133話 世界樹 それぞれの反応
響介一行、世界樹を復活させてしまった。
陽が差すステンドグラスに照らされた大聖堂で祈りを捧げる壮年の男が一人。その神官は目の前の、神々しい石像に向かって瞑想するかの如く静かに佇むように祈りを捧げているとふと後ろを振り向き人を探す。
「誰か、いませんか?」
そう男が口にするとどこからともなく一人の神官が
「如何いたしましたか枢機卿」
枢機卿と呼ばれた男は近づいてきた神官に落ち着いた声色で
「パスク様より『神託』を賜りました。今聖都に滞在している勇者達を集めて下さい」
「!?は、はい!」
そう言われ慌てて大聖堂を後にする神官を見送る枢機卿の表情は神妙な面持ちそのものだった。その10分後大聖堂には五神の一柱パスクから勇者に選ばれた者達数十人が集まっておりその中には聖女アリシア・クラインの姿も、大まかな人員が揃ったのを確認した枢機卿は口を開いた。
「パスク様より神託がありました。『災いの樹』の封印が解かれたと」
枢機卿の言葉に大聖堂は騒然となりどよめきが起こる。
災いの樹。それは嘗て邪神が生み出したと云われる巨大な樹の魔物で五神が奉られる国では「ガオケレナ」と呼ばれている。ガオケレナは大地に根を張り魔力を吸収し猛威を振るい500年前に起きた天変地異を引き起こした元凶と云われ、パスクを筆頭に五神が協力して邪神諸共封印したとパスク教会のみならず五神教会全てに伝わり各教会教義を学ぶ上で歴史として今も語り継がれている。
…そして五神教会では邪神の遺した厄災として伝わっている。
そんな忌諱されている厄災が現代に復活した事でどよめく勇者達。隣国の友好国コンバーテからは魔族達の動きが活発になっており援軍を要請されていることを踏まえ聖都教会神官長でありパスク教枢機卿ジャネットは口を開こうとした時ある一人の様子に気が付いた。
「どうしましたか?聖女アリシア・クライン」
ジャネットの言葉に勇者達の視線は聖女に集まる。それに気がついたのかアリシアは静かに口を開く
「枢機卿様。私も昨晩パスク様より御告げを賜りました。そしてこう仰られました。『五神教会全ての力を結集し災いの樹を、魔族を滅せよ』と」
その言葉を聞いたパスク教の勇者達は皆改めて察したように表情を変えた。そして枢機卿から
「私も同様の御告げを賜りました。聖女アリシアを始めパスク教勇者達に告げます」
コホンと咳払いを一つすると枢機卿は告げる
「我らパスク教会は来たるべく災いを防ぐ為に魔族を討ち滅ぼす事を宣言致します。勇者達よ我らが信ずる神の為、正しき世界の為にその力を示しなさい」
こうしてパスク教会を始めとし五神教会は連携し勇者聖騎士を動員し魔族と災いの樹を討つ為後日友好国である同じ五神を信仰しているコンバーテ、ケントニスとの会談に臨んだ。
この一連がありアリシア・クラインは本懐だったピアニスト追跡を後回しせざるをえなかったのだった。
「あっはっはっ!まさか封じられた世界樹の封印を解くだけに留まらず復活までさせるとは!流石は我が兄弟よ!やる事が我の予測の範疇を超え実に楽しませてくれる!」
一方その頃、ネロから響介達が世界樹を見つけただけに留まらず完全に復活させた知らせを受けて魔王アルフォンスはグラットンやハリエット達数人とデュラハンと鬼人族の兵士達を引き連れて直ぐさま現場に臨場。そして見事に復活し魔力に満ち溢れる巨大な世界樹を見てグラットン達が驚愕の表情を浮かべている横で一人声を出して笑うのはお供のデュラハンコーネリアに日傘を差されている魔王様。
「先ず認識阻害の空間魔法を施そう。こうすれば今は我ら以外は認識出来ん。後程我の魔力を込めた装飾品を渡そう」
「悪いなアルフォンス」
「何を言う兄弟、貴公には感謝しかない」
「あと魔力を付加するならアルに一つ頼みたいことがあってな」
「ほう、なんだ?何なりと申してみよ」
上機嫌な魔王アルフォンスと響介達はマルコシアスの件含め今後の話しをしている中
「まさか、アルフォンス様がテレポートに指定した場所に世界樹があったとは、驚きですじゃ」
神々しい世界樹に目を奪われ見入るように見上げるスケルトンワイズマンの医者グラットン。
偶然か、はたまた必然か、その答えは神のみぞ知るが今は目の前の世界樹を診てみたく魔力を籠めて世界樹に触診するかのように触れてみると
「おおっ、なんとこれは…!」
「どーしたの、先生?」
歓喜に近い驚きの声を上げたのが気になったのは、大人達の話に飽きて世界樹の周りを見回っていたエリー、グラットンに近づいて尋ねると
「世界樹の下にも生きている者の反応が数多くありますじゃ、これはもしや」
「貴殿の想像通りだ、賢者よ」
声を掛けたのはこの地に封印されていた魔狼マルコシアス、どうやら彼は知っているようでマルコシアスが口を開く前にグラットンが
「世界樹を支えて根にいた木々の精霊、ドライアド達も助かったようじゃの」
「左様、数こそ減ってしまったがまだ200程命ある者もいるようだ。今は世界樹が精霊達に分け与えられていた魔力を送り返し安らかな眠りについている」
「せーれーさん、いるの?」
「そのようですじゃエリー殿、暫し眠りについているのならいずれ地上に出てきますですじゃ。ドライアドは気立てがとても穏やかと聞き及ぶ故お優しいエリー殿であれば直ぐに仲良くできるはずですじゃ」
「わーい♪」
まるでおじいちゃんと孫の会話の如くのんびりまったりとしたやり取りをしていた。そして響介達と話を続けていた魔王アルフォンスに鬼人族の兵が報告へとやって来た
「申し上げます!周辺を調査した結果、この世界樹を中心にした森は全て世界樹のようです!」
「うむ、やはりか」
「ここにある木、全部世界樹なの?」
「みたいだなライミィ。あのデッカイ世界樹から挿し木したんだろう」
「挿し木?」
「元の木から一部を採取して発根っていって根っこ作って苗木を作る事だ。苗木にしちゃえば後は植えて育てるだけ」
「成る程〜」
「ホントキョウスケなんでも知ってんな」
「流石キョウスケ様です!」
博識な響介に感心する3人。ここで同行していた亡霊騎士団団長のハリエットがアルフォンスに尋ねた。
「アルフォンス様、如何するおつもりですか?」
「何を言うハリエット、もう既に決まっている」
部下達から細かな報告を受けアルフォンスは響介達に向き直る。
「この世界樹の森を始めとした土地は我が兄弟の物、決定権は全て兄弟に委ねる事にしている」
当たり前のように宣言すると納得しているハリエット達とは対象的に鬼人族達にどよめきが起こる。が
「以前、我が言った言葉を忘れたか?キョウスケは我と五分の坏を交わした対等な兄弟分だ。その重みは貴殿らも分かろう?それに世界樹なんぞ我は勿論今の魔族では手に余る。だが兄弟なら有効的に利用出来るであろう」
その言葉に鬼人族達はだれも物言いをつけることはなく粛々と受け入れた。
響介側には枯れ葉の段階で回復薬に錬成出来るエリーがいるが今のアルフォンスに与している魔族の吸血鬼や女淫魔達が錬金魔法を不得手としているのもある。それに魔力が低く魔法が得意ではない鬼人族にとっては宝の持ち腐れという事もある。なによりも起因するのは坏を交わすという事だ。それは鬼人族特に戦鬼族に当て嵌まり坏を交わすという事は彼らの中では契りの一種であり厳正な儀式なのだ。つまり主君アルフォンスと五分の契りを交わしている響介はアルフォンスと同様に敬意を払う対象となる。つまり響介に意見することはアルフォンスに意見すると同意義、だからこそそれを理解した鬼人族の兵士達は閉口したのだった。
「気を使わせて悪いなアル」
「気にするで無い」
「だが便宜を計って貰ったんだ感謝させてくれよ。こっちからはこいつをみかじめとして納めさせてくれ」
そう言って響介はある白金色のビンをアルフォンスに手渡す。それは
「ほう、これは…」
「これは、まさかエリクサーですか!?」
アルフォンスに手渡したのは幻の霊薬と呼ばれているエリクサー。よもやそんな大層なアイテムが目の前で、まるで余ってる酒瓶を分けるかの如く価値あるアイテムを気軽に手渡すのを見て絶句する鬼人族達。エリクサーを受け取ったアルフォンスは
「ハリエットよ」
「はっ!」
「後程キョウスケ達に届ける食料を改めてくれ」
「はっ!そのように」
これにより響介とアルフォンスの間である種の契約が成り立った。ラヴァナ達との戦いに向け回復薬が欲しいアルフォンス側と食料が欲しい響介側との取引契約だ。後に正式な契約を結ぶ事は先の話だったりする。最後に
「最後にキョウスケよ、ここの防備はどうするつもりだ」
「それは一つ考えがある」
「考えとな?」
「ライミィの名案さ、マルコシアス来てくれ」
響介が声を掛けるとエリー達の側にいた黒鉄色の狼、魔狼マルコシアスを呼ぶ。マルコシアスはシュタと響介の側まで駆け寄り
「はっ、主ご用命でしょうか?」
「俺も用はあるけどまずライミィの質問に答えてくれ。ライミィの案なんだ」
「マルコシアスって魔力高いって聞いたんだけど、ダンジョンマスターになれたりするの?」
ライミィの言葉にアルフォンスは全てを察した様子。これは勿論ライミィの案で人手が足りないなら動物でも手懐けられればと発言したステラの意見に閃いたそうだ。要はこの世界樹の森の周りにマルコシアスが管理する森ダンジョンを新たに作り外敵に備えるというもの、世界樹が復活したことで魔力が満ち溢れる状態ならダンジョン生成も可能なんじゃないかと、なによりもダンジョンで生まれた魔物ならダンジョンマスターに従う習性がある為制御しやすいからだ。ライミィの問いにマルコシアスは
「はっ、御使い殿勿論可能で御座います。ダンジョンマスターとして統治が可能故吾は500年前も先代よりここを任されたのです」
「どれくらいの魔物を生み出せるの?」
「はっ、今の吾の魔力とこの母なる大樹の状態を見てラプトルグロス、アウドムラ、バンディットウルフ程度なら…」
「みんなレベル40以上のやべぇ魔物ばっかじゃねぇかよ!?」
「それならマルコシアス。世界樹を囲うようにこの範囲にダンジョンを作ってくれ」
響介はアルフォンスが魔法で作った地図を取り出して何処にダンジョンを作って欲しいと頼むとマルコシアスは頷き
「はっ、主の御命令とならば直ちに」
瞑想するように目を閉じて魔力を放つと何ということか
「おお、地図が変わった」
「ホントだー」
「おおー」
「皆様、どうやら草原から5キロ程向こうが森になったようです」
「ダンジョンってあっと言う間に出来るもんなんだな」
あっと言う間に高レベルモンスターが闊歩する森ダンジョンが誕生してしまったのを呑気に受け入れる鴻上家。そうしていると
「キョウスケさーん!持って来ましたー!」
大きな袋を持ったデュラハン達が響介達の元へと
「ありがとうございます。ヘンリエッタさんフランシスさんディアドリーさんアンリエッタさん」
「いえいえ!お安い御用です!」
そう言ってデュラハン達は持っていた10を越える袋を響介に渡す。するとエリーが響介に渡された袋に近づき
「うん、お姉ちゃん達、拾ってきたの、あの葉っぱ」
エリーの反応を受けて確信を持てた響介はその袋の一つをアルフォンスに渡す
「これは、世界樹の枯れ葉か?」
「ああ、それだけあればある程度はポーションが出来るだろ?」
「感謝する。また何かあれば頼むぞ」
そうしてアルフォンスはテレポートを詠唱してアルフォンス達は一瞬にして消え去って行った。残された一行は
「良かったの?エリクサー渡しちゃって」
「ああ、今の俺達には無用の長物だよ」
「お兄ちゃん、ふとももー」
「それを言うなら太っ腹なエリー」
「それよかエリーは良かったのかよ」
「うん、また作ればいい」
「これからどするキョウスケ?」
「今日の所は帰ろうか。もう日も暮れてきたしまた明日世界樹の周りを見て回ろう」
「はーい」
「畏まりました」
「そうだな」
「じゃ、エリーが、テレポートするね」
そう言って帰路に着こうとする一行を眺めていたマルコシアスだったが
「どうしたマルコシアス、お前も一緒だぞ」
「なんと?」
鳩が豆鉄砲を喰らったかの如く呆気にとられた魔狼に響介は説明する。
「いやマルコシアスにダンジョン化してもらった森な、俺達が暮らしてる屋敷の直ぐ側まで範囲に入ってるんだ」
「ああ、それなら屋敷にいてもダンジョン管理出来るな」
「成る程」
「だったら私達のとこでマルコシアスも暮らさない?」
何を言われてるか理解が追いついていないマルコシアスにエリーが側に近寄り
「マルコも、一緒に、暮らそー?」
金色の瞳は純粋な光を湛えてマルコシアスを見据えていた。マルコシアスは響介を見て
「主、これは命でしょうか?」
「いいや、これはお願いだマルコシアス。だからマルコシアスが決めてくれ」
それを受けてマルコシアスは穏やかな声色になり
「…主の願いなら吾が無下にする理由は持ち合わせておりません。面倒をお掛します主」
「気にすんな、じゃあエリーマルコシアスも入れてくれ」
「はーい♪」
そうしてエリーはテレポートを詠唱、世界樹を復活させた鴻上家は新たな家族を招き屋敷への帰路へ着くのだった。