152話 好物 なけりゃ作りゃええんや
鴻上組、アイリスを保護し屋敷に迎え入れる。
アイリスを保護し更に屋敷が活気づきエルフの国フルドフォルク徹底制裁に向け鴻上組が一致団結した翌日の朝、響介は今まで伝えられなかったある事を潤樹に告げようとしていた。
「なあ潤樹」
「はい?どないしました若?」
朝食を終えたリビングで屈託なくいつも通り答える潤樹。そんな潤樹に響介は伝える
「落ち着いて聞いて欲しい。これを聞いても取り乱したりはしないでくれ」
「だからどないしました?」
本心を言うと響介は言いたくない。だがいずれ事実を知ってしまうだろう。心を鬼にし意を決した響介はその言葉を言う。
「この世界、アイスないんだ」
この言葉を聞いた瞬間、潤樹はその場でこの世の終わりかと言わんばかりに愕然としていた。
「で、今からその『あいす』っての作るのか?」
太一郎達の要望でキッチンの大改修を行っていたネロが呆れながら潤樹に尋ねる。
「当たり前やないか!極道とは言え好きなもん一生食えへんなんて耐えられるかい!」
ネロが直したばかりの小さいサイズの冷蔵庫型魔導機に内蔵されていた魔石を取り出して自身の魔力を込めながら潤樹はネロに反論する。
「ジュンキお前、目がマジだぞ…」
「悪ぃなネロ、潤樹の奴アイス好きだからよ。日本でもしょっちゅう食ってたしな、ああシュテルの姉ちゃんそれそっちな」
「はい!」
太一郎が笑いながらネロに言いながら中々大きいサイズの魔石を両肩に担ぎ持って入る。
キッチンの大改修内容としては今あるコンロを3から7まで増やしそのうち2つをスープ及び煮込み用にもう2つを中華料理用の高出力にカスタマイズする。この世界では中華鍋のことは戦鬼族鍋と呼ばれ存在しておりアングリフ城から設備更新した際のお古を分けて貰ったり響介達が今まで使って来た調理器具も踏まえて揃える事が出来た。太一郎が担いできた魔石は大火力用にこれから調整する為急造したコンロに置いていく。
「ねえねえ、ジュンキお兄ちゃん、あいすって、なぁに?」
「あいすってなんですか?」
リビングでアイリスに絵本を読んであげていたエリーが改装中でのやり取りにアイリスと一緒に反応する。それを受けここぞとばかりに
「エリーのお嬢にアイリスのお嬢、アイスっちゅうのは冷たくて甘い菓子や、お二人も食べたらすーぐ気に入るで」
「お菓子!」
「お菓子ってなんですかエリーお姉様?」
「お菓子は、甘くて美味しい。デザートとも呼ぶ」
生まれてからずっと幽閉生活だったアイリスは知らない事ばかりだ。そんなアイリスにエリーは一つ一つ真摯に教えているその姿、正に姉の如く。それを
「エリーちゃん、すっかりお姉ちゃんねぇアリスちゃん」
「ええ、本当に」
テーブルでお茶にしていたオリビアとアリスが微笑ましそうに眺めておりそれにつられエストとレアも微笑む。そうしているうちに潤樹がボウルや泡だて器などの準備を進め
「材料は若とお嬢に聞いたら全部ある言うて置いてってくれたし作り方はエリーのお嬢のスマホで見て頭叩き込んだ。早速始めんで、津上、こっちのコンロ使わせてもらうで」
「おう!気ぃ付けろよ。それと昼飯炒飯にすっから食い過ぎんなよー」
「あいよ」
下準備は抜かりない。こんな準備カチコミ前の兄貴衆達の無茶振りに比べれば月とすっぽんである。
「タイチロウお兄ちゃん、ちゃーはんって、なぁに?」
「炒飯ってのは炊いた白飯を炒めた奴でさぁ、エリーのお嬢とアイリスのお嬢は炒飯と天津飯どっちがいいっすか?」
今度は天津飯って何と質問するエリー姉妹を他所に作り始める。まず卵を5個程割りボウルへ入れるとそこに砂糖を入れてダマにならないように手際良く混ぜ合わせる。ある程度混ぜ終えたら
「次は弱火にして鍋に羊のミルクを焦がさんようにすると…」
ちなみにこれらの食材は響介達がアルスの牧場で購入した物や建国祭で貰った品々で賢者の懐中時計に永久保存出来るからと沢山買い込んだはいいもののミルクに至ってはエリーが毎日飲むくらいで明らかに買い過ぎた為この際消費してくれたのは響介とライミィからしても嬉しかったりする。
ちなみに響介とライミィはステラと憲剛を連れて原初の世界樹へと赴いていて不在である。
閑話休題。潤樹は焦げないように弱火でミルクを温めると時期に鍋の縁がふつふつ沸いてきたのを確認した潤樹は火を止め
「次はこいつをこっちに少しづついれると」
撹拌した卵と砂糖の中に少しづつ温めたミルクを入れて再度撹拌していると興味が出たのかいつの間にか作る行程を側で見ていたエリー姉妹を他所に潤樹は幾ばくか繰り返すとボウルにアイスの元が出来た。次は冷やす行程へと進むがここで潤樹はあるものを取り出した。
「ここでこいつの出番や」
取り出したのはマナフィスト。戦闘用のオープンフィンガーグローブを両手に嵌めると潤樹は両手でボウルを持ち
「アイシクル」
氷属性魔法のアイシクルを詠唱した。本来アイシクルとは氷塊を生み出す魔法だが潤樹は魔力を調整し極限まで絞り手とボウルに薄い氷の膜が付く程度までに調整してアイスの元から粗熱を取るのを見て
「考えたわねジュンキ君、アイシクルをああ使うなんて」
「アビリティの『氷属性魔法適正』があるジュンキ君だからこそ出来る芸当ですね」
「そうね」
お茶を楽しみながら笑って話す母二人の言葉を聞いてキッチンで作業していたネロがある事に気が付く
「なあタイチロウ、ジュンキが氷属性魔法適正持ってるのってもしかして…」
「十中八九アイス好きだからじゃね?知らねぇけど」
「キョウスケもだけどお前ら魔法や気功術をなんて使い方してんだよ…」
ネロがそう言って呆れるのを他所に潤樹は人肌以下になるように全体的に冷やしながら撹拌、そうしてアイスの元から熱を取ると
「よっしゃ、これで後は冷やすだけや」
そう言って先程自身の氷属性の魔力を魔石に込めて冷蔵庫から冷凍庫に改装した冷凍庫にボウルから四角形の容器に入れ替えて蓋をしアイスの元を入れた。
「これで、終わり?」
「せやでエリーのお嬢、冷やしながら2、3時間後かき混ぜてその後も適度に混ぜて凍らせば完成や」
「じゃあ、2時間、進めるねー」
「はい?」
「ヘイストー」
エリーは冷凍庫に対してヘイストを詠唱、見た目こそ何も変わらない冷凍庫だが潤樹は中を確認すると
「固まり始めとる、アカンわ混ぜんと」
潤樹は慌てて泡だて器を手に取り撹拌、固まり始めているので確かな手応えが有り均等になるようにかき混ぜるとまた冷凍庫の中へ、するとエリーがヘイストを詠唱しようとしたのですかさず止めに入る。
「ちょっ、待ちぃエリーのお嬢」
「んー?」
「ヘイストやってくれんるんなら大体30分位小刻みに出来へんか?一気に凍らせてしまうと味が均等にならへんのや」
「分かった」
その後、ヘイストを詠唱して30分程進めては撹拌しを5回程繰り返した後に冷凍、その冷凍の行程も潤樹が片付けをしている間にエリーがヘイストで飛ばして
「よっしゃ、出来たでー!」
冷凍庫から取り出したのはおよそ2リットル超は入っているだろうと思われる容器いっぱいのアイスだ。スプーンで叩くとコンコンといい音が返ってくる程しっかり凍ったミルクアイスに力を入れてスプーンですくうとそれを皿に盛り潤樹はエリーとアイリスに
「手伝おてくれましたからな、お嬢方どうぞ」
「ありがとー」
「ありがとーございます」
二人は潤樹からアイスを受け取ると嬉しそうにスプーンですくう。
スプーンですくわれ少量になったからか外気に晒されたからか端の方から溶け始めるのをまじまじと観察しながらエリーとアイリスは口に入れた。
「「!」」
途端に二人は顔綻ばせ笑顔になる。
羊乳ならではの風味、後引かない甘み、ふんわりとした食感、何よりも滑らかで冷たい舌触り。
今まで食べたことない口の中でとろける食感と冷たく甘いアイスクリームに二人ははしゃいで食べていた。すると潤樹はまた2つほどアイスを皿に盛ると
「姐さんお二人もどうぞ」
オリビアとアリスの前に置く
「まあ、私達もいいんですか?」
「じゃ溶けないうちに頂きましょうアリスちゃん」
そうしてオリビアとアリスも一口食べると二人もエリーとアイリスのように顔を綻ばせで感嘆の声を漏らす。するとエリーとアイリスは
「ジュンキお兄ちゃん、おかわり」
「おかわりください!」
「お嬢は手伝おてくれたからな、今はこれだけ、後は昼飯食うたらデザートで食べまひょか」
「「はーい♪」」
そう言ってまたはしゃいで食べるエリーとアイリス。二人を見て
「美味そうに食ってくれまして有り難いわ」
「…おいジュンキ、手に持ってるのはなんだよ?」
ネロが見たのは最初に作っていたのと比べて4分の1サイズの容器に入ったアイス。それにスプーンを持ち
「みんなも食うやろ?あっちは屋敷用、だからこっちは俺用や」
「ちゃっかりしてるよな潤樹」
そう太一郎が豪快に笑う横で作ったアイスを頬張る潤樹。
「ん〜!美味い!スッキリした甘さでええわ、羊のミルクなんて飲んだこともなかったからどうかと思たけど風味がええ!」
自分が作ったアイスクリームにご満悦な潤樹は嬉しそうにまた一口食べるのだった。