エターナル・エンジン
チミーに吹き飛ばされた二坂は一瞬状況を理解できない様子だったが、すぐに頭を振って立ち上がった。
滲むような痛みに耐えつつ、チミーに薄く笑みを返す。
「少しはやるようじゃねぇか。」
「で、私を殴れそう?やっぱ難しい?」
「調子に乗んじゃねぇ!」
白々しいチミーのセリフに、二坂の頭は沸騰寸前だ。
足を一歩前に踏み出すと、再び『消し去るもの』を発動する。
途端に、チミーの視界が真っ黒に変化した。
周囲の音すらも消え失せ、まるで水の中に居るかのような浮遊感がチミーを包む。
周囲の状況が、何一つとして分からない。二坂が今どこに立っているのかすらも、自分がどのような状態なのかも。
「『消し去るもの』は『ものを消す』能力だ。五感を『消去』されるのは初めてだろ?まあ、この言葉も聞こえてないんだが」
何も感じ取れず棒立ちしているチミーへ歩み寄りながら、二坂は自身の能力を1人語り始める。
彼が言った通り、彼の能力『消し去るもの』は『消去』の能力。
生物以外であれば大抵のものを『消す』ことのできる、これ以上ない凶悪さを備えた超能力だ。
例えば先程のように『摩擦』や『空気抵抗』を『消去』することで高速移動を実現したり、『風』を『消去』する事で『風を操る能力』を持つ超能力者を事実上完封することだってできる。
二坂はこの能力を使い、チミーの持つ『五感』を『消去』したのだ。
棒立ちを続けているチミーの前に立ち、二坂が拳を振り上げる。
だが、しかし。
チミーは振り下ろされた二坂の拳を的確に回避した後、顔面に突き刺すような拳を放った。
完全に油断していた二坂はチミーの拳をまともに食らってしまい、後方へ吹き飛んでしまう。
数メートルほどの距離を浮いた後、思い切り地面に激突する。
頭を上げる頃には、目の前にチミーが立っていた。
二坂の『消し去るもの』の効果は解除され、彼女の五感は元に戻った様子である。
『五感』を『消去』したにも関わらず平気で動くチミーのインチキ具合には、流石の二坂も怒りの感情を湧かせることができなくなった。
「なんで・・・・『五感』を消したのに動けんだよ・・・・・・」
「やっぱり今のは五感が消えてたのね。でも、私は五感が消えても感じ取れるものがあるの。負けを認めて私の聞くことに答えてくれるなら、教えてあげるけど?」
五感まで消したのに返り討ちにされたとなれば、最早勝てる気がしない。
二坂は潔く両手を上げ、降参のポーズを取った。
「チッ、わかったよ。俺の負け。何の能力なのか、教えてくれ」
二坂の質問を受け、チミーは待ってましたと言わんばかりに胸を張る。
そして自身の能力を、上機嫌に語り出した。
「私の能力は『永遠なる供給源』。『あらゆるエネルギーを操る』能力よ!『副産物』としてエネルギーを感じ取る感覚があるから、五感を切られても平気なの」
エネルギー。
位置エネルギー、運動エネルギー、光エネルギー、音エネルギー、熱エネルギー、などなど・・・・・・この世のありとあらゆるものに付与されている概念である。
そしてチミーの能力は、それらを操ることのできる能力。実質『あらゆるもの』を操る事ができるのだ。
そして超能力者には、その異常な力に適応できるよう体の一部が独自の発達を遂げている事がある。
それが『副産物』だ。
例えば空を飛ぶ超能力者であれば重力の影響から体重が平均よりも軽かったり、炎を生み出す能力者であれば体全体の熱耐性が常人よりも遥かに高かったりする。
そしてチミーの『永遠なる供給源』は普通見ることのできない『エネルギー』という概念を操作する超能力であるため、『副産物』として周囲のエネルギーを感じ取ったり、視覚情報として『視る』事ができる。
二坂に五感を消されてしまっても動くことができたのは、この『副産物』が6つめの感覚を担っていたからである。
しかし、この世にいくらでも存在するエネルギーという概念を視覚情報として取り入れ続けるのは、一人の人間である彼女の脳に多大な負担がかかってしまう。
彼女の装着しているゴーグル型デバイスはそのために存在しており、これを装着することで常人とほぼ同等の視界にまで制限してくれるのだ。
そういうことか。
「くっくっく・・・・・・」
チミーの解説を聞いた二坂の口の端が、上向きに持ち上がる。
首を傾げたチミーに対し、二坂が言い放った。
「だったらその『エネルギー』を消しちまえば、お前は操るものが無くなるよなぁ?」
チミーを指差し、得意気に笑みを見せる。
しかし、チミーはそれを指摘されても狼狽するどころか、呆れたように息を吐いた。
そりゃあ、当然だろう。
「エネルギーってアンタの体を構成したり動かしたりもしてるんだけど。まさか、それも消すつもり?」
エネルギーとはあらゆるものから発生している。
それを全て『消す』となると、二坂は自身の生命を保つために必要なエネルギーまで消滅させてしまい、先に彼の方が倒れてしまうだろう。
「へ・・・・?」
チミーの説明を聞いてキョトンとした顔を見せる二坂に、チミーは苦笑いを見せた。
「・・・・・・ホントに高校生?」
二坂は戦闘面でも学力面でも、完全に敗北していたのである。