第82話 メアリーの事情 ①
物心ついた頃を思い出して、あ〜、家は貧しかったんだな〜と思った。
隙間風の吹き込む小さな狭い部屋と粗末な家具。
お腹を空かせた記憶は無いものの、粗末だった食事。
着る物も、靴も、上質ではあったが明らかに誰かのお下がりばかりだった。
母と二人暮らしの、オンボロ長屋。
母は、身内の私が言うのも何だけど、美しい人だった。
いや、今でも美しいけど。
不思議だったのは、母は働いている姿を私には一切見せなかったこと。
かといって、男の影なんかも感じなかったし。
極稀に、外で女の人から何かを受け取っているのを何度か見たくらいで、収入源は不思議だったんだ。
私は母には似なかったのか、美人には程遠いお顔と容姿だったのがつくづくも残念だ。
近隣の人達は優しかったものの、貧しい事に変わりはないし。
貧しい生活が終わったのは、私が十五歳になり卒業後の進路に迷っていた時だった。
まあ、就職一択だったけど。
そんな時の、突然のお呼び出しは、通っていた卒業間近の学校の校長室。
ビビりながらドアを叩くと、招き入れられた室内には校長と身なりの良い高貴そうな女性が1人。
「メアリー、まあ掛けたまえ、そんなに緊張しなくても大丈夫だから。」
無理です!と叫びたくなるのを何とか堪えて、勧められたソファに腰掛けた。
「こちら、ハワード伯爵家でメイド長をされているアン様です。」
『はぁ?』と口に出すのを我慢した私を誰か褒めてほしい。
貴族家の人が、私になんの用があるのか




