20話 接触 ピアニスト、算段を立てる
2人、絡まれる
「是非冒険者になって頂けませんか!?」
他の宿泊客の注目を浴びながらもオロスの食堂で良く通る声を出して響介達を勧誘する女性。支配人のファーマスは今にも文句を言いたそうにしているが女将のウナさんが静止させている。そして
「冒険者、ですか?クリス所長」
テーブルを挟み向かい合う形で座っていた響介が口を開く
「ええ、キョウスケさんとライミィさんお二人に是非!」
「私も?」
これが天職だと言わんばかりに勧める女性。彼女はクリス。この街の冒険者ギルドの所長にして元A級冒険者である。クリスは続ける
「近年、冒険者の質が落ちており、かつてのように輝かしい武勇は鳴りを潜めています。特にこの神聖王国には聖騎士団がいるのもあり優秀な人材が不足しているのが現状。ですのでお二人のような優秀な方には是非冒険者になって頂きたいんです!」
「……」
その言葉に苦虫を噛み潰したような顔をする支配人ファーマスとそれを黙って聞いているウナと従業員達と宿泊客達。
「うーんと、どうするの?キョウスケ」
困った様に響介に確認するライミィ。この図を見ればクリスは手応えがあると思っただろう。しかし
「勇者様が原因で看板に泥、名誉挽回大変みたいですね」
「え……」
響介の口から出てきた言葉は予想外の一言に呆けてしまったクリス。対する響介は一冊のメモ帳を開き
「ロン・ハーパー。トリウス教から選出された勇者にして当冒険者ギルドのトラブルメーカー。依頼にはいちゃもんをつけるわ、ピーター商会を始めこの都市の住民達からはトラブルを起こしまくり疎まれている。このオロスも被害者の1つで2ヶ月前に宿内で大暴れし被害は従業員が6名が負傷。そして大元のトリウス教会も貴族ハーパー家のご子息なのもあり彼や彼の父親が雇ったゴロツキ共にも手を焼いている。でしたよね?」
「……!」
響介の横に座っていたライミィがメモ帳を覗きこみ
「えっと、キョウスケのメモには~その勇者は我が儘に育ったせいで思い通りにならないと直ぐ雇ったゴロツキをけしかけるってあるね。クリスさん、こいつクズなの?」
ライミィの直球な一言で聞いていたウナさんが思わず吹き出していた。しかしクリスは驚きを通り越して絶句しておりすっかり顔色が変わっていた。
「あ、あのお二人はなんでそんな事まで…」
響介達が何で知っているのか、それは2日目の夜迄遡る。
「ここ、いいかい?」
「勝手にしな」
歓楽街の一角、いや場末にある酒場を響介達は訪れていた。きらびやかな歓楽街から離れているせいなのか誰もいない店のカウンター席の隅っこに座る。元の世界では速攻で退店をさせられるがこの世界の成人は15歳となっているので響介達が入っても何も言われていなかった。
「注文は?」
「冷えたエールを一つ、つまみはナッツで」
「あいよ、冷えたエールだな?」
「やっぱりバーボン」
「バーボン?……Fの恋人」
「Gの戦車」
言った後響介は銀貨を1枚カウンターに置く。
「誰から聞いた?」
「銀貨1枚」
「…いいだろう」
置いた銀貨を引っ込めポケットに入れる響介。
「リリスさんってわかるか?ピンクの髪した綺麗なお姉さん」
「あの姉ちゃんからの紹介か、そっちの嬢ちゃんはラミアだな?」
「!?」
「これはサービスだ。アミュレットをそんな堂々とつけるな。ここの番兵共はバカだからいいが他では通じねぇぞ」
「情報ありがとう、これは俺の気持ちだ」
そう言って響介は金貨2枚をカウンターに置きマスターに渡した。金貨の意味を理解したのかマスターは満足そうに笑い
「情報の重みを知ってる奴は好きだぜ。次は何を聞きたい?」
「その前にあんたで間違いないな?」
「肯定だ」
情報屋ギルド『セフィロト』
この大陸にはいくつものギルドや組織が存在しておりその中でも情報を扱っているギルド。目の前のマスターもその『セフィロト』の構成員だ。このセフィロトは特殊で決まった所に本部を置かず大陸中に構成員が散っている。そして専用の合い言葉、要は符丁を正しく言える者だけに欲しい情報を売るということをしている正に情報屋である。
『おばちゃん達の井戸端会議の内容から国家や教会の機密情報まで』を謳い文句にしているある意味ホットでヤバいギルドだ。
「あの姉ちゃんが認めるとはな、あんた何者だ?」
セフィロトの存在はリリスさんが教えてくれた。
いや正確には保存食の袋の中に手帳を見つけた。書かれていたのはリリスさん達が今まで接触したセフィロト構成員の居場所と街ごとの切り出しの符丁と22の合い言葉だった。その数は大半の人族国家と中には一部の魔族の街にも及ぶ。
「旅のピアニストだ」
「ああ、あの噂のか」
「噂?」
「中央公園でやってたろ。俺は音楽には疎いからわからんが貴族共が騒いでたからな」
「成る程」
納得しているライミィの横で響介は考える
(やっぱりああやって大っぴらにやれば直ぐに噂位にはなるか。このまま利用してエゴサーチもいいが今は)
そして響介はポケットから銀貨1枚出し
「この街に勇者は何人いる?」
「それなら銅貨5枚だな」
響介は銀貨を引っ込め銅貨5枚のカウンターに置く
「勇者は全員で5人。エリック、アリシア、クオリア、ナンシー、ロンの5人」
「その順番は意味あるの?」
「嬢ちゃん鋭いな」
「要はいいこちゃん順か」
「本人もあるがチームまとめて見たところだな。エリックは勇者になって一番長くチームもトラブルはめったに起こしてない模範生、聖女様のとこも問題はない、クオリアのとこは女好きでトラブルを起こす奴がいる。昨日もピーター商会で揉めたみたいだからな」
あっ、それ俺とだ思う響介。なかなか耳が早いようだ。
「ナンシーはナンシー含むチームのほとんどが貧民出身ってのもあってトラブルはあるがまだ可愛いもんだ」
「そのロンってとこと比べて?」
「あいつは酷い、貴族の出ってのもあったが勇者になったことで選民意識が増長してな、それで……」
これが響介達が知っている理由。事前に情報屋や街の住民達から聞いたことによりたくさんの情報を集めることが出来た。特に勇者がらみは良くも悪くも直ぐ集まった
「クリス所長。貴女は好き勝手する勇者ロンに相当頭を悩ませていますね?」
「で、たまたまレッサードラゴンを狩ってマクルスを潰した俺達に目をつけて冒険者にさせてあわよくば勇者を追い出そうとしたと」
「……」
響介とライミィの言葉にファーマスやウナを始め宿のみなが騒然とするなかクリスは口を開かなかった。いや開けずにいたのだった。
「沈黙は肯定と見なしますが?」
「…その通りよ」
「ですが疑問が一つ、何故奴らを追放出来ない?オロスでの障害事件を始めこの街での悪事を立件すればギルドの契約執行法が行使出来るはずですが」
冒険者ギルドを始め各ギルドというのはいくつもの人族国家に連なって存在しており当然それに伴う権利も認められている。しかしクリスは首を横に振り
「しようとしました。ですが直前でトリウス教会が介入し無効にされてしまったんです」
「それもうあのクズの父親が出てきたってことだよね?どうにか出来ないんですか?」
「…この国では教会の勅命は王国法により優先されてしまいます。だから打つ手は」
「いや、あるぞ」
響介の言葉にクリスは勿論皆が響介に注目した。そして響介はメモ帳を見ながら続ける
「あの勇者のパーティーにはズボフ・コッドがいる」
「ズボフ・コッドですって!?」
クリスを始め宿のみなが驚愕する。横からライミィが続きを読み上げる
「えっと、ズボフ・コッド。元強盗グループ『黒い狼団』のリーダー。性格は残念で迂闊、じゃなかった残忍で狡猾。今までの罪状は強盗、殺人、窃盗、婦女暴行等々あるお尋ね者で懸賞金金貨100枚だよね?」
「ええ、そうね。主にマルシャンとの国境沿いで商人を襲っている凶悪犯よ」
「しかしここ2ヶ月はズボフとその部下はパタリと見なくなった。理由は黒い狼団がハーパー卿に買収され私兵となったから」
「なんですって!?」
「ハーパー卿は奴らに裏取引を持ちかけ自分の息子の護衛として雇った。そして護衛のズボフ含む4人は隠蔽魔法で自分の正体を隠しニック・ハルパーとして冒険者として登録させ、隠蔽魔法が使える勇者の息子を加えさせた」
「キョウスケさんあなた、どこまで知ってるんですか……?」
「蛇の道は蛇と言う奴ですよ」
横でライミィがクスクスと笑っている。上手いこと言ったっけな?と思う響介。クリスは何かを理解したようでその事には追及しなかったが
「でも、どうするつもりなの?」
「簡単ですよ。そのご一行は明日依頼から帰ってくるんでしょう?奴らが暴力沙汰を起こしたら俺が介入してぶちのめせばいい」
とんでもないことを言い始めた響介に戸惑うクリス。勿論クリスの他にも
「なに言ってんだよキョウスケくん!」
「そんな事したらこの国から追い出されますよ!」
「そうよ!そんな事したら教会にも…」
「ええ、わかっててやります。それがなにか?」
そう言って笑う響介。
「なあ、ライミィちゃんもいいのか?」
「キョウスケが言うならそれがいいんですよ。それに私も許せませんから」
「あんたらは…」
笑って2人の回答に呆れるウナだったが何処か嬉しそうに笑っていた。
「本当に貴方達のような方達に冒険者になって欲しかった…」
そう呟くようにクリスはこぼした。恐らく2人が冒険者の誘いに乗らないと感じたのだろう。
「で、ここからですがクリス所長、その勇者達の行動を教えて貰っても宜しいですか?」
「あの一行は明日の昼前にこの街に帰ってくるわ、その足でギルドに報告しに来るでしょう」
「奴らは拠点は?」
「トリウス教会よ。オロスの一件以来宿は出禁状態だから」
「どうするのキョウスケ?」
「ちょっとした対策をしよう」
そうして響介達は勇者を隠れ蓑にする連中に対してクリスを交えて対策を立てるのだった。