの呟きを聞き逃しておらず、隣に座るナディがしれっと補足した。
「はい。ミズキの命の恩人が食べてますね」
「は? 命の恩人?」
以降は呆けたミズキがナディの紹介の元、背後に座るリリナと挨拶したようだ。
命の恩人、嵐から救った者という事で。
素っ裸にした事はリリナもお詫びしていたが、ミズキは仕方ないとして受け入れていた。
嵐に飛び込んだ自分の落ち度と言うように。
ひとまず、私とマキナとナギサはそんなやりとりの間も一つの方針を決めた。
「それなら・・・この反物ならイケるかもね?」
私は亜空間庫に蓄えた反物を一つだけ取り出してみせた。それは純白の生地と着色した生地・・・計十種類ある反物の一本である。
マキナは私が取り出した黒銀生地の表面を触りウットリした。マキナも一応女の子だもの。
「優しい手触りだ〜。これは絹ですか?」
「ええ。これは上界にしか居ない蚕型魔物の糸で作った布よ。反物・・・布の内は切ったり縫ったり出来るんだけど、縫製して衣類となし着用者の超微量魔力をあてがうとね?」
「『あてがうと?』」
「刃が一切通らない生地に変わるのよ〜。燃えないし切れない、生地として最高級の布ね? 防刃防炎素材として私の新しいローブにも使ってるの。レベル上限は500、下限は1ね?」
「『!!?』」
というネタバレを示してあげた。
これは上陸直後、私のレベルアップに先立って用意したローブなのだけどマキナやナギサ達が知らない素材だと鑑定しまくったのだ。
この鑑定事案は私が一人でキャンピングトレーラーを繋げてる間の出来事ね?
唯一の弱点は限定的な魔力還元のみであり、それ以外は上限500以下であれば誰でも着る事の出来るという、とてつもない素材となった。ただ一度魔力をあてがうと、あてがった者しか着られなくなるというデメリットもあり、布の状態では〈鑑定〉やら鑑定魔法が通り、衣類とすると全てにおいて鑑定不可となる。
「この反物なら、問題はないでしょう?」
『それだと、別の問題が噴出しそうですが』
「うん。欲望の権化が奪いに来るかもよ?」
「問題ないわ。もしそういう事をするなら両親と同じく消すまでよ。だいたいランイルは滅亡指定を受けた国家だもの。王侯貴族は等しく消す。その先兵となるなら大義名分として申し分ないでしょ?」
『そういえばそうでしたね。失礼しました』
「そうだった・・・滅亡指定されてたんだ」
「忘れてはダメよ? 本来の目的もあるけど、指定物の処理もしっかり行わないとね? キッカケがなんであれ、奪うなら消す。欲望に打ち勝つなら残すってね? これも一種の審判よ」
ともあれ、私の提示した指示はひとまず受け入れられ、私達は移動を開始した。
すると会話に参加していない者達は個々に呟く。参加せずとも音声はナギサの背後からダダ漏れだったが。
『試金石に〈フレア・ワーム〉の生地を使うとか』
『ユウカ、それが私達のカノン様よ』
『そうだった。でもさ、ショウ? あれの他の効果は言ってないけど大丈夫かな?』
『問題ないでしょう? 魔法反射を理解出来る人族は居ないわよ』
『二人とも! 運転の邪魔です。その話は後で聞かせて貰いますからね?』
『『はい・・・』』
結果、ナギサから怒られて更なる事情を問われる事となる、ユウカとショウであった。
魔法反射。これはドラゴンの鱗の下位素材だ。先に説明した通り、持ち主の属性魔力で防刃防炎となるが、与えた属性の範疇であれば還元魔法をも跳ね返す。
ただ、これは人族達が持つ一から二属性のみの限定的な話であるため・・・私達、全属性持ちの効果は言うに及ばすである。




