82話 建国祭1 本領を発揮したピアニスト
ライミィ、閃きでおじゃマムシを排除する。
ついにこの日が来た。
正式名称アルス共和国建国記念10年祭
10年前、かの有名な『ルーブル革命』から10年過ぎ旧政権を打ち破り新しいアルスをとアルスで生きる民達がより良い国をと立ち上がったことから10年が経った今、更なる発展を願うと共に旧政権で犠牲になった者達を送る祭りだ。
この祭りは首都ルーブルでオープニングセレモニーとトライユ公爵、ギルバート・アロン・トライユ共和国国立評議会議長による開会宣言を皮切りに1週間続く。そんな中
「頼んだよ。キョウスケ君」
ルーブルのにあるランベール卿の別宅でオープニングセレモニーのピアノ演奏の為タキシードを着て身嗜みを整える響介に声をかけるランベール卿。ランベール卿は何処か緊張している響介を見て
「ふふ、キョウスケ君でも緊張しているようだね」
「勘弁してくださいランベール卿。こう見えて自分はまだ17の若造ですよ」
緊張しない訳がない。元の世界でやっていた買った喧嘩を単身で乗り込み相手をフルボッコにしていたのとは訳が違うのだ。しかし響介が何処か楽しそうにランベール卿は見え
「いや失礼、君を見てるとどうもメアリーより年下だと思えなくてね。年の割りに不思議なくらい落ち着いているのを見ていると尚更ね」
「はは、年の割りにってのは良く言われます」
祖父の英才教育による賜物かそれとも日本人とイギリス人ハーフ故の外見か何事も達観していて精神的に大人びて見える為かは定かではないが実年齢より年上に間違われる事が多かった。
「確かに周りに何言われても自分自身対して気にしてないってのもありましたが」
「ふふ、そうだろうね。君を見てるとどうもギルを見てるようなんだよ」
「ギルとは、トライユ公爵の事ですか?」
「ああ、君は若い頃のギルに似ている。自分以外の人間の為に行動をする所や懐の深い所がね」
何処か懐かしそうに話すランベール卿。その様子を見ていた響介は
「付き合いは長いんですね」
「30年来の友人であり同志だからな。今でもルーブルに来たらシモンと3人で酒を交わす仲だ」
「友人、ですか」
友人と聞いて響介は思わず祖父が思い付いた。
祖父の周りにはいつも人がいた。確かに任侠一家の頭というのは勿論あったがそれを引いても友人は沢山いた。地元の友人は勿論業種様々にいてはては警察のお偉いさんや大企業の会長、国会議員なんてのもいた。
実家の任侠一家は汚い行いをしない昔ながらの堅気を守りそれを脅かす外道と戦う本来の任侠の有るべき姿を守る昔気質の実家で、そんな任侠の士であり日本有数の大地主にして大株主の祖父にはいろんな人が集まっていた。
…自分とは大違いだと内心自分に自嘲した響介。
実家の事、任侠一家の跡継ぎと知れば誰も近寄らず恐がられまともに友達も出来なかったなと今までを振り返る。響介自身気にしてないというのもあったがこう楽しそうに話すランベール卿を見てると少し羨ましく感じてしまった。そんな響介を見て察したのかランベール卿は
「キョウスケ君。君はこれからだ、君には力がある。君が信じる信念に元付き進めば自ずと得られるよ」
「力、ですか?」
「ああ、そうだ」
力強く頷ずくランベール卿、その言葉には今までとは違う重さを感じた。すると
「御館様。此方にいらっしゃいましたか」
「ニコラスか、どうした?」
ランベール卿の側付き執事であるニコラスが部屋に入って来た。どうやらランベール卿を探していたらしい
「御館様。ご準備を」
「もうそんな時間か、分かった。ではキョウスケ君。セレモニー、楽しみにしているよ」
ニコラスに促され部屋を出ていくランベール卿を見送り響介はランベール卿に言われた『力』の意味をふと考えていた。
部屋を出たランベール卿と執事ニコラスは馬車へ向かう途中でのことでニコラスは気になっていた事を尋ねた。
「キョウスケ殿と、何をお話に?」
「なに、少し世間話とアドバイスさ」
「ふふ、御館様のアドバイスは当たりますからね」
少し意地悪く笑う執事はこのランベール卿の『アドバイス』の意味を理解していた。
「御館様の『先見の予知』で一体、彼の『何が』視えたのですか?」
先見の予知
これはランベール卿が、いやランベール家に由緒代々受け継がれている固有アビリティで要約すると一種の未来予知能力だ。ランベール家の当主になった者のみに発現する能力は人は勿論、時には国の行く末まで視る事か出来る強力なもの
「彼の事か」
実はランベール卿がキョウスケ達を招いたのはこのアビリティでキョウスケの事を視てみたいという興味本位からだった。勿論娘のお礼もあるが罪無き者を何の見返りもなしに助け、ドラゴンを蹴り殺し、忌子と言われているダークエルフをも保護し守る人間に興味を持った。ランベール卿は少し感慨深い様に
「視えなかったな」
「なんですって…?」
ニコラスは驚いた。ランベール家の先見の予知は『預言』と言っても差し支えないレベルでありかなりの精度を誇りどんな人物の未来でも視えてしまう、しかしそれが視えないと言う事を信じられなかった
「明確な物は視えなかったよ。ただ言えるのは彼は近いうちに『大きな選択』を迫られる。その選択次第でこの大陸、いや世界すらも変える選択へとなる事は想像に難くないな」
「なんと…」
呆気に取られるニコラスだったが、それとは対象的にランベール卿は楽しそうに顔を綻ばせる。
「実に楽しみだキョウスケ君。君は私が視えた未来をギルのように変える力がある。いや、君はそれ以上の事をするんではないかと思うと楽しみでならないんだ」
「ライミィさん、エリーさん、ステラさん。此方がセレモニー会場のリベラル劇場ですわ」
メアリーとそのメイド達に案内されたライミィ達はルーブル郊外にあるセレモニー会場、リベラル劇場に到着していた。ライミィ達は初めて見た大きく豪華で上品な劇場を見上げ
「綺麗」
「うん、そだねエリー。綺麗でおっきな劇場だね」
「見るからにまだ建てられてから5年と経ってないようですね」
「分かるのステラ?」
「はい、全体がまだ綺麗ですが壁の風化が所々にあるのと少々の色に僅かですがヤレが確認出来ます。それを踏まえると建国祭に合わせて造られた訳ではなさそうですね」
ステラが持ち前の視力で劇場を観察しているとメアリーから補足説明が
「リベラル劇場は共和国建国後に設立された国営の劇場ですわ。施工が始まったのが7年前、劇場が出来て一般公開されたのが3年前になりますからステラさんの察しの通りですね」
「成る程~、ありがとうメアリーさん。ステラも流石だね」
「お褒めの言葉ありがとうございます。ライミィ様。ですが皆様一つよろしいでしょうか?」
「どうしたの?ステラお姉ちゃん?」
「なんだか私達、やっぱり見られてませんか?」
響介不在の間メアリー達含むライミィ達の護衛を響介から任されているステラ。一行がリベラル劇場に向かいながらも時々視線を感じてはステラは周りの警戒を強めている。
「アルス共和国No.2の貴族ランベール家の令嬢がいればみんな一目見ようとするってステラ。ああごめんねメアリーさん嫌味とかなくて」
「ええ、分かってますよライミィさん。ライミィさんははっきり言ってくれますから心配してませんわ」
あははうふふと笑うライミィとメアリー。そばではメアリーの側付きメイド達が
「むしろ私達が注目を浴びてるような…」
「それはそうでしょアン、メアリー様もですがライミィ様とエリー様もお美しいのですから」
「へんな虫を付ける訳にはいかないわよ」
「虫?虫さん、いるの?」
「あ、ちがいますわエリー様。へんな男を追い払おうと言う意味ですよ」
事分かりやすいようにエリーに説明するメイド達、ちなみにメイドのアンが言った事は正しい。アルス共和国の評議会副議長の娘メアリーが特定の男性も側におらず友人と自分達のメイド達だけという状況は実に目立つのだ。いろんな貴族がメアリーとお近づきに(主に下心で)なりたい者が多く他の貴族の子息が声をかけてくるものだが今回ばかりはそれがなかった。
「も~、アンさん達もそんなに心配しなくてもいいよ~、ステラだけじゃなくて私達がぶっちゃけみんなの護衛みたいなもんだからさ~」
その理由はライミィ達だった。呑気に笑いながらも
「4時方向、近付いてくる男分かる~?」
「駄目、あいつ、臭い」
「あの金髪ですね、睨んで威嚇しときます」
何時も響介と旅をしている感覚で警戒しており得意の熱探知、匂い判定、目視確認と要領良く流れ作業の如く行い近付く下心しかないダボ共を近寄らせない。ライミィもエリーも綺麗に着飾ってもらった分周囲警戒は怠らない。特に美形なステラがする響介直伝の殺意満点の睨みはかなり怖いらしく現に近付いた貴族のボンボン野郎はステラの一睨みにビビり退散した。ちなみにここに響介がいたらもっとヤバいのをライミィは知ってる。
「ステラもまだまだだね、キョウスケなら睨んだだけで相手ビビって漏らしてるよ」
「お姉ちゃんも、人の事、言えない」
「むしろライミィ様の方が凄い気がします」
「「「「結論、カップルでやべえわ」」」」
こんな風に注目を集めながらも楽しい雰囲気で劇場へと入り席へと向かう。
「ここ?一番前だ」
ライミィ達がメアリーに案内された席は舞台正面の最前列の席だった。今回の建国祭にあたりこの区画、劇場のS席は公爵家、侯爵家の関係者席となっており今回ライミィ達はランベール家の関係者として舞台の一番前の席に通された。ちなみにメアリーのメイド達は別席が用意されそちらに行ってしまいステラもメイド達についていったのでメアリーが代わりな説明する。
「はい、この席は公爵家と8侯爵家関係者のみの席になります。特にライミィさんはキョウスケさんの婚約者と言うことでお2人にはこの席を用意致しましたわ」
「ありがとうございます。でもメアリーさん良かったの?弟さんと妹さん来てないみたいだけど…」
ライミィが気にしたのはメアリーの異母姉弟に当たる他のランベール卿の子供の事だ。もしも自分達がいたせいでと考えてしまい確認すると
「大丈夫ですわ。お継母様含めあちらに座ってますから」
そう言ってメアリーは上のバルコニー席を指差した。そこにはランベール卿と継母のキャリス夫人と幼い2人の子供、周りには他の侯爵家の当主達は勿論ロイジュ侯爵もおり息子で綺麗な鎧を装備したライアンと此方も綺麗なローブを纏ったリアムの2人も確認出来たライミィとエリー。
「あっ、ライアンさんと、リアムさんだ」
「あちらのバルコニー席には侯爵家の当主と家族、来賓の方用の席になりましてライアンさんとリアムさん各団長のお2方は警護の為同席しておりますわ。此方の席は年頃の貴族子息や令嬢、その友人用の席ですの」
「「成る程~」」
納得して聞いているとふと会場内の照明が一斉に落ちる。しかし急に照明が落ちても中の観客達は一部ざわついたものの次第に静かになり劇場内は静寂に包まれる。
と、言うのもこの劇場内の暗転は今から舞台が始まる事を意味しておりざわついたのもそれを知らなかった人間のみで大抵が言うなれば「これが噂の!」という感覚なのであった。そしてその暗闇の中で
「あっ…」
響介の演奏が始まった。最初、まるで語り掛けるような、だが何処か軽やかに奏でられる旋律は只でさえ静寂に包まれていた劇場内がさらに水を打ったように静まり返る。そして舞台中央にスポットライトが当たると同時に先程と同じ曲のようだが、その軽やかで心地好い旋律は本当にピアノとは思えない速さで、特に13小節目からが本番ともいいたいようなスピードで駆け抜ける様に弾きこなす。ピアノには音を遠くまで響かせる魔法道具が付けられていて端の席まで一つ一つの音が細部まで鮮明に劇場内に響き渡る。その演奏も何人かで連弾をしているような一人で弾いているとは思えないクオリティの演奏が全ての観客の耳に届き、目の前で見ている観客はまるで右手も左手も別の生き物が宿っているんじゃないかと言いたくなる程の動きで目が離せない。
すると皆ピアノの曲調が明らかに変わった事に気が付くとまた曲が変わっており最初の曲の様に速い曲だが低音が良く響いている曲。聞いているとまた曲調が変わったと思っていると曲調が次々と変わっているではないか。
この今弾いているメドレーは響介がピアニストになりたいと思ったきっかけのピアニストが投稿サイトにupした動画で弾いていた30曲以上の曲を盛り上がる所で繋げたメドレーで響介は耳コピしたものだが、響介がこのメドレーを選んだ理由は自分にピアニストになりたいと願ったきっかけになった素晴らしいピアニスト事をこの世界にも知ってもらいたいと思いもありこのメドレーを選んだ。
様々な曲を取り入れたこのメドレーは時おり高音が軽やかな明るい曲になったと思いきや一転して低音が重く響く暗い曲になったりするメドレーは引き込む『力』があった。当の弾いている響介は
(もっと、一つ一つの音を強く…!もっと、鋭く、魂を…!)
一つ一つの音に魂を込めるかのように弾き、その姿と奏でる旋律はこの場にいる観客達の目に焼き付き心に響き渡る。目まぐるしく変わっていく曲はまるでこの10年のアルスの移り変わりを表しているのではないかと捉える者もいてなお引き込んだ。そして終盤にさしかかり演奏も一層盛り上がる、そして最後は一番最初の曲に戻りフィニッシュを迎え約18分間を弾き抜くと会場中から惜しみ無い拍手喝采を浴び響介は驚いたもののスッと立ち上がり一礼
「御静聴、ありがとう御座いました」
見事オープニングセレモニーを成功させたのだった。