実は私、こっちの方が得意なんです
微笑を纏っていた表情から一変、大きな眼を鋭く尖らせて手を広げたクルグラ。
その両手のひらから赤い光線が次々と飛び出し、弧を描いて酒城を追いかける。
赤い光線が描いたその光景はまるで、彼岸花の花弁のようだった。
「『嗤う革命者』.....『粘汁壁』!」
上半身を翻した酒城が能力を発動。
手から生成されたスライムが巨大な壁を形成し、赤い光線から酒城を守る。
クルグラの放った赤い光線はスライムに衝突すると、油が焼けたような音を立てて消滅した。
だが、クルグラは表情を動かさない。
「『愚者の礼拝』。」
指を鳴らし、何かを唱えた。
直感で嫌な予感を察知し、酒城はその場から飛び退く。
直後、酒城の展開していたスライムの壁が結石のように、棘だらけの攻撃的な姿へと変形し凍り付いた。
「ッ....!?」
判断が一瞬遅れていたら、命は無かっただろう。
「鋭いですね?流石は『宝珠』に認められた者。」
酒城が避けたのは、予想外だったみたいだ。
クルグラが少し目を見開いてそう言った後、再び目を細めて言葉を続ける。
「...ですが。その才能こそ、私を本気にさせた原因ですけどね。」
静かに指を鳴らした。
────────────ッ!!!!!
雷撃一閃。
空から突然降ってきた雷が、酒城のいる場所に直撃したのだ。
我々が一般的に『雷』と認識しているリターンストロークという種類の現象は、秒速10万キロメートルの速さで落ちる。
光速の約3割だ。
能力者とはいえ人間である酒城に、認識できるはずがない。
「『燭台に落ちる天啓』。ふふっ、今のは効きました?」
黒煙越しに、クルグラが微笑みながら尋ねる。
今の雷を食らってなお、酒城がまだ生きている事を、しっかりと把握しているのだ。
「.....くっ。」
黒煙が晴れ、酒城の姿が現れる。
彼の全身は、黒くどろりとした物質で覆われていた。
「.....『岩人間』!即死だったら、間違いなく死んでたな。」
発動した能力は『自身の体に岩を纏って鎧とする』能力。
クルグラが雷を落とす直前、その予兆として空気が熱を持ち始めている事に気付いた酒城は、咄嗟にこの能力を発動して身を守ったのである。
だが、その威力は絶大だった。
酒城は自身の左手を眺める。
左手に僅かな電気が流れてしまったようで、小刻みに痙攣を繰り返していた。
ほんの僅かに流れただけにも関わらず、左手が全く言う事を効かないほどの威力。
[光線に氷結、そして落雷と来たか。奴の能力が、読めないね。]
「私の能力?私は、能力者じゃないですよ。」
『知識の宝珠』が困ったように呟くと、それを聞いたクルグラが親切に教えてくれた。
「私が使ってるこれは、ただの『魔法』です。」
指先に小さな灯火を浮かべたクルグラが、一言そう告げた。
『魔法』については、酒城もよく知っている。
『魔法』というものは、天変地異の超常現象を引き起こす古の技術。
現代に普及する『魔術』の遥か上位互換に位置し、ほんの限られた人間にしか操れないほど強大で、難解な代物だ。
「『魔法』に弱点はない。唯一あるとすれば体力でしょうが、私の体力が尽きる頃にはあなたを10回くらい殺せるでしょうね。」
クルグラはそう言って指を鳴らし、さらなる魔法を発動。
空を被っていた雲から、バレーボール大の雹が地上に降り注いだ。
雹はソフトボール大のものでも、車のフロントガラスを砕くほどの威力を持っている。
さらに大きなサイズの雹が大量に降ってくるとなれば、例え『岩人間』でも防ぎ切る事は難しいだろう。
「だったら!」
酒城は懐から新たな宝珠を取り出し、発動した。
「『静止の』...『宝珠』!」
2つ目。
『静止の宝珠』を起動し、生物以外の全てを『静止』させる。
魔法の雹もピタリと止まり、酒城とクルグラだけが自由に動ける状態だった。
「おおっ!!」
酒城が足を踏み込み、クルグラに接近した。
静止する世界の中で、酒城とクルグラとの接近戦インファイトが始まる。
『魔法』に頼った者なら、肉弾戦に弱いはず!
そう考えていた酒城だったが、どうやら甘かったようだ。
酒城の拳を難なく避けたクルグラは軽いジャブを酒城の顔面に数発浴びせる。
「っ!?」
一瞬怯んだ所へ、脚を持ち上げたクルグラによる回し蹴り。
凄まじい破壊力の回し蹴りに、酒城の身体は弾丸のように後方へ吹き飛んでしまう。
「がっ......」
クルグラの足が食い込んだ事で、酒城の肺の息が一気に漏れ出てしまった。
空中で停止している魔法の霰を砕きながら、クルグラは悠然と歩いて酒城に詰め寄る。
「格闘戦なら勝てると思いました?でも残念。実は私、こっちの方が得意なんです。」
酒城が動き出したのとほぼ同時に、クルグラがそう言った。
酒城の放った拳を軽々と回避し、がら空きの顔面へストレートパンチを放つ。
粘汁を生成してその威力を殺し、酒城がカウンターとしてハイキックを打った。
しかし、いとも簡単にその脚は掴まれ、体勢を崩されてしまう。
そこで生じた大きな隙を狙い、クルグラが酒城の顔面を掴んで地面に叩きつける。
同時に『静止の宝珠』の効果が解除。
クルグラの優勢は、明らかであった。
「がっ.....は.....。」
クルグラの底知れぬ強さに歯を食いしばりながらも、酒城は必死で打開策を考えた。
しかし、見つからない。
何度攻撃しても避けられ、受け止められ、何度走っても回り込まれる。
多彩な能力を用いても、『魔法』によって砕かれ、その度にダメージを受けた。
少しずつ消耗を強いられて、酒城の体力は限界を迎えていた。
「何個も『宝珠』を使うからまさかとは思いましたが、とんだ杞憂でしたね。」
前髪を掻き上げたクルグラが、ため息まじりにそう言い放つ。
そんな彼女の耳に、『星の管理者』からの連絡が入った。
「『充電完了』じゃ。人間相手に撃つとは思わなかったが、ここまで抵抗されるのならやむを得ん。」
「了解。」
『星の管理者』の声はほんの少しだけ、悲しそうな声色だった。
通信を終えると同時に、『地面』が動き始める。
『地面』は変形を開始し、中から巨大な砲台のようなものが出現した。
「なんだよ.....クソッ....!!」
酒城の、悔しさが溢れる叫びなど聞こえもしない『星の管理者』は、地上に腕を向けて無慈悲に告げる。
「......放てい。」
一瞬、大気が歪む。
その直後、砲台から巨木の如き閃光が放たれた。
それは大爆発と言うには、あまりにも大きすぎた。
光が全てを覆い尽くし、全てを破壊する。
光が収まると、先程まで緑に覆われていた草原は、荒れ果てた荒野と化してしまっていた。
『星の管理者』は舞い上がる砂嵐で微かにしか覗くことのできない荒れた大地を見て、また悲しげな表情を浮かべる。
全てが、終わったのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ......。」
否。
光線によって倒れた何千もの人間の中で、たった一人だけ。
生き延びた人間がいた。
その影から溢れ出る何とも言えない不気味な気配に、見ていたクルグラの肩が思わず強ばる。
「ほんと、滅茶苦茶するわね。」
黒く、短い髪。
華奢な体躯と、目を覆い隠すゴーグル。
そう、チミーである。
『永遠なる供給源』によって巨大な障壁を作り出し、光線を防いだのだ。
「『星の管理者』が、管理してる星の人類を滅ぼそうとするなんて、呆れるわね。」
息切れ混じりにチミーがそう言うと、周囲で倒れていた人達に違和感が現れる。
光線を受けて死んだと思っていた何千もの人達が、全身ボロボロになりながらも起き上がり始めたのだ。
『永遠なる供給源』で作り出した障壁は、他の皆をも守れるほど巨大だったのである。
「なっ.....!?」
それまで冷静に徹していたクルグラの表情が、初めて驚愕の色を見せた。
チミーはそのまま足を前に出し、ゆっくりとクルグラに接近していく。
よろよろと遅いチミーの歩みに、彼女はどう対処すれば良いのか迷っていた。
突如。
空を切る音と共に、衝撃がクルグラの顔面を襲う。
常人を遥かに越えたスピードによって、チミーがクルグラに一撃を加えたのだ。
「がっ…」
攻撃を受けたクルグラが構えるよりも早く、次の一撃がクルグラを襲っていた。
2度目の拳を受け、クルグラが転がる。
先ほどの酒城とは明らかに実力が違う。
本気を出した『観測者』と同等.....
いや、それ以上か。
「激しく不本意ではあるけど。『蠱毒の力』、相当なモノね。」
チミーはそう言って口の端を持ち上げると、足を開けてその場で仁王立ちをした。
左手を差し出すように前へ出した後、その手を強く握る。
「エンジン.....全開!!!」
手を握ったと同時に放たれた強い衝撃波は、遥か上空の『地面』に....そこに立っている『星の管理者』にさえ届いていた。




