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死後の世界がもしあるのならば。

遠く離れた場所に再出現したチミーを肩に担ぎながら、景野が影の手を伸ばして走っている。

戦場から離脱しようと移動する彼に、足の速い合成獣(キメラ)の上で寝転がりながら追い付いたデューゴが声をかけた。


「助ける気か?敵なのに。」

()脱落されると困るんだよ、俺がな。」


住宅の壁に影の手の指を引っ掛け、景野はどんどん場を離れていく。


「まぁ確かに、あの『10人目』を名乗った奴は相当強そうだったな。」


フォルゴは前代未聞の『途中参加』を果たした事もあり、他の参加者と比べても別格の存在であるとデューゴは認識していた。

それに、チミーは『過剰損耗(オーバーヒート)』によってほとんど意識の無い状態、そして景野自身も『ピエロ』にやられた肩の傷がある。


フォルゴの実力はチミーと互角以上、つまり逆に言えば、チミーが居なければ奴と対等に戦えないのだ。






その頃。

『ピエロ』とフォルゴは空中で、激しい戦闘を繰り広げていた。


フォルゴは全身を回転させ、尻尾で『ピエロ』の顔を叩いた後、その勢いのまま踵蹴りを放つ。

何かが砕けるような音と共に『ピエロ』が吹き飛ぶも、『ピエロ』はピアノ線を飛ばしてフォルゴの脚に突き刺した。


フォルゴが放った火球を切り裂き、ピアノ線を手繰って距離を詰める『ピエロ』。

振りかざされた爪を受け流し、『ピエロ』の顔面に拳を叩き込んだ。


顔面を叩かれて怯む『ピエロ』に追撃をかけるべく、その胸倉を掴んで手元に引き寄せたフォルゴ。

拳を持ち上げ、さらに数発のパンチを打ち込んだ。


「ガガァァッ!!」


血塗れの顔面になりながらも、雄叫びを上げた『ピエロ』。

フォルゴの拳を掴むと、その腹部に蹴りを入れた。


だが、フォルゴは止まらない。


「ふん。」


胸倉を掴んでいた手を離し、上半身を捻る。

自身の拳を掴んでいた『ピエロ』を、片腕の力だけで地面に叩きつけた。


「ガ....ゴガッ......」

「終わりだ。」


フォルゴは瀕死の『ピエロ』に向かって腕を構え、地面へ突進を仕掛ける。

迎撃しようと腕を持ち上げた『ピエロ』だったが、自身の関節を支えていたピアノ線が全て、既にフォルゴによって断ち切られていた。


そのまま、隕石のように降ってきたフォルゴの手のひらが、『ピエロ』の顔面を砕く。





「......。」


それが最後の一撃だった。

『ピエロ』はそこから一寸も動く事は無く、絶命。


『宝珠争奪戦』の、最初の脱落者が生まれた。


「くっそ.....あんなバケモン相手に俺一人は分が悪いな。もうちょい消耗してくれると思ったんだが。」


影で様子を見ていたジョージはそう呟くと、その場からそそくさと立ち去る。


『ピエロ』を倒したフォルゴもその場から立ち去るべく手を伸ばし、『空間』をこじ開いた。

空間をこじ開ける事で出現した()()に体を入れると、空間を閉じる。

フォルゴの体は空間の狭間に消え、その場には血溜まりに浮かぶ『ピエロ』だけが残っていた。


そんな彼の頭に、『元の世界』での暮らしが走馬灯のように蘇る。





「悪魔の子」

「呪いが移る」

「怖い」

「バケモノめ」


『ピエロ』.....本名、モルジ。

モルジは生まれつき右腕が不自然に大きく、金属のように硬く鋭い爪が伸びていた。

そんな奇怪な形相のモルジは周囲の人間から恐れられ、蔑まれていた。


....僕の居場所は、ここじゃないのかもしれない。


モルジは周囲からの罵倒、暴力に耐えられず、自身の生まれ育った故郷から逃げ出した。


走って、走って、走った。

息が切れ、喉が渇くのも忘れるほど。

どこまで走ったのかも、分からない。


そんなある日、たどり着いた街を横断する、ひとつのサーカス団が目に入った。


中心に立っていたピエロは手元の木の棒を操り、小さな人形をまるで生きているかのように動かしている。

ジョギングの姿勢で脚を動かし、やがて転んだように前へ倒れる人形。


人間のような精巧な動きの人形に魅入る人々は、皆笑顔を浮かべていた。


──────僕も、人を笑わせられるピエロになれば。


嫌われる事も無くなるのかもしれない。

去っていくサーカス団の後を追ってすがりつき、必死で同行を頼み込む。

先ほど中心に立っていたピエロの男、サーカス団の団長はとても心優しい人で、少し驚きつつもモルジを快く受け入れてくれた。


それからは毎日練習続きだった。

神経のすり減る辛い日々だったが、ひたすら足蹴にされていたあの頃に比べたら全然ましだ。モルジは必死で努力して、身体と共に技術を成長させていった。


そしてある日。

言われなくても気づいた。

いや、気づいてしまった。


皆が、僕を避けている。


原因としての心当たりが多すぎて分からない。

1日に数時間、記憶が無い時がある。

単に眠っていただけだと思っていたが、ある日目覚めると目の前に血だらけの鹿と、返り血を浴びた右腕があったのを見て察してしまった。


それに気づいてからは、サーカス団員とは少し距離を置くようになってしまった。

団員達を傷つけたくない。

段々と記憶が無い時間が伸びていく中で、モルジはとうとうサーカス団を抜け出した。


幸い自分の左腕には、あらゆるものを破壊し尽くす右腕と対になる形で『物を生成し、自由に操れる能力』が備わっている事が分かっていた。


僕は1人じゃない。


それを使って人形を生成し、モルジは楽しく過ごしていた。

しかし、時が経つにつれ、無機質な人形達に囲まれていても虚しさが残るだけだということを自覚し始めてしまった。


心の無い人形では、モルジの空いた心を埋める事はできない。


血溜まりの中でモルジは一人、涙を流す。


結局、モルジが『創造の宝珠』に願ったもの.....『友達』は、手に入らなかった。


だが、死後の世界がもしあるのならば。


死後だから誰も傷付ける心配はない。

『友達』を見つけられたら、嬉しいな。


モルジはそう星に願うと、静かにその息を止めた。







翌日、風の吹く草原。

周囲には人一人いない開けた場所に、3人の男が立っていた。

一人が先頭を歩き、2人が『何か』を担いでいる。


その『何か』を下ろした2人と、戦闘を歩いていた者の姿形は、全く一緒のもの。

そう、『複製』の能力を持ったジョージの分身達だ。


2人の分身と別れ、1人残ったジョージが運んできた『何か』に視線を落とす。


「...昨日までは殺し合っていたんだがなぁ。」


そう呟いた視線の先には、先日フォルゴとの戦闘で命を落とした『ピエロ』ことモルジの死体が倒れていた。

放置されてからかなり時間が経っているため、蝿がブンブンと羽音を鳴らして飛んでいる。


「互いが自分のために殺し合っていた間柄だが、死んじまった今は違う。」


ジョージは持っていたスコップを両手で握り、草ごと土を掘り起こす。

その間、死んでいるモルジに言い聞かせるように、独り言を語り始めた。


「...敵も味方も関係ねぇ。最後まで戦った戦士には、敬意を持って(とむら)ってやるのが俺のいた場所でのルールだ。」


一つ一つ、丁寧に土を掘り起こしていく。

『複製』の能力を使えばもっと早く掘ることができるにも関わらずあえて使わないのは、彼なりの()というものなのだろうか。


「俺はお前の考えてる事が分からなかったが...」


深く掘られた穴の壁に指を引っ掛けて外へ出る。

モルジをスコップで押して穴に入れた後、その顔を名残惜しそうに眺めた。


「お前も俺と同じように、『創造の力』を欲するほど強く、何かを手に入れたかったのは事実だろう。単なる狂人(バーサーカー)だと思っていたが、あんなお前でも満たされない心があったんだな。」


掘り起こした土をすくい、モルジにかけていく。

完全にモルジが埋まったのを確認した後、スコップで土を少し整えた。


「うーん....」


ジョージは顎に手をやって少し考えた後、背中から散弾銃を取り出してモルジの埋まった場所に突き刺す。


「墓標なんて大層なモンは用意できねぇんで、こいつで我慢してくれ。複製品とはいえ一応、俺の大事な銃だ。」


その場で腰を下ろし、モルジの上に立てた散弾銃の墓標をしばらく眺めていた。

その後、気合を入れるように顔を叩いて立ち上がり、ジョージは背を向けてモルジの墓を後にする。


振り返る事は無かった。

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