50話 純粋 時として冷酷且つ無慈悲
エリー、ぶちギレる。
「くっそ!こいつもゴーレムを……!」
ジュリアは予想外の事に狼狽していた。
目の前のダークエルフの子供は冒険者ギルドでは治癒術士として登録されていた筈、子供だと思って高をくくっていたがまさか自分と同じで錬金魔法を使うとは思ってもみなかったのだ。ジュリアは直ぐにアルケミストキットを使い黒い鋼鉄ゴーレムを錬成しエリーにけしかけるとエリーの岩石ゴーレムが立ちはだかる。
「ただのロックゴーレムよ、そんなもんで……!」
アイアンゴーレムは腕を振り上げロックゴーレムを攻撃する。エリーのロックゴーレムも迎え撃つ為腕を振るとガァン!と硬質同士が激突する音が響きロックゴーレムの腕が砕けた。
「そうよ、所詮はロックゴーレム、アイアンゴーレムの敵じゃないわ!」
自分のゴーレムの方が強い、その事実が分かり笑顔になったジュリアは攻撃指示を出そうとした時だった。攻撃したアイアンゴーレムがいる方向からけたたましい音がしてアイアンゴーレムが倒れた。
「えっ!?一体何が……!?」
落とした壊れかけのランタンに明かりを点けてアイアンゴーレムを見るとアイアンゴーレムの半身がドロドロに溶けて溶損していた。そしてそのアイアンゴーレムの周りの空気が明らかにおかしい事に気がついたジュリアは元々の盗賊としての感覚かエリーとゴーレムから急いで距離を取る。すると
「ちっ」
エリーから舌打ちをするのが聞こえた。思わずエリーに向かって声を張り上げる
「あ、あんた何をやったのよ!?」
「エリーが錬成した、ハファルゴーレム、ただのゴーレムじゃない、錬成したあちこちの石に、猛毒と麻痺毒と硫酸と腐食を混ぜて出来た溶解をガスにしたの、詰まってる」
「は、はぁ!?」
「石や鋼鉄には猛毒も麻痺毒も効かないけど硫酸と腐食は効く。人間が受けたら苦しみながらドロドロに溶ける。それにここ密室、ハファルゴーレムが壊れれば壊れる程中のガスはここ充満する、エリーは回復魔法をかけてるから平気、ゴーレムは壊れても石いっぱいあるから修復出来る、溶解のガスも魔法で直ぐ出来る」
ここでジュリアはエリーを密室に閉じ込めたのが裏目に出た事に気がつき顔を青くした。そして自分が生きて出るにはここでエリーを殺す以外方法が無いことも、そう考えているとハファルゴーレムと呼ばれたゴーレムは損壊した部分が凄まじいスピードで修復されており
「お前、許さない」
ポツリと呟いたエリーの声を聞き逃さなかった。エリーを見るとまるで親の仇を見る様な純粋な殺意がこもった金色の瞳を爛々と光らせて真っ直ぐジュリアを見ていた。それを見たジュリアは自分の周りにあった瓦礫や鉄屑でありったけのゴーレムを一心不乱で錬成した。
「くそっ、邪魔だよ!」
「退け!」
第3階層に入りエリーと調査隊を捜索する響介とライミィ。襲ってくるアイアンゴーレムを片付けながら進むも
(くそっ!ここは電気の供給が途絶えてるのか、マッピングが大して進んでいなかったのはそれが原因か…!)
第3階層に入ったはいいもののさっきまでのように灯りがついておらず真っ暗だった。暗視能力を持っている響介達からすれば何て事はないが恐らく調査隊は誰一人持っていなかったのだろう、貰ったマッピングが部分的なのはそのせいだ。響介が推測するに何処か動力室のような場所があるかもしれないが悠長に探している場合ではない。
(暗視能力を持ってたのが幸いしたな、取り敢えず音は…)
ゴーレム達の片付けた響介は周囲の音を聴力の感度を上げて確認する。すると
(こっちか?)
何か動く音が遠くから聞こえた。それをライミィに伝えると
「そっちは……、熱源がある程度纏まってる?多分調査隊の人かな?」
「取り敢えず行くしかないな」
「待っててね、エリー…!」
同時刻の第3階層。ある密室の中心で一体のゴーレムが猛威を振るっていた。一見するとただのロックゴーレム。問題はゴーレムが壊れる度に撒き散らさすガスだ。このガスはかなり高濃度の溶解ガスで高い魔力で練っているからか石だろうと鋼鉄等の鉄だろうと侵食してグスグズに溶かす。そのせいでジュリアは手駒のゴーレムを一気に20体以上錬成したにも関わらず何体も残さず至るところにドロドロに溶けて転がっていた。
「なんなのよ…、なんなのよあんたはぁ!?」
ジュリアは目の前の惨状を目の当たりにして発狂寸前に追い込まれていた。徐々にガスが充満し始めている中でなんとかしてエリーを殺す算段を建てながらガスの範囲外へ逃げる。
(……!そうよ!この手があるわ!)
ふとある事を思い付きランタンを消して身を潜める事に、ジュリアの行動を冷静に見ていたエリーは
「あいつ、隠れたつもり?」
気付かれないようにボソッと呟いた。心は怒りで熱くなっているが頭が冷静でいられるのもきっとお兄ちゃんのお陰だろうと考えるエリー。お兄ちゃんは教えてくれた『頭に来ている時ほどクールに考えろ』と、エリーはその教えに従ってジュリアが何をしてくるかを警戒しながら見回すと
「死ねぇぇぇぇ!!!」
背後からジュリアと複数の真っ黒いゴーレムが一斉に襲い掛かってきた。ジュリアは素早くエリーの背後に周り気付かれないようにゴーレムを錬成、自分を見失ったのを見て勝負に出た。盗賊のスキルには音消しと言うものがありそれを使って接近と錬成をこなして奇襲をかけた。
エリーに対してジュリアはナイフを、ゴーレムの腕を振り降ろす中
(勝った!間違いなく勝ったわ!)
ジュリアは発狂したように笑う、自分の勝利を確信し目の前のダークエルフを失って嘆く響介達まで鮮明に想像出来る。そう、自分は絶対の勝者だと確信した。そうだわ死体は首をかっ切っておこうと考える余裕まであった、が
「重力」
突如地面に縫い付けられたように動けないなくなったジュリア。動ごうともがいてもピクリとも動けない。自分だけではない、他のゴーレム達は例外無く地に伏している。何があったのか理解出来ないと思った瞬間、エリーが振り向き
「見つけた」
ロックゴーレムに首を掴まれた。エリーからしてみればずっと匂いでジュリアの位置を把握しておりそこにジュリアの動きを予測して空間魔法の重力を仕掛けるのは難しい事ではなかった。
「あぁぁぁ!?離せっ!離せぇ!!」
振りほどこうともがくも虚しく意味を為さない、ゴーレム達が動けないままあっという間にゴーレムに首を掴まれたまま壁際に追い込まれた。
「浅はか、やりたいように、やった所で無駄」
「このガキィィィィ!!!」
ロックゴーレムの後ろに控えているエリーが冷ややかにジュリアに向かって言ってのける。ジュリアは顔を真っ赤にして喚くも意味がなく、目の前のロックゴーレムが固く握った拳を振り上げるのを見て
(不味い不味い不味い!こんな距離であのガスをまともに浴びたら……!)
その時、ジュリアは自分が落としたであろう足元のアルケミストキットが目に入った。
(そ、そうよ!まだ運は、まだ神は私を見捨ててない!もし私のゴーレムがあのゴーレムの攻撃を止める事が出来るなら、たった一回防げるなら、しがみつかせて諸ともゴーレムを原子崩壊させれば…!)
錬金魔法で錬成したゴーレムは術者の意志で瞬時に機能を停止させ体を崩す原子崩壊なるものがある。多少の荒業だがしがみつかせてエリーのゴーレム諸とも原子崩壊させれば助かると踏んだのだ。意を決したジュリアはそれに賭けることを決め
「やっつけろ!ハファルゴーレム!!」
容赦のないエリーの命令に拳を振り降ろすハファルゴーレム、ジュリアの顔面目掛けて振り降ろされる拳が迫り
「ゴーレム!この攻撃を防ぎなさぁぁーーい!!」
その瞬間だった。ジュリアの足元のアルケミストキットから瞬時に錬成されたアイアンゴーレムの上半身が迫りくる拳にしがみつきジュリアに当たる寸前で止めた。
「や、やったぁぁ…!」
自分の目の前で止められた拳を見て思わず笑みが溢れる。
(止めた。止めたわ…!そうよやっぱり神は私を見捨てる筈ないわ!この私を、神に選ばれた私を!!)
そこにパスンと軽い音がするとコロコロと部屋に小さく響いた。しかし、ジュリアは自己に陶酔していたからか、気付かずその時気付いていればどれ程良かっただろうか。それを見たエリーが思わず口角が上がってしまったのもジュリアは気づかない
(一刻も早くこの腕をゴーレムと共に原子崩壊させ…)
その時ジュリアは足元のアルケミストキットを見るとその側に見慣れない石が一つ、丁度自分の左足とアルケミストキットの間に転がっていた。
「えっ?」
その石がピシッと割れ音を立てる
「な、な、なんですって…!?」
ピシッピシッと石に亀裂が入りどんどん大きくなる。その瞬間ジュリアは理解した。その石はあのゴーレムの一部だということを
「なんですってぇぇぇぇぇぇぇ!!!??」
ジュリアの驚愕の声と共にパリンッと音を立て石が砕けると封入されていた高濃度の有害物質、溶解ガスがジュリアを中心に部屋中に撒き散らされた。
(そ、そんなぁ…!)
エリーがいくつもの状態魔法から混ぜ合わせて作った高濃度の溶解ガスを全身に浴びたジュリア。
コポコポと音が自分の体の至るところから聞こえてくる。有害物質が自身の体を凄まじいスピードで侵食している音だ
(せっかく攻撃を防げたのに…!やっとここのお宝が私の物になるのに…!!!)
ふと体が軽くなった。それは腐食が進行しすぎて左足が腐って崩れ落ちたからだ。皮膚や爪、歯が爛れ落ちどんどん自身が溶けていく恐怖に
「いやだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ジュリアは自身に迫る死の恐怖に堪らず泣きわめく様に絶叫を上げる。
「お前なんて、大っ嫌い!!!!!」
しかし返ってきたのはエリーの無情で容赦の無い言葉。それと同時にゴーレムの拳をジュリアの顔面に叩き込み拳に着いていたガスを封入した石が砕け溶解ガスをさらに全身に被りながら殴り飛ばされ壁に激突すると
「ああぁぁぁ~……」
壁にもたれかかりながら悲痛な断末魔を上げ原形も残らない程体がグスグズに溶解し凄惨な最後を迎えるのだった。