92話 承諾 いざ魔族領へ
一行、行き倒れを拾う。
「んくっ!んくっ!」
エリーのテレポートでプトレマイオス遺跡を訪れていた響介達。ステラが締めた人獣族達をそのまま転がし行き倒れていた色白で金髪赤瞳の少年に飯を食わせていた。
この行き倒れの少年余程腹が減っていたのか焼いたウルフの肉を貪る様にガツガツ食べており共に食事をしていた響介達はいい食いっぷりに関心しながら見ていた。
「良く食べますね、もう一頭狩りましょうか?」
「いや大丈夫だろう。それよりも誰も取り出しはしないし喉詰まるから慌てて食べるな」
「ん!ん!?」
「もう!キョウスケの言ってる側から!」
「お水」
エリーから水を貰うと少年はごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干し
「ぷはぁ!ありがとな!助かったぜ!」
少年のその様子はとても満足そうに笑いながらお礼を言うあたり問題なく話しが出来そうだなと響介は結論を出しこの少年と話しをしようとしたら
「俺はネロ。ネロ・レーゼルス。お前らは?」
驚く程素直に自己紹介をするところを見るに余計な推測が出てしまうがエリーがこのネロという少年に対して悪い時のアクションが出ない為大丈夫と判断し自分も名乗る事にした。
「俺は鴻上響介、キョウスケでいい」
「私はライミィ」
「エリー」
「ステラと申します」
挨拶もそこそこに響介はこのネロから話しを聞こうとしたがその前にどうしても一つ確認しなければならない事があった。
「ところでネロ、どうしてお前はチャカを持ってるんだ?」
「チャカ?」
「これだよ」
響介の質問にネロのみならずライミィ様も頭にはてなを浮かべて響介が取り出した物を見ると
「あっ!俺のウェブリー!」
このネロという少年、どういうことかチャカもとい銃を所持していたのだ。しかもアルスで騎士団が使っていた信号銃ではなく細部こそ所々違いはあるものの元の世界にあったような黒い回転弾倉式拳銃を2丁と銀色の回転弾倉式拳銃を1丁、要はリボルバータイプの拳銃を持っていた。ネロを介抱した時に気が付いた響介がもしもの場合を考えホルスターごと押収したということだ。そしてネロは響介から取り戻そうと身を乗り出して手を伸ばすが
「ん~!届かねぇ!」
響介と身長差があるためかネロは一生懸命手を伸ばしても逆方向に掲げて遠ざけられると全くカスリもしない。
その様子は正におもちゃを取り上げられた子供の如く。それを見ていたライミィ達は
「こうみるとやっぱり身長差が凄いねぇ~」
「ネロちっちゃい」
「ライミィ様位でしょうか?」
「キョウスケやステラがでけぇんだよ!俺はちっちゃくない!」
口々に意見を言うライミィ達にキレ突っ込みを入れるネロを宥めながら
「大丈夫だ。ちゃんと答えてくれたら全部返す」
「…本当か?」
「でなけりゃ、お前を介抱して飯を食わせる理由がない。あいつらみたいに縛って転がす」
「あいつら?」
響介は親指で後ろをくいっと差すとネロはその差した先を見るとげっと嫌そうな顔をし
「こいつらあの脳筋女のとこのやつじゃん」
「脳筋女?」
「ウィクルっていう露出女がいんだけど」
それを聞いたステラ以外が反応した。ウィクルと露出女というワードで思い付く人物が一人
「魔族の?」
「知ってんのか?」
「お兄ちゃんが、蹴り飛ばした」
「蹴り飛ばしたぁ!?」
エリーの言葉に驚いていたネロ。しかしそれを聞いて何か思い出したように
「なあ、もしかしてその時リオレンっていうダークエルフもいたか?」
「そういえばいたね、氷属性魔法と空間魔法使ってた奴でしょ?」
「うん。加齢臭臭い、おばちゃん」
「なら、間違いねぇ…!」
加齢臭臭いで本当にわかったのかが疑問になる響介だった。するとネロが不意に響介の手を握り
「頼むキョウスケ!アルフォンス様を助けるのにお前の力を貸してくれ!!」
「「「「…はい?」」」」
突拍子もない事を言いライミィ達は戸惑ったが響介は
「詳しく教えてくれないか?」
響介だけは違い冷静にネロに詳しい説明を求める。その理由はネロの目だ。その時のネロの赤い瞳は何処か強い決意と相応の覚悟が籠った目をしていたからだ。
「あ、ああ悪ぃ、そうだなどこから話すか…」
響介がそう諭すとネロはポツリポツリと話し始めた。
何人もの魔王がいる群雄割拠の魔族領。その中で魔導王として君臨し他の魔王は勿論魔族達に恐れられ恐怖の対象とされる吸血鬼公爵の魔王アルフォンス・ヴァレンタイン。
しかし2ヶ月程前、ラヴァナという部下とそれに従う魔族達が突如クーデターを起こし居城の占拠し魔王アルフォンスと宰相のグラットン、親衛隊の亡霊騎士団と幾人の魔族達が捕らえられ拘束されたという。アルフォンスに仕えていたネロは所要で城を出ていたからか大事無かったが城の異変を知り単身救出に向かおうとしたが命からがら逃げた魔族達に説得され撤退を余儀なくされ、散り散りになったアルフォンス配下の魔族達を集め魔王を名乗ったラヴァナ達との戦いの中、人族国家にある遺跡に強力な人造人間があると聞きつけたラヴァナの直属の部下のリオレンとウィクルが人間相手に手傷一つはおろか手も足も出ず一蹴されたという情報を聞きつけて転送魔道具を使いこの遺跡に来たという。
「成る程成る程、その情報ってセフィロトから買ったの?」
「ああ、情報なら彼処が正確だからな。だからそいつらもここに来たんだろう」
そう言ったネロは後ろに転がっている人獣族達を指差す。だがこれで人獣族達の行動の理由が分かった。どうやらこの人獣族達はその人造人間が埋まっていると思ったらしくプトレマイオス氏達の墓を荒らしていた所をステラに遭遇し締められたようだ。
ネロがウィクルの事を脳筋女と称したのが理解出来た響介は人獣族を呆れて見た。全員息はあるものの例外無く顔面が陥没しておりステラの怒り具合が一目で分かった。そんな中エリーがネロに
「でもそれ、ステラお姉ちゃん」
「えっ?」
「そうですねエリー様。私はこの遺跡となった研究所の奥のプレイスで眠っていた所をキョウスケ様達に見つけて頂き、それ以降キョウスケ様達の従者として仕えています」
「マジか、まぁステラがラヴァナに取られなかったって考えれば別にいいか」
「随分あっさりしてんだね~」
「無い物ねだりしても意味ないからな」
何処かあっさりしているネロ。まぁ相手に余計な戦力を与えることにならずに済んだからだろうなと思ってネロの話を大人しく聞いていた響介の横でライミィが核心を突くような事をネロに聞いた。
「でもネロ、なんでネロは戦ってるの?」
「なんでって?それは…」
「だって魔族って弱肉強食でしょ?なんでそんなにボロボロになってまで戦ってるの?」
確かな事を率直に尋ねるライミィ。だがライミィの言い分は最もだ。魔族は人間以上に弱肉強食の世界と聞く、勝ち馬に乗るという訳ではないが今後を考えるのであればそれが堅実と言える。
だがライミィの言葉を聞いてネロの様子が一変、うつむき拳を固く握り締め
「…なんだ」
「え?」
「アルフォンス様は俺の父さんなんだよ!ダンピールで、親から捨てられてた俺を拾って育ててくれて、アルフォンス様だけじゃねぇ!グラットンの爺さんもハリエット達亡霊騎士団のみんなも俺の家族同然なんだよ!その家族を助けるのに理由はいるってのかよ!!」
それは心の奥底から出た叫びだった。ネロの言った音を聞き、諦めまいと必死に助けようと決意を固めた目を見た響介は
「いいぞ」
二つ返事で答えた。
「え……?」
「キョウスケ?」
「お兄ちゃん?」
「キョウスケ様?」
響介の返答に4人は呆気に取られてしまう。が、響介は
「何アホ面してんだよネロ。だから協力するって言っているんだ」
「ほ、本当か?」
「あ~キョウスケならそういうと思った」
この響介の様子に何処か予想通りという表情をし笑うライミィにネロが
「そうなのか?」
「うん。キョウスケは任侠者だから」
「ニンキョウモノ?」
「理不尽やどうしようもない現実ってのに追い詰められてるヒトを助ける人の事だよ。キョウスケはそうだから」
「まぁ、今回はそれだけじゃないけどな」
「それだけじゃないってどういう事だ?」
「俺達にも事情ってのがあるんだよ。な、エリー」
「うん」
響介達の事情、それはエリーの母親探しだ。元々母親探しで魔族領に入ろうとしていただけにこの争いには遅かれ早かれ巻き込まれる可能性が高く響介達自体ラヴァナの部下のリオレンとウィクルから目を付けられていることもありネロに協力した方が魔族領でも動き易くなるだろうと結論を出した。
敵の敵は味方というのが良く分かる。
「それにな、家族の為に体張るのは何にも間違ってねえよ」
つまる所これが一番の理由だ。響介もネロの立場なら間違い無く平気で無茶をするだろうとライミィ達3人は容易に想像が出来る。それに今助けを求めるネロの手を払うなど響介は微塵も考えていない事も
「ネロ。魔族領に行くには何か案はあるか?」
「勿論だぜ!確か…」
マントをごそごそと漁るとネロは響介達に見せるように取り出したのは不思議な色の魔力が籠った石
「こいつはリタンスフィア。砕けばこいつを登録した所まで転送してくれるんだ」
「登録してるのはどこに?」
「こいつに登録されてるのは西の魔族の街『ルイナス』、俺達の隠しアジトがある街だ。地図あるか?」
響介は大陸図を取り出してネロに見せるとネロが「大体この辺」と言い指を差した。場所は人族国家から大分離れて大陸中心部から東寄りの所、雲隠れには最高のようだ。
「よし分かった。赴くのは明日でいいな?」
「ああ!ありがとなキョウスケ!みんな……!」
今にも泣き出しそうなネロを宥め、響介が「最後に」とネロに確認する。
「こいつらってどういう連中だ?」
そう言って転がっていた人獣族達を差すとネロが
「こいつらはラヴァナの部下に十闘将って奴らがいんだけどそこの奴らだ。弱い者いじめが大好きで弱みに漬け込んでいたぶるのが好きなレオエッジって獅子人獣の部下で戦士の風上にも置けねえ同類の下衆だよ」
「下衆か、なら遠慮はいらないか。ステラ」
「はい、いかがしましたか?」
ステラを呼び何か確認する響介。何するんだろうと思い見ているネロを他所に
「なら、取り掛かろう」
「了解」
「悪い、ライミィとエリーも手伝ってくれ」
「「はーい♪」」
何をするのか察したライミィとエリーは直ぐ動き困惑するネロを他所に響介達は転がしていた人獣族達を森へと運んでいった。
「おい、起きろ」
「ぶふぉ!」
野営場所から離れた森の中、響介に叩き起こされ気が付いた虎の人獣族、人獣族達は皆例外無くロープでがっちり拘束されて木に縛り付けられていて身動きが取れない状態だった。
「なっ、人間だと!?人間ごときが舐めた真似しやがってどうなるか分かったてんのがはっ!」
「誰が喋っていいと言った?」
人獣族のどてっ腹に蹴りを入れ強制的に黙らせる。底冷えするような響介の眼圧に虎の人獣族は恐怖のあまり凍り付く、そんなふうに騒ぐと他の人獣族も気が付き始める。
「お、おい!なんだこれ?!」
「おい!離しやがれ!」
「人間がぁ!我らに逆らうとどうなるか分かってんのか!」
「許さんぞ人間!八つ裂きにしてやる!」
目が覚めぎゃあぎゃあと鼻息荒く騒ぎ始めるが、みなロープを千切ろうと身をよじった時にやっと自分たちの違和感に気が付いた。
「どうなるんだ?その有り様で?」
「っ!?」
「な、なんだ!?」
「貴様ぁ、一体何をしたぁ!?」
「簡単だ。お前らの両肩と両膝の骨外した」
騒ぐ人獣族達に平然と答える響介。いくら人獣族といえど体の構造は人間とほぼ同じ、種族の性質上人間とは比べ物にならない自然治癒力を持つがただ単に骨を外した位ではそれも意味はない。それに人体と構造が同じなら肩と膝の骨を外せば四肢に力を入れるのは不可能だ。
そんな奴らに響介は問い掛ける
「てめぇら、死者が眠る墓を荒らしそれを問い詰めた女性のステラ相手によってたかって襲うたぁどういう了見だ?戦士としての矜持はねえのか?」
「はぁ?矜持だと?笑わせるな人間!この世は弱肉強食!弱い奴が肉になるだけなんだよ!」
自分達が置かれている立場を理解せず唾を吐いて笑う人獣族。それを見た響介は
「そうか、ならその言葉そっくり返してやろう!ステラ!!」
「はっ!準備は出来ております!」
ステラが持って来たのは容器に入った何かの液体。響介はその液体を木に固定していた人獣族達に浴びせる。
「ぶっ!なんだ!?」
「あ、甘え?」
「おい!なにやがった!?」
「何ってただシロップをかけただけだよ」
「シロップ追加ー!」
「ついかー」
ライミィとエリーも後に続き人獣族達に甘い匂いが漂うシロップをどんどん浴びせ、人獣族の毛並みがべとべとになるまで浴びせると
「よし、これでいいだろう」
「は?」
「みんな行こうか」
「「はーい♪」」
「かしこまりました」
クリーニングを唱えみんなを綺麗にしその場を後にする響介達に未だ疑問の表情でついていくネロ。後ろではまだ何か騒いでいたようだが無視をする。そうして立ち去ろうとした時
「ぎゃあぁぁぁぁ!?」
突如、人獣族達の悲鳴が聞こえた。
「は?え?なんだ!?」
困惑するネロ、そんなネロに
「気にすんな、始まっただけだよ」
「は、始まった?」
響介の言った事の意味が分からずネロは響介に説明を求めた。そこに
「はい」
エリーがネロに一冊の分厚い本を渡した。ネロは反射的に受けとると本を確認し
「ま、魔物図鑑マルシャン公国編?」
「そこの、49ページ」
エリーに言われるがまま図鑑を開くネロ、そこに乗っていた魔物はというと
「えっと、アーリーアント?虫の魔物?」
「うん、読んで」
「『アーリーアント。マルシャン公国では森及び森ダンジョンに生息している魔物で体長は大きいもので10センチ程度に成長する。大変獰猛な魔物で獲物を見つけると集団で獲物を襲い食い荒らす夜行性の魔物。遭遇しない方法としては倒した魔物にアーリーアントが好きなカウバの実を擂り潰した粉末及び市販されている虫寄せ剤をかけておけば襲われる事はない』ってまさか…」
図鑑を読んだネロは全てを理解したようで顔を引きつらせて響介を見た。
「あいつら言ってたろ?弱い奴は肉になるってよ。俺も家族に手を出されたら黙らねえよ?特に下衆や外道相手にはな」
そう言って不敵に笑う響介にネロは戦慄し
(やべぇ、キョウスケの奴アルフォンス様並みにおっかねぇ……!!)
この世に怒らせてはいけない人物というのがどんなものかを再認識し、とんでもない人物と出会った事を改めて実感したのだった。