85話 建国祭4 交渉されるピアニスト
4人、大道芸を披露する。
「…は?」
中央広場のどこかから乾いた声が洩れた。まるで噴水前だけ水を打ったかのようにしーんと静まりかえり側の噴水や周りの喧騒が遠くに聞こえる様子だ。響介達も一緒にいたメアリーやメイド達や大道芸人達、観衆も呆気にとられていたが
「「はあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」」
状況を理解したレイモンドとパメラの大声が中央広場で響いた。側にいたアリシアはまだウィルが言った言葉の意味が理解出来ないようで戸惑っているようでおろおろしている。
「お、おいウィル爺さん!」
「ウィ、ウィル殿!どういうことですか!?どうして!?」
「うるさいぞ戯け、まだ話の途中じゃ。すまんなピアニスト殿改めて述べる『貴殿をオウレオール王室直属の剣客として迎えさせて貰いたい。見返りとして爵位、領地を始めとした貴殿に望むものを報酬として与えよう、良い返事を期待している』以上じゃ」
「な、マジかよ…、ウィル爺さんそれ見せてくれ!」
ウィルが読み上げた書状を強引に取り上げ記された言葉を確認するレイモンドとパメラ。一語一句確認し書状を読み終える頃にはレイモンドは呆気にとられておりパメラに至ってはワナワナと肩を震わせている。それを見ながら響介は何処か合点がいったような表情をしたのでライミィが響介に確認する。
「ねぇキョウスケ、どういうこと?」
「どうやらオウレオールの王様は俺に勇者共の取り締まりをやれって事を言っているようだ」
響介の言葉を聞いたアリシアはオウレオール国王の書状の意味をようやく理解したようだ。しかしそんなアリシアの様子は響介達には関係無く
「取り締まり?」
「そうだよエリー、要は勇者が何かしたら捕まえてシバけって事だ」
「ですが、それは教会から狙われるということでは?」
「教会相手だからこそ欲しいんだろうな。まぁ結局体の良い使い捨ての鉄砲玉なのは変わりねぇけど」
「はぁ!?ふざけんじゃないわよ!キョウスケをなんだと思ってるわけ!?」
響介の考察を聞いて意味を理解したライミィが怒りを露にし怒りの余り勢い余って今にもアリシア達に詰め寄らん状態になると響介とステラが体を張って間に入りエリーは「どうどう」と落ち着かせようと頑張っている。そのライミィの怒りの表情を見たアリシアは萎縮してしまいその場から動けないで更におろおろしてしまい
「あ、あの」
「あ゛?」
「ひっ…」
何か言葉を発しようとしたアリシアだったが激おこ状態のライミィと目が合い思わず竦み上がる。他人の純粋な怒りの感情をぶつけられた事の無いアリシアはただただ怯えるしかなかったようだ。
「ライミィ落ち着こう。な?」
「でもキョウスケ…!」
「ライミィの言いたい事も気持ちも分かる。ありがとうな」
「キョウスケ…、うん分かった」
何とかライミィを落ち着かせる事に成功した響介は改めてアリシア達に向き直ると頭を下げて謝罪を入れる
「お見苦しい所を見せて申し訳ありません」
「気にするでない、お主達の捉え方も十分理解出来る。そもそも先に見苦しい所を見せたのはこちら側じゃすまんの」
「ありがとうございます」
謝罪しあう形になった響介とウィル。お互い様だということで取り敢えずこの件は置いとくことにして本題に入ろうとするウィル
「に、してピアニスト殿」
「あー、自己紹介してませんでしたね。申し訳ありません自分はキョウスケ・コウガミと言います。連れはこちらが婚約者のライミィ・コウガミ、こちらのエルフの娘がエリー・コウガミ・リイニッジ、こっちが従者のステラ・コウガミ・プトレマイオスです」
「これはこちらも失礼を、わしらは神聖王国オウレオールの五神パスク神に仕える勇者パーティー『タプヒューレ』この老いぼれはウィルと申します。本来ならこちらの勇者にして聖女アリシア・クライン嬢が貴殿らに聞くのが筋ですが代わりにわしめが務めさせて頂く事をご了承を」
ここでこほんと咳払いするとウィルは改めて響介に
「に、してキョウスケ殿、我が国王の返事はいかほどに「あー、断ります」な、ぁ?」
「だから断ります」
再度水を打ったかのように静まりかえるアリシア一行。特にウィルはよもや即答で断られるとは思っておらず呆然としてしまう。そんなウィルの代わりに
「あの、どうしてでしょうか?オウレオール国王からの依頼はオウレオールの民のみならずそれを享受する」
「まあ、理由は大きく3つ程ありまして」
「3つ、ですか?」
アリシアが尋ね話の途中に遮るように言った響介の返答に首を傾げた。アリシアからすれば国王直々とも言えるこの依頼は名誉あることであることは明白だ。しかしそこは蝶よあれよと育てられた箱入り娘のアリシア、それが自分視点の、オウレオールの貴族視線の見方であることは言うに及ばす
「まず1つ、俺達は今後の依頼、あー予定と言ったほうがあってるか。既に決まっていましてそれがいつ終わるか分からない事」
「今後の予定、ですか?」
「エリーの母親探しです」
「そ、そんなエルフの子供の都合が国王より優先されると…!?」
「おい、てめぇ言葉に気を付けろ」
「「「「!?」」」」
穏やかに答えていた響介の声色が突然ドスの効いたものに変わり眼光が鋭くなった。その眼光には殺気も混ざっており響介の豹変っぷりにアリシアのみならずアリシアのお供3人も肩を震わせる。終始穏やかで話がしやすい印象があっただけに衝撃もあっただろう。すると
「おい、後ろにいる神官さん。言いたい事あるならはっきり言えや『聖女様に向かってなんて口を』ってはっきり聞こえてるぞ」
「えっ…!?」
アリシアの後ろにいたパメラが呆気に取られ、一言で言えば間抜けな表情をしていた
「俺は耳が良くてな。ボソッと言ったって一語一句聞こえてるからはっきり言いな。そもそもさっきからあんた誰だ?」
「わ、私はアリシア様に仕えるパスク教会の神官パメラ・ホークです!」
「自己紹介どうも。ならパメラ神官の口をテープで塞いどいて下さい時間の無駄だ。話が逸れましたね2つ目、よそ様の身内騒動に巻き込まれたくないから。今そちらさんで起きている事は本来そこに住んでいる連中で解決しなきゃならないことだ。きっかけは俺だったかも知れないが今にまで尾を引いてるって事は以前から不満や鬱憤が溜まってるって事になりますからそれを上手く対処出来なかったあんたらが悪い」
「ぬぅ…」
ウィルが言葉に出来なくなり唸ってしまう。それもそのはず響介がニューポートに行く以前から住民達と教会には溝が出来ておりアリシア・クラインとロン・ハーパーを除いた勇者3人が何とか間に入り仲裁役をしていた。しかしロン・ハーパーの騒動でトリウス教の勇者だったクオリア・シュタインバークとナンシー・ディクルが離脱、一番模範的だったパスク教会の勇者エリック・ワイアットも教会本部の召集と実質の仲裁役がいなくなった事で溝が著しく深くなってしまったのだ。本来なら国王の密命でニューポートに残ったアリシアがやらねばならなかったが当のアリシアがどう動けば良いのか分からず結果事態を静観し、そんな中パメラがよりによって『勇者の強権』を行使したことで暴動寸前まで険悪になる事態になってしまっている。アリシア以外が黙り込んだ中響介が続ける。
「3つ目、そんな敵だらけの所で住みたくない」
「えっ…?」
「少し考えれば分かるでしょう皆さん。いくら王家の庇護の元だとしても相手は教会、手段を選ばない可能性があります。しかも最悪その王家からトカゲの尻尾切りをされたらあっという間に周りは敵だらけ、自分からすればその王家が信用足る人間なのかの判断材料が無い。信用出来ない人間の側にはいたくないのは当然かと思いますが」
この言葉にライミィ達やメアリー、周りで行く末を見ていた観衆達がみなうんうんと頷いた。当たり前だ、どこからどう見ても敵だらけの状況なのは一目瞭然である。それでも「ですが」異論を唱えようとしたアリシアに響介は
「少なくとも聖女様、後ろのお供さん2人は俺に敵意があるようなのでこの時点で無理かと」
「えっ…?」
アリシアはおそるおそる振り返りレイモンドとパメラを見るとレイモンドはばつが悪そうに顔を反らし、パメラはアリシアに視線を合わせないように顔を伏せる。困惑するアリシアに
「聖女様は『目は口ほどに物を言う』という言葉をご存知ですか?例え口や態度で出てなくても目を見れば分かるという意味です。目はヒトのなかでも一番感情が出ますからね、敵意を持ってるかなんてのは見れば分かんだよ」
『ヒトの善し悪しは目を見れば分かる』
祖父からの教えの1つだ。自分と同じ位の歳から任侠の道に飛び込み渡世を渡り歩いた祖父、鴻上孝蔵はその道では千軍万馬の強者。全うな任侠家でもあるが、若い頃は武闘派として今でも有名な祖父は海千山千の猛者達を相手にし若くして組長に成り上がった漢。
なかでもその祖父は人を見る目がずば抜けて優れており、その目の良さも孫の響介にしっかりと受け継がれているのだ。特に『青い瞳の悪魔』と異名をとって喧嘩しまくっていた中学時代は目の良さを鍛えられた結果となり目を見るだけで敵意や殺意、誠意など感情を読み取れるようになっていた響介は目の前のアリシアを見て純粋ではあるものの自分の思い通りに動くと勘違いしていて自分が正しいと信じて疑わない目をしているのを感じ取った。そんな人間とは関わりたくない響介はくるんと回れ右をし
「まっ、そう言う事で今回はご縁がなかったって事で諦めてくれ。行こうかみんな」
「「はーい♪」」
「かしこまりました」
響介がそう言うとライミィ達が答えて響介に付いていこうとすると
「てめぇ、好き勝手言いやがって!」
「レイモンド!?止めんか!」
ずっとパメラを抑えていたレイモンドが響介に殴り掛かろうと突っ込んで来たのだ。慌てて止めに入ろうとするウィルとアリシアだったが時既に遅し、一瞬で響介と距離を詰め殴ろうと拳を振り下ろすレイモンド。
「よっと」
響介に対して振り下ろされたレイモンドの拳は空を切ると避ける次いでに響介はレイモンドの腕を掴み勢いを利用してそのまま一本背負いの要領でレイモンドをぶん投げる。石畳に投げつけると腕を離さずに素早くうつ伏せにし腕をハンマーロックの要領で捻り上げ固定する。
ここまで所要した時間約2秒、余りの早業に歓声が上がる。
「痛てててて!くそがっ!離しやがれ!」
「あんまり動かない事をオススメするぞー、下手に動いたら腕折れるぞー、ってか折るぞー」
「その状態のまま固着掛けるぞー」
「お兄ちゃんが、骨折った瞬間、掛けるぞー」
笑いながらレイモンドを捩じ伏せている響介に合わせて煽るライミィとエリー、観衆は「やれやれー!」だのとやんや騒ぎ立てる中で
(なんじゃと…?レイモンドはああじゃがあやつは拳聖、実力は本物、それをああまで手玉にとるとはこのピアニストは本当に何者なんじゃ……!?)
レイモンドは多少短気な男だが格闘ジョブの中でも拳聖まで登り詰めた実力者、そのレイモンドをまるで赤子の手を捻るかのように意図も容易くいなす響介の力量を推し測る事が出来なく困惑するウィル。レイモンドは確かに拳聖で実力もあるがただ単に喧嘩を売る相手が悪すぎただけ、拳聖より上の『拳王』よりも更に上『求道者』であり、レベルでもダブルスコアはおろかトリプルスコア以上離れている響介に殴り掛かろうした時点で勝負は目に見えていたのだ。極めつけは
「メアリーさん、どうしましょうか?」
「ならキョウスケさん、私におまかせください」
響介に振られると明るいブロンドの髪を優雅に靡かせてアリシア達近付くとそれを見たアリシアは
「あの、貴女は?」
「はじめましてオウレオールの聖女一行、クライン伯爵のご令嬢様。私はメアリー・シャルム・ランベールと申します」
「ランベールじゃと?もしや…!」
「はい、ご想像の通りアルス共和国国立評議会副議長アルド・グレノルド・ランベール侯爵の娘でございますわ」
「……っ!?」
この瞬間ウィルは全てを察しアリシアとパメラは唖然とする。
(少し考えれば分かる事じゃった…!そもそもピアニストは誰から依頼を受けて建国祭で弾いたのか、そしてランベール侯爵との繋がりはどこから出来たのか…!)
ニューポートは人が行き交う商業都市、マルシャンでの奴隷商人の事件は当然ながら街に入り、その被害者に貴族令嬢のランベール侯爵の娘がいれば話題にもなる。助けた人物こそ明らかになっていなかったがそれが目の前の響介が助けたのなら響介達と親しくしている今の状況に合点がついてしまう。衝撃を受けたアリシア一行に対し穏やかに
「このままこのアルスから立ち去るのであれば聖女様のお連れ様の狼藉は見なかった事に致しますわ」
「え……?」
「ふ、ふざけんな!?喧嘩売ってきたのはこいつじゃねえか!!?」
「喧嘩を売ってきた?キョウスケさんはただそちらの誘いをお断りをしその理由の述べただけですわ、それを気に入らなく貴方がキョウスケさんに暴行を働こうとしてキョウスケさんに制圧された。これはどういうことかお分かりですね?」
「な、何ですか?そのレイモンドも聖女様のお供ですよ!?その庇護を受ける者に」
「オウレオールでは分かりませんがアルスではこの方がやったのは立派な『暴行』になりキョウスケさんはそれに対して『正当防衛』したとなります。意味はもうお分かりですね?」
「え…」
困惑する聖女一行にメアリーは終始穏やかだが怖さを含んだ笑顔でとても穏やかな口調ではっきりと言う
「騎士団に捕まってブタ箱に入りたくなかった尻尾巻いて帰りなさいと言っているのです」
「「「「!?」」」」
暫しの沈黙が走るアリシア達4人。響介の勧誘を失敗し挙げ句の果てにアルスで捕まったとなるとオウレオール国王の顔に泥を塗りかねない。諦めたアリシアが口を開こうとしたその時だった。
ゴォーン!ゴォーン!ゴォーン!
突如ルーブルの街にある時計台から街中に響きわたる鐘の音、街中の喧騒が聞こえなくなったと思ったら遠くから悲鳴が聞こえ衛兵達の1人がメガホンのような魔道具を使って声を挙げた。
「街に魔物が侵入!住民の皆様は兵の指示に従って直ちに避難して下さい!!」