147話 空飛牛 どこだここ!?
ライミィ達、潤樹に聞く。
ったくこのガキ共チャカまで持ってやがった。景気良く撃ちやがって喰らっちまって穴だらけだろうがクソッタレ。
血ぃ流し過ぎた。もう身体も鉛みてぇにおめぇし動かねぇ。憲剛は落とし前着けたんだろうな?まぁあいつなら殺るか
…駄目だな、何も聞こえねぇ、もう何も見えねぇや。もう、一歩も動けねぇ
死ぬのか、ならよぉ、
(また、生まれ変わったら憲剛や潤樹とバカやれっかな、また、響介の若に会えっかなぁ。それ期待して、死んで、みるか)
そこからの記憶はねぇ、ねぇがその直前になんか聞こえたんだ。
なんだ?今のは?
ざまぁみろ。あの頭の首をへし折ってやった。だが、まだ伏兵がいたを失念してたのは俺のミスだ。何箇所も刺しやがって血が抜けただろうが、目が霞む。
おかしいな。今日の星占いは2位だったんだがな。
痛む身体を引き摺り外に出ると津上の後ろ姿が見えた。足元にはクソ共の成れの果て
すまないな津上。
コイツラを引き受けてくれて。
足元がふらつき俺は壁を背に寄り掛かる。
もう何もかもが遠くに感じる。
血が身体の外に流れる。
身体が寒い。
目の前が暗くなる。
自身の死を目の前にして結局は蛙の子は蛙かと自嘲した。あのクソ親父もこうやって鉄砲玉にされて野垂れ死んだのを今になって思い出した。
でも、俺は
(津上、天堂、お前らに、響介の若、俺はあんたに会えて、よかっ、た…)
最後にもう会うことも出来ない人達を案じ俺は目を閉じた。
その時声が聞こえた気がした。
「津上!乾!何処だぁ!」
「太一郎ちゃん!憲剛ちゃん!」
暫くして、鴻上組組員であり兄貴衆と呼ばれる幹部、黒部仁と南川拓弥の二人は半グレ集団『天辺巣都』のヤサに踏み込んでいた。
理由は明白、苦楽を共にした仲間天堂潤樹を死に至らしめた半グレ共から仇を取る為先走った舎弟を止める為だ。
だが遅かった。二人が目にしたのは壊滅し事切れた半グレの構成員と
「太一郎ちゃん…?」
その半グレ共を食い止めるように立ちはだかり
まるで後ろにいる乾憲剛を守るよう銃撃を受け立ったまま死んだ津上太一郎の姿だった。
「太一郎ちゃん…!貴方って子は…!」
南川は立ったまま事切れた津上に寄り添うように津上を抱え涙を流し
「乾!しっかりしろ!乾!!」
その後ろにあった倉庫の壁に寄り掛かって息の無い血まみれの乾憲剛の肩を掴みに必死に呼び掛ける。黒部は
「何でだよぉ…!」
乾を掴んでいた手に涙が落ちる
「何で若ぇ奴が先に死んじまうんだよ!!!」
この世の理不尽に嘆くような悲痛な怒声が響いた。
鴻上組に仕掛けた半グレ集団『天辺巣都』はリーダーの工月天沙と幹部全員が死亡したことで空中分解し『鴻都戦争』と呼ばれた抗争は後日行われた津上太一郎と乾憲剛の葬儀を最後に幕を閉じたのだった。
「う、うう…」
「おっ、起きたか憲剛!」
「…?津上?」
乾憲剛が目を覚ますと側にいた津上太一郎に気が付いた。眼鏡を掛けている感覚があったのでふと眼鏡を直し起き上がろうと身を捩った時に憲剛は違和感に気が付いた。
「傷が…?」
半グレ共から受けた刃傷の痛みが無かった。それどころか着ていたスーツが新品のように傷一つなかったのだ。
「やっぱり気が付いたか?俺もよチャカで何発も撃たれたんだが銃痕すらなくてよ。どうなってんだ?」
太一郎は着ていたノースリーブ状のジャケットとシャツを脱ぎ改めて確認する。
良く日に焼けた褐色に近い肌に筋骨隆々と鍛えられた筋肉を確認するが今までの戦いの傷跡はあれど致命傷になったあの時の銃撃の跡がなかったのだ。太一郎が自身の身を改めているとき憲剛は立ち上がり辺りを見回し
「津上、ここは何処だ?」
「知らねぇ」
「…は?」
「だから知らねぇんだよ!俺だって目ぇ覚めたらこんな森の中で「どこだここ!?」ってなったんだぜ!そもそも東京にこんな森あるわけねぇだろ!」
二人が目を覚ましたのは鬱蒼とした森で日が登っているのを見るに日中だろう。まずその時点でおかしい。二人が最後にいたのは半グレが隠れ家に使っていた港の廃倉庫でカチコんだのは夜。どう考えてもおかしいからか二人は目覚める前の状況を確認すると一つの結論に
「…つまり、ここは死後の世界か?」
「え?なんで死んでまでお前と一緒なんだよ?」
「それは俺の台詞だ…」
「なんだとオラァ!」
こうは言っても二人は本気ではない。むしろ変わらないやり取りを一つやると太一郎は声を出して笑い、憲剛はくつくつと笑う。その時太一郎はふと空を見たら何かを見つけ固まる。
「なぁ憲剛」
「…津上?どうした?」
「俺の目の錯覚か?角と翼生えた牛が空飛んでんだけど」
「…は?」
いきなり何言ってんだと表情筋の乏しい憲剛ですら困惑したような顔の筋肉を動かしたつもりでポツリと
「…とうとうイカれたか」
元々イカれたがと付けようとしたら
「いやマジで空飛んでんだって!あっ目が合った」
「…は?」
憲剛は恐る恐る太一郎の視線の先、空を見ると確かにいた。空飛ぶ牛が。そして空飛ぶ牛が角を突き出し真っ直ぐこちら向かって来たのだ。
「…速い!津上!」
まるで闘牛のような鋭さで飛んで来た牛に咄嗟に憲剛が声を上げた。予想以上の速さに恐らく太一郎は避けられないと。
予想通り太一郎は避けられなかった。だが
「ふん!!!!!」
なんと身体を貫かれる寸前で二本の角をがっちり受け止めて踏ん張っていたのだ。空飛ぶ牛は突き刺そうと押すが太一郎は地を踏み締め踏ん張り続け
「ぐぬぬぬ…!!どおぉぉら!!!」
なんとそのまま空飛ぶ牛を投げ飛ばし頭からズンッ!と音を立てて叩き付けノックアウト。一撃で伸びた。
「…相変わらずのバカ力だ」
憲剛は半ば呆れ衝撃で起きた風圧でズレた眼鏡を直す。太一郎は身体を一頻り動かし
「なんだ、明らかに力が漲るぞ!どうなってんだ?」
俺が知るかと憲剛が口を開こうとした時
「こっちだよ!こっち飛んでったって!」
「「ん?」」
話し声が聞こえる。声色的に女かと反射的に二人は声がしたほうを身構えると
「え?人間?」
頭に幅の広い鉢巻をした女性数人が茂みから出て来た。二人は安堵した束の間
「…!」
「蛇の、姉ちゃん?」
現れた美女達は皆下半身が蛇の姿の女性。女達は皆民族衣装を身に纏い弓矢を持っていた。太一郎は彼女達が身に着けているものからどうやら狩りをしているのだと理解する事が出来た。しかし憲剛は明らかに警戒し身構えていたのを見て彼女達も身構えてしまったので
「まぁ待て憲剛。取り敢えず姉ちゃん達は話し出来そうだから取り敢えず聞いてみようぜ」
「…本気か?」
「ああ、それに敵なら否応なしに弓矢で攻撃してくる。俺やお前ならそうするだろ?」
「…そうだな」
何とか憲剛を宥めた太一郎は改めて彼女達を見ると
「やだ!見てよアザレア!ベラ!あの魔族っぽい人!筋肉凄い!」
暗い赤髪をした一番小さい蛇女が興奮気味に太一郎を指刺し興奮していた。
身体の確認で脱いだままだった太一郎。
小さな子供程ある上腕二頭筋
はち切れそうな大胸筋
鍛えられ張りに張った僧帽筋
きっちり割れた腹筋
その鍛えられた筋骨隆々とした筋肉が露わになっており
「すごいすごい!ムッキムキ!」
「ちょっとマゼンタ。落ち着いて」
大興奮の仲間をなだめるもう一人の蛇女を見て毒気が抜かれてしまった二人。そこに
「なんか、悪いな連れが」
「いや、気にすんな」
騒がしたのを代わりに謝る茶髪の蛇女。彼女を見て太一郎は一番話しが出来そうだと判断し尋ねた。
ちなみになぜ太一郎が主に聞いているのかというと警戒状態の憲剛だと無闇に怖がらせる可能性があるからである。
「悪ぃんだけどどこだここ?ちょいと俺達迷い込んじまったみてぇでな」
「ここは魔族領にある世界樹の森の横の狩りの森だ」
「魔族領?」
「世界樹の森?」
聞いた事のない単語を聞き明らかに困惑する太一郎と憲剛。そんな二人に彼女は
「なぁあたしからもいいか?それ、倒したのあんたか?」
茶髪の蛇女が指を差したのは彼らの近くに伸びている牛。
「あっ!私が見つけたウィングオックス!」
「こいつか?こいつは俺に突っ込んで来たから角掴んでぶん投げた」
「…随分無茶苦茶ね」
「…同意する」
「おい憲剛ぉ!」
表情一つ崩さずに同意する憲剛にすかさずツッコみを入れる太一郎を見て思わず笑う蛇女達。どうやら問題なく話しが出来そうだと思い太一郎が口を開こうとした矢先小さな蛇女が口を開いた
「それにしても素手でウィングオックスやっつけたのすごーい!」
「大丈夫だ。そんな事が出来るのあたしは一人知ってる」
「キョウスケ君ね」
「「キョウスケ君?」」
彼女達から出た日本人と思われる、かつての自分達が惚れ込んだ人物の名前に反応する二人。そして憲剛の目に写ったのは彼女達が頭に巻いている鉢巻に入れられた刺繍。それを見て目を見開き太一郎に耳打ちした。
「津上、あの鉢巻…」
「鉢巻?…!おい憲剛…!ありゃぁ…!」
「多分だがあの模様、代紋だ」
「代紋って、しかも竜胆と月ってありゃ俺達の組の代紋だろうが!?」
驚いた太一郎が代紋と大声で言った事で彼女達は何かを察したのか太一郎達に尋ねた。
「ねぇ、貴方達ってキョウスケの事知ってるの?」
「…すまないがその『キョウスケ』なる人物の特徴はあるか?」
「キョウスケの特徴?イケメンで背が高い、黒髪に青い瞳で、確か家名があってそれがコウガミだったかしら?」
「…!なん、だと……!」
「ちょっと待てよ、そいつの名前は鴻上響介ってんじゃ…!」
「あっ、そうそう。そうよキョウスケ・コウガミ」