俺のが一枚、上手だったな
テグの『狩人』組織に正式な加入を決定した浩太。
いつものようにメンバーと雑談しながら町中を歩いていると、何かに躓いた。
「うわっ!?」
躓いた。
というより『引きずり込まれた』という方が正しいだろう。
建物から伸びる影の中に、浩太の足が沈み始めていたのだ。
「浩太!?」
「おいどうした、浩太!?」
一緒に行動していた仲間達の呼びかけに反し、浩太の身体は完全に影へ沈んでしまった。
突然の出来事に、浩太はひたすら困惑していた。
周囲は何も見えない真っ暗な世界。
とりあえず明かりをつけようと判断した浩太は、影の中で光魔法を唱える。
浩太を中心に光が広がると、沈む前に立っていた元の場所に戻っていた。
「何だったんだ...?今の....。」
浩太が疑問の言葉を漏らしたその時。
「危ない!!」
浩太を『狩人』チームのメンバーである男がタックルで押し倒す。
直後、浩太がいた場所に、黒い大きな腕のようなものが凄まじいスピードで通過していった。
「仲間付き、か。」
浩太を襲ったのは景野だった。
影の手を引き戻すと、今度は4本に増やして浩太へ伸ばす。
「氷楼刀!」
浩太は咄嗟に、与えられた『大いなる力』である魔法を詠唱。
上空から浩太を守るように雹が降り注ぐも、景野が操るのは実態の無い『影』。
雹をすり抜け、浩太の首を掴んだ。
「ぐっ....!?」
「てめぇ!」
浩太の首が影の手によって締めつけられる中、一緒にいた『狩人』の男が吠える。
大きな剣を取り出し、景野に突撃。
威勢よく叫びながら剣を振りかぶるが、景野は動かない。
『影』で構成されている景野の体は、振り下ろされた剣をすり抜けた。
男は続けて剣を振るが、当たるはずがない。
「畜生、なんだこいつ!」
「アンタにゃ俺は倒せねーよ。」
景野は呆れたようにそう言うと、影の手を背中から出現させ、男に次々と拳を放っていく。
男は四方八方から襲い来る影の拳を避けていくも、明らかに手数が多い。
反射的に剣でガードしようと構えた所を、すり抜けた拳が男の顔面に直撃した。
「があっ!」
「ミドラルガさん!」
ギリギリの所で影の拳を回避し続けていた男にとって、一撃食らってしまった隙はかなり大きい。
そのまま男は、景野による何十発もの拳を全身に受けてしまう。
「助け....ないと.....!!」
影の手によって首を絞められ意識が掠れていく中で、浩太はこの状況を打破すべく頭を回した。
物理攻撃はすり抜け、手数も多い。
だが、一つだけ思い出した。
浩太が最初に影へ引きずり込まれた時の事を。
息が吸えず力が入らない中で、浩太は自身の右手に集中する。
残った力をかき集め、右手に僅かな光が灯った。
安い電灯くらいの光しか無いが、今はこれだけで十分。
光る右手で、自身の首を締める影の手を掴んだ。
「!」
掴んだ影の手が、ぼろぼろと崩れて無くなる。
やはり、弱点は『光』なんだ。
異変に気が付き、浩太の方へ振り向く景野。
しかし既に、浩太は全身に黄金の光を纏って立っていた。
「僕が相手だ。」
突進する浩太へ、大量に出現させた影の手が襲いかかる。
光で影の手を無効化できるとはいえ、周囲を包み込むほど大量の手を捌き切るのは至難の技だろう。
しかし、浩太はいとも容易くそれを行った。
「自然錬成系魔法『炸裂光波』ッ!!」
脇を締めて足を広げ、魔法を発動。
浩太の周りを覆っていた光が分裂し、四方八方へ弾け飛んだ。
分裂した光の玉にぶつかった影の手は次々と消滅していき、浩太の周りから影の手がいなくなる。
「はぁ、はぁ....。」
息が戻り、影の手を光の玉で払い返した事で安堵のため息をつく浩太。
しかしその瞬間、浩太の全身に、再び息が詰まりそうなほどの緊張が走る。
「俺のが一枚、上手だったな。」
すぐ後ろから、景野の声が聞こえた。
『影の手』とは言うが、その能力は影の手だけではない。
影の手に気を取られている間に景野は浩太の影へと侵入し、彼の背後を取ったのだ。
背中に突き立てられている人差し指から、心臓を直接掴まれているかのような緊張感が走る。
「『参加者』だろ?『棄権』しな。」
景野の冷たい声と共に、突き立てられている指が少しだけ押し込まれた。
少しでも動けば、危険な目に遭うのは確実だろう。
.....最初に貰った『大いなる力』が、動かなくても使えるもので良かった。
浩太の魔法は、既に発動していた。
地面がひび割れ、その隙間から間欠泉の如き勢いで水蒸気が噴出。
その水蒸気に押し上げられ、浩太の体が宙に打ち上げられる。
「なっ.....!?」
僅かな隙も見せずに景野から離脱した浩太。
空中で姿勢を変え、地面に向かって腕を構える。
「自然錬成系魔法『礼晶洞』ッ!!」
浩太が魔法を唱えると、空から豪雨の如き光の玉が降り注いだ。
際限なく降り注ぐ光の玉は地面を砕き、光を溢れさせながら次々と穴を開けていく。
光の玉が開けた小さな穴が増えて繋がっていき、一つの大きな穴へと化した頃。
光の雨が止んだ。
たった数分の戦いだったが、ここまで長く戦闘をしたのは初めてだ。
1日分の疲れが浩太を襲う。
「はぁ、はぁっ....!これが、『宝珠争奪戦』.....!!」
即座に退散されたカイルや戦闘を行わなかったチミーとは違い、景野は本気で『敗北』か『降参』の2択を迫ってきていた。
実質的な初めての戦闘は、浩太の精神をすり減らすには十分だった。
さっきの魔法程度でやられるようなタマではないだろう。
きっと、まだ生き残っている。
『宝珠争奪戦』の参加者は10名。
こんな戦いが続くなんて、耐えられるだろうか?
それに.....
「ミドラルガさん!」
浩太は倒れている『狩人』仲間、ミドラルガに声をかける。
影の手に散々攻撃され、その顔は腫れに腫れていた。
「すぐに治療しないと.....。」
浩太はミドラルガの顔に手を添え、回復術式を発動した。
街の、少し離れた路地裏。
建物の影で薄暗くなったその場所で、景野が浮上する。
「そう上手くは行かねぇか!」
景野は元々、浩太とやり合うつもりは無かった。
『ピエロ』によって受けた肩の傷がじわじわと痛みを発し続けている以上、本気での戦闘は不可能。
だから最小限の動きで、勝つのに必要な説得力を見せ、降参させる。
それが景野の目的だったが、相手を見くびっていたようだ。
空へ逃げ、光の雨を降らせるとは。
基本的に実体が無く物理攻撃を全てすり抜けられる景野だが、光を纏った攻撃には滅法弱い。
光が影をより濃くするため、『限りなく実体に近い状態』へと変えてしまうからだ。
さらに空中へ飛べば地上の影は霞み、小さくなっていく。
そんな状態の影には動きを封じる『影縫い』が使用できない。
偶然か性質を見抜いたのかは不明だが、手負いの景野にとってあの状態に持ち込める浩太を相手するのはメリットが薄い。
.....早く勝って、『創造の宝珠』を持ち帰らないと。
景野は頭の中に浮かんだとある光景に思いを馳せ、口を強く結んだ。
「...ふーむ。なかなか拮抗しているな。」
森の奥の、小さな小屋。
ムーはいつも通り、机に開いてある本を眺めながら呟いていた。
本には治療したミドラルガを担いで走る、浩太の姿が映っている。
「未だ、死亡が確認されているのは『ピエロ』のみ。想定内ではあるが.....」
困ったようにムーは眉をひそめ、一息ついた後に、ひとつ。
「つまらん。」
ムーはメガネを持ち上げ、机に置いてあったペン立てからペンを取り出し、何やら本に書き込みを始めた。
「『宝珠争奪戦』は長ければ数年単位で行われるらしいな。だがそんなのは面白くない。自然な流れで、かつ素早く終わらせる事こそが、面白い物語となる。」
独り言で持論を語ったムー。
書き込みを終えたあとの本を見て、満足げに頷いた。
順番的には少し早い気もするが、『アレ』をそろそろ動かすとしようか。




