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お互い様だよ

『宝珠争奪戦』の参加者9名のうち、チミーを除いて4人も集結したあの夜から、数日が経っていた。

こっちの世界での生活にも徐々に慣れ始め、街の料理屋巡りを楽しむ程度には、チミーの精神に余裕が生まれ始めた頃。


「ん、美味しい!」


煉瓦の街を歩きながら、チミーはパックに詰められた鯨の竜田揚げを頬張っていた。

柔らかいながらも歯ごたえのある肉から溢れ出す、とんでもない量の肉汁がたまらない。


「飲み物が欲しいわね?」


肉の旨味と塩分によって一気に身体が水分を欲し始める。

何処かに飲み物を売っている場所は無いかと、周囲を見回していたその時だった。


「ッ!?」


ただならぬ気配を感じ、その場から素早く飛び退き、先程まで自分が居た場所を睨む。

そこには一人の男子が驚いた表情でこちらを見ていた。

その男子とは.....浩太の事である。


チミーは彼の内に眠る、莫大なエネルギーに反応して危険を察知したのだ。

こちらに視線を返す浩太へ、チミーは歯に布着せぬ物言いで尋ねる。


「アンタ、一体何者?」


このエネルギー量。

明らかに、普通の人間ではない。

浩太も露骨なチミーの敵意を察し、臨戦態勢を取った。

周囲を歩く人々は不穏な気配を感じ取り、2人の近くを避けていく者や、野次馬として遠巻きに観察し始める者が現れる。


「あまり戦いたくは無いですが、仕方無い.....!!」


浩太は一度、何者かに気配も無く狙撃されている。

油断すれば死に直結するのは、一番最初から知っていた。


だから、戦う。

浩太がチミーに手のひらを向けると、腕の周囲から氷の刃が出現。

複数本発生した氷の刃が、矢の如くチミーの全身に襲いかかった。


だが、そんなものチミーにとっては玩具おもちゃ同然。

周囲の熱エネルギーを上昇させる事で、構える事すらせずに氷の刃を溶かした。


動揺する浩太に、チミーは彼が発した言葉を拾う。


「ちょっと待って。今アンタ、『あまり戦いたくない』って言ったよね?」

「まぁ、戦った事が無いので.....。」


どういった経緯でここに来たのかは分からないが、様子を見るに戦闘力はあっても戦いを好まないタイプのようだ。


これはチャンス。

そう思ったチミーが、言葉を続けた。


「アンタ、『宝珠』の力をなぜ欲しがるの?」

「それも分からなくて。ただ急に連れて来られたって感じなんです。」


浩太には命をかけるほど『宝珠』を欲しているようには見えない。

だったら、戦わずに終わらせられる可能性は高い。


「特に強く願ってる事とかもないの?」

「あんまり思いつかないですね.....。」

「だったらこの戦いから、『降りる』気はない?」


そうすれば、アンタは誰とも戦う必要がなければ、誰かに殺される心配もない。


この世界で、平和に暮らせるのだ。

チミーは『彼』から聞いた、戦う以外での勝利方法を、浩太に話す。


確かに、目的が無く単に命の危険に晒されているだけの状態である浩太にとって、『戦いの放棄』は充分視野に入れても良い提案だろう。

しかし。


「そう、ですか.......。」


浩太は、少し悩んでいた。

そしてチミーに、返答を行う。


「ちょっとだけ、待ってもらえませんか?今はまだ、諦めようとは思えなくて。」


元の世界ではただただ無気力に生きていた浩太。

家族との仲もあまり良くなく、元の世界に未練は無い。

『強大な力の箱』を砕いた今となっては、こちらの世界でも生きていくのは簡単だろう。


ただ。


「もしかしたら自覚が無いだけで、この世界に飛ばされるほど僕は『何か』を欲しているのかもしれない。それが分かるまでは、安易に諦める、というのは後悔しそうで.....。」


自分が本当に欲しているものが何なのか。

それが分かるまでは、諦められないと浩太は語った。


「.....ま、仕方無いわね。」


浩太の言葉を聞き、諦めたようにチミーは息を吐く。


「それじゃあとりあえずは保留、ってことで。アンタに敵対心は無いみたいだし、その『何か』が分かるまでは何もしないでおくよ。」

「ありがとう。」

「ただし!その『何か』次第では私と敵対する事になるかもしれない。それだけは、覚えておいて。」


とりあえずは敵対心が無いという事を浩太に伝え、チミーは浩太に背を向けて、最後に一言。


「....くれぐれも、気を付けてね。『参加者』達は思った以上に、危険な奴らばかりだった。」

「あなたが争いを好む人じゃなくてよかった。」

「お互い様だよ。じゃあね。」


そう言ってチミーは背を向けたまま手を振り、足を前へ繰り出した。

しばらくその背中を眺めていた浩太も、反対側へ背を向けて歩き出す。

『参加者』同士が出会ったにも関わらず、戦う事は無かったのだ。






「ふむ...。」


森の奥深く、誰も近付くことの無いような場所に存在する、一軒の丸太小屋。

その中には一人の男が机に本を広げ、ペンを叩いていた。


片眼鏡をかけたその男、ムーは机に脚を投げ出し、本を眺めながら『参加者』について考え始めた。


今判明している『参加者』は()に加え、あの髑髏の顔をした戦士、合成獣(キメラ)を操る白衣の男、そして髑髏戦士の矢を弾いた少年、『鉄の嵐』ジョージと名乗った男、そしてそれを殺したピエロの、計6人か...。いや、」


『参加者』の人数を数えていたムーは何かを思い出したように顔を上げた後、それを訂正するように眉間にしわを寄せて言葉を続ける。


「もう2人、いや恐らく、『2人で1人』として扱われている奴がいたな。『アレ』もなかなか、酷い『参加者』だ。」


ムーが思い出したのは、2つの小さな影だった。





町外れにある暗い小屋の中。

一人の男が椅子に体を縛り付けられていた。

男は恐怖に満ちた表情で荒い息を吐き、ガタガタと震えている。

その視線の先に、2つの小さな影。


「白衣を着てて、顔が褐色な男の人。知ってるでしょー?」

「その男の人に、手を貸してたんでしょー?」


小さな影は男に対して交互に語りかける。

少女らしい高く柔らかく、のらりくらりとした影2人の口調と、男の周囲に散らばる拷問の跡がひどいミスマッチを醸していた。


「その男の人は、今どこにいるのー?」

「俺はただ、ちょっと話をしただけだ。何も聞いてない....。」

「ふぅん。」


片方の影、ガスマスクで顔を覆った少女は、右手に持っていたカンヅメの蓋を男の足の甲に付け、素早く引く。


「あああああああああああっっっっ!!!!!!」


カンヅメの蓋による切れ味の悪い激痛に、男は悲鳴を上げて体を激しく動かす。

しかしその体は完全に椅子に固定されており、ガタガタと音を立てることしかできない。


「じゃあ他に、知ってることは?」

「おっ、おっ、教える!どこにいるかは知らない!けど、しっ...知ってる事は全部教える!」


必死の表情で震える男の顔を覗き込み、2人の少女はふふっと小さな笑い声を上げた。

そう、まるで蟻の巣をつついている無邪気な子供のように。


男は知っている事を、包み隠さず2人の少女に話した。

情報を漏らした事を知られれば、あの男の合成獣(キメラ)に食い殺されてしまう。


だが、ここで酷い仕打ちを受けるよりはよっぽどマシだ。

そう考えると、男の舌は驚くほど滑らかに動いていた。


「.....俺が、知っているのはこれぐらいだ。」

「情報提供、ありがと〜う!」


持っている情報を全て話すと、片方の少女が嬉しそうに両手を合わせて感謝の言葉を述べた。

もう片方の少女が拘束しているロープを解くと、男は慌てて椅子から立ち上がり、出口に向かって走り出す。


立ち上がる際、あまりにも慌てていたもので、少女の持っていた黒いナイフにももかすり、小さな切り傷ができる。


だが男の頭にはアドレナリンが大量に分泌されており、そんな小さな傷など気にも止めぬ様子。

足をもつれさせながらも出口へ向かう彼の息は激しく荒れ、ただこの場から離れたいという欲望だけが頭を支配していた。


「あーあ。」


男が小屋の扉を開け、外の明るい景色を見たその瞬間だった。

男の視界はぐるりと反転し、青い空を見ていたつもりが、いつの間にか茶色い土となっている。


転んでしまったのか。

男は冷静に状況を判断し、構わず立ち上がろうとする。


だが、力が入らない。


男は急にこみ上げてきた吐き気に耐え切れず、血反吐を吐いてその場にうずくまる。


「な...んで......。」


その言葉を最後に、男は小屋のすぐ外で再び転倒。

そこから動く事は、無かった。


遅れて出てきた2人の少女が、絶命した男を静かに眺める。


「おねーちゃん、さっきの、わざと?」

「この人が悪いんだよ。慌てて立ち上がっちゃうから。」


死体を目の前にしても、全く反応の変わらない2人。

死体の前にも関わらず、呑気な口調で話を続ける。


「この人も、死んじゃったかぁ。」

「そりゃあそうだよ。この『絶殺のナイフ』で切られた獲物は絶対に死んじゃうもん。」


そう言って少し背が高い方の少女が、握っていた黒いナイフをガスマスクの少女に見せた。

それは先ほど、男の拘束を解いた時に男の腿を掠めたナイフ。

そう、このナイフは『特殊』なのだ。


「けど、これで白衣の人の居場所が大体分かったね。」

「よ〜し、頑張るぞ〜!」

「おー!」


2人で1人。

この双子の少女達も、『争奪戦』に現れた参加者である。

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