力づくで通れ、って訳だろ?
大混戦の中、戦場を一人駆け抜けている者がいる。
酒城だ。
目の前を遮る『管理者』の兵士が放った剣を回避し、『切断波』でその膝に大きな傷を与える。
自身が走っていた勢いに流されて前方向に転んだ兵士を後にして、酒城はさらに進んでいく。
酒城の姿を捉えた司令官トールは、大きな声で皆に呼びかけた。
「彼に続け!進むぞ!!」
応!という声があちこちから聴こえ始め、ずっと天界の兵士達の進軍を受け止めていただけだった守護者達が、足を踏み込んだ。
少しずつだが、確実に。
酒城に続いて『地面』へと続く階段に近付いていた。
だが、しかし。
そう上手くは事が運ばないみたいだ。
進軍する彼らの前に、2つの光が降り立つ。
その着地は地面がめくれ上がるほどの衝撃を放ち、先頭を走っていた十数名の傭兵を吹き飛ばした。
「よ、カモミール。」
その光の片割れが纏っている光を解除すると、巨大な水瓶を肩に担いだ、髭の深い大男の姿が現れる。
ユウリはその大男の姿を見るや否や歯を軽く食いしばり、明らかに警戒した様子の表情へと変貌。
足を半歩引き、その名を口にした。
「『11番目の観測者』ビィーリ.....!!」
ビィーリ、と呼ばれた大男の隣にいた光も同様に、纏っていた光を解除してその姿を露わにする。
「『8番目の観測者』ヤソグラ.....。」
ユウリがヤソグラと呼んだその『観測者』。
頭部が蠍の姿をしており、明らかに人間では無いことが伺える。
好戦的な雰囲気を醸し出しているビィーリとは対称的に、落ち着いた様子で腕を組んでいた。
「ここを通すなとの命令でね。」
「好き勝手、暴れていいってよ!」
そう言ったビィーリが大きく足を振り上げ、強く四股を踏んだ。
重い地響きと共に、地面が押し上がるような感覚。
周囲にいた人間達が、一瞬重力が消えたように浮き上がった。
ビィーリは肩に担いでいる大きな水瓶を両手で構え、足を踏み込む。
腰に構えた水瓶を、薙ぎ払うように突き出した。
「 『水虎の雄叫び』!!」
水瓶から溢れ出した大量の水が、空中に浮かび上がった傭兵たちを飲み込み、天界の兵士達を襲い、軍人を巻き込んで流れてゆく洪水と化す。
敵も味方も関係ない、強烈な『質量』による無差別攻撃である。
高さ1mの津波が壁にぶつかると、幅1mにつき500キログラムの負荷が作用するという。
それほどの威力を持った水を放つ『水虎の雄叫び』は、たとえ水をかける程度の量でも凄まじい力だ。
水に吹き飛ばされ、前線は壊滅。
激しい洪水が収まり、ビィーリは水瓶を再び肩に担ぐ。
周りのあらゆるものは水に流され、そこには誰一人として残っていなかった。
いや。
1人だけ。
足を取られるどころか体が吹き飛んでしまうほどの激しい水を受けたにも関わらず、涼しい顔で立っている男がいた。
「『水』なら、僕が相手だね。」
一言残すと、男は足元を流れる洪水の残り水に潜り込む。
次の瞬間、ビィーリの顔面に向かって拳が飛んでいた。
水を伝って目の前まで接近してきた男の攻撃を、ビィーリは辛うじて回避する。
刹那の間に見えたその男の顔は、若い青年。
超能力専門家、下風 春人だった。
ビィーリから少し離れ、組んでいた腕を解いたヤソグラ。
次の瞬間ヤソグラが消え、鋭い風の音が数度に渡って鳴り響いた。
再びヤソグラが出現したその時、周囲の者達は『攻撃』された事に気が付く。
「あ...!?」
静粛の中、一番最初に声を上げたのは傭兵集団の1人。
その声を合図とするかのように、ヤソグラの周囲にいた数十名の脚から血飛沫が飛んだ。
綺麗な切り口で、皆の大腿に大きな切り傷が与えられている。
斬られた者達の叫びが次々と、ようやく気付いたように湧き始めた。
何が起こったのか、まるで理解ができない。
数名を除いては。
「ほほう、かなりの実力者だな。」
茶色い髭をいじりながら感心した声を上げたのは、『鏡町騎士団』団長。
既に剣は抜かれており、その先端はほんの少し欠けていた。
わざとらしく悲しげな表情を浮かべ、団長は欠けた部分を見せびらかす。
「まさかこの剣が欠けてしまうとはなぁ。特注品なんだぞ?」
そんな団長の隣に、2つの影が現れる。
金属の擦れる音を鳴らしながら現れたのは、同じく『鏡町騎士団』盲目の騎士シスニルと、ワイヤー使いの騎士モミジ。
さらに後ろから続々と、『鏡町騎士団』が列を成して現れた。
団長は『鏡町騎士団』を見せるように片手を広げると、ヤソグラに向かって言い放つ。
「君の速さはなかなかのもんだが、こちらは全員、君の太刀筋が見えた実力者だ。そう簡単に遅れは取らんぞ。」
「.....知っている、手練揃いだな。」
蠍の顔をしているため、ヤソグラの表情は分からない。
だが彼は自身の太刀筋を目視されてなお、動揺している様子は無かった。
いつの間にか握っていた剣を構え、腰を落とす。
「全員まとめて、相手してやろう。その方が面白い.....!」
ヤソグラの顔は一瞬、どこか笑みを浮かべたように見えた。
万人の進軍は、まさに地を揺らすが如くだ。
芝を踏み、『管理者』の兵士達と取っ組み合いを仕掛けながら、人類軍は『地面』へと進んでいく。
「行けーーーっ!!!」
2人の『観測者』の元から離脱したユウリは、再び『地面』を目指して皆と共に進撃する。
そんな彼らを『地面』から眺めていた1人の『観測者』が、地上へ飛び降りた。
先に降りたビィーリ、ヤソグラとは全く異なり、ほぼ無音に近い、静かな着地。
突然の『観測者』の登場に、一同は急ブレーキをかけて立ち止まった。
紫の長髪を揺らして現れた女の『観測者』は、半ば見下したような表情でこちらを眺めている。
「私が地上に降り立ったのは、初めてなんですよ?」
『観測者』は脱力した状態で、話を始める。
一同はどうしていいのか分からず、警戒を続けた。
「こんな事、まあ無いですからね。『星の管理者』が観測者達を引き連れて世界を滅ぼす、異例中の異例みたいなものですし。」
ゆっくりと歩みを寄せながら、彼女は言葉を続ける。
あまりにもリラックスしたその状態は、まるで戦闘の意思が無いみたいだ。
「まあ、これから皆さんを......ッ」
話を続けようとしていた『観測者』は、唐突に飛んできた拳をヒラリと躱した。
拳を放った張本人は、酒城。
酒城は『観測者』を睨みながら、再び拳を構えた。
「話はまだ、終わりそうに無いか?」
「せっかちな人ですね。せっかく『観測者』がコミュニケーションを取ろうと...あ、」
『観測者』は何か思い出したかのような表情を浮かべ、手を叩いてくるりと一回転。
爽やかな見た目に反して掴みどころのない『観測者』は、元の位置に戻るとにこりと微笑を浮かべた。
「申し遅れました、私は『第6の観測者』クルグラと申します。以後...といってもあと1日しか無いんでしたっけ。ふふ、これは失礼しました。」
クルグラと名乗った『観測者』の微笑は、嘲笑に変わっていた。
紫の前髪を揺らしながら後方へ飛び退き、指をパキンと鳴らす。
虚空に巨大な煙が発生し、豪華な装飾が成されている椅子が出現した。
クルグラは椅子に座ると、長い脚を組んで息を吐く。
「さて。ここを通るには私の許可が必要なんですが、私が許可を出すはずもなく...」
「力づくで通れ、って訳だろ?」
酒城の言葉に、クルグラが笑みだけを返した。
隣にいたユウリに、彼は耳打ちをする。
「こいつは俺が何とかする。他の奴らの所へ行ってやってくれ。」
「1人で大丈夫...?『観測者』は並の強さじゃ...」
「『観測者』を倒せないなら、『管理者』も倒せないだろ。」
酒城の力強い説得に納得してしまったユウリは、隊を率いてその場を退いた。
クルグラには耳打ちの内容が全て聴こえていた様子で、その行動に水を差す事なく笑みを浮かべている。
「ふふっ、面白いですね。人間が『観測者』に一対一のタイマンを仕掛けるなんて。」
『地面』から伸びる光の階段の麓にて、椅子に座ったままのクルグラが酒城を迎え撃った。




