第10話 商人と吸血姫。
「ホントに入れました〜」
「問題無かったでしょう」
その後の私は眷属としたリンスを伴って街へと入市した。
入市税は銀貨一枚・一万リグという破格な税だったが、これは吸血鬼族を迫害するための措置らしいから、ある意味仕方ないのだろう。
吸血鬼族は人族からすればバケモノらしいから。
(私はバケモノの親玉みたいなものだけど……)
ちなみに今の私達の見た目は二人そろって黒髪という体で入市した。
この見た目は人族を対象とした幻を体表面結界として付与した物だ。
下手に銀髪だと物珍しさもあって貴族達が鬱陶しいから。
実際に例の王都でも同じことがあったばかりだもの。
「とりあえず商人と取引しないとね」
街中を歩きながら物色する私に対しリンスはきょとんとなりつつも問いかけてきた。
「取引ですか?」
「どうしても欲しいものがあってね。それを買いたいのよ」
「ちなみに、何を?」
物色中に無意識なまま発した言葉に反応されただけだけど。
だから私はきょとんとしつつも欲しい物を提示した──、
「先ずは岩塩ね。それも少数ではなくてなるべく多めに欲しいわ」
のだが、リンスは名称を聞き驚愕を示した。
「岩塩をですか!? それって大丈夫なのですか?」
流石にどういう意味の驚愕なのか謎だったので私は問い返す。
「どういうこと?」
するとリンスは耳打ちするように私の隣で呟いた。
「私達って塩自体も苦手なのですよ。塩は光精霊の加護が掛かったもので教会の聖水にも使われる聖物なのです」
「聖物? 塩はそのような扱いなのね。それなら問題無いわよ。先ほどは伝えていなかったけど聖耐性もあるから光精霊の加護とやらも私達には効かないわよ」
私はリンスの言葉を聞いて納得した。
それは入市する際に通った門自体が岩塩で出来た天然の砦だったのだ。
だから言葉をかぶせられて打ち明けていなかった耐性の一つを提示した私である。
ある意味で無敵なのよね。私が苦手な物はねっとりとした触手だけで弱点というものでもないから。
リンスは私から聞いた耐性に驚きを示した。
「えーっ! あ、失礼しました」
だが、近くで叫んだことで私は苦笑しリンスは気づきつつもお詫びした。
「気にしていないわ」
本音では耳が少し痛かったが、リンスの頭を撫でながら宥めた。
身長差が30センチあるためか、小柄のリンスの頭の位置は私から撫でやすい場所にあっただけだが。
(髪の毛がサラサラね? それに気持ち良い手触りだわ……)
私は引き続きリンスの頭を撫で、彼女が気持ちよさそうな顔のままへたり込むまで撫で続けた。リンスも何気に気持ちがいいのだろう。
徐々に顔が赤く染まり呼吸が荒くなっていったから。
§
その後は商会が立ち並ぶ区画へと向かった。
その前にリンスがへたり込んでしばらく休ませたこともあったが、本日の目的は買い物だ。肝心の資金も拾得物のため、本当に必要な者のところに資金が移動しただけである。あとは絵画や銅像もあったが、あの手の物品は不要なので入市前に衛兵へと引き渡したの。途中で拾ったという言葉を伝えてね?
ただね、それだけの大物を亜空間庫から出した瞬間、周囲の商人達の目が血走っていた。
欲しければ女神様に願いなさいとだけ思ったけれど。
「活気づいてるわね〜。リンゴ一個が鉄貨五枚・五リグね」
私とリンスは市場を練り歩く。
当然、何を買うか物色しながらだが。
先ほども市場の値札を見た限りだけど、元の世界で換算すると鉄貨一枚当たりが十円相当だから一個当たりが五十円という異世界の価値は侮り難しという感じだった。物価的に安過ぎてね。
「そうですね。小麦もそれなりの値段で売られていますね」
「手に入れられるなら、後で買いましょうかね」
今の手持ちの資金は盗賊が蓄えていた貨幣であり、実情は九千万リグが手元に残っていて他にもこざこざがあったからしばらくの間は路銀に困らない状態にある。
私達の場合、宿屋も必要無いし食料も牛や兎肉があるから肉には当分困らない。
野菜もレタスとキャベツがあるし他に欲しい物と言えば果物や小麦となるわね。
だから途中で使うとしても入市税や買い物、大陸間移動の資金になると思うの。
それは置いといて。
「購入されるのですか?」
するとリンスが市場で気になる物があるのかそちらに視線を向けたので私はローブのポケットと亜空間庫をつなぎ、貨幣を取り出す素振りで品物を購入し、リンスに手渡しつつも話題を促した。
「ええ。普通に食事もしたいしね」
買った品物はドネルケバブみたいな小麦皮に肉が挟まった料理ね。
「なるほど。確かに私達も普通に食事はしますね。ありがとうございます」
「あれ自体は欲求不満か生命力不足の時に起こることだからね」
実際に食べたいとする欲求は私達にもある。
だからリンスが欲しそうにしてたので買ってあげた。
話題は吸血衝動についてなのだけど、あまり大きな声では話せないので言葉を濁しながら教えてあげたのだ。
リンスは欲求不満からあさってに意識が向いたようだ。
両頬も薄らと赤いわね。
「欲求不満……私、まだ未経験なのですが?」
だからこそ、私は違う意味を示した。
「未経験は私もよ。欲求不満と言っても性欲だけではないのよ。例えば戦いたいとか暇過ぎる時とかね。満たされたい気持ちがそのまま衝動につながるの」
「そ、そうなのですね! ははは」
それを聞いたリンスは戸惑いながらも恥ずかしがった。
私はその表情から可愛いと思い同じく頬を染め右隣を歩くリンスを抱きしめた。
「気持ち良くなりたいのなら、後で手取り足取り気持ちよくさせてあげてもいいわよ? 女の子の身体は熟知しているから」
「お、お手柔らかに、お願いします」
リンスは私の言葉で更に真っ赤に染まる。
私はそんなリンスを見て微笑ましいと思いつつも目的の場所……塩問屋へと着いたので気持ちを切り替えた。
「いい子ね? とりあえず冗談は置いといて……着いたわね」
そう、冗談なの。性欲処理とか私自身も未経験の領域だもの。
言葉責めは出来ても実際に何処が気持ち良いとか正直判らないのだから。
だがリンスは本気にしてたのか私の言葉を聞くと一瞬で憤慨した。
「冗談だったのですか! いえ、すみません」
「はいはい。落ち着きましょうね〜」
私は申し訳ないという素振りのままリンスの頭を撫でて気持ち良さげな表情に変化させた。多分これ自体が私から彼女への魔力供給になってるのだと思う。
吸血行為よりも純然とした魔力が体表面を通じて身体へと流れ込むから。
そんなやりとりを行いながら私達は問屋を歩み、問屋主を〈鑑定〉で把握し声を掛けた。
この世界の各種単位も既に把握済みで問屋主との交渉も〈魔導書〉経由で購入方法を学んだのだけど、単刀直入がほとんどらしいから余計な謙りが無いだけ楽である。
時間は有限だから商機を逃さないための考え方らしいけどね?
「失礼致します」
「いらっしゃいませ」
「岩塩を一ケル購入したいのだけど、おいくらかしら?」
「岩塩を一ケルで御座いますか? そうですね……金貨三枚致しますが」
問屋主は私の容姿とか右隣に居るリンスに視線を移し買えるのか? という怪訝な表情を浮かべると、何かしらの魔道具を用いて計算し大まかな金額を提示した。
これはふっかけよね? 一見さんお断り的な意味で。
私は声掛け時と同様の笑顔のまま手元から現物を出して驚かせることにした。
「そうですか。それで品物はすぐに用意出来るのですよね? 費用はこちらに」
「!? は、はい! 今すぐ御用意いたしますです、はい!」
この瞬間、怪訝から喜悦の表情に変化した問屋主。
部下に手配し金貨をトレーに移して裏に回った。そこから先は早かった!
そう、建物内に一ケルという分量。
キログラム換算で百キロの岩塩が用意されたのだから。
主な相場で言えば岩塩は有り余っており、銅貨三枚・三百リグが妥当なのだ。
それを金貨三枚・三百万リグという相当なふっかけを行ったのだから用意された岩塩の質は貴族家へと卸される商品だった。買えないと思ってた者が買える者となったから掌を返したともとれるけれど。
その後はそれだけの物量を買ったとして平身低頭な問屋主から質問が入る。
「それで、こちらは何方に送り届ければよろしいのでしょうか?」
妥当な話よね?
女二人で持てる物量ではないもの。
私は貴族様とは大違いのため、首を横に振りながら床へと指をさす。
問屋主は怪訝となりつつも部下に手配して指定した床へと岩塩袋を置いていく。
「そちらに置いて戴ければ、こちらで回収しますので……」
指定場所に岩塩袋が完全に置かれると事前に配置していた物理防御結界の表層に亜空間庫への魔法陣が現れ、一瞬で岩塩袋を内部へと転送した。その後、物理防御結界も消滅し、その場には元々の傷一つない床と絨毯が露わになった。
「〈保管魔法〉ですと!?」
私の段取りはともかく問屋主は亜空間庫を扱う〈保管魔法〉に驚きを示した。
というか物理防御結界という本来なら身体を傷をつけない結界を敷物代わりに使ったことなど誰も眼中には無いらしい。
リンスはその点で言えば唯一気づいて呆け顔をしていたけれど。
どんな魔法も使いようでしょう?
工夫一つでどうとでもなるのだから。




