なんでもアリだね...。
放課後。
教室から顔だけを出し、周囲を警戒する二坂。
タイミングを見計らって、早足で廊下に飛び出した。
廊下で駄弁っている生徒達が譲る道を、急ぐように歩いていく。
「よ、二坂。」
そんな彼の横から声がかかった。
最悪だ。
今まさに帰ろうとしていた二坂は、チミーに見つかってしまった事に頭を押さえてため息を吐く。
声をかけてきたチミーを、二坂は目を見開いて睨んだ。
「ついてくんなよ。お前、友達いないのか?」
「うっ.....そんなのどうでもいいでしょ。」
痛い所を突かれたのか少し焦るチミー。
あんな強気な態度だったのに、意外と不器用な面もあるみたいだ。
チミーは二坂との戦いの後、彼に『きちんと授業に出席すること』『他の生徒と仲良くなること』を命じていた。
チミーが探す人物の、手がかりを少しでも拾うために。
「で、何か分かった?」
「昨日の今日だぞ。分かるわけねーだろ」
なるべくチミーを振り切ろうと、早足で廊下を歩いていく二坂。
だがどれだけ早く歩いても、視界にチミーが滑り込んでくる。
突然授業に出席するようになった問題児と謎の転校生という、奇妙な組み合わせに向けられる奇異の目がグサグサと二坂へ刺さっていく。
チミーをどう追い払おうか悩んでいた二坂だったが、運良くその解決策が目の前に現れた。
二坂は前方を指さし、小声でチミーに伝える。
「あいつ。与至原 和なら、俺よりもうちょい生徒に詳しいと思うぜ。」
二坂の指先を追ってチミーは前方を見る。
その先には、中学生と言われても違和感のない低身長で幼い顔をしたツインテールの少女、与至原 和が歩いていた。
「その能力が結構珍しくて、校内じゃそれなりに.....っておい」
二坂が説明する頃には、既にチミーの姿は無かった。
チミーは足を動かすことなく滑るように移動しながら、彼女の斜め前辺りに現れる。
「えっと、与至原さん?」
「は...はい?」
突然視界に現れて声をかけてきたチミーに少し驚きつつ、和が顔を上げた。
その後ろ姿に似合う幼い顔は、本当に同じ高校生なのか疑いたくなるほど。
校舎を出て、校門へ並んで歩く。
「私、ある人物を探してて。『熱』を操る能力者って、この学校にいる?」
「熱、かぁ.....一人だけ、似たような能力の人がいるよ。」
和は一瞬考えた後、思い当たった人物の名を語った。
灼熱の炎を操る能力.....『熱狂に誘う炎幕』南 健太郎。
クラスの学級委員長を努める、真面目で正義感のある男子生徒で、悪さをする生徒をよく懲らしめて回っているらしい。
それを日常的に行っているとすれば、それなりに実力は持ち合わせているのだろう。
和は悪い人ではないと言っているが、正直半信半疑である。
明日、確かめてみるか。
チミーが顎に手をやってそんな風に考えていた中、突如聞こえてきた悲鳴に思考が持っていかれる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
校門を出て少し歩いた場所でその悲鳴を聞いたチミーの足は、無意識に走り出していた。
突如走り出したチミーに、和も慌てて追従する。
道路の脇に伸びる小道から、うちの学校の男子生徒が焦った表情で飛び出してきた。
その後を追うように、小道の陰から大きな影が姿を表す。
暗く鮫肌のようにザラザラした紫色の皮膚に、鋭く尖った爪。
二足歩行のその手足は歪な筋肉で膨張しており、開いた口には無数の牙が光っている。
到底、その辺の野生生物どころではない禍々しい見た目だ。
「.....ギルガンか。」
チミーは立ち止まり、そんな怪物の名を呟く。
ギルガン。
人間を執拗に襲う、危険な生命体。
個体によって姿形はバラバラで、その生態などもほとんど解明されていない謎の生物だ。
街中でも時々現れ、奴らに危害を加えられた人も少なくはない。
ギルガンは、たとえそれなりの訓練を積んだ人間だろうと1人や2人では対処ができない。
普 通の人間の場合なら、の話だが。
「よっ!」
一蹴りで数十メートルの距離を飛び、ギルガンの目の前まで詰め寄るチミー。
迎撃として放たれた左拳を半身になって回避し、そのまま足を踏み込んだ。
ギルガンのその醜悪な顔面に向かって右ストレートパンチ。
甲殻類の殻が砕けるような音を立て、チミーの拳が顔面にめり込んだ。
『永遠なる供給源』の能力により『運動エネルギー』を最大限まで引き出す事で、防火扉のような頑丈なものだろうと簡単に叩き壊せるようになる。
そんなチミーの、あまりにも重すぎる拳を顔面に受けたギルガンは、砕けた牙を撒き散らしながら後方へと吹き飛んだ。
数メートルの距離を飛び、電柱に激突。
電柱がみしりと音を立てるほどの衝撃を食らったギルガンだったが、その異常に膨らんだ腕で支えながら立ち上がる。
「がああああおぉぉぉっっっ!!!!!」
雄叫びを上げ、右腕をチミーに向かって伸ばした。
すると糸が解けるように右腕が分解されていき、右腕は数本の触手となってチミーに襲いかかった。
しかしチミーは動くことなく、触手に対して左手を向ける。
手首を使って手で小さく半円を描く動作を行うと、バラバラに分かれて向かってきていた触手がまるで見えない力に操られているかのように、再び元の一つにまとめられていく。
束になって向かってきた触手をそのまま掴み、背後を振り向いた。
触手を掴んだ左腕を大きく振りかぶり、反対側の地面に叩き付ける。
コンクリート製の道路がひび割れ、僅かに陥没するほどの一撃。
触手から手を離したチミーは足を開き、右手のひらを向けた。
直後、手のひらの中心に白い光の球のようなものが生成され、野球ボール大まで膨らんでいく。
熱エネルギーや光エネルギーをかき集めて作成した、『エネルギー弾』である。
衝撃波と共にエネルギー弾が発射され、ギルガンを巻き込んで大爆発。
凄まじい爆音と共に、熱風がチミーの顔を撫でた。
地面が砕け、細かいコンクリートの破片が周囲に居た野次馬達へと襲いかかる。
黒焦げになって塀に頭から突き刺さったギルガンに、動く気配はない。
「な、なんでもアリだね.....。」
和はあまりにも規格外なチミーの実力に、素直な感想を述べた。
同時に、野次馬として集まっていた生徒達や近隣住民から歓声が湧き起こる。
「ギルガンを一人で!」
「すげー!」
「あの子は誰?」
「カッコいい〜!」
気が付けば、かなりの人数が集まっていた。
チミーはあまり、人に囲まれるのは好きではない。
和の手首を掴み、その場から瞬間移動のように消えた。
「すごいね、瞬間移動もできるんだ。」
「ま、厳密には『人が認知できない速度で移動した』だけだけどね。」
現場から少し離れた、人気の少ない帰り道。
そこから二人は軽く雑談を交えながら、ゆっくりと帰路についた。