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そして運命は廻りだす。

 灰色に舗装された歩道には、今朝散った桜の花弁が落ちている。

 軽やかに足裏の重心を操り、それを避けながら歩く少女の姿があった。

 空色のスニーカーが小さなリズムを奏でて踊り、膝くらいまで伸びているスカートが軽く揺れる。


 彼女がこの学校のセーラー服を着るのは、今日が初めてだ。

 短く切られた黒髪が、白いセーラー服によく似合っている。


「!」


 リズミカルに歩いていた彼女の足は唐突に停止した。

 前方数百メートル先から自動車の駆動音と、『子供の足音』が聞こえたからである。


 数百メートル先。速度制限を無視して道路をかっ飛ばす型落ちの高級車がいた。

 その先の道に、道路で行列を作っている蟻を追いかけていた女児が現れる。

 車は死角から道路に走ってきた背の低い女児に気付かず、女児は蟻を追いかける事に夢中で車に気付いていないようだった。

 このままでは、女児と車とが接触して大事故が起きてしまう。


 それに気付いた彼女は、膝を曲げて前屈みの姿勢を取った。

 スニーカーで地面を強く蹴り、全身を前へ推進させる。

 

 全速力で走る彼女とすれ違った人々は、一人残らず通った後を振り返った。

 彼女の弾き出したスピードが、あまりにも速すぎたから。

 

 数百メートル先の現場へ到着するのに、五秒もかからなかった。

 アスファルトを強く踏んで強引な方向転換を行い、車道へ飛び出す。


 次の瞬間、車道へ飛び出した彼女の元へ型落ちの高級車が突っ込んだ。

 制限速度を遥かに上回る速度で衝突が起きた光景に、どこからともなく悲鳴が響く。


 が、しかし。

 衝突の直後、車は凄まじい勢いで停止した。

 それは運転手がブレーキを踏んだからではなく、『彼女の伸ばした両手』が食い止めたからだった。

 

 車のボンネットに両手を添えた彼女の足が数センチメートルだけ、後ろに引き下がる。

 その先にはようやく車の存在に気付いた女児の姿があった。

 車と女児との衝突事故は、防がれたのである。


 途轍もない速度で激突したにも関わらず、車には歪み一つ無かった。

 女子高生はぐるりと車の周りを歩き、運転席のある方へ歩を進める。


 運転していたのは、日焼けし過ぎた肌に金色のソフトモヒカンが光る、いかにもチンピラ風味といった風貌の男だった。

 運転席の方へ回ってきた彼女に対し、窓を開けて威圧するような睨みを見せる。


 「なんだぁ?一体……って!」


 だがその鋭い視線は、彼女の顔を見た途端つい緩めてしまった。

 

 彼女の短く切った髪は毛先が外側に跳ねており、軽やかな印象が出ている。

 肌は眩しいほど白く、整った顔の輪郭も相まって人形のようだ。

 しかし彼が驚いたのは、彼女がただの容姿端麗な人間だったからではない。

 

 その目を引いたのは……彼女の目元を隠している、巨大なゴーグルの存在である。

 HMD……VR表示機器のようなゴーグルで目を覆っており、瞳の様子が伺えない状態なのだ。

 そんな奇妙な装備に困惑した一瞬の隙を突き、彼女が口を開いた。


「子供とぶつかりそうだったから止めたの!あと、ここの道路はもっと低い制限速度よ」

「ハア?子供なんて……」


 モヒカンの男は言いかけたが、彼女の横からひょっこりと顔を出していた女児の存在に気が付く。

 怒り心頭だった表情は消え、彼は苦笑いを浮かべた。


「あぁ、見えてなかった……すまねえな」

「気を付けてね」


 怖い見た目に反して素直に謝った男が走り去っていくのを見送る。

 そんな彼女の傍らで立っていた女児が、セーラー服の裾を掴んだ。


「お姉さん、ありがとう」


 女児からの感謝に笑顔で返しつつ、彼女は屈んで女児の高さに視線を合わせる。

 ゴーグル越しに、女児にもしっかり注意を行った。

 

「道路は危ないから、アンタも気を付けるのよ?」

「分かった!」




 手を振って女児と別れ、再び登校を再開する。

 先ほどの一連の流れを見た誰かが、ぼそりと呟いた。


「『超能力者』か」


 その通り。彼女は『超能力者』なのである。

 それは比喩などではなく、本当の事なのだ。

 

 数百メートルもの距離をたった数秒で駆け抜けたり、突っ込んできた車を傷1つ付けずに食い止めたりするなんて常人には到底できない芸当である。

 それを当たり前のようにこなせたのは、ひとえに彼女が『超能力者』だからだ。


 装着されている特徴的なゴーグルも、この超常の力を制御するためのもの。

 専用の機器を装着していないと制御できないほど、彼女の持つ超能力は少々『厄介』なのである。



 

 しばらく歩いていると周囲が賑やかになり始め、自分と同じ制服を着た学生達の姿が目に映るようになってきた。

 道を間違えていない事に安堵の息を吐きながら、彼らの後をついていく。


 そして、整えられた石畳を前に立ち止まった。


「ここが......」


 彼女が見上げた先には、朝日を反射し白灰色に輝く校舎の姿がある。

 彼女は、今日からこの学校の生徒になるのだ。




 霧壺特別学校、高等部。

 一見すると普通の高等学校とそう変わらないが、その中身はまるで違う。


 ちらりと顔を横に向けると、2人の男子生徒が並んで歩いていた。

 うちの片方が、手のひらに空き缶を乗せている。


 と、次の瞬間。

 空き缶がゴムのようにしなり、円柱形のその姿が崩れていく。

 スチール製の空き缶は流動を始め、彼の手のひらの上で泥色の塊へと変貌した。

 それを見たもう一人の男子生徒が、にやにやと笑みを浮かべながら彼の肩を叩く。


 そう。この学校は生徒全員が『超能力者』。

 二十余年前から突如誕生し始めた彼らを集める、初の『超能力者専門』の学校なのだ。

 

 真正面に映る校舎を再び見上げ、彼女は小さく呟く。


「この場所なら、きっと……」

 

 見つけられるかもしれない。

 花をかき上げ、春風が彼女の背を突いた。


 

 



 

 


 教室中に、雑多な話し声が絶え間なく飛び交っては消えていく。

 やがてその話し声達は、1つの足音に気付いて静まり始めた。

 そして、まだ僅かに存在している話し声の残滓を払うように扉が開く。


 「はいはい、席につけー」


 開いた扉をくぐり、教室の隅まで通るハキハキとした声をかけながら若い男性教師が現れた。

 黒縁のメガネが特徴的な彼は、このクラスの担任を務めている。彼の姿を見た途端に速やかな着席を行う生徒達の様子から、相当な信頼と人気を獲得しているのだろう。


 彼に気を使って扉を閉めようとする生徒を「あぁ、大丈夫」と軽く静止した後、皆の方を向いてひとつ頷いた。


 「何人かは知ってるかもしれないが、今日は転校生が来てる。まあ新学年が始まってちょっとしか経ってないし、今一度新しい気持ちでやってこーぜ」


 担任は陽気にそう言うと、扉の外で待っていた人物に目配せを送る。

 開いたままだった扉から、空色のスニーカーが姿を見せた。


 凛と胸を張って、現れたのは女子生徒。

 短く切った黒髪に、白い肌。

 そして目元に装着された、大きなゴーグルの存在感。


 担任に促され、彼女は一歩前へ出た。


「んじゃ染口そめくちさん、軽く自己紹介でも 」


 人前での自己紹介とは、なかなか酷なことである。

 だが転校生はそんな事など気にする様子もなく、至極堂々としていた。


 「私の名前は染口そめくち チミー。よろしく」


 とは言ったものの、長く語る必要は無いと判断したのだろう。

 ハッキリとした口調で名前だけを名乗り、染口チミーは軽くお辞儀をする。


 そしてそのまま、あらかじめ用意されてあった後ろの席へと着席した。

 担任が淡々とホームルームを進めていく中、クラスメイト達の視線がチミーへ集まっていく。

 彼女はそんな視線の中でも、堂々とした態度で席に座っていた。


 ホームルーム終了のチャイムが鳴ると共に、激しい椅子の音が教室を揺らす。

 クラス中の興味が注がれている、転校生の元へ行くために。


 しかし、チミーの席へ向かおうとしていたクラスメイト達は、その足をぴたりと止めてしまった。

 殺到に身構えていた、彼女の手前に座っていた生徒がその様子に小首を傾げる。


「あれ?」


 ふと後ろの席へ振り返ると。

 染口チミーは、既に席からいなくなっていた。



 

 だが休憩時間が終わり、1限開始のチャイムが鳴るといつの間にか彼女は席に戻っている。

 

 授業の時間だけ現れ、休憩時間になるとやはりいなくなる。

 そんな感じでクラスメイトの興味をかわしながら、やがて昼休みが訪れた。


 皆が後ろを振り返るが、当然チミーは席にいない。


 そろそろ皆が諦めの空気を作り始め、彼女に対する興味が薄れ始めてきた頃。

 教室の隅に座っていた、一人の男子生徒が人知れず席を立つ。

 彼の名は酒城さかしろ 扇輝おうき

 チミーの行方を、唯一()()できている人物だった。



 

 裏口を出て校舎脇を通り、園芸部が管理している菜園の奥へと歩みを進める。

 その先にある用具の入った倉庫には、背を預けて隠れるように座っているチミーの姿があった。

 昼ごはん用に持ってきていたのか、彼女の顔よりも大きなメロンパンを頬張っている。


 扇輝はそっと後ろから近付いて、小さく声をかけた。


「あのー……染口、さん?」

「うわっ!?……な、何?」


 突然の声に驚いたチミーは、変な声を発してメロンパンを落としかける。

 なんとか落とさずメロンパンをキャッチすることに成功した後、突然現れた扇輝を警戒しながら立ち上がった。


 チミーの不機嫌そうな様子に苦笑いを浮かべつつ、扇輝はここに辿り着いた理由を説明する。


「まずこの学校、色んな所にカメラが設置されていて、あそこの菜園の所にもカメラがある。だから多分、染口さんがこの辺りに来ている事は、職員室に筒抜けだと思うよ」


 扇輝の指さした先に取り付けられてあったカメラを見て、チミーは露骨に嫌そうな表情を見せた。

 

「嘘!……この学校、プライバシーとか無いの……?」

「いやまぁ、超能力者って使い方によっては危険だし……ある程度はね?けど、こういう影になってる場所とかは、カメラの死角になっていたりするからそこは大丈夫」


 学校に対する不満を述べるチミーに、扇輝が優しく擁護を入れる。


「で、なんでアンタはそれで私の居場所が分かるのよ」

 

 少しだけ扇輝に慣れてきたのか、チミーは齧りかけのメロンパンを再び食べ始めつつ疑問を口にした。

 その疑問への答えは、彼の『超能力』にある。


「あぁ。俺の能力は『電子機器のハッキング』能力なんだ」

「それで、カメラを覗き見たと」


 扇輝の解答に、チミーは納得した様子で頷いた。

 電子機器のハッキング。電子ロックを解除したり、携帯端末を勝手に操作したりすることのできる能力である。

 一見地味ではあるが、いくらでも悪用に走ることのできる能力だ。

 この学校には、そんな一歩踏み外せば凶悪な存在になれる能力者が沢山存在している。


「そういえば、なんで休憩時間になると消えていたんだ?」


 今度は扇輝が、この数時間で思っていた疑問をチミーに投げかけた。

 チミーは外側にハネた髪をいじりながら、メロンパンを一口齧る。

 

「あー……あれは普通に、なんか居心地が悪かったから」


 呟くように、そう答えた。

 最初に教室へ入ってきた時は堂々としていたように見えたのだが、意外と注目される事は好まないタイプらしい。


 メロンパンを食べ終えたチミーは手元に残った袋で折り紙をしつつ、思い付いたように扇輝の顔を見た。


「そうだ。アンタに聞きたいことがあるんだけど」


 聞きたいこと?この学校の設備やシステムでも知りたいのだろうか。

 だがそんな扇輝の予想は、大きく外れていた。


「この学校で、一番強い奴って誰なの?」

「……え?」


 思いもよらない質問に、扇輝は一瞬だけ思考を止めてしまった。

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