よそ見したね
島本を追いかけたチミーは床を剥がすほどの勢いで廊下を駆け抜け、その先にあったもう1つの扉を見つける。
扉を蹴破ると、そこには島本と、隣に柳渡が立っていた。
多少落ち着いているとはいえ、チミーの怒りは収まっていない。
周囲に僅かな煙を立たせながら、チミーはずかずかと歩みを進める。
が、島本の隣にいた柳渡がそれを許すはずがない。
「『止まれ』。」
「っ!」
柳渡がそう言うと、以前と同じようにチミーの体が停止してしまった。
チミーはエネルギーを操って無理矢理体を動かそうとするも、ピクリとも動かない。
そしてそれは、チミーに追い付いた『神の目』達も同様だった。
「どういう事だ...?」
体がまるで空間に固定されてしまっているような感覚に、『神の目』は思わず困惑の声を漏らす。
彼の能力によるものだろうが、今まで見てきた超能力者の中でもずば抜けて異質だ。
「『天にも届く絶対神権』。俺の『命令』には、従わざるを得なくなる能力だ。」
柳渡は口の端を持ち上げ、自身の能力を明かした。
本来であれば自分の能力を堂々と明かすなど論外だが、こいつは違う。
能力が分かった所で、勝ち目が無いからだ。
開けた地下通路を、2つの影が走り抜ける。
先を音もなく走っていたのは伊蛾山。
その後を追いかけているのは、下風だ。
「さっきまでの威勢はどうしたんだ?」
「ちぃ...!」
広い地下通路を逃げ続ける伊蛾山が、身体の左半分を後ろに向けてクナイのようなものを数本投げる。
しかし、それは下風の身体をすり抜け不発。
「やはり当たらぬか。厄介なもんだ。」
伊蛾山は呟くと、懐から朱色の瓢箪を取り出して魔術を唱えた。
「伊蛾山流魔術『火遁』!」
下風に向けた瓢箪の口から赤色の煙が噴出される。
その煙は下風の目の前を漂い、直後に勢いよく発火した。
下風は咄嗟に両腕を交差し、宙に漂う炎の塵を防ごうとする。
しかし既に周囲は炎に囲まれており、下風は炎に包まれてしまった。
「残念。」
だが、炎の渦から何事も無かったかのように下風が現れる。
その体は炎の塵をまともに食らったというのに、傷一つ付いていなかった。
伊蛾山は想定内だと言わんばかりに足を前に踏み出し、逃走を再開。
角を曲がった伊蛾山の後を追って曲がった下風の目の前に、大量の粉塵が降りかかった。
「ッ!!」
咄嗟に角に体を沿わせる事で粉を回避するが間に合わず、右脚に粉がかかってしまう。
下風の右脚にかかった粉が泥のように纏まり始め、やがて固まった。
続けて放たれた伊蛾山の攻撃を受け流しているうちに、脚にまとわりつく灰色の泥は硬化を終え、脚を動かしてもビクともしない。
泥の硬化を確認した伊蛾山は少し距離をおいて着地し、泥の正体を語った。
「石膏接着剤だ。やはり、お前の能力は『水』だったみたいだな。」
「なるほどね.....けど、こんなに早く固まるものなのか。」
「先ほど、急結剤を吸い込んだだろう?」
伊蛾山は先ほど、瓢箪から燃える煙を吐き出して下風を攻撃していた。
その際に石膏接着剤の急結剤を煙と同時に噴射し、液体化する下風の体に溶け込ませたのである。
下風の能力は伊蛾山の指摘した通り、『水』。
自身の体を水と同質に変化させることで物理攻撃を回避し、伊蛾山を圧倒していた。
しかし石膏接着剤をかけられた今、体を水と同質に変化させた事が裏目に出てしまったのだ。
「ずいぶんと、都合良く用意してあるね......。」
「用意周到だとはよく言われる。以前貴様と戦った時から用意していた、可能性の一つに過ぎない。」
伊蛾山は構えると、どこからともなく三本のクナイを取り出す。
「そいつから抜け出すには石膏接着剤から水分を抜き、液体化を解除する必要がある。だがそれを行った瞬間.....」
指に挟んだ三本のクナイを鋭く投げ、下風の頭ギリギリの部分に命中させた。
カカカッと気持ちの良い音を奏で、刺さったクナイが僅かに振動する。
「俺のクナイが、貴様を仕留める。」
そう宣言した伊蛾山は懐から新たなクナイを取り出し、再び構えた。
伊蛾山も下風が能力者だと分かっている以上、不用意に近付く気は無い様子。
困ったな。
下風がため息をついたその時。
彼はある『音』に気付いた。
「.....これだ。」
下風は小さく呟くと上半身を大きく捻り、伊蛾山に向かって腕を伸ばす。
構えた伊蛾山だが、何かに気づいて背後を振り返った。
「何ぃっ!?」
伊蛾山の後ろに位置する天井が凄まじい音と煙と瓦礫とを撒き散らし、勢い良く崩れ落ちる。崩れた天井から、大量の水が溢れ出した。
下風が腕を向けていたのは伊蛾山ではなく、その後ろの天井だったのだ。
「真上に水道が流れていたみたいだね。」
「させるかっ...!」
想定外の出来事に慌てた伊蛾山は、懐から瓢箪を取り出して構える。
自身に這い寄る水へ向けて瓢箪を傾けた後、伊蛾山は術を唱え始めた。
「伊蛾山流魔術『吸爆』!」
すると瓢箪が意思を持っているかのように大きく波打ち、激しい吸引力によって水を吸い始める。
自身の大きさより遥かに量の多い水を、全て吸い込んだ瓢箪。
伊蛾山は瓢箪にコルクの栓をしたと同時に、致命的なミスを犯してしまったことに気付いた。
「よそ見したね。」
伊蛾山のすぐ後ろから、下風の声が聞こえる。
天井から漏れ出る水に気を取られているうちに、下風の脱出を許してしまったのだ。
下風は伊蛾山の背中に、まるで拳銃を突き立てるかのように指を立てて勝利を確信した表情を浮かべる。
振り返ろうとする伊蛾山よりも早く、能力を発動した。
「『水竜天を穿つ』!」
瞬間、伊蛾山が一瞬にしてバランスを崩し前に倒れる。
意識は失っており、戦闘不能の状態だった。
下風は手に纏った水の泡を眺めつつ、種明かしをする。
「身体の水分を抜いて、急激な脱水症状を起こしたんだ。心配しなくても、水分はもう戻してるから死には至らないよ。ま、もう聴こえてないと思うけど。」
気絶した伊蛾山にそう告げた下風は、ふぅと一息ついて伸びをする。
「よし。」
まだ戦っているであろう皆の所へ加勢すべく、走り出した。
景野は『影の手』によって自身の影に潜り込み、姿をくらませる。
姿を見失って戸惑っている胡麻原の影から静かに出現し、大きな背中に蹴りを一発。
しかし、胡麻原はビクともしない。
腕を振り上げて背後をふり向き、その巨大な腕で思い切り景野を薙ぎ払った。
腰の入った強烈なラリアットを受けてしまい、景野はまるで新幹線に轢かれたかのような速さで吹き飛んでしまう。
咄嗟に影の手を出現させて壁への激突を防いだものの、凄まじい痛みだ。
一瞬気管が詰まってしまい、咳き込む景野を胡麻原はニコニコと眺めている。
意気揚々と両腕を上げ、背筋を見せびらかすようなポージングを取った。
「そんな軟弱な蹴りじゃあ、鍛え上げられた筋肉に勝てるわけがないだろう?『硬さ』は最大の防御であり、最大の攻撃なのさッ!」
岩石を繋ぎ合わせたかのように隆起した腕の筋肉を見せびらかしながら、胡麻原は得意気に笑う。
ニコニコとポージングを続ける胡麻原に、酒城が立ちはだかった。
「俺が相手だ、変態。」
「変態?大腿なら、きっちり鍛えてあるぞ!」
酒城の言葉に胡麻原が笑みを作る。
自身の体を影にできる景野が正面から殴られた辺り、能力者なのは間違いないだろう。
だが酒城には、能力で『奪った』数々の能力がある。
「君は俺達の跡目として『神の目』と頑張ってるんだよな?立派なことだぜ。」
「本当にそう思ってるんなら、通してほしいもんだな。」
呆れたようにため息を吐いた酒城に対し、胡麻原は軽い地震のごとき四股を踏んだ。




