8話 義憤 怒らせてはいけない人種
響介、ぶちギレる
本当に強い者とはなんだろう?ふと考えたことがある。語り継がれている勇者?それとも神聖王国の聖騎士?それとも魔王?それとも大陸北の皇竜?その答えは分からない。
だがラミア達は目の前の光景を見て一つだけ言えることはある。
それは本当に強い者というのは、普段は穏やかで紳士的で礼儀正しく親切な者なのかもしれない。
そう普段は
響介が集落に来て1ヶ月が過ぎた。響介もこの世界での生活に、魔法やピアノに慣れみんなとも友好な関係を築けている。集落のラミア達に音楽という癒しが出来た。そんなある昼下がり
「ねぇキョウスケ」
「どうした、ライミィ」
オリビア達の居住のリビング、ここで響介は日課となったピアノ演奏をしている。今弾いている曲は穏やかな気分になれる落ち着いた曲。特にラミア達が居住にしている大木は音が響き大木にいる者は皆聞く事が出来リラックスしていた。聞いていてなんだか眠くなってきたライミィだったが
「もうすぐ旅に出るって本当?」
その言葉を聞いてふと手を止めてしまう響介。やっぱり本当なんだとライミィは察してしまう。
「ああ、この世界のことはみんなに教えて貰ったからな。ある程度準備したら発とうと思う」
その目はしっかりと先の事を見据えており年相応に目をキラキラさせていた。
「そっか」
暫し流れる沈黙だった。しかし
(私の答えは決まってるから)
「ねぇキョウスケあのね」
その時だった。じゃらじゃらと入口に付けられている鳴子が激しい音を立てた。
「この音は……!」
この鳴子は凶事を、侵入者を知らせる鳴子だ。
鳴子は卑怯。これは向こうにいた時に友達に教わった事だ。仕掛けることを進言して良かったと思う響介。仕掛けるに当たり魔法が得意なメリアやビオラに協力してもらっている。
確かに大きな音を立てて敵が来たのを知ることが出来こちらの準備が出来て体制が整えられるのは大きい。響介はピアノを仕舞い入り口まで走る。そこにいたのは
「キョウスケ!」
「メリアさん!位置は!」
「それが場所が……」
それを聞いた響介は飛び出して行き。急ぐ。
「待ってよキョウスケ!」
「くっそ!こいつら!」
「気をつけてベラ!こいつら魔獣よ!」
「なんでこんな所に!?」
矢を射りながらベラ、リリー、リリアン、アヤメの4人のラミアは魔獣の接近を許さず地の理を生かして引き撃ちに徹しながら逃げていた。
向こうがけしかけて来たのはウイングタイガー、グランドウルフ、キマイラ、ウインドファルコン等々。この森にはいないものばかり
「どういうこと!?」
「侵入者に決まってるだろ!」
「大丈夫!グランドウルフが鳴子の線につまづいてたから直に」
「アヤメ!」
「え?!しまっ」
アヤメにウイングタイガーが迫る。回避も何も間に合わない。アヤメは覚悟をしたが
「キャウ!」
ウイングタイガーがいきなり吹っ飛んで木に激突した。そして直ぐに4人は理解出来た。誰が来たのか
「アヤメさん!ご無事ですか!?」
本当に頼もしい。ライミィが惚れて夢中になるのも無理は無いと思う。こんな風に窮地を救われたらだれでも惚れてしまう。
「キョウスケ!」
「早く下がって下さい!殿に入ります!直ぐにライミィ達が来ます!」
「ありがとう!キョウスケ!」
アヤメが逃げるのを確認した。目の前にいる羽の生えた虎とか汚い色の狼とか良く分からない獣とか鳥とかがいる。響介が気を練ろうとした時だった。
「おや?どうしてこんなところに人間が?」
男の声だった。するとメタボ体型の小綺麗な服着たおっさんが出てきた。
「あんたは?」
「我輩はマクルス。魔獣テイマーにしてコレクターである。ぐふふ」
気味悪ぃ笑い方だ。響介は警戒を解かず探知スキルを展開する。向こうはあのおっさん含め合計100近い数がいる。
テイマー
魔物や魔獣を手懐ける術を持ち自身の戦力にすることが出来る技能をもった者。極めればドラゴンすら手懐ける事が出来るらしい。見るにこのおっさんはあれだけの数を揃えていることからそれなりの技量があるようだ。
「俺はキョウスケ。あんたはここで何をしている?」
「我輩はラミアの捕獲に来たのだ。ここにいることを聞いたのでな」
聞いたと言ったなこいつ。ということはあの野郎共は約束を破ったということか。あの場で叩き潰せばよかったと少し後悔した響介。
「いるではないかラミアが!見た目麗しいラミア!是非我輩のコレクションにしたいなぁ!!」
「何故そんな事をする?彼女達が何をした?彼女達はただ静かに暮らしていただけだ」
「そいつらの意見など知るか!我輩がコレクションにしたいのだぞ!それだけで光栄な事じゃないか!ぐふ、ぐふふ!」
嫌悪感しかない。響介は反射的に眉をひそめて思う同じ感情を何処かでしたなと。そんな時に
「キョウスケ!みんな!」
ライミィやオリビア達が追い付いてきたようだ。数的不利だがなんとかなるはずだ。そう響介は考えていると
「おお、あの金髪ラミア!なんと美しいんだ!あの白い体!是非なぶった後に剥製にしたい!」
…は?このおっさん何言いやがった?
ライミィをなぶった後剥製だと?
そうだ。こいつからした感情がわかった。
自分が楽しければいい
自分が満足出来ればいい
自分が気持ち良ければいい
元の世界で弱い奴を脅してカツアゲしてた奴だ。そいつらとこいつは同類だ。
弱いやつからむしりとって笑っている奴だ。
自分さえよければいい奴だ。
他者の貶して優越感に浸りたい奴だ。
身勝手。あまりにも身勝手だ。自分の自己満足の為に他者の生活や幸せを踏み弄る人間。
響介は自分の中にふつふつとこみ上がる感情を感じ理解した。
ライミィ達に危害を加える事を聞いて響介は突如にこやかな笑顔になり
「へぇ、あんた頭の中にダニが沸いてんだな」
「は?おい小僧、なんと言った?」
「そのハゲ頭の中にある脳ミソにマダニが突き刺さってるんだなって言ったんだよ。デブ」
「おいガキ、この我輩をバカにしているのか?」
「まさか、アホにしてんだよ。ダボが」
にこやかに対応し煽る響介を見て違和感を覚えたライミィ。
「どうしたんだ?キョウスケの奴」
響介の予想外の対応を不思議に思うベラ達。マクルスに至ってはコケにされたのが我慢ならなかったようで顔を真っ赤にして
「このガキが!まだ身の程を知らんのか?貴様」
マクルスが何か言いかけたその時だった。あのマクルスという男の側にいたウイングタイガーの顔に何かが飛んできた。
次の瞬間……!
「グキャ」
短い断末魔を上げたウイングタイガー。そのウイングタイガーを見たマクルスは戦慄した。
何故なら、顔が骨ごと握り潰されたように抉れていたのだから。
「よし、上手くいった」
これは響介が気功術の鍛練で習得した技で響介は『功掌』と呼んでいる。功掌は練った気で手を作る技だ。
元の世界でも200オーバーを誇る響介の握力も気によって高められており今のように握り潰すことも出来る。他にも功掌を飛ばして離れている目標を掴むことも可能で引き寄せることも出来る。
「どうした?さっきまでの威勢が無いけど?」
ニコニコと笑顔でマクルスに尋ねる響介。響介の態度に困惑するラミア達だがライミィはその響介の笑顔を見て違和感の正体がわかった。
さっきから響介は笑顔だが目が笑っていない。あの時と一緒だ。間違いない。
今の響介は怒ってる。完璧に
「よくも、よくも我輩のウイングタイガーを!許さん!許さんぞくそガキが!かかれ!このくそガキを殺せ!!!」
唾を撒き散らしながら汚ならしく喚くマクルスの指示を聞いて魔獣達は響介に向かって襲い掛かる。が
「はあ!」
掌底で功弾を放つ、放たれた功弾はまるで壁のように展開され響介に近付いて来た魔獣達は例外無く吹き飛ばされた。
「なっ、なっ!?」
目の前の起きた事が理解できなく困惑しているマクルス。
そんなメタボ男を尻目に響介は迫り来る魔獣達を迎え撃ちもう殴る蹴る。スキルで強化した身体能力を駆使し駆け抜け隠密スキルを使い時に消えて暴れまわる。
一頭のグランドウルフのどてっ腹に蹴り入れて吹っ飛ばし何頭かを巻き込み片付け、
ウイングタイガーを真っ正面から叩き潰し、
ウインドファルコンを功掌で掴み地面に叩き落とす。さらに後ろのライミィ達に向かおうとするキマイラがいたら伸ばした功掌で掴みキマイラをブン回し魔獣達を薙ぎ払う。
「凄い……」
例えるならまさに獅子奮迅。まさしく青い瞳の悪魔の名に相応しい。あまりの光景に呆然とするオリビア達だが
「みんな何しているの!」
「ライミィ!」
「ボーっとしている暇があるならキョウスケを助けなきゃ!」
ライミィは矢をつがえ射る。狙ったのはキョウスケが薙ぎ払ってまだ立ち上がろうとしていたグランドウルフ、風の魔力を込めた矢は見事命中し仕留めた。
「そ、そうね貴女の言う通りだわ!」
「弓矢持ちは止めに徹しなさい!魔法を扱える者はキョウスケ君の支援を!」
「わかりましたオリビア様!」
この言葉を聞いた響介は直ぐに自分がやるべく役割がわかった。そして手近にいたキマイラやウイングタイガーを功掌で掴み今まで以上にブン回す。
理由は明白、敵の足を止める為だ。その意図を理解してくれたのか
「サンダーボルト!」
オリビアが空にいるウインドファルコン達に雷を落とし叩き落とす
「ファイアボール!」
「アイスジャベリン!」
「ストーンエッジ!」
「ウインドアロー!」
魔法が得意なビオラを始めラミア達が一斉に魔法を放ち怯ませれば
「今!」
「射って射って射ちまくれ!逃がすんじゃあないよ!」
「仕留める!」
「射ちまくり!」
ベラ達弓矢持ちのラミア達が怯んだ魔獣達に矢の雨を降らし仕留める。
まさに総力戦だ。
相手は低くてもウインドファルコンで22レベル。一番高いキマイラが32レベル。
一方ラミア達は一番高いオリビアでさえ24レベル。他の者は10レベル前後。地の理が在るとしても物量とレベル差で蹂躙されていたであろう。
そう、本来ならば。
マクルスもこんな事は予想だにしなかったのか真っ青になる。まさか蹂躙されるなんて。自慢の魔獣達が一頭また一頭と喰われている。
あの青い瞳の悪魔に。
グランドウルフが噛みつこうとすれば原理もわからず吹き飛ばされ、
ウインドファルコンが上から強襲しようものなら足を掴み地面に叩きつけられ、
ウイングタイガーが強靭な爪を振り上げようものならかわされ投げられる。
挙げ句の果ては掴んだキマイラをおもちゃの様に振り回しぼろ雑巾にされる始末。
魔獣達がラミアに指一本触れることが出来ないよう守りながらにも関わらずだ
自分の常識の範疇じゃない。全てがでたらめだ!
「あの化け物め!よくもよくもよくも!こうなったら……!!」
地団駄を踏むマクルスが言うといきなりズンと音がし木々が薙ぎ倒される音も聞こえる。グランドウルフを殴りながら響介は探知スキルを使う。2つ、大きい何かが向かってくるようだ。
「もういい!皆殺しにしてやる!」
汚く喚き散らすマクルスの後ろに現れたのは二頭の大きな魔獣、いやちっちゃいティラノザウルス見たいな魔物だ。ちっちゃいといっても7メートル位ある。出てくるや否や咆哮を上げ
「まさか、ドラゴン!?」
姿を見たメリアが声を上げた。ドラゴンって翼無かったか?とキマイラを蹴り上げながら拍子抜けする響介。
「あれは下級ドラゴンだわ。あんなものまで……!」
「ぐふふ、許さんぞ、許さんぞくそガキがぁ!まずお前か、ら?」
マクルスはふと気付く。が、一頭のレッサードラゴンの様子がおかしい
「おい!どうした!?どうしたんだ!?」
「俺から、何だって?」
マクルスは理由がわかった。レッサードラゴンの首に大きな手が見える。その手はまるでレッサードラゴンの首を絞めているかのように。そしてその正体も
「ドラゴンだろうと何だろうと掴めりゃ問題無えな」
響介の功掌だった。首をギリギリと締め上げられ苦しそうにもがくも意味をなさない。だって響介とは距離がありすぎて手も足も出ないのだから。しかし別の一頭が
「ライミィ!」
「!」
前に出ていたライミィに迫って突撃してきた。反応が遅れてしまい逃げられないかと思われた。が
「ライミィに手ぇ出すなぁぁぁ!!!!!」
功掌で掴んでいたレッサードラゴンをまるでハンマーの様に振り上げライミィに襲い掛かろうとしていたもう一頭に打ち付け地面に叩き付けた。下級ドラゴン同士が激突する衝撃、光景は凄まじく調教魔法が解けたのか生き残っていたグランドウルフ達は怯えオリビア達は呆然としてしまっている。
しかも一回では終わらない。二回三回四回と響介は叩き付けるのを止めない。そして十回目に掴んだレッサードラゴンをグルグルと振り回し地面にめり込む程の威力で叩き付け二頭のレッサードラゴンを文字通り叩き潰した。これで終わったかと思ったのだが
「ん?」
「どうしたのビオラ?」
「あの男はどこ?」
「えっ!?あいつ逃げやかったのか!?」
「大丈夫よ」
「オリビア様?」
「キョウスケ君が『落とし前着けさせる』って怖ーい笑顔で追って行ったわ。ライミィはキョウスケ君の後追いかけちゃうし」
ウフフ、と笑うオリビアを見て全てを察したラミア達だった。そして思う本当に強い者とは琴線に触れた時に露になることを、
響介に至っては強いだけでなく決して怒らせてはいけない人種だということを
「はあ、はあ……!」
森の中を逃げる男マクルスはただ逃げる。自分の魔獣達を蹂躙し切り札だったレッサードラゴンですらも叩き潰した悪魔から。しかし
「はあ、はあ、はあ!」
逃げても逃げても後ろからの圧が変わらない。探知スキルの展開しても反応しない。振り返っても誰もいない。しかし確かに分かる。奴が、悪魔が自分の近くにいることを、その時木の根に足を取られ無様に転倒したが
「た、助けてくれ!頼む!もうここには来ない!金輪際ラミア達に危害を加えない!だがら命だけは!」
何処かにいる者に膝を付いて命乞いをするマクルス。しかし聞こえてきたのが
「そうやっててめえは言われた言葉をどれだけ踏み弄ってきた?」
聞こえた。確かに聞こえた。奴だ
「助けてと言われた言葉をどれだけ無視してきた?」
その言葉を聞いたときマクルスは昨日エサにした男達を思い出した。レッサードラゴン達のエサにした冒険者達を自分はニヤニヤ笑って見ていた。
「あ、あ、あ、あ、」
壊れたかのように呆然とする。相手を無視をしたら自分も無視される。当然だ。そして
「命取るなら命取られる覚悟はあったよな?」
奴が目の前に来ていた。音も立てずいつの間にか上に振り上げられた悪魔の右足が自分の側頭部のすぐ側に、
そして悪魔と目が合った。
「死んで詫び入れな」