心当たりがあるだろう
一方で、4階ではチミーと『マスク』とが熾烈な争いを繰り広げていた。
相変わらず『マスク』の体やその周囲を舞う円盤を操ることはできないようで、チミーはエネルギーを増幅させた肉体を駆使して『マスク』からの攻撃を避ける。
「はぁっ!」
壁を蹴り、『マスク』の顔面に向かって拳を放つ。
しかし拳は届かず、寸でのところで円盤によって防がれてしまった。
横方向から飛来する別の円盤を回避し、2度飛び退いて距離を取る。
今度は『マスク』の方から突進を仕掛けてきた。
『マスク』は円盤のうちの一つを掴み、能力を発動。
刃が1か所に連なり、円盤部分を柄として細身の剣へと変貌させた。
「おわっ!」
上半身を仰け反らせて『マスク』の剣を回避。
その後すぐに起き上がり、再び剣を放ってきた『マスク』の手首を腕で止める。
軽やかに跳ね、止めた手首を蹴ることで『マスク』の剣を弾き飛ばした後、さらに空中で1回転して『マスク』の胸元に蹴りを放った。
回転の勢いを利用した蹴りを受け、『マスク』は大きく後方へと吹き飛ばされる。
「はぁ、はぁ.....。」
襲い来る円盤を華麗に回避し、床に足を着地させたその時。
突如床が砕け、下から出現した手がチミーの脚を掴んだ。
「えぇっ!?」
突然の出来事に対処できないまま、チミーは開いた床の穴に引きずり込まれる。
急いで駆け付けた『マスク』が穴を覗き込むと、何かが爆発したのか強い炎が穴から湧き上がっている。
これでは下に行く事ができない。
『マスク』は、機械音声の混じった舌打ちを放った。
脚を掴まれ、1つ下の階に落下したチミー。
炎に囲まれており、落ちてきた天井も這うような炎が覆っている。
「いててて...」
腰を押さえながら立ち上がったチミーの視界に、ディーンが現れた。
咄嗟に構えを取ったチミーだが、ディーンの様子が少しおかしい。
「まぁ待て。アンタに話があって、ここに来たんだ。」
周囲からほとんどエネルギー反応を感じない辺り、先ほどチミーを引きずり落としたのも火をつけたのもディーンの仕業だろう。
『マスク』との戦闘を中断させてまで話があるとは、一体何なのだろうか。
「っていうか、それならもうちょっと丁寧に降ろしてほしかったんだけど。」
「それは.....悪い。」
口を曲げ、不満を指摘するチミーに若干の申し訳無さを表明しながら、ディーンが早速話に入った。
「覚えてるか?この前の事。アンタらが俺の主を殺しに来た時の事だ。」
この前の事とは、恐らく下風や結と共に下水道の吸血鬼を倒しに行った時の事だろう。
確かに、あの場にはディーンがいた。
自身の主を殺されたんだ。何を仕掛けてくるか分からない。
「.....ありがとう。殺してくれて。」
主を殺されたのだから、てっきり恨みを持っているのかと思っていたのだが。
ディーンの言葉は、真逆のものだった。
予想と正反対な言葉を受けて拍子抜けするチミーに、ディーンがその言葉の理由を語り始める。
「俺はな、小さな村に住んでいたんだ。それこそ山の奥にある、数十人くらいしかいねえ小さな村だ。」
ディーンが吸血鬼になる前の事。
彼は小さな田舎の村に住む、まだ若い少年だった。
しかし、そんなある日、後にディーンの主となる吸血鬼が現れた。
吸血鬼はその再生能力に血液の生成が追い付かないため、動物の血液を吸収し、蓄える事で賄っている。
要は、定期的に動物の血液が必要だということだ。
さほど強くなく、かつ比較的大きくて群れで行動する人間という生物は、吸血鬼にとって格好の餌である。
ディーンの村を訪れた吸血鬼も、同じことを考えていた。
血液を摂取するためにほぼ全員を殺害し、さらに子供だったディーンともう2人、計3人の子供を『眷属』へと仕立て上げる。
自身を守る、兵隊にするために。
「だがその二人はもう、死んじまった。『主』を殺そうとして、失敗したんだ。」
ディーンは何かを思い出し、少し悲しそうな顔を浮かべる。
俯きがちに床を眺めていたディーンが、話を続けていく。
「俺も主を殺そうと考えた。だが主と眷属の関係上、眷属は主に絶対勝てない仕組みになっていることがその2人によって分かった。そこで、『マスク』達と手を組むことにしたんだ。」
『マスク』達のように吸血鬼とは関係の無い者かつ、吸血鬼を追い詰められるほどの実力を持った者と共闘すれば、『主』を殺せるのではないかと。
「だが、なかなか主を殺すタイミングが見つからねぇ。そうやって思案に明け暮れていた所に現れたのが、アンタらだったってわけさ。」
俯いていたディーンは顔を上げ、チミーを真っ直ぐに見る。
チミー達によって完膚なきまでに叩きつぶされた吸血鬼。
完全に弱った状態で、再生力の追い付かない陽のあたる場所に放り出された状態の『主』を見たディーンは、ここが最大のチャンスだと思ったのだ。
「アンタらは俺の主を半殺しにまで追い詰めた。そして主が逃げた先で、俺がトドメを刺したんだ。」
ディーンはそこで『主』を喰らい、その力を奪って絶命させる事ができた。
過程はどうあれ、ディーンはチミー達に救われた形になったのだ。
「.......今度は俺が、アンタらの力になりてぇんだ。」
ディーンの口から、そう申し出が起こった。
「アンタは『仮面の者』を追っている。そうだろ?」
ディーンの問いに、チミーは黙って頷く。
ここに来て、まさかディーンが協力を申し出てくるとは。
チミーは内心、かなり意表を突かれていた。
「奴に関するできる限りの情報は流そう。無論、奴に気付かれないようにな。」
「.....信じていいの?」
「あぁ。主を喰ったのも本当だ。」
まだ自身を疑うチミーに対し、ディーンが腕を立てて手を広げた。
すると腕を包むように、炎が湧き上がってくる。
そういえばあの吸血鬼も炎を纏って戦っていた。
それが使えるという事は、彼は本当に主を喰ったのだろう。
「....なるほどね。」
「とにかく、詳しい事はまた今度。.....そろそろ来るぞ。気をつけろよ?」
「分かってるよ。」
ディーンの小声にチミーが返した直後、階段から大きな崩落音が聞こえた。
同時に、激しい煙と瓦礫が雪崩れ落ちてくる。
煙を切り裂き、現れたのは『マスク』だった。
「『達磨』、余計な手出しはしなくていい。コイツは私が、直接殺す。」
そう言った『マスク』がディーンに手を向け、左側へと振る。
すると、触ってもいないのにディーンの体が勢い良く左方向へ吹き飛んだ。
壁に吸い寄せられるように吹き飛ぶその様は、チミーの『永遠なる供給源』でエネルギーを操った時とまるで似ている。
ディーンが離脱し、一対一の状況となったチミーが、『マスク』に問いかけた。
「......アンタ、一体何者なの?なんで私を狙っているの?」
チミーの質問に、『マスク』の動きがピタリと止まる。
よく見ると、白い手袋に覆われたその手が小刻みに震えていた。
直後、仮面越しでも伝わる怒気を放ち、『マスク』が叫ぶ。
「心当たりがあるだろう!!私は貴様のやった事をずっと、鮮明に覚えている!!『6年前』、貴様が孤児院に火を放った事をな!!!」
私が、孤児院に火を放った.....?
チミーは思い切り頭を殴られたような感覚に陥る。
『6年前』といえば、私の住んでいた孤児院が火事を起こした年だ。
その事を口にしたという事は、『マスク』はあの孤児院の関係者だと言う事。
しかし、そんな事は今はどうだっていい。
問題なのは『マスク』が、チミーがあの火事を起こした張本人だと言ったという事だ。
だが『6年前』のあの日、チミーは眼の診察のために遠くの病院へ行っていたのだ。
帰ってきた時には既に孤児院は燃えていて、火を放つ暇なんて存在しなかった。
火を放つ気も無かったし、覚えもない。
.......奴と記憶が矛盾している?
チミーの頭に、1つの謎が浮かび上がっていた。
奴は『6年前』の『孤児院』に火を放ったことだ、と言い、さらには『染口チミー』と名指しまでしてある。
単なる勘違いでは無い、しかし複雑な『何か』が潜んでいることは間違いない。
...それを、暴かないと。
チミーは僅かな音を立てて唾を飲み込み、『マスク』を睨んだ。




