そうか、これが。
チミーの周囲に、6つの宝珠が現れる。
そして『知識の宝珠』も、巨大な引力に吸い込まれるように飛び出した。
漂い始めた7つの宝珠は、それぞれの光を放ちながら回転。
ピタリと停止した後、チミーの胸元から溶け込むように体内へと入っていった。
「うおっ.....!?」
異物が体内に入る感触を覚えるが、そんな違和感など気にもならないほど凄まじい感覚がチミーを包み込む。
感覚は果てしなく研ぎ澄まされており、先ほど見ていた景色がまるで別世界に感じるほど鮮明に映った。
力が......湧いてくる!!
上を向いたチミーは膝を曲げ、跳躍。
既にチミーの居なくなった地上で1秒後、置き去りにされた爆音が響いた。
凄まじい速度で真上に飛翔し、『聖なる大地』へ激突。
まるで大地を溶かすかの如き勢いで岩盤を砕き、チミーの身体は『聖なる大地』を貫通した。
再び現れたチミーの姿を見て、ディフォールは初めて動揺を見せる。
「なんだと.....っ!?」
「さあ、第2ラウンドと行くわよ!」
構えたディフォールに走った直感は、自らの敗北。
気付いた時には、剣を振りかぶったチミーが目の前まで接近していた。
「くっ!」
ブルーダイヤモンドのように美しいチミーの剣を防御する。
しかし、先ほどより段違いに『重い』。
手先が痺れるような感覚と共に、衝撃によって数メートル後方へ体が押し流された。
「はぁっ!」
ディフォールの剣を払い、チミーが回転斬りを放つ。
バックステップで回避したディフォールは、剣を振り切って無防備なチミーの脇腹を狙って横薙ぎの一閃を放った。
だが、剣は当たらず。
軽やかに地を蹴ったチミーはディフォールの横薙ぎをバク宙で回避した後、空を蹴って一気に接近。
握り締めた拳が、ディフォールの兜を歪めた。
「ぐうぉぉっ....!?」
「だぁっ!」
ディフォールの顔面を殴った後、片足で着地して回し蹴り。
顔面を殴られ隙を生んでしまったディフォールは回し蹴りをまともに食らってしまい、横方向に吹き飛んでしまう。
先ほどまで圧倒的に有利だと思っていたチミーの姿が、途方もなく強大な存在に見える。
ディフォールが立ち上がるよりも先に、チミーが地を蹴った。
「ぐうっ!!」
片手を掲げ、放たれた拳を受け止める。
手のひらから肘まで痺れるその感覚に耐えつつ、宙に浮いたチミーによる踵落としを回避。
大剣を握り、ブルーダイヤモンドの剣を受け止めた。
剣と剣がぶつかり合い、ショートした回路のように火花が飛び散る。
「まさか...君は.....ッ!!」
「ええ!」
剣を払ったチミーはそのまま1回転し、ディフォールの顔面に蹴りを放った。
腕で防いだディフォールだがその威力に耐え切れず、後方へ突き飛ばされる。
「今の私は、人間を超越してる!人間には戻れないかもだけど.....アンタらを倒せるなら、何にだってなってやるわ!!」
紅蓮のように紅く光るチミーの瞳からは、覚悟が滲み出ていた。
剣を構えて突進するチミーを迎え討つため、剣を構えたディフォール。
切り上げられたチミーの剣を受け止めたディフォールだったが、あまりの威力に握っていた手が痺れを感じる。
2度目に放たれた剣をなんとかガードしたものの、チミーの圧倒的な力に耐え切れず。
3度目の剣を止めることができずに、鎧への攻撃を許してしまった。
僅かに仰け反っていたため本体への傷は避けられたものの、胸部の鎧が斜めに抉れる。
まるで豆腐のようにあっさりと鎧を斬ったその威力を見たディフォールは、いよいよ自身の死期を悟った。
にも関わらず、仮面の下の彼は少しだけ微笑みを浮かべていた。
『イレギュラーがあってこそ、面白いでしょ?』
『...理解出来んな。』
ディフォールは、『7番目の観測者』との会話を思い出していた。
イレギュラーなど、あってはならない。
場を掻き乱して楽しむ彼女の考えが、彼には全く理解ができなかった。
だが、今この瞬間なら分かる。
長い間、自分と対等に渡り合える相手と戦えていなかったために忘れかけていた感情。
ただただ力無きものを倒し続けていた無機質な彼の前に現れた、『管理者』にも迫るかもしれない『人間』。
そうか、これが。
──────『面白い』という事か。
「はぁっ!!!」
チミーの剣が、ディフォールの大剣を弾く。
上方向に大きく弾かれたディフォールの胸部は、がら空きの大きな隙と化した。
チミーは剣を真っ直ぐに持ち直すと、その胸部に深く剣を突き刺す。
ズブリと柔らかい感触が剣を伝い、蒼く透き通っていたチミーの剣は真っ赤に染まり始めた。
「ぐぅ.....うお.....。」
兜越しに血を吐き出し、仰向けに倒れかかるディフォール。
咄嗟にチミーが、その巨体を抱き抱える形で支えた。
チミーの腕に支えられながら、ディフォールは兜越しにチミーの顔を見る。
「見事....だ.....。」
「アンタは強かった、だからこうするしかなかったの。ホントに.....ごめんね。」
「なぜ謝る。むしろ...感謝したいくらいだ。」
どこからともなく、蛍のような光が周囲を舞い始める。
ディフォールは持っていた剣をゆっくりと手放し、再び咳き込んだ。
「私は今まで...つまらん人生を歩んできていた。『予想外の出来事』に直面する事の『面白さ』を.....君は教えてくれたのだ。」
ディフォールの体は、出血による震えすら止まりかけている。
彼に残された時間はもう、ほんの僅かなのだろう。
そんな中で、ディフォールは微かな声でチミーに言葉をかけた。
「君の考えには、やはり賛同できない。だがしかし、その熱量は.....応援しよう。いつの時代も勝者が運命を握る。どういう結果が起きようとも、我々はそれを受け入れるだろう。」
「うん......ありがとう。」
チミーはディフォールをそっと寝かせ、立ち上がる。
まだ終わりじゃない。
『管理者』の元へと行かなければならない。
さらに上へと続く階段に足をかけようとしたその時。
背後から、ディフォールの最後の力を振り絞った声が聞こえた。
「『管理者』は『世界を操る能力』を得ている。私なんかよりも、遥かに強いぞ。」
「ありがとう。でも、大丈夫。」
背後のディフォールを見ずに、背中越しに手を振って返事をするチミー。
彼女は自覚していた。
7つの『宝珠』を取り込み、人間よりさらに上の存在へと進化したチミーが得た、『新たな能力』を。
『世界を操る』と言われた『管理者』にだって匹敵する、最強の能力を。
「行ったか.....。」
鮮血の溢れる腹部を押さえながら、ディフォールは天を仰いで一言呟く。
色覚が失われていき、青いはずの空も灰色に見える。
手足の感覚もほとんど無くなっていた彼の耳に、コインを弾く音が響いた。
「最強の『観測者』ともあろう方が、散々な目に合ってるねぇ。」
ディフォールの顔を覗きこんだのは、『7番目の観測者』。
彼女の顔を見たディフォールは、全身の力を抜くように深い息を吐いた。
「...最後に話す相手が君とは、嫌なものだな。」
「あら、君がそんなジョークを言えるとは。あの子に何を吹き込まれたの?」
横たわるディフォールの隣に座り込み、彼女はコインを弾く。
空中で高速回転するコインを、ディフォールはぼんやりと眺めていた。
手の甲と手のひらでコインを挟んだ『7番目の観測者』は、ニヤリと笑ってディフォールに問いかける。
「これが表だったら『管理者』サマの勝ち。裏だったら『染口』ちゃんの勝ち。さぁ、君はどっちだと思う?」
「.....くだらんな。そんな事をした所で、あの2人の勝負が左右するわけじゃない。」
ディフォールはため息まじりにそう言った後、ゆっくりと空を見上げて言葉を続けた。
「だが、強いて願うとすれば......」
ディフォールが呟いた答えに、『7番目の観測者』は笑う。
「ははっ。君らしくないね。」
「...だろうな。」
彼女の反応に軽く笑ったディフォールは、役目を終えたように体が光の粒子へと変わり始めた。
弾けるように虚空の中へと消え去っていくディフォールを見送った彼女は、『聖なる大地』の奥にある光の階段を眺めてぽつりと呟く。
「...ディフォールも、キミに賭けたみたいだよ。」
ディフォールのいなくなった場所には、ただ一陣の風が吹いているだけだった。




