嫌だね
先ほど声を放った影が立ち上がった。
その見た目は一般的な初老の男性と、ほとんど変わらない姿をしている。
ただ、目の色が紅く染まっている事を除けば。
「ただの迷子ではあるまい。その様子、我らが吸血鬼である事も承知済みと見た。」
「ああ。聞きたい事が、あるそうでな。」
「...ほう?」
吸血鬼の言葉に下風が言葉を返したと同時に、チミーが前に歩み出た。
後ろに立っている吸血鬼の男、『王』がディーンと呼んだ男を睨み付けるように顔を向ける。
「そっちのアンタ。ディーンって名前なんだっけ?聞きたい事があるんだけど。」
「お前は、この間の.....。」
「仮面を被った奴とつるんでたよね?奴の事を教えて欲しいんだけど。」
「なるほどねぇ。」
チミーの言葉に、ディーンは納得したように眉を引き上げる。
しかしその直後、その首を横に振った。
「だが残念。俺は奴と協力関係を結んでるだけで、あいつの事はほとんど知らねぇ。」
「でも、奴とコンタクトを取ることはできるでしょ?」
「ここから生きて帰れれば、の話だな。」
チミーとディーンの会話に、突如最初の吸血鬼が割り込んできた。
ゆっくりと立ち上がりながら巨大な黒い翼を広げる吸血鬼の姿に、チミー、下風、結の3人が身構える。
「食事の時間だ。」
そう言葉を残し、吸血鬼は残像を残し消えた....ように、普通の人間は見えるだろう。
吸血鬼の男は地を這うかのような低空飛行で、壁の上を高速で飛行していた。
「ディーン、貴様は下がれぃ!」
それを聞いたディーンはコクリと頷き、膝を曲げて跳躍。
天井を突き破り、外へと飛び出していった。
吸血鬼の男は飛行しながら、3人を囲うように高速で回転していく。
凄まじい回転によって空気との間に摩擦が発生し、その翼に炎が発生する。
炎を纏いながら回転飛行を続けるその姿はまるで、大気圏に突入した隕石のようだった。
「ああいうタイプの吸血鬼もいるのか。ほんと色んなのがいるなぁ。」
「油断しないで。来るよ!」
興味深そうに炎の軌道を追っていく下風に、どこからともなく取り出した杖を構えた結が警告する。
炎を纏った吸血鬼は弾丸のように自身の体を回転させた状態で、こちらに突進を仕掛けた。
「『澎湃の仙弧』。」
真正面に立った下風が、人差し指を立てて能力を発動。
超高速で向かってくる吸血鬼に対して伸ばした右手から、氷の塊が生成された。
氷の先から新たな氷が連鎖するように生成され、凄まじい速さで目の前を覆っていく。
吸血鬼はそんな巨大な氷の壁に激突したにも関わらず、止まることは無かった。
自身の熱で氷を溶かして貫き、その先にいた下風に激突。
激突した際に発生した熱風が、チミー達の顔を覆った。
着地した吸血鬼が、後ろを振り返る。
燃え盛っている激突地点には、軽傷どころかほぼ無傷の下風が立っていた。
よく見るとその体の一部は、まるでプリンのように細かく震えている。
「悪いけど、僕に物理攻撃は効かないんだ。」
そう言って余裕の笑みを見せた下風に対し、結は真逆の表情を見せていた。
杖を下風に振りかざし、焦るように高速で詠唱を始める。
「身体強化系魔法.....『裂盤支』!」
直後、下風の周囲に大量の赤黒い糸のようなものが、虚空から浮き上がるように出現した。
彼の体に吸い寄せられるように集結していく赤黒い糸の大群を、突如下風を包んだ透明の壁によって弾き返される。
この透明の壁は、結が作成したもののようだ。
しかし僅かに間に合わなかったようで、赤黒い糸のうち数本が、下風の表面を撫でる。
糸が通った部分の皮が裂け、血が溢れた。
肩、背中、脚。
吸血鬼は炎だけでなく、触れた相手にこのような追撃を放つ能力を持っていたのだ。
結の魔法によって表面が切り裂かれただけに収まったものの、気付いていなければ重傷だっただろう。
「助かった。」
「吸血鬼は油断しちゃダメだって。」
傷口を押さえながら感謝する下風に、結は呆れたように再度忠告をする。
気が付けば、再び吸血鬼は飛行を始めていた。
高速で移動してはいるが、その視線は確実に自身へ向けられている事を察する結。
先に厄介な方を片付けておこうという魂胆か。
足を開いて構えた後、杖を持った手を前に突き出す。
杖を1回転させ、魔法を詠唱した。
「自然錬成系魔法...『反転水泡』!」
再び突進してきた吸血鬼の目の前に、大きな水の壁が出来上がる。
吸血鬼が水の壁に激突すると、水の壁はゴムのように大きくしなった。
これは、ただの水ではない。
突進を受け止められ、目を見開いた吸血鬼。
指を振りながら、結が水の壁について解説を始めた。
「普通に水の壁を張ってもその温度じゃ蒸発される......だけどこの水は『特別製』なの。状態変化の条件を『逆転』させた...つまり、温度が高ければ液体になり、常温で個体。温度が低ければ気体になる水ってわけ。」
結が生成した『特別製』の魔法水によって吸血鬼の熱と勢いは徐々にすり減らされていき、最終的にはゴムのような水の壁の弾力によって、弾き返された。
空中に投げ出された吸血鬼に杖を向け、光弾を数発放った結。
ホーミングミサイルのように弧を描いて吸血鬼を追尾し、光弾が次々に着弾する。
小型の光弾ながらその威力はかなりのもののようで、着弾した光弾は爆発音と共に煙を四散させながら、吸血鬼の表皮を抉っていた。
「やるな。」
体のあちこちが欠けた状態にも関わらず、吸血鬼の表情は変わらない。
傷口から新芽が芽吹くように、新たな肉が高速で生成され傷口を直していく。
吸血鬼特有の、高速再生能力だ。
「残念。いくら攻撃しようとも、肉体が残っている限り俺は死なないんだよ。」
「だったら、跡形も無くなるくらい爆破すればいい。」
吸血鬼の言葉に被せる形で、結が帽子の下から視線を放つ。
杖を振りかざし、さらに詠唱を追加した。
「自然錬成魔法『熱鱗』!」
現れたのは、先ほどの光弾。
だがその量は、先ほどの比ではない。
何十、何百発にも出現した光弾が、一斉に吸血鬼を襲った。
質量で埋め尽くされた光弾の攻撃に、逃げ道はない。
吸血鬼はそれに対抗すべく、自身の体を高速回転させて光弾を弾いていく。
しかし圧倒的な光弾の物量相手に、徐々に身が削られていくのが分かった。
こいつは、ヤバい。
結の力量に強烈な危険を感じた吸血鬼。
さらに弾いた光弾達が周囲の壁に激突し、壁や天井が崩落し始めた。
崩れた天井の穴から射し込む地上の光。
吸血鬼は陽の光に弱い。
このままでは不利になっていくのは自分だろう、彼はそう考えた。
ここが引き時か。
光弾による砲煙に紛れて脱出を図る吸血鬼。
一度回転を解除し、翼を大きくはためかせて飛び上がった。
煙を突き抜け、傷付いた肉体を再生しながら空いた天井を目指して飛翔する吸血鬼。
しかし、天井の穴に到達する直前。
その体は、まるで金縛りを受けたかのように停止した。
「なにっ.....!?」
「吸血鬼だろうが『エネルギー』は存在する。だったら、私の敵じゃないわ。」
チミーが『永遠なる供給源』を使い、ただ片手を吸血鬼の方向に向けただけで、動く自然災害のような存在だった吸血鬼を停止させたのだ。
「おお、りゃあ!」
チミーが吸血鬼の方向へ伸ばしていた手を引き、反対側へ叩き付けるように振り下ろす。
見えない力で引っ張られるように吸血鬼の体が動き、チミーの手に連動する形で床に叩き付けられた。
瓦礫が飛び散り、埃が舞う。
「ぐうっ!」
「まだまだァ!!」
吸血鬼はすぐさま立ち上がったが、既に目の前にはチミーの姿があった。
腹部に音速の右ストレートがクリーンヒットし、吸血鬼の背中が跳ね上がる。
そこから右、左、右、左、右、左、と怒涛の拳のラッシュが始まり、下風と結は初めて見たチミーの戦闘能力に驚愕している様子だった。
「ぶっ飛べっ!」
右拳で吸血鬼の顎にアッパーを叩き込み、吸血鬼を上方向に吹き飛ばす。
そのまま吸血鬼が天井を突き破って外へと飛び出した速度と、同じスピードでチミーが飛翔した。
吹っ飛んで空中を舞っている吸血鬼に追い付き、空を蹴る。
「これで最後だ...!おらぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
助走代わりに空中でクルクルと3回ほど回転した後、吸血鬼の顔面に凄まじい量のエネルギーを込めた蹴りを叩き込む。
衝撃波が脳天を走り抜け、吸血鬼は弾丸の如く吹き飛んで行った。
「ちょっと日向ぼっこでもしてきな!」
地面に着地し、吸血鬼が飛んで行った方向を指差しながらチミーがそう言った。
だがしかし、結局逃げられてしまったディーンに関する情報は無く。
また振り出しか、と嘆く事となった。
「ぐっ...うぐっ....。」
チミーによって滅多打ちにされ、さらに開けた場所の日光に照らされているため再生もできない状態になっている。
そんな吸血鬼の男が、両手を使って地を這っていた。
息はあるが、このままだと再生力が追い付かずに倒れてしまうのも時間の問題だろう。
意識が朦朧とし始め、吸血鬼が悔しさによる激しい歯ぎしりを行ったその時。
吸血鬼の前に、先に外へ出ていたディーンが現れる。
吸血鬼は自身の存在に気付いた『眷属』の登場にニヤリと笑い、ディーンに手を伸ばし助けを求めた。
「おぉ、丁度いい所に来てくれた。ディーン、俺を早く日の当たらない場所まで運べ。」
ボロボロの体を持ち上げながら、吸血鬼はディーンに助けを乞う。
しかし、『眷属』であるはずのディーンは、地を這う主をただ冷たく眺めているだけ。
疑問に思った吸血鬼へ、ディーンが一言言い放った。
「嫌だね。」
と。




