苦しい思いが増えるだけだぜ
結と島本は、ライカや伊蛾山のような魔術師とは一線を画した存在.....『魔法使い』である。
魔術師が操る『魔術』の元となった『魔法』の使い手で、その名の通り世界の理さえも捻じ曲げられる力を持つ。
そんな魔法使いだがもう一人、この場に使い手が存在する。
『6番目の観測者』クルグラだ。
「魔法使いですか。これはなかなか、侮れない相手ですねぇ。」
口ではそう言っているクルグラだが、表情から余裕が隠しきれていない。
実際、彼女の張り巡らせた結界から内側へ、結と島本は侵入できないでいた。
「この結界に入らないのは中々、見る目がありますね。入っていれば、粉々になりますので。」
しかし、外から放つ魔法も難無く相殺されてしまう。
この巨大な結界を突破しない限り、2人に勝ち目は無い。
「...突破する方法が、一つだけあります。」
「早うやらんと、不利になっていくぞ。」
「ええ。今ちょうど、『完成』した所です!」
島本の言葉にそう返した結は、地面に手を付ける。
仕掛けた『魔法』へクルグラが気付いた時には、既にそれは起動し始めていた。
地震のように地が揺れ、脈打ちを始める。
「概念付与魔法.....『土石巨人』!!」
クルグラの足元にあった地面が、彼女を突き上げるような勢いで盛り上がった。
2メートル、3メートルと盛り上がっていく土は、次第に形を形成していく。
天に向かって突き上げられた片拳。
盛り上がった地面は、足を開いた人のような形に変形したのだ。
その拳に突き飛ばされ、クルグラが結界の外へ放り出される。
彼女が結界から出た事で、禍々しい結界が消滅した。
数メートルもの体をした土巨人は上げていた拳を下ろすと、クルグラの方へと顔を向ける。
「『燭台に落ちる天啓』。」
クルグラが土巨人に向かって手を伸ばし、魔法を発動。
瞬きの間に生成された雷雲から、一筋の落雷。
正確無比に撃ち落とされた雷は、土巨人の肉体を豆腐のように軽々と砕いた。
だが、相手は同じ『魔法使い』。
結達も土巨人が一瞬で倒される事は、ある程度想定している事だった。
問題は、クルグラが結界から外へ出たという事。
「はあっ!」
今なら、彼女に接近する事ができる。
近い距離での魔法によって片を付けるべく、風魔法を使って一気に接近した。
が、しかし。
「うぐっ.....!」
クルグラの蹴りが胴体に突き刺さり、結の体は後方に吹き飛ばされてしまう。
2度ほど地面を跳ね、何とか着地。
しかし擦った肘から、赤い血がじわりと滲み出ていた。
クルグラは酒城を圧倒するほど近接格闘に長けた存在。
そう簡単には、接近を許してくれなさそうだ。
「だったら.....!」
結は杖を回し、さらなる魔法を詠唱。
大量の泡玉が虚空から出現し、周囲を漂い始めた。
「自然錬成魔法『雷剣銃指』!!」
突き出した杖から、金色の光線が放たれる。
空気中の泡玉を砕きながら一直線に駆け抜ける光線に、クルグラは防御魔法で対抗。
「『熱轍輪廻ノ愁』。」
金色の光線はクルグラの目の前であっさりと消滅し、光の残滓が辺りを漂う。
しかし、結の狙いはもう一つ存在していた。
「!」
雷剣銃指によって破裂した空気中の泡玉が、青白い霧を撒き散らして消滅する。
大量に浮かんでいた泡玉の撒き散らす霧は、一気に周囲を覆う。
ひんやりとした霧に気付いた時には、クルグラの足は凍り始めていた。
青白い霧は凄まじい勢いで空気中に拡散し、クルグラの足だけでなく手や顔をも凍らせていく。
にも関わらず、クルグラの表情から笑みは崩れなかった。
「『夢理ナル還弦』!」
唱えた瞬間。
纏わり付く氷は瞬時に溶け始め、まるで時を戻したかのように霧へと変貌。
霧は空中で凝固され、再び泡玉へとその姿を戻した。
「そんな小細工、私には通じませんよ。」
『夢理ナル還弦』はあらゆる状態を『数秒前』に戻す効果を持つ。
それは例え自身の肉体が、氷漬けになる寸前だとしてもだ。
「とはいえ、油断しすぎではないかの?」
「へっ...!?」
クルグラの背を、杖の感触が押し付ける。
結の魔法に気を取られ、島本の接近を許してしまっていたのだ。
背後を取った島本が詠唱。
触れる杖先から、黒い靄のようなものが湧き始める。
「呪法『割別死痕』ッ!!!」
靄が爆発。
その衝撃波によってクルグラが前方へ、島本が後方へと吹き飛んだ。
地面に倒れた両者は、どちらも動かず。
結が駆け付けると、島本には僅かな息が残っていた。
「お爺さん!」
「ごふっ.....『割別死痕』。『生命力を等価交換する』呪法じゃ。生命力そのものに干渉するから、儂の生命力を削ればどんな者でも重症と化す。」
生命力を削った分だけ、相手の生命力を奪う呪法。
島本は自身の生命力を限界まで削り、クルグラに大ダメージを与える事に成功したのだ。
「今の...奴なら、簡単に制圧できるじゃろう。限界いっぱいまで、生命力を使ったからのう。」
「まさか.....あなた死ぬ気でこれを!?」
「ふっ、馬鹿を言え。」
結の言葉を鼻で笑った後、彼は言葉を続ける。
「死ぬ事を、孤児たちに対する贖罪とするわけにはいかんじゃろう。安心せい、儂は死なんよ。」
クルグラに勝つためとはいえ、ここで命を使い果たしてしまう事で孤児たちを『蠱毒』の呪いに巻き込んだ罪が消えるわけじゃない。
きちんと生きて、償わねば。
そんな彼の言葉を聞いてホッと息を吐いた結は立ち上がり、ほとんど無力化されたクルグラを制圧すべく踵を返した。
そして、もう一人。
『3番目の観測者』ラジドを前に、桜が苦い顔を浮かべていた。
同じく並んでいた伊蛾山も俯き、その厄介な性質に頭を悩ませている。
ラジドの肉体は、人の形を成していなかった。
まるでスライムのように不定形なその姿は、桜の放つ円盤に対し、肉体を変形させるだけで回避する事ができる。
伊蛾山の格闘も、効いているようには見えなかった。
「そして俺の特性は、ここからが本番だ。」
ラジドが笑みを浮かべてそう宣言すると、両手を上に伸ばす。
手が変形し、さらに伸びる。
数メートルほどの長さまで延長したラジドの腕には、先ほどのような質感は無かった。
「そぉ、らあっ!!」
とてつもなく長い右腕をしならせた後、桜達に向かって薙ぎ払いを放つ。
桜は空中浮遊、伊蛾山は瞬間移動によって回避したものの。
回避した先で、ラジドの左腕が襲いかかった。
「くっ!」
咄嗟に円盤を操り、凄まじいスピードで伸びてきた左拳を受け止める。
すると拳がさらに枝分かれし、円盤ごと桜の体を掴んだ。
ラジドは腰を捻って肩に力を入れ、掴んだ拳ごと桜を地面に叩き付ける。
先ほどまでスライムのように柔らかい肉体だったにも関わらず、今度は叩き付けた地面が割れるほどの強度だ。
「ぐっ....」
「アンタらはただ、『聖なる大地』から降りてくれりゃあいいだけだ。嫌がる気持ちは分からんでもないが、苦しい思いが増えるだけだぜ。」
「私は.....私は!」
ラジドの忠告に対し、腕を地面に突き立てて立ち上がった桜が口を開く。
駆け付けるように集まった円盤を構え、言葉を返した。
「私は、私を救ってくれた人が諦めない限り諦めない!そして.....あの子は絶対に、諦める選択なんてしない!!」
染口チミーとは、そういう人物だ。
桜の、彼女に対する絶大な信頼を感じ取ったラジドは、少し物哀しげな表情を浮かべていた。
「あの子が超強いのはよく分かってるさ。けど"あの程度"じゃ、『管理者』には勝てない。それほどに、『星の管理者』ってのは次元が違うんだよ。」
ラジドだってこの星を見張る『観測者』の一員。
救えるなら、その方法でやりたいに決まってる。
しかし同時に『星の管理者』に最も近い存在である彼は、その力の絶大さを十分に知っていた。
そんな『星の管理者』に挑み、倒し、そして『管理者』の居なくなった世界を守る。
その全てが不可能である事を、『観測者』達自身が一番良く分かっているのだ。




