86話 建国祭5 動乱のルーブル
響介、断る。
「街に魔物が侵入!住民の皆様は兵の指示に従って避難して下さい!!」
建国祭のお祝いムードから一転、阿鼻叫喚に包まれる首都ルーブルの街に響いたのは兵士の怒号と逃げ惑う住民達の悲鳴、突如として魔物の襲撃を受けたと聞いたアリシアは何でという考えが頭を過ったが駆け出したパメラに手を取られた事で現実に戻された。
「パメラさん!?何を…?」
「逃げますよアリシア様!」
信じられない言葉を聞いたアリシアは走りながらも思考が停止する。パメラの横には響介の拘束から隙を見て抜け出したレイモンドも並走して
「早く逃げるぞ!走れ!」
「レイモンドさん、パメラさん、ですが…!」
「ランベール侯爵の令嬢に言われたではありませんか!アルスから出ていけと、ならお言葉通りに出ていきましょう!既にウィル殿が馬車へ向かっています!早く!」
「いいから走れ!ここでお前に死なれちゃ困んだよ!」
アリシアは言われるがまま後ろ髪を引かれる思いが在りながらも2人促されるまま中央広場から走り去るのだった。
「行ってしまいましたねキョウスケ様」
「ああ、予想通りだ」
「話しに聞いてた聖女勇者があんな体たらくなら勇者も知れたもんだね~」
「てきぜんとーぼー」
魔物と聞いて一目散に逃げる聖女一行を見て呆れる響介達、その表情には焦りや怒りは無くまるで最初から当てにしていた様子もないようだ。
「まっ、良いネタ提供にはなったろ」
「そうですね」
ステラが視線を避難する住民達に向けるとその中で逆方向に走っていたウェイターの格好をしピンと白い耳を立て白狼の青年がサムズアップをして口を動かす。ステラは口の動きを読み
「『ネタ提供ありがとうございます。連中の後を追います』だ、そうです」
「OKだ。俺達も始めるぞ」
「了解」
響介が構えを取りステラは懐中時計から2本のブロードソードを出して中央広場にいきなり沸いたように現れた魔物に向かい交戦し始める。響介達が魔物をぶちのめしてる横ではライミィが逃げずにいたメアリーと錬金魔法と氷魔法でバリケードを作るエリー交えて弓矢を射りながら話しをしており
「メアリーさん、そっちの首尾は?」
「問題ありませんわ、皆様何時でも動けるように配置済みです」
「フロストタワー」
うふふと笑うメアリーの横では魔法で大きな氷塊を作り魔物の進行を妨害するエリーと障害物の隙間から隠れ射るライミィ、すると突如空に赤く光る玉が上がった。
「お姉ちゃん、あれ」
「赤い信号弾、制圧完了だね、あっちは」
「あちらは住宅地区に紛れていたヘンリー副団長達の第2騎士団ですわね、流石の手際の良さですわ。ところでエリーさん」
「なぁに?」
「この氷塊って投げても大丈夫ですか?」
「魔物はこいつで最後だ!信号弾を挙げろ!住民の避難を誘導しつつ生き残りがいたら必ず息の根ぇ止めろ!!」
「はっ!」
ところ代わりここはルーブルの住宅地区、阿鼻叫喚に包まれたルーブル、いきなり魔物が沸いて現れた事で街は大パニックになった。しかし
「全地区で確認されてる魔物はここいらの近くにある初級ダンジョンの魔物、この間に比べると楽っすね」
「んなこと言ってる暇あるなら鼻動かして魔物探せ!一匹でも残ってると民間人の脅威なのは分かってんだろうな!!」
「は、はっ!前言撤回!失礼しました!」
「なら最初から言うな!」
油断している部下の騎士達に檄を飛ばす第2騎士団副団長を務める狼族の獣人ヘンリー・ガライル。彼がこの場に引き連れている獣人族の部下は皆普段装備している重厚な鎧ではなく胸当てと剣を持つ逆手に必要以上に重厚な籠手のようなアームガードと街中での機動力を重視した軽装は獣人族の機動力を生かすのに最適な装備だ。そして
「あの魔物共、本当に隠蔽魔法で姿消してやがったな、姿形は消せても狼人の鼻は誤魔化せねえよ」
いきなり沸いたように現れた魔物の正体、それは隠蔽魔法の光学迷彩で姿を隠していたのである。しかし姿形は誤魔化せてもレイドモンスター、ダンジョン産の魔物独特の魔力を含んだ匂いまでは誤魔化すことが出来ず、それと相まってダークエルフ以上に嗅覚が優れている狼人族相手に騙し通す事が出来なかった。
「に、してもだ。あのキョウスケって兄ちゃんは末恐ろしい奴だな。腕っぷしもだが頭の回転やキレがやべぇ、そこに来て種族の境ってやつも感じねぇ。ひょっとしたらギルの旦那みてぇに大物になるな」
昔から自分を差別しなかった親友ライアンもそうだったがああいう人間はどんな形であれ大成する。勿論全員が全員そうではないが評議会議長のトライユ卿と同じ匂いがする響介につい笑ってしまったヘンリー。そんなヘンリーに
「副団長!あれを!」
駆け寄ってきた部下が空を指差すと撃ち上がっていたのは赤色の信号弾、どこから上がったのか見てみると
「…中央広場か、そういやさっきからすっげえスピードで街の外まで飛んでった氷塊が止んだなと思ったら」
「中央広場って確か…」
「あの兄ちゃん達とメアリー嬢だ、もう終わったのかよ。ライアン達や冒険者組はまだまだ掛かりそうなら避難場所はこっちか、よし!」
パンっと大きく手を打ちヘンリーは大声で号令を掛ける。
「いいか!これより中央広場、商業区、行政区から避難する住民達がこぞって来るぞ!魔物共が紛れ込んでくる可能性もある!改めて気合いを入れろ!!」
「「「はっ!!」」」
またところ変わりここは商業区、ここでは冒険者を中心とし衛兵と混成した部隊と化した一団が魔物と戦い逃げる住民達を誘導していた。そこには
「リノさん!信号弾上がりました!中央広場です!」
冒険者達を率いている青い毛並みをした狼人の女性に報告する猫人の青年。報告を聞いた女性は
「1発目はヘンリー副団長達の所だったね。ディーン避難場所は住宅区だよ!動ける衛兵の奴ら使って誘導しな!」
「分かりやした!」
「ケリー!そっちはどうだい!」
「粗方片付けました!ただ負傷者が多い為残りは私達で掃討します!」
「あいよ!片がついたら信号弾上げなよ!動ける奴は負傷者に手ぇ借してやんな!」
次々と送られる報告にテキパキと捌くように指示を出すのは第2都市オルセーの冒険者ギルドマスターのリノリノだ。彼女が指示を出していると背後から一人の年配の男性が近づいてきた。見たところどうやら人間のようで
「すまないなリノリノ。本来なら俺がやるとこを」
「気にすんじゃないよマグリアスのじいさん」
まるで談笑しているかのように話していると戻ってきたディーンがその人間の男性を見ると目を見開き驚く
「ま、マスターマグリアス!?いつこちらに?」
「今さっきだ。リノリノがちゃんとやってるか見に来た」
「ならギルマス代行も終わりさね、陣頭指揮代わってくれると有り難いんだけど?一応じいさんの代役はやっといたからさ」
「いや、このままリノリノが最後までやれ。俺は避難する民間人にくっついていくからよ」
それだけ言うとマグリアスと呼ばれた壮年の男性は避難する民間人達に自然に紛れ殿に付くように住宅区へと向かっていった。それを見たリノリノは少し困ったように肩を竦める。
「やれやれ、相変わらず自由だねルーブルのギルマスは。まっあたしとしちゃぁキョウスケに借りがあるからいいけど」
「それにしても彼すごいですね。よくもこんな短期間でランベール侯爵達とのパイプを」
「あいつらはメアリーの嬢ちゃん助けてるからねぇ、それにランベール侯爵なら気に入ると思ったよ。あたしの勘だけど」
「なら当たりますね」
ディーンがそんな軽口を叩いていると甲高い音を立てて赤い玉が上がる。どうやら魔物達を片付けたケリーが信号弾を上げたようだ。気付いたリノリノが何か呟くと周りに魔方陣のようなものが浮かび上がる。
「よし!お前ら早急に撤退だ!殿は任せとくれ!」
「兄上、信号弾を上げられていないのは私達の所だけですよ」
劇場通りに隣接する行政区で魔物を薙ぎ払っている人物に話しかけているのはアルス共和国魔導師団団長のリアムだ。彼の後ろには多くの魔物が消し炭になっていることから魔法で片付けたようで退屈そうに返答を待っている。
「分かっている!」
魔物を斬りながら手短に返事をしたのはアルス騎士団第2騎士団団長のライアンだ。本来なら彼は自身の部隊を指揮するはずだが
「まあ仕方ありませんよね、第1騎士団は大半が休暇とってますし、そもそも肝心の第1騎士団団長のマクラーレン殿は新婚旅行で今クオーコですし、兄上さっさと結婚しなさいよ」
「仕方ないだろうが色々と!!」
怒鳴りながらも魔物を斬り捨てるライアン。実はリアムの言葉通り今現在のアルス騎士団は建国祭ということもあり大半の騎士が休暇となっており普段ルーブルに滞在している第1、第3騎士団は全体の半分以下の人員しかおらず、ライアン自身の部下と残っていた騎士を召集し部隊を臨時編成して魔物達と戦っている。
「にしても、臨時編成と聞いてましたが兄上の部下がほとんどですね。こんなお祝い時に勤務ご苦労様です」
「お前の魔導師団もいるだろう!そもそも俺とお前は建国祭中来賓の警護だろうが!」
「兄上がマクラーレン殿とクラウス殿とくじ引きで負けただけですけどね。私の部下含め兄上の道連れじゃないですか」
呆れたようにぼやいたリアムの言う通りで建国祭中のルーブル警護を決めるのにどこをトチ狂ったのかこのライアン含む3団長がくじ引きで決めた結果なのである。彼らの部下達にとっては何時もの事だがこんなお祝い時までくじ引きで決めるのはいい迷惑でしかない、
リアムに関してはとばっちりだった。
それもそのはず第2騎士団団長、即ちロイジュ家の長男が警護に就くのにその弟の魔導師団団長が共にしない訳にはいかない、そのリアムも道連れに末端騎士魔導師の弟妹達全員巻き込みロイジュ家の人間がこぞって休みを返上する羽目になる事態に
「もう決まった事をとやかく言うな!それにな」
「はい?」
「キョウスケ殿達に頼まれたら無下には出来ん。部下達も息巻いていたからな」
「ああ、そういえば第2騎士団はピアニスト殿達に恩がありましたね」
「今では一部の部下がキョウスケ殿を崇め始める程だぞ」
「まあ、サイクロプスを蹴り飛ばすだけならまだしも、切断された腕や足を綺麗に治して貰ったなら気持ちは分からんでもないですね、っと兄上!」
ライアンの背後から飛びかかるように現れた魔物を見てとっさに声を上げるリアム、しかしライアンは反射的にかわし剣を横薙ぎに振り斬り捨てた。
「この程度、世話無い」
「相変わらずの反応速度で」
軽々やってのける兄につい笑ってしまうリアム。するとそんな2人に騎士が駆けつけるとライアンの前で
「申し上げます!行政区、劇場区共に制圧完了致しました!」
「おおっ、それなら兄上、私が撃ち上げても?」
「やりたいんだろうが」
信号弾を撃ち上げる銃のような魔道具を手に持ち子供のようにウズウズしている弟を見て呆れるライアン。この魔道具は普段騎士団が使用している信号銃という周りの仲間に合図を送るもので魔導師団には馴染みがなくリアムは実際に撃ったことがないからか撃ちたそうにしていた。それを見たライアンはそんなリアムに呆れたが気を取り直し咳払いを一つすると
「リアム!勝鬨を上げろ!!」
「くそくそくそくそぉ!ふざけんなぁぁぁ!!?」
魔物騒ぎで人がいなくなった街の端にある馬車の停留所の近くの誰もいない小屋で隠れるように水晶玉を見て叫ぶ男、その格好は浮浪者のようにボロボロのローブを頭のてっぺんまで雑に羽織り表情は伺えないが目は血走り、髪を掻き毟り、歯をギチギチと鳴らして怨めしく水晶玉を凝視する。
「なんでだよ!なんでもう全滅してるんだよ!?おかしいだろうがぁ!!?」
その男は理解出来ず叫ばずにはいられなかった。いくら魔物が初級冒険者が相手をするようなゴブリンやボルガを始めとした魔物と言っても数は揃えていた。それに加え光学迷彩を使っての完璧な奇襲だったのにも関わらず対した被害もなくほぼ壊滅状態にされたからだ。お陰でもう手駒はない、正確には高を括って準備していない
(くそくそくそっ!駄目だ、もっと強い魔物が必要だ!でもここいらにはいないしどうすれば……!)
そんな時だった。
「こっちじゃ!急げい!」
人がいない筈の停留所から声が聞こえた。訝しげに小屋から覗くと老人が馬車を出しているのを見た男は
(あれはオウレオールの国章!なら…)
オウレオールの国章を付けた馬車を見るなり小屋から走り出ると丁度女の乗せようとしていた馬車の前に飛び出す。
「っと!なんだよあぶねえだろうが!!」
「おいどうした!」
「いきなりあの浮浪者が飛び出して来まして…」
女と馬車に乗り込んだ男が御者に何があったと確認を取ると御者はその浮浪者を指差す。すると
「聞け!オウレオールの民草!俺の名はロン・ハーパー!トリウス教の勇者だ!」
「ロン・ハーパーじゃと!?」
「そうだ!誉れ高き勇者様だ!今すぐ俺も」
その時だった。何か喚いているロンの後ろからヒュン!と微かな風切り音が聞こえた次の瞬間
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!?!?」
背中にドスドスドスッ!と音を立ててロン・ハーパーの背中に何かが突き刺さる音と激痛に喘ぐ悲鳴が上がる。
「一体、なにが…?」
馬車に乗っていた女性、アリシア・クラインが馬車から身を乗り出して外を確認した。
アリシアが見たのは痛みのあまり堪らず「痛い痛い」と転がり騒ぐみすぼらしい格好のトリウス教の勇者ロン・ハーパーと
「ようやく見つけたぜ」
鋭利な棒のような武器を器用に回しながら目が笑ってない笑顔のピアニストとその一行だった。